無銘刀

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Nomal NO TITLE /9月期の読書余論<9> (18/09/25(Tue) 07:13) #1625


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■1625 / 親階層)  NO TITLE
□投稿者/ 9月期の読書余論<9> -(2018/09/25(Tue) 07:13:48)

    ▼丹羽文雄『海戦(伏字復元版)』2000-8 中公文庫
     伏字の初出S17、復元版初出1997。
     重巡『鳥海』に乗って、S17-8-8夜のツラギ沖海戦を報道班員として体験する。もちろん艦名などは戦前は書けなかった。

     赤道を南へ4度の島でも、8月は「冬」であり、夜明けの冷気は内地の5月並。
     陸戦隊の艦上体操。内地ではみかけたことがない。

     基地の空襲警報は、空砲3連発による。
     艦内生活は、暑いのを除けば、陸上に比べて天国。とにかく清潔なので。
     軍艦内では佐官クラスでも食欲が私の2倍。

     吊り床は通路の天上から吊るが、部外者には寝られたものではない。
     通路のあちこちには下っ端水兵が寝ていた。枕元にいちいち「三直 ○○三水 四時起し」などと註がしてある。当番が起こしてまわる。

     居室のある士官の室内には煽風機がある。
     日の出になると、燈火戦闘管制もとへ となり、総員体操。

     魚雷を抱いた大編隊の中攻隊が戦闘機に護衛されて飛んでいくのが双眼鏡で見える。無声映画のように音がしない。

     ロッキード・ハドソンが1機、艦隊の前方にぴたりとついて輪を描きながら触接していた(p.59)。※なぜか活字は「接触」である。元からこうなのか?

     陸軍のラッパと違い、いかにも艦内だけに聞かせる戦闘ラッパは、細くて、よく通った。私は耳に綿をこめながら艦橋をかけ上った。

     夕食時、士官室で司令部つきの軍医大尉が、「視力恢復錠」を配る。ビタミンA。
     「除倦覚醒剤も、希望の方にはお分けします」(p.75)。

     戦闘前は燃えるものはできるだけ捨てる。機関長は、ライター用のガソリンの小壜まで海へ捨ててしまった。

     艦橋では、実戦の配置についてしまうと、もはや便所にも行けなくなる。立ったまま、任務のまま、やるしかない(p.83)。

     航海長。「百ノット出んかな」「そうしたら、しゅっとかわるからな」。※海軍ではやりすごすことを「かわる」という。しかし活字は「変わる」となっている。

     荒海で高速航行すると、重巡でもどこかにひびが入る(p.88)。

     砲術長のいるところは、測的所のもうひとつ上。
     士官用の浴室も、バスはふたつに分かれ、偉い将校用と、それほど偉くない者用を区別。戦闘モード下では、浴室内の鏡は撤去する(p.94)。

     夜間は信号旗の掲揚がないので、旗甲板は暇。
     丹羽は、S13に漢口攻略戦に従軍したことがある。

     雷跡は夜光虫が光って白くなって見えるという。
     青白い吊光弾は次から次に新しいのが光った。
     艦がぐいと左に曲がったとき、右舷から、シュッ、パチャンという音が続けて四回。魚雷発射だ。没入したあたりは夜光虫で白銀を撒いたよう。

     初弾命中、と司令塔でたれかが呶鳴った。
     旗甲板で砲戦中の重巡の主砲発射音を聞かされ続ける苦行。皮膚の感覚がひとつひとつ死んでいく。音圧が臓腑をかきみだす。寸時と間がない。

     僚艦からの高角砲弾は点線になって続いて、敵艦に届いていた。※25ミリMGと思われる。
     「機銃も加わった」(p.116)。※これは13ミリか。

     一時間もこの音響の汎濫の中に立っていたならば、私は狂人になるだろう。
     主砲が火をふくと、そのたびに艦橋はぐらりと揺れ、私はよろめいてしまう。
     上膊部の肉にめりこんだ弾片を、肉を指先でこじあけてつまみ出した。まだ熱かった。

     士官室は左舷になっていた。軍医大尉がアルコールを含ませたガーゼをくれた。頬を拭うと、赤みをおびた、どろどろした黄色だ。敵の着色弾だ。他に、緑色もある。

     敵の20サンチ砲弾の1発は作戦室の窓から窓へ素通り。1つは艦橋の隅で炸裂した。ちょうど自分はその間に立っていた。私は運命論者になった。

     ツラギからかなりはなれたところで、主砲に装填したままの1発を、射ってしまうことに。艦内拡声器で予告される。

     治療室では消毒する熱湯がたぎっているので、どこよりも熱い。軍医は上体裸。下帯ひとつの衛生士官たちもいた。

     衛生兵が、破傷風とガス壊疽の予防注射を、左右の腕にしてくれた。

     勝因のひとつ。敵の港口を哨戒していた艦が、探照灯をてらしもせず、味方の艦隊に砲声で警告するでもなく、そのまま180度転回して戻っていったこと。

     今夜の夜襲について、いい名前を考えようではないか、と砲術参謀が言った。ツラギ海峡夜戦、という案が出た。
     けっきょく大本営は、ソロモン沖海戦と命名した。

     「最後まで動かない砲があったが、電気装置をまっ先に叩かれてしまったのだろうね」(p.157)。

     煙突には、1尺大の穴がぽかんと空いていた。軍艦旗はずたずたに裂けて風になびいていた。
     重傷者が、帰港するまでに三人死んだ。出血多量のため。
     ある一室をのぞくと、線香が燃えていた。

     戦後の後日談。軍艦8隻がラバウルに戻ったとき、港の入り口で敵潜が雷撃し、いちばんうしろの駆逐艦が被雷していた。
     この海戦の頃は敵にレーダーがなかったので、助かった。

     以下、ラバウルの話。
     ラバウルの火山がS12に噴火して灰ほこりがひどいので、雨がありがたい。8月のラバウルは、内地の5月くらいに冷えることあり。

     ラバウル市街には、戦前からの支那町がある。満州・上海事変のときは、在住日本人の店頭や住宅に石を投げたり、追い出しをしたりして騒いだ。支那事変いらい、国民党クラブが何事か画策していたが、何もできなかった。

     椰子の水は、茶碗に二杯はある。このありがたさは、熱帯でないとわからない。
     茶色くなった椰子の実には、コプラだけがあり、水はない。青い実には、水が入っている。

     ここの島民の色の黒さは、南洋でも一番ではないか。しかも椰子のあぶらで磨いている。ガタイは大きい。
     S17-1-23に、当地の日本人は、シドニーへ連行された。二十何名かいた。

     ラバウルでは洗濯物は強く絞る必要はない。2時間で乾くから。

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