無銘刀

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■1599 / 親階層)  7月の読書余論<その3>
□投稿者/ 武道通信編集部 -(2018/07/25(Wed) 06:55:27)

    三菱といすゞでそれぞれ実現させた。

     山下使節団に同行したとき、ドイツ陸軍がなぜディーゼルを採用しなかったかを訊ねた。懇談中における、その答え。ディーゼルの新開発には最低でも4年かかる。再軍備から開戦までその余裕がなかったので、多種類の在庫品があるマイバッハのガソリンエンジンを採用したのであると。

     このとき日本製のディーゼルの実物を求められたので、陸軍省に電報で具申して、100式400馬力を1台、寄贈することにした。
     これは独ソ開戦のために、けっきょく届けられずにおわった。

     山下使節団がイタリアに行ったとき、すでに煙の薄い戦車用ディーゼルはできていた。が、ドイツが採用しないエンジンをイタリアが採用するのはどうかと躊躇していた。

     北阿では、伊軍の25トン戦車はディーゼルエンジン搭載だった。

     ※原は最晩年まで「空冷ディーゼル路線」が間違いだったとは信じたくなかったようだ。外国の例で「空冷」を言うときにはそれがディーゼルかガソリンかを書かない。また外国の「ディーゼル」を言うときには、それが液冷か空冷かをはっきりさせていない。

     S4にベルリンの大スタジアムで、宵闇に炬火のみで軍楽隊の大演奏会。入り口で、警備の青年団員が、日本人は青島で敵だったから入れるな、と叫んでいるので、我方も負けてはおられず、何をいうか遼東還付の三国干渉を忘れたかと応酬し、入場。演奏を聴いて、ちょうど旅行で滞在中の、陸軍省兵務課課員の田尻利雄が、涙を流さんばかりに感激。彼は宇垣軍縮のとき、戸山学校の一隊だけを観兵式用に残し、他の軍楽隊は近衛も大阪も軍費節約のために全廃した当時者であった。日本の軍楽隊は鼓笛ブラスにとどまらずにバイオリンやピアノまで弄ぶので、気に喰わなかったのだと言い訳していた。
     ドイツの鉄鉱石は量は多いが質が悪い。だからスウェーデン、チェコ、スペインから輸入していた。
     アルミ原料はハンガリーやユーゴから。

     フォルクスワーゲンは、ちょっと改造すれば4輪起動にして軍用の小型車に転換することができた。※キューベルワーゲンのことか。

     トラックは、平時は1.5トン積みから6トン積みまで多種あったが、戦時には3種類に統制し、部品を全メーカーで互換とした。

     半装軌式の自動車は6種類の制式とした。装甲師団の歩兵はこれに乗って路外を機動するが、自動車化師団の歩兵は普通のトラックで路上を機動した。

     オートバイは民需用とまったく同じもの。その乗り手を特別に猛訓練することによって特別な迅速部隊に仕上げた。

     工場では、フライス工程をできるだけなくして、旋盤だけで加工できるように、さいしょから兵器設計を考えた。
     機関銃の場合は、フライスの代りにプレスを多用させた。こうすれば、玩具工場がMG工場になるのである。

     図面が周到であった。すべてトレランスが記入されている。検査官がどこを検査すべきかも一目でわかる。その余の部位は、計るにはおよばないのである。これは工作の途中でチェックする。だから組み立てたときには100%合格なのである。ゲージと治具の図面も一緒についてくるから、完全互換。
     またこの方式にすると、占領地の工場も、立派に動員できる。

     戦後、61式戦車が完成したあと、米軍から視察に招待された。三菱重工の栄森伝治、石原誠一郎、小松製作所の筒井孝輔、日本製鋼の銅金、井上威恭、鈴木義彦も。
     外務省からは守秘証明書=セキュリティクリアランスを交付された。
     英ノッチンガムでは105ミリ砲の工程を見た。
     ついでスウェーデンへ。
     イタリアでは畑違いの「G91」対地攻撃機の売り込みを受けた。

     米国には、機械保存格納契約=Lay-away program というのが政府とメーカーの間でおこなわれていた。たとえばスケネクタディーのAlco社はM26重戦車の製造ラインをWWII終戦後も廃止をしないで、保存した。おかげで朝鮮戦争勃発から7ヶ月にしてM48を製造開始することができた。

     M60でディーゼルを採用したが煙が濃いのが困ると言っていた。
     WWII中から米陸軍はガソリン、ディーゼルは米海軍と海兵隊、と、分けていたのだが。
     米が採用したので、独英も追随した。

     M48の戦車砲用スタビライザーを見学。照準線は微妙にズレるが、目標が眼鏡の視界の中に残っているので、次の照準が楽である。

     朝鮮戦争中、米軍が日本の工場に信管を作らせるとき、ベリリウムとブロンズの合金を指定してきたが、我が国にはBeの資源がなかったので、代用材料で忍んで貰った。
     ベリリウムはアルミより3割軽いが、溶融点が1278度で高すぎる。青銅に6〜7%混ぜると電気伝導率と化学的抵抗力を増すので、接触子として最適。

     会員となっていたドイツ機械学会VDIの週報に、ノルウェーのトントハイムに重水工場が建設されたとあり、センセーションを起こしていたので日本に報告したが、誰も注目しなかった。
     山下視察団に対するドイツ側の説明で、ノルウェー占領を急いだ理由のひとつが、英国より先に重水工場をおさえるためであったと。

     S5にアバディーンで感心したのは、WWIの各国の戦車で現物を蒐集できない場合にはそれを模造して展示してあったこと。欧州2年の見学旅よりも、アバディーンの3日間の方が勉強になると思った。

     GEでICBMのRVが再突入する際、華氏6500度の熱と30マッハの速度にさらされるときの現象の基礎研究をしていた。軍が100万ドルを出してやらせていた。主任はナガシマという日系のドクターだった。

                    <3>
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