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黄文雄の「歴史とは何か」(自由社)
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□投稿者/ 史実を世界に発信する会 -(2018/02/14(Wed) 07:45:16)
| 黄文雄の「歴史とは何か」(自由社) <日・中・台・韓>の歴史の差異を巨視的にとらえる その6―第五章 日本を平和の中で発展させたのは天皇の存在だ
前章で、日本の特色を「人を殺さないで発展した日本の歴史」であることを明らかにしましたが、それを根底で支えたのが天皇の存在であるといいます。
日本を初めて統一した大和朝廷の下、易姓革命をなさず、一つの王朝を戴いていることの幸せ及び歴史発展での貢献は、日本人よりも台湾人でとして外部から見ているものの方がよくわかると黄文雄氏はいいます。
易姓革命の国中国では歴代王朝の皇帝は約200人を数えますが、天寿を全うできなかった者が3人に1人もいるそうです。宋の太祖が、東大寺の渡来僧「然から日本の万世一系の話を耳にして、とても日本に憧れたのも無理もないことでしょう。
徳川幕府の巨大な政治力のもとに細々と存在するしかない朝廷はいったいどんな社会的な意味を持っていたのか、無駄な存在ではないのかと日本の外から見ている外国人はついついそう見てしまいそうです。日本人の中にもそう思う人も少なからずいました。しかし、権力を失っていた天皇は祭祀を行い民の平安、幸福を願うことにより「権威」を保持し続けたのです。権力と権威の分離が日本ではかなり早い時代に成立していきました。
これが、幕末の危機において大きな力を発揮することになったのでした。この権威があったからこそ、薩長による討幕が私闘に終わらず、国家統一の戦いとなり、大きな血を流さないで明治維新を成し遂げることが実現できたのでした。
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