| 総合武術 躰全道・東京セミナー2008開催のお知らせ |
平素は大変お世話になっております。躰全道連盟事務局です。
躰全道関連情報の書き込みをさせて頂きました。何卒宜しくお願い致します。
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<総合武術 躰全道(たいぜんどう)・東京セミナー2008>
日時/2008年12月6日(土曜日)13時〜16時30分
場 所/気練・武心道道場
住 所/東京都文京区関口1-1-5神 楽坂サニービル 2階
交 通/地下鉄有楽町線江戸川橋 A4出口 徒歩2分
参加費/10000円
特 典/予約申込者先着20名様のみ記念品プレゼント
講師/国際躰全道連盟宗家 廣木道心
合理的な術理・逆転の戦術・高度な体操作による明確な上達システムにより
誰もが深遠な達人技を体感・体得できる驚異の武術メソッド「躰全道」。
躰全道HP→ http://www.budo-japan.com
間合いを制する「抑先」、有利な位置を確保する「封陣」、重心を誘導する
崩し「崩撃」、心身を制する「統結」など独自の理論に基づく技法体系によ
って成り立っており、立ち技、寝技、武器にも対応しております。
セミナーはテクニックの紹介を中心とした安全なレクチャーですので年齢を
問わず初心者の方もお気軽にご参加下さい。また参加者に記念品をプレゼン
トします!(※応募者多数の場合は先着順とさせて頂きます)
詳細ならびに参加お申込みは今すぐ下記HPをご参照下さい。
http://www.budo-japan.com/live2008.html
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| 兵頭二十八ネット私塾「読書余論」10月期目次 |
*兵頭二十八私塾希望の方は、メールにてお申込みください。
(塾料 半年1200円 1年2400円)
軍学者・兵頭二十八が、過去の膨大な情報量の中から、珍しい
い思った本とポイントだけを要約し、毎月に配信します(25日)。
数千ページの薄味な資料を読むために、余暇を無駄にしてはいら
れぬとお嘆きの貴殿、大切なお時間を有意義にご活用ください。
さて、今月は。
▼ヴォルテール著、中川信tr.『カラス事件』冨山房百科文庫22、S53
▼ルソー著、今野一雄tr.『エミール』岩波文庫、上1962、中1963、下1964
▼今岡十一郎『欧州文明に於ける洪牙利の位置』S19?
▼青野義雄、金性烈ed.『朝鮮ノ墓地及墓地規則ノ研究』大12
▼岩瀬治兵衛ed.『昭和大典記念 自治業界発達誌』S3-6
▼(社)ジャパン・ツーリスト・ビューローed.『旅程と費用概算』S5
▼マックス・ウェーバー著、深沢宏tr.『ヒンドゥー教と仏教』2002、原1921
▼三浦周行『明治維新と現代支那』S6-12
▼土屋元作『内外交際心得』M32-11
▼檜山鋭『頭脳明快 記憶力増進法』M45-4
▼河合榮治郎『自由主義の擁護』S21-10
▼防研史料 『応用地雷設置の参考』S20-6
▼防研史料 『爆薬戦闘の参考』S20-3
▼東方籌[ひがしかた・はかる]『非常食糧の研究』S17-9
▼牧野英一『非常時立法考』S18-4
▼武藤当次郎『北支戦線陣中手記』S12-10
▼菊池寛『航空対談』S19、文藝春秋社pub.
▼原田慶吉『ローマ法の原理』S25
▼ヘンリー・サムナー・メイン著、安西文夫tr.『古代法』S23、原1861
▼吉野悟『ローマ法とその社会』1976
▼長谷川春子『北支蒙疆戦線』S14-5
▼元機動砲兵第三聯隊第五中隊・野砲第三十三聯隊第一中隊『砲煙』1988
▼「蛇と鳩」『丹羽文雄文学全集 第24巻』1975
▼チャーリー・ベックウィズ、ドナルド・ノックス『対テロ特殊部隊を作った男』
▼ジェトロpub.『アフガニスタンの現況』S30
▼防研史料 『各種迫撃砲関係資料綴』
▼防研史料 『九七式曲射歩兵砲射表』
▼防研史料 『九七式曲射歩兵砲取扱法案』
▼防研史料 『九七式曲射歩兵砲取扱法』S16-7
▼防研史料 『九七式曲射歩兵法 試製曲射大隊砲 説明書』S14-8
▼日本工業協会ed.『戦争と労働』S14-4
▼佐藤庄太『大統領マッキンレー』M34-10
▼川上徹『非常時、何を食べるか』1983
▼水野映男『ミサイルの話』S35
▼服部兵次郎『戦跡を顧みて 第一巻』S9-12
▼服部兵次郎『戦跡を顧みて 第二巻』S9-12
▼服部兵次郎『戦跡を顧みて 第三巻』S9-12
▼防研史料 呉海軍工廠砲熕部『艦砲射撃と砲術』S15-7。
| 躰全道DVD最新作のお知らせ |
平素は大変お世話になっております。躰全道連盟事務局です。
躰全道関連情報の書き込みをさせて頂きます。何卒宜しくお願いいたします。
<躰全道DVD最新作!>
「Spirit of TAIZENDO(スピリット・オブ・躰全道)」
カラー45分 価格5500円(税込み)
「本当の強さとは何か?」
「人間の持つ無限の可能性を引き出す方法とは?」
従来の護身術にはなかった「自他護身」の術理を開発した躰全道宗家・廣木道心が自らの体験を通じて会得した「武道の極意」を語る。
今回、初公開となるビジネスセミナーでの宗家の講演を中心に稽古での指導風景を交えて構成された必見のドキュメンタリーDVD。
「武道の極意」を知れば、きっとあなたの人生を変える力となる!
10月20日発売開始 只今、先行予約お申込受付中!
DVDに関する詳細ならびにお申込みご希望の方は下記HPをご参照下さい。↓
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| 兵頭二十八ネット私塾「読書余論」9月期 |
▼ビクトル古賀『裸のロシア人』1980
▼防研史料 南支ニ於ケル軽迫撃砲ノ用法上ノ参考』S14-10/吉山部隊
▼防研史料 『昭和十二〜十三年 支那事変初期 北支における十五榴部隊を中心とする砲兵戦史史料』
▼防研史料『昭和十三年十一月 武漢作戦ニ於テ得タル教訓』by 大橋大尉
▼浮田和民『ボルシェヴィズムとアメリカニズム』S5-3
▼三井高陽『町人思想と町人考見録』S16-7
▼細川亀市『鎌倉幕府と江戸幕府』S16-1
▼久保田景遠『支那儒道仏交渉史』S18-2
▼防研史料 『対支作戦参考資料(教)其ノ七(野戦砲兵将校陣中必携)』S13-10
▼防研史料 『対支作戦参考(教)其ノ九(重砲兵将校陣中必携)』S13-10 大本営陸軍部pub.
▼防研史料 『事変ノ教訓 第四号 戦車訓練ノ部』S13-7
▼防研史料『事変ノ教訓 騎兵訓練ノ部 第一号』S12-12 教育総監部
▼防研史料『治安工作経験蒐録』S14-6中旬 by杉山部隊本隊
▼防研史料『討匪行動ニ関スル小戦例集』S13-4 by早淵部隊
▼アルブレヒト・ハウスホーファー著、森孝三tr.『英国の支那侵入』S15-10、原1940
▼中山樵夫tr.『苦悶する支那』S16-2
▼東亜経済調査局『支那ソヴエート運動の研究』S9-12
▼武者金吾「潜水艦の救難設備」S3-11 〔補遺〕
▼日比野士朗『呉淞クリーク』S14-7、中央公論社pub.
▼竹森一男『満鉄の建設』S49-11
▼榛葉英治『夕日に立つ』S51-1
▼植芝吉祥丸『合気道開祖 植芝盛平伝』S52
▼中野七子『食用魚の常識』S30
▼ジョーダン&スペンサー著、小田海平tr.『アメリカ陸上競技の技術』S45、原1968
▼加藤繁『支那経済史考証 下巻』S27
▼魯迅著、増田渉tr.『支那小説史』S10-7
▼防研史料『対支作戦参考資料(教)其ノ十二(支那共産軍の現況)』S13-10
▼防研史料 『対支作戦参考資料(教)其ノ十八(剿匪戦術訳文)』S14-1、原・民国22年1月
▼防研史料 『支那剿共戦略の研究』S16-1-10
▼防研史料 『対支作戦参考資料(教)其の二十(砲兵自動車必携)』S14-4
▼靖国偕行文庫室蔵 奉天駐屯司令部『奉天都市防諜提要』S10-7
▼靖国偕行文庫室蔵 遠藤資料:仮訳『爆薬兵器処理安全規則』by日本兵站司令部兵器部作製 S26-5
▼靖国偕行文庫室蔵 『雨季、炎熱季ニ於ケル作戦ノ参考』関東軍司令部、S11-3
▼今井嘉幸『支那に於ける列強の競争』大3-12
▼湯沢三千男『支那に在りて思ふ』S15-8
▼佐々木陽子『総力戦と女性兵士』2001
▼田中二郎ed.『カラハリ狩猟採集民』2001
▼花田仲之助『支那に与ふる書』S13-2
▼山名正太郎『世界自殺考』S49
▼安立純夫『現代戦争法規論』S54
▼小山修三ed.『狩猟と漁労――日本文化の源流をさぐる』1992
▼『歴史公論』第6巻第8号(S12-6臨時増刊)「史前日本人と鹿」by直良信夫
▼『日本史研究』416号(1997-4)「武器からみた中世武士論」by近藤好和
▼『日本史研究』373号(1993-9)「武器からみた内乱期の戦闘――遺品と軍記物語」by近藤好和
▼パーシー・クナウス『金属器時代の黎明』1977
▼三谷康之『事典 英文学の背景――城郭・武具・騎士』1992
▼『世界教養全集・21』平凡社1961 「猪・鹿・狸」by早川孝太郎
▼戸田芳実『初期中世社会史の研究』1991
▼パンジャマン・コンスタン著、大塚成吉tr.『宰相責任論』M16、原1814?
▼原田通實『大日本刀剣史 上巻』S15
▼内田疎夫『大日本刀剣新考』S9
▼Noel Barnard『中国古代金属遺物』1975
▼山口昌伴『図説 台所道具の歴史』1978
▼林巳奈夫『中国殷周時代の武器』
▼樋口隆康ed.『中国美術 第四巻 銅器・玉』S48
▼菊池寛『評註 名将言行録』上S17-12、中S18-4、下S18-11刊行
▼山本勝市『計画経済の試行――ロシアに於ける統制経済の研究 其の二』国民精神文化研究所pub. S10-11
▼斉藤逸郎『地代家賃統制令解説』S22-7
▼GHQ著、経済安定本部資源調査会tr.『日本の天然資源』S26
▼大塚伴鹿『靖献遺言の精神と釈義』S19-5
▼維新史料編纂事務局ed.& pub.『概観維新史』S15-3
▼岸俊光『ペリーの白旗』2002-11
▼スウェンホー著、箕作麟祥tr.『北支那戦争記』M7-11
▼尾佐竹猛『幕末外交秘史考』S19-7
▼吉田龍英ed.『仏教思想講座 7』S14-11刊所収の、鷲尾順敬「建武中興と仏教」
▼『武藤元信論文集』S4-9
▼小林巖雄『祝祭日の本義』S19-3
▼善波周『真実とともに』S22
▼岩井大慧『支那叢報 第一巻〜第五巻 解説』S17-2
▼松下正寿&太平洋協会ed.『アメリカの世界制覇主義解剖』S19-9
▼伏見康治『科学の反省』(再建叢書第一輯)S21-5
▼金子・佐橋共著『ブナ林をはぐくむ真菌』1998
▼杜 祖健(Anthony T. Tu)『中毒学概論』H11
▼稲葉岩吉『前満洲の開国と日本』S11-6
▼高田功&井上正賀『食用鳩飼育法』S3-7
▼『アオコ――その出現と毒素』1994
▼『消毒剤』1998
▼宮治誠『人に棲みつくカビの話』1995
▼高麗・他『わかりやすい殺菌・抗菌の基礎知識』H12
▼山崎斌『日本の菓子』S17-3
▼中村吉次郎『日本人と魚食』S18-3
▼木村毅『九州風土記』S22-9
▼尾瀬敬止『日露文化叢談』S16-10
▼潮見俊隆『漁村の構造――漁業権の法社会学的研究』S29
▼平野義太郎ed.『太平洋圏 民族と文化 上巻』S19-5、所収、上村文郎「日本の染色文化と南方諸島」。
| 捲土重来を期す日本文化チャンネル桜の「二千人委員会」 |
一口一万円の広告スポンサーで
日本国民がつくる日本国民のための
公共放送<新NHK>を創設しよう!
汚染された粉末ミルク事件らも、ひたすら隠匿しつづけ、
シナ共産党による、シナ共産党のための北京五輪は終焉した。
と思ったら、早速、高知県沖の領海内を支那の潜水艦が航行。
支那共産軍だと判っているのに<国籍不明>と伝えるだけの
国民放送NHKをはじめとする民営テレビ。
その中にあっていかなる外国や外国勢力、いかなる企業、政治、
宗教団体からも自由と独立不羈の志を守って来た、日本で唯一
の公共放送「日本文化チャンネル桜」。しかし、清貧ゆえに運営
資金に陥った。
チャンネル桜は、日本国民の、日本国民自身による、日本国民
のための公共放送の最後の砦を守り抜いていただきたいと、再出
発を実現するために「二千人委員会」の創設を提案した。
詳しくは
http://www.ch-sakura.jp/
| 『使ってみたい武士の作法』ネット販売開始 |
弊社代表、杉山頴男・著『使ってみたい武士の作法』が、
書店販売(都内20日ごろ)前に、ネット販売が開始され
ました。お知らせします。
Amazon
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4890632344/chsakurajp-22
並木書房HP「編集部より」からも(送料無料)
http://www.namiki-shobo.co.jp/
| 兵頭二十八私塾 8月期読書余論目次 |
本日25日、読書余論8月期を塾生に配信しました。
目次を掲載します。
各書の内容の一端は、「兵頭 二十八 ファン・サイト」の「放送形式」に、配信の数日前にUPされますので、そちらを御覧ください。
▼Douglad Christie著、矢内原忠雄tr.『奉天三十年』岩波新書1992、原1914.
▼長野朗『支那読本』S3-4
▼井東憲『支那の秘密』S14-7
▼小林宗一『支那の戎克[ジャンク]』S17-6
▼小島昌太郎『支那最近大事年表』S17-5
▼『歴史公論』第6巻第7号(S12年6月)
▼萍[ひょう]葉登『支那侵略者英米財閥』S16-11
▼響堂新『飛行機に乗ってくる病原体』2001
▼甲斐克則『海上交通犯罪の研究』2001
▼加藤繁『支那学雑草』S19-11
▼東浦庄太郎ed.『西伯利戦時写真帖』上・下 大8-4(哈爾賓)北満州社pub.
▼黛治夫『海軍砲戦史談』
▼『帝国海軍機関史』復刻版
▼〔補遺〕『核兵器と外交政策』1958年訳版
▼ペティ『政治算術』大内兵衛・松川七郎tr. イワブンS30-8、原1690
▼トーマス・ペイン『コモン・センス 他三篇』小松春雄tr. イワブン1976、原1776-1
▼(財)史料調査会ed.『太平洋戦争と富岡定俊』S46-12
▼宝文館pub.『郷土の地理 2』S35
▼中島武『機械化の発展は土臺から』国防同志会pub. 初版S15、再販S16
▼加藤弁三郎『機械科学の驚異』偕成社 S16-5
▼チェスター・ニミッツ&エルマー・B・ポッター『ニミッツの太平洋戦史』実松譲&冨永謙吾tr. 1992、原1960
▼防研史料『事変ノ教訓 第四号 砲兵訓練ノ部』S13-6
▼防研史料『戦法戦術等よりの教訓綴』
| 『使ってみたい武士の作法』 |
『使ってみたい武士の作法』杉山頴男・著
9月初旬発売予定 並木書房 予価1400円(税抜き)
常在戦場が男の品格をつくる
危機管理、自己防衛、自己責任をさむらいから学ぶ
「まえがき」
さむらいの作法の基本にあるものは臨戦体制、要は常在戦場である。家の中でくつろいでいるときも脇指{わきざし}(脇差)は差している。江戸時代の天下泰平の世でも常在戦場を建前としてきた。
武士の家の夫婦が同伴で外出するとき、婦人は三歩下がって歩かなければいけない。この作法は男尊女卑の象徴とも思われているが、実は違う。時代劇のシーンを思い出していただこう。前を歩く夫のあとから風呂敷包みを抱いた夫人が従う。男が荷物を持つべきだと、いまの御婦人たちなら苦情を呈するにちがいない。さて、ここで平素{へいそ}も常在戦場であることを思い出していただこう。
突然、夫が何者かに斬りつけられたとする。夫がサッと身をかわすとき、夫人が寄り添っていたら、夫人は夫にぶつかりふたりとも転んでしまう。この三歩は身をかわす間合{まあい}の距離である。夫が身をかわしたとき、夫人は手にもった風呂敷包みを目の前の敵に投げつける。夫が反撃する時間をつくるための風呂敷包みである。おわかりいただけたかな。荷物がない折も何かしらのものを包んだ風呂敷包みを持参していた。
武士の子女の躾{しつけ}は、良妻賢母だけでなく夫と共に戦うことも教育された。ゆえに武家の子女の躾は厳しかった。深夜、路上で暴漢に襲われたら、まず、お前に隙があったと家人に叱られた。この躾は戦前まで残っていた。
浅田又左衛門大輔{あさだまたざえもんだいすけ}なるさむらいを舞台回し役として登場させる。さむらいの名前は三つある。浅野は家名(苗字)。又左衛門は自らが名乗る名であり、人からの呼び名である。元は官位名であったことから出世などすると別名になる。要は通称の名である。大輔は諱{いみな}。「忌み名」の意味で、死後になって呼ばれる生前の実名。ゆえに、この世で呼ぶのは失礼にあたる。
本書での「武士」と「さむらい」の使い分けもはじめに述べておこう。「武士」とは上級武士をいい、「さむらい」は下級武士をいうとの通説もあるが、さむらいを身分制度の総称として述べるときは「武士」とし、他は「さむらい」とする。@「拙者、武士にて」とはいわず「拙者、さむらいにて」といっていたようだ。現代のさむらいたらんと願う「拙者」が、御同輩に向け、述べることから「さむらい」を多用する。
武士の作法も、鎌倉武士から江戸の武士まで幾多の変遷がある。本書が舞台の江戸時代とて、二百七十年の長きにわたる中で異なる点が多々ある。同じ武士でも高禄、小禄の違いからも、それはいえる。実は、先のさむらい夫婦の「三歩下がって」はA御法度の建前もゆらいできた時期であろう。戦国の気風を残すさむらいが、たとえ夫人といえども女性同伴で市中を歩くことはなかったが、武士の妻は夫と同じ、常在戦場の戦闘者であることがわかっていただけるだろう。
鞘の下氏oさげお}の結び方、刀の差し方、髪型なども藩によって異なるし、藩の中でも指南所{しなんじょ}(道場)の流儀によって異なった。近代化による全国一律観念の弊害で、現代の古流武術家も自流の下獅フ結び方が正しいと思い込んでしまう。逐一、その差異を述べていたらきりがない。本書は時代考証本ではない。その点はご容赦願う。武士の作法を通して、「武士とは何者であったか」を探る書である。
いまは武士の世ではない。しかし、日常生活でも臨戦体制、常在戦場の心がけをしておくことは、自己責任の意識を高め、盗難、事故、自然災害を未然に防ぐこととなる。本書は、武士の世に戻り、武士の作法のいくつかを紹介する。何程かお役に立てれば幸いである。
次頁に口絵として武士の姿見、刀の絵図を入れた。まずは先立ち、江戸のさむらいを彷彿していただくために。
目次
第一章 急な呼び出しで屋敷を出る
一、刀は婦女子に直にさわらせない
二、刀の二本差しが定番になったのは江戸時代から
三、武士は袴を絶対に穿かなくてはならない
四、刀の差し方でひとつで一命を落とす
第二章 急ぎ市中を歩く
五、さむらいの左利きは御法度
六、両手を振り歩くのは、さむらいにあらず
七、雨が降っても傘はささない
八、市中の騒ぎは避けて通る
九、漁民が消えた日本の「士農工商」
十、真剣白刃取りは講釈師の創作
十一、外出時の持ち物
第三章 上役の屋敷を訪問する
十二、武家屋敷に表札はない
十三、刀は右膝の脇に置いて座る
十四、暗闇には伏兵が潜んでいる
十五、厠の中で敵に襲われたら
十六、花を活けた竹筒、小枝も武器となる
第四章 旅に出て旅籠に泊まる
十七、柄袋は一瞬に外せないと命取り
十八、旅先の旅籠に刺客が襲う
十九、暗闇剣法、秘伝「座さぐり」
二十、下緒で槍をからめ取る秘伝「槍止め」
二十一、家柄の格式厳守は武士のさだめ
二十二、忘れられた「下緒」の使い方
二十三、さむらいは右胸を下にして眠る
第五章 刀の話を総領に聞かせる
二十四、刀の手入れ。最大の敵は錆
二十五、打粉は油を完全に取り除くため
二十六、太刀から打刀の時代へ
二十七、いまも使われる日本刀が生んだ言葉
第六章 戦国の世に思いを馳せる
二十八、「正座」は五感を研ぎ澄ます
二十九、さむらいの髪型はなぜ「月代」なのか
三十、 甲冑の不自由さが日本の武術を生んだ
第七章 武芸十八般に挑む
三十一、表舞台から去っても弓術は武士の表芸
三十二、竹刀剣道で剣術は遠くなりにけり
三十三、頬当ての火縄銃が伝来した幸運さ
三十四、日本の武士だからこそ生まれた槍
三十五、騎乗武者は敵の顔と喉元を狙った
三十六、柔の極意は殺活法にあり
三十七、救急法ができないなら武道家失格
第八章 研師に総領を連れていく
三十八、日本刀はなぜに武士の魂となったか
三十九、刃文も拵えも粋を極めた日本刀
四十、 天下人が愛でた名刀伝説
四十一、日本刀、その切れ味の真実
九章 謎の浪人と出会う
四十二、将軍直々に密命を受ける御庭番
四十三、据物斬りと真剣勝負は別
四十四、さむらいの妻は家門繁栄を担う柱
四十五、さむらいは出された物は黙って食べる
四十六、鷹狩で軍気分を懐かしむ
四十七、さむらいの子弟教育は文武両道
第十章 切腹の検使役になる
四十八、斬る者と斬られる者、介錯人の作法
四十九、切腹の作法どおり、お見事なご最後
五十、さむらいはどこへ行くのか
| 台交流秘話(日本語世代との交流) |
第2回日・台交流秘話(日本語世代との交流)
日本人はとても素敵だった!! 尊敬に値する日本人たち
期間:9月19日(金)〜9月22日(月)
費用:¥148,000−
お申込締切日:8月19日(火)
今でも日本精神が溢れているという台湾は、強大な中国から睨まれようが懸命
に独自の道を歩んでいます。 台湾に生きる「日本」―伝承される「親日」、
運命共同体としての日本と台湾をキー・ワードに高雄、台南、台北を巡ります。
上記レポートにある国民党の本質や蒋介石の経歴・詐称等を日本語世代の方々
がどの様に受け止められているかもお聞きし、将来の日・台関係を予想してみ
ませんか?
<お問い合わせ・お申込は>
日本エアービジョン株式会社(国土交通大臣登録旅行業482号)
担当: 浅田 均
住所:東京都中央区銀座1‐3先 北有楽ビル1階
電話:03−3538−2071
| 兵頭二十八私塾「読書余論」 7月 目次 |
◎「読書余論」 2008年7月25日配信 の内容
今号から、「告知板」には、タイトルだけを列記します。
各書の内容の一端は、「兵頭 二十八 ファン・サイト」の「放送形式」に、配信の数日前にUPされますので、そちらを御覧ください。
▼野砲兵学校・重砲兵学校・高射砲兵学校・著『陸軍少年砲兵』S19-10
▼防研史料『支那軍ノ戦力及戦法ノ史的観察竝ニ対策』by 大本営陸軍部 S15-6
▼金子空軒『陸軍史談』S18-9
▼牧島貞一『鬪ふ航空母艦』S18-4
▼西原勝『陸の若鷲』S14-5
▼山岡荘八『小説太平洋戦争・5』S42
▼三国一朗『昭和史探訪』S49
▼防研史料『昭和十四年三月十九日 侍従武官御差遣時 張鼓峯事件に於ける工兵第十九聯隊 小林・武井両小隊の戦車肉迫攻撃説明要旨』〔満洲/支那事変/18〕
▼防研史料『風力ニ対スル射距離差及横偏差修正法』by呉海軍工廠、S13-2 〔6/研究資料/81〕
▼防研史料『対蘇海軍作戦』by二復 S22-11調製 〔3/ソ連/8〕
▼防研史料『第十三航空隊 戦訓所見(自13-4 至13-12)』by 航本教育部 〔2/支那事変/260〕
▼古川薫『天辺の椅子』1992-11
▼宿利重一[しゅくり・しげいち]『兒玉源太郎』S17-11初版、S18-1訂正再版
▼S4-10『明治文化全集 第二十二巻・雑史篇』所収、佐田自茅「樺太評論」原M8-4
▼ギュンテル・プリイン著、浜野修tr.『独逸軍神プリイン少佐』S18-10、原「スカパフロウまでの我が経路」1940
▼M・ヴァレンティネル少佐著、安原茂夫tr.『独潜水艦長の手記』S15-12
▼福田一郎『潜水艦』S17-10
▼広瀬彦太『世界潜水艦ものがたり』S19-6
▼大分県pub.『大分県の産業先覚者』1970
▼麻野尚延ed.『わが国農林業と規制緩和』平10
▼田代浄一『日本に農業はいらないか』1987
▼岸康彦『食と農の戦後史』1996
▼オマケ。東大附属図書館の昭和11〜20年受け入れの興味深い軍事関係珍書奇書タイトルについて。
| 第2回 日・台交流秘話(日本語世代との交流) |
今でも日本精神が溢れているという台湾は、強大な中国(支那)から
睨まれようが懸命に独自の道を進んでいます。
台湾に生きる『日本』ー伝承される『親日』、運命共同体としての
日本と台湾をキー・ワードに高雄、台南、台北を巡ります。
又今回は台湾の日本語世代の方々が中国国民党の本質(国際共産主義)と
蒋介石の経歴詐称・隠蔽問題及び馬英九現政権を如何に考えているかを
お聞きしようと思います。
日・台交流の行く末を占って見ようではありませんか!
第2回 日・台交流秘話(日本語世代との交流)
*日本人はとても素敵だった!! 尊敬に値する日本人たち
期 間:2008年9月19日(金)〜9月22日(月)
費 用:¥148,000−
詳細日程は下記までお問い合わせください。
お問い合わせ、お申込等は下記まで。
日本エアービジョン梶@国土交通大臣登録旅行業第482号
電 話:03−3538−2071
メール:hito-yoshi5@coffee.ocn.ne.jp
に
| 兵頭二十八私塾「読書余論」6月 目次 |
▼伊藤正平『地雷火隊長』S14-12
一年志願の予備将校、鳥海直吉中尉、死んで大尉。工兵。
死因は迫の「盲貫砲創」。
▼東亜研究所『清朝の辺疆統治政策』S19-11
清は辺境原人を漢人より隔離し保護した。まとまりを保たせ、弱い遊牧民同士を拮抗させるようにした。divide ut regnes の実践。
※これはそっくり日本の政策になる。理想を同じうできる国と組み、シナなどは互いに拮抗させ、みずからはその局外スーパーとなるべきである。
▼京城日報社『二十五年! 朝鮮は何を得たか?』S11-1
▼則武三雄『鴨緑江』S18-11
アムールは女真語で「境」。
プロペラ船があった(p.32)。
▼伊藤政之助『世界戦争史・西洋古代編』
シエネの石門、つまり第一急湍は、上流文明による圧迫から、テーベ、メンフィスを守った(p.9)。
▼小松茂美ed.『吉備大臣入唐絵巻』S52
▼松井弘明『ソ連の国防と東欧』
軍人:人口比=米0.9%、日0.2%、ソ2.1%
ポ、ハン、チェコ、北ユーゴはカトリック。ブルガリア、ルーマニア、南ユーゴはギリシャ正教。
▼レオ・ウーリッヒ『独人の観たる日本及連合国の対独経済戦』外務省臨時調査部tr. 大8
日本はWWI中、独人私有産をさしおさえなかった。
▼西周・参謀本部『五国対照 兵語字書』明治14年2月8日出版版権届
西は参本の御用掛。
巻末で室岡俊徳いわく、馬の毛の色だけは、確かな比定をし難かった、と。
▼渡正元『パリ籠城日誌』大3
当時の新聞から抄訳したものの集成である。
▼クルト・ヴィールスビツキイ(Wiersbitzky)『東南アジア地政治学』S16、井汲越次tr. 原1938
ポルトガル人の d'Albuquerque が1511に最初の東南アに来たヨーロッパ人?
▼吉田秀夫『国防国土学』S17
▼江沢譲爾『地政学概論』S18
▼ヨハンネス・シュトイエ『アウタルキーと地政治学』渡辺義晴tr. S16
▼G・アレキサンドル・ズーパン(Supan)『政治地理学綱要』阿部市五郎抄訳、S8、原1920
著者は独人。
▼ルウドルフ・キェルレン『欧州戦争と民族主義』大6、秦豊吉tr. 原1915
先著の「現代の列強」を敷衍する。
ドラスチックな国家観は、マイネッケによれば、ランケの1833著を初めとす。
▼鈴木成高『新倫理講座 5 世界と国家』「国家理由」S27
西田幾多郎が岩波倫理学講座の「国家理由の問題」で Staatsrason を“国家理由”と訳した。
▼フォン・ビューロー『大戦の回顧』皆川ロ彦tr. S9
※共産主義に関する伏字あり。
▼A・J・P・Taylor『ヨーロッパ・栄光と凋落』
著者は英ソの結託を主張するアカで有名。
ナポレオンは自らを三人称で呼んだ。
▼戸田雅喬ed.『白露・智利 両国戦闘記事』M13
原版は外国新聞。白露はペルー。
▼鮎貝房之進『雑攷 花郎攷・白丁攷・奴婢攷』S13、repr.S48年
麗朝(新羅のあと。モンゴルに亡ぼされる)の兵制は唐に倣っていて、無官職の民丁(これが白丁の原義)を徴して兵役に服せしめていた。特に辺戍の戍卒とす。
▼Fred Halliday『現代国際政治の展開』
著者はニュー・レフト。
TKとHeavy Gを運べる唯一のソ連機はAn-22である。しかし1974生産中止。
ソ連空挺部隊は東欧以外では働けないだろう。
▼浅野利三郎『日獨ソ大陸ブロック論』S16-5
▼中村孫一ed.『明治以後本邦土木と外人』S17
蘭人ドールンの「治水要目」と「堤防略解」を日本の技術者は皆、書写した。
▼『19世紀ヨーロッパ史』
サンシモンは、個人は全体に結ばれ全体に依存しなければならない――と。
▼相沢好則『ジプシー――受難漂泊の自然児』1989
▼『日本武道大系 第7巻』
▼『軍事史学』第12巻・3号 長岡新治郎「第一次大戦における山東半島および独領南太平洋諸島の占領」S51
▼牛島徳次『漢語文法論(古代編)』S42
▼海軍省海軍軍事普及部『海軍軍備縮小に関する帝国政府の新提案に就て』S7
▼ヘンリ・ユール『東西交流史』
▼千葉徳爾『狩猟伝承』1975
対馬ではシシ垣を毎年すこしづつ前進させ、ついに野猪を絶滅に追い込んだ。
▼千葉徳爾『狩猟伝承研究 補遺篇』H2
明治の中頃まで、マタギの主なエモノはカモシカ。それが減ってしまった。熊はその後の話。
▼千葉徳爾『狩猟伝承研究 総括篇』S61
殺生、肉食、觸穢について。
▼千葉徳爾『狩猟伝承研究 再考編』H9
▼E・D・フィリプス『草原の騎馬民族国家』
南ロシアの発掘から、B.C.3000末までには黒海北岸に2輪霊柩車あり。
▼M・I・リボーヴィチ『ソ連の河川』S55
▼ロストウツエフ『古代の南露西亜』
▼魏隠儒・王金雨『漢籍本のてびき』波多野太郎tr.1987、原1984
元の版本は原本に忠実だが、明人は古書を妄りに改竄した。その反動が清の校勘。
▼A・R・ハーン『戦うギリシア国家』
ギリシャ軍の穀物配給量は、ローマと同じで、1人1年10ブッシェル。1エーカーの耕地産量に相当。※さしづめ日本の1石か。
▼細谷千博ed.『日米関係史・2・海軍』1971
WWI後、海軍大学校は参謀養成所に特化し、戦術教育中心に。
▼黒田孝郎『文明における数学』
equation=方程式, equality=等式
▼奥野彦六『江戸時代の古版本』S57repr. 原S19
▼相田二郎『蒙古襲来の研究』増補版 S57repr.
この頃、首を討取ることを分捕という。
▼ジャン・フランソワ・ルベル(Revel)『民主主義国の終焉』S62、後藤俊雄tr.
「拡張主義があるかどうかを知る最良のやり方は、拡張があったかどうかを見ることだ」(p.38)。※つまりシナはもう十分に拡張主義者の帝国である。
▼山口県教育会ed.『吉田松陰全集・5・孫子評註』S48
▼大庭脩『江戸時代における中国文化受容の研究』S59
▼ア・イ・ディンケヴィッチ『日本の戦時財政』三上正之tr. S40、原1958
▼利光三津夫『満場一致と多数決』
40%でも選出されてしまう制度は Plurality(相対多数)といい、Majority(過半数)とは区別する。
▼兵学研究会ed.『図解 作戦要務令の研究』S15
作戦要務令第3部に準拠。改正操典を加味。
※つくづく対ソ戦しか考えていなかったことがよくわかる。もちろん、S16までに本気で対ソ戦を始める気だったから、こんな出版をしているのだ。
▼ピーター・フォーバス『コンゴ河』田中昌太郎tr. 1979草思社
コンゴ人に荷車も乗物も無し。橋はあった。
▼『皐月会資料 1、2』(国会図書館蔵、GA82 / 31)
ソ連から帰ったばかりの大蔵官僚が、S16-12-31に高級官僚に報告したもの。つづいて、三菱商事の社員や、前企画院第七部長の森川覚三による、官僚勉強会での講演。
▼A・I・エレメンコ『大祖国戦争回想録』防研tr. 1964
著者はソ連邦元帥。範囲は1941-6-22〜1942-2である。
▼高津正道『ソ連の勝因とドイツの敗因』S20-11
▼『現代体育・スポーツ大系・第19巻』S59
和弓は弦も麻に糸を巻き、漆をかけてある。関弦という。
33間堂の66間=120mを、天井にあてずに通すには、1寸の厚みのある弓が必要で、それは70kgの弓力が必要。
▼読売新聞社ed.『兵器最先端・5・歩兵師団』
兵科(類似兵種を一括したもの)をさまざま編合したのが師団。
▼藤原武『ローマの道の物語』1985
ローマは城壁内に墓をつくることを禁じた。
▼海軍省海軍軍事普及部『米国の海軍拡張計画と帝国海軍』S8
▼ポール・アインチッヒ『軍拡の経済戦』伊地知軍司tr. S9
※伏字多し。てことはつまりアカ思想。
▼シュテファン・ポッソニー『総力戦と国防経済』堀真琴tr. S15、原1937〜39
※著者はオーストリー人で、英訳もされている。
▼平井勝『弥生時代の石器』H3
弥生時代の石器には、金属器を模倣したものが認められる(p.11)。
▼『独立歩兵第六十六大隊史』S50
ほとんどシナ戦線。
▼谷崎潤一郎随筆集
「陰翳礼賛」。初出S8〜9。日本の建築でいちばん風流なのは厠。斎藤緑雨いわく、風流は寒きものなり。
▼豊田耕治『戦争は無かった――もう一つの軍隊・陸軍刑務所にて』1983
満洲の航空部隊の整備員だったが、S18に脱走。2ヶ月間逃げ回り、新京郊外の関東軍陸軍刑務所にS19-4までブチ込まれる。恩赦で出た。
▼オスカー・ワイルド『アーサー卿の犯罪』sc恆存&逸tr.、中公文庫1977
「W・H氏の肖像」。僕がイートンの運動場で学んだことはケンブリッジ大学で教わったいかなる事にも匹敵するほど有益なものだった。
▼山口淑子『戦争と平和と歌 李香蘭 心の道』1993
アヘン戦争を描いたシナ映画『萬世流芳』の中で、山口が扮した飴売り娘が「恨不相逢未嫁時」と歌う。題は「売糖歌」。これがWWII中に抗日の意味で全シナで流行った。
▼石岡久夫ed.『日本兵法全集1・甲州流』
日本書紀に神武天皇の「神策」が出る。
▼石岡久夫ed.『日本兵法全集3・北条流』
▼石岡久夫ed.『日本兵法全集4・長沼流』
▼石岡久夫ed.『日本兵法全集5・山鹿流』
▼石岡久夫ed.『日本兵法全集6・諸流兵法(上)』
闘戦経は、詭をうとみ、蛮勇のみが兵道であるとする。
※これ以外のシリーズは、過去の武道通信メルマガの「◎今週の古本」で紹介したはず。
▼リデル・ハート『ナポレオンの亡霊』
斜交陣……oblique order
野外令……Field Service Regulation
ナポレオン以前、築城技術が進歩し、補給力は低いままだったので、軍の機動も会戦も少なくなった。
▼林えり子『宵越しの銭』1991
▼室山義正『近代日本の軍事と財政』
横須賀造船所で明治10年代に、首長ウェルニーの設計により、迅鯨、清輝、天城が建造され、磐城、海門、天竜は日本人が設計した。すべて木造艦。
▼伊藤桂一『遥かな戦場』1994 NF文庫
14年式の重榴弾砲は、1個中隊が3個小隊で、各小隊3門。
▼福原勤『旭防空監視哨の記録』S54
千葉県旭市である。監視哨のマークは、「|に○にハ」を上中下にくっつけたもの。
▼酒井充実『濁流部隊』S17-1
iの通信隊分隊長。徐州会戦前のハナシ。
▼東京市役所『東京市の防空都市計画(未定稿)』S18-3
ロンドンはテムス河口がヨーロッパに向いているから首都になった。
▼東京市役所『防空都市計画上より観たる防護施設概要』S13-7-5
常緑多肉の濶葉樹を植えろ。
▼『近衛野砲兵連隊史』S61
輸送船内で斃れた馬は水葬。
▼ジョルジュ・ジャン『文字の歴史』高橋啓tr. 1990
楔文字は6000年前に、帳簿に会計記録をつけるために生まれた。
▼枝法『陸軍航空士官学校』S19-9(※つゞき。前半のメモは発見しだい紹介)
「古期生徒」は古参のこと。対語は「新期生徒」。他に「中期生徒」。
▼植田捷雄『支那に於ける租界の研究』S16-9
※租界に関する決定版的文献。
▼防研史料『満洲に関する用兵的観察・第12章第4篇・匪族及住民』S27
中山貞武が防研に提供した、昭和9年から20年にかけての経験である。
▼大東亜戦争調査会ed.『米国の世界侵略』毎日新聞社pub. S19-5
S18に比島セブで、ゲリラの隊長米人フェカトンは、親日フィリピン人を木に吊るし、馬で引っ張って八つ裂きにした(p.21)。
▼田中重久『日本に遺る印度系文物の研究』S18-9
日本には朝鮮の仮名文字は入らなかった。
▼海軍技術研究所航空班『週報』第74号〜(大12-10〜) 国会図書館蔵
水上機のゲタの下面にわざわざもうけられている段差のことをstepという。 Single step type と 2 step type あり。尾フロートは Tail float という。
▼仲田正之『江川担庵』
幕末天領は、支配が弛緩して一揆が発生すれば、瞬時に無政府状態。
▼『脳外科医の幕間』S60
1981のレーガン狙撃事件で被弾したブレーディ氏。レントゲンで見たら脳内に断片が散乱。うわごとを言い、手足を動かし、血圧は240〜160と非常に高し。
▼sc恆存『日本を思ふ』S44
西欧では、近世と近代は分けられない。個人主義は近世からあった。
個人主義とは、発想も帰結も、孤独でなくてはならない。
▼(社)日本建設機械化協会『建設機械化の10年』S34
文久2年に米人山師×2により、北海道のユーラップ鉛山で、はじめて、発破。
▼飯村穣『兵術随想――日本の防衛を語る』S41
著者はM21うまれ、ロシア班、トルコ駐在武官、総力戦研究所長、セレベスの第2方面軍司令官。
▼飯村穣『続兵術随想』S45
▼御田重宝[しげたか]『人間の記録 レイテ・ミンダナオ戦・前編』1977
福山41Rnを追ったもの。
▼御田重宝『人間の記録 レイテ・ミンダナオ戦・後編』1977
日本兵はゲリラから米式装備を奪って自用していた。
▼ラファエル・スタインバーグ『フィリピンの激闘』水谷驍tr. タイムライフブックスpub. 原1978
※数値がほとんど出てこない。いかにマックが記録を捨ててしまったか。
▼西本正巳『フィリピンの戦い』月刊沖縄社pub. S55
参考資料は、ロバート・スミスの3冊。また戦史室の『比島攻略作戦』『捷号作戦レイテ決戦』『捷号作戦ルソン決戦』『海軍捷号作戦』。児島襄『太平洋戦争』。
※フィリピンの飛行場についてはかなり詳しい本。ボリューム的には決定版で、653頁もある。
▼特別附録:ヨコ組み劇画『やっぱりありえなかったぜ 南京大屠殺(From Shanghai to Nanking)』のオリジナル脚本/兵頭 二十八
●トビラのタイトル:「State Commanding Terrorism(国家指令テロ)」
○シナ某市・市街のはずれ・3階建て某庁舎の広い中庭
中庭中央に、3人のシナ人が後ろ手に縛られて、跪座させられている。
3人のうち、一人はいかにも共産主義学生風、一人は壮士風、一人は元将校風。
その後ろには、ナチスドイツ軍とまったく同じ格好(ただしヘルメットの横に青天白日マーク)の蒋介石親衛隊が3名、モーゼルカービンを提げて並んでいる。銃殺要員だ。
指揮官らしい男がさらにその脇に立っている。
彼らの服装はナチ風で決まっているものの、あまり規律正しそうな立ち姿勢でもない。そこはシナ軍らしい。
中庭の壁際、および1〜2階の窓では、多数の軍人、要人、官僚とおぼしきシナ人たちが遠巻きに見物。タバコを吸っている者もいる。
ナレーション「1937年7月――」
指揮官、庁舎の3階の窓を振り仰ぐ。
窓際に立っているのは、ナチルックの蒋介石だ。
蒋介石、うなずく。
| 幕末ロマン・新撰組の足跡を訪ねて 7月20日(日) |
幕末ロマン・新撰組ゆかりの名所・旧跡を訪ねる1日バスツアーを
下記の通り企画しましたので奮ってのご参加をお待ち致します。
《先着40名》
@日時:2008年7月20日(日)
@費用:¥10,000−(含む昼食代、入場料等)
<出発:午前8時 JR市ヶ谷駅>
*試衛館跡(市ヶ谷柳町) 天然理心流の剣道場跡
<三鷹>
*龍源寺(近藤勇の墓)、近藤勇の生家・道場跡、産湯の井戸
時間があれば禅林寺の森鴎外、太宰治の墓
<日野>
*井上源三郎資料館:源三郎の生家
*宝泉寺:鳥羽伏見の戦いで戦死した新撰組6番隊組長・井上源三郎の墓と碑
*八坂神社:安政5年(1858)佐藤道場・天然理心流剣士達の奉納額
後の新撰組の近藤勇(島崎勇義武)、沖田総司(総次郎)、井上源三郎の名
*大昌寺:新撰組育ての親で日野宿本陣の名主、佐藤彦五郎・のぶ(歳三姉)夫妻の墓
*旧佐藤道場(日野宿本陣):東京で唯一残る本陣の建物
文久3年(1863)建立の佐藤彦五郎の家、彦五郎が自宅長屋の一角を
改造した道場で 近藤勇、土方歳三、沖田総司、井上源三郎らが稽古に励んだ。
*土方歳三資料館:新撰組副長・歳三の生家
愛刀『和泉守兼定』、鉢金(額を守る鉄板)、手紙等縁の品々を展示。
*石田寺(せきでんじ):明治2年5月11日松前街道で馬上指揮中に銃弾を受けて
斃れた 土方歳三の墓と碑
*高幡不動尊:近藤勇、土方歳三の顕彰碑『殉節両雄の碑』『土方歳三像』
@京王線・高幡不動駅で下車希望の方々は当日お申し出下さい。
<解散:午後5時30分頃 新宿駅>
@お申込:日本エアービジョン梶@担当:浅田
電 話:03−3538−2071
メール:hito-yoshi5@coffee.ocn.ne.jp
| 兵頭二十八私塾「読書余論」5月期 |
*今月で23回。来月6月で2年となります。
当告知版に目次が載っております。読みたい月があれば
ご注文ください。
▼太田算之介『太田伍長の陣中日記』S15-10、岩波書店
谷川徹三いわく、陣中では日常的なことが却って異常に見えるので、日記によく残る。
S14-3時点で、「武士道とは死ぬことと〜」のフレーズは知れ渡っていた(pp.45-6)。
しかし太田日記には出てこない。
▼風間鉄太郎ed.『警察消防殉職録』S24-7
維新からS20-8まで、警察官は3000人殉職した。
▼警視庁史編さん委員会『警視庁警察職員殉職者顕彰禄』S42
▼アルフレッド・Thayer・マハン著『海軍戦略――陸軍作戦原則との比較対照』原題“Naval Strategy: Compared and Contrasted with the Principles of Military Operations on Land”1911-10、海軍軍令部・尾崎主税中佐tr. 1932-4訳刊、1978原書房復刻
外山三郎(防大教授)の巻頭解題。外山はじっさいにこの原書で防大の講義をしているという。
▼中島彰『全核兵器消滅計画』2005-7、講談社
S20-7に呉沖で日本の戦艦に撃墜された米機の乗員、数名が広島に捕虜になっていて、被爆死。
▼防研史料〔(7) 教範 333〕『水中爆傷』海軍省教育局 S18-4-30
沈没した特設砲艦の爆雷が自爆した。
▼ダグ・リチャードソン『AH-64 アパッチ――最強攻撃ヘリのすべて』石川潤一tr. 1990-3
1972にAAH計画が公表される以前は、要求性能は海面高度での性能が示されていた。がAAHでは、気温35℃、高度1220m――ようするにベトナムにおいてよくあり得る、稀薄な地表大気中での機動性能が吟味されることに。
▼河出孝雄ed.『現代心理学 第七巻 国防心理学』S16-12
初陣で敵のAの着弾は、じっさいよりも数百mも近くに思われる。
M39〜S9まで「廃兵院」といっていた。今は「国立傷兵院」。
支那事変になってから、「傷痍軍人」という語が普及。
▼ベン・R・リッチ『ステルス戦闘機――スカンク・ワークスの秘密』増田興司tr. 1997-1、原1994
ソ連の防空ミサイルであるSA-5は、核弾頭を装備し、高度38000mまで達する。「この高度では、小型核弾頭の爆発による熱と爆風は地上までは届かず、放射性降下物は、上空の風に流されてフィンランドかスウェーデンあたりまで運ばれると考えられていた」。防空ミサイルの核爆発により、おそらく160km以内の高空を飛ぶ爆撃機は、すべて撃ち落とされる(p.45)。米空軍は、ソ連上空を偵察するときには、この閃光に備えた特別なメガネを携行する。
▼安倍源基『昭和動乱の真相』中公文庫2006、原1977-10(原書房)
※初版は、サトケン本の後に出されたのである。
著者は山口県人であり、同郷の石川信吾、末次信正、岸信介とは濃密な交際があった。
著者いわく、諸悪の出発点はロンドン条約だった。昭和5年春調印の。
▼Alfred Vagts 著“Deffense and Diplomacy ―― The soldier and the conduct of foreign relations”,1956英国刊、国会図書館S31-12-20受け入れ
※こんなタイトルの本が国会図書館にあったら、どうして閲覧せずにいられようか? しかし、得るところはすくなかった。
▼田村・増田『牽引車工学』S19-6
S6〜7に大不況あり、日本政府は失業救済のため、土木工事に機械力を使うことを「極度に制限」した。
▼『宝田二十五年史』大9-5
長岡の石油を掘るために、M26-3に設立された。
石狩にも含油帯がある。北端は稚内。南端は長野市郊外の篠ノ井。そこから台湾にとぶ。
内地では、他に、静岡の海岸。※よって清水次郎長が国内油田詐欺に関与したわけ。
▼『死闘の水偵隊』補遺 ※前回、漏らしていたメモ。
重巡の主砲弾は30秒あまり飛翔して28000m先に弾着する。「妙高」からの第2斉射は敵巡洋艦から1000mも離れたところにパラパラと落ちたのが水偵から見えた。
▼『高速爆撃機「銀河」』補遺 ※これも前回漏らしたメモ。
銀河は高速にするため並列座席配置をとらなかった。
▼『高速空母隊』補遺 ※これも前回、漏らしていたメモ。
エセックス級は、5インチ×12、40ミリ×68〜72、20ミリ×52だった。
▼『双発戦闘機「屠龍」』※残欠メモ。
斜め銃の長所は、何連射でもかけられること。
▼『液冷戦闘機「飛燕」』※残欠メモ。
五式戦は393機つくられた。
五式戦にターボ過給機をつけた試作機は1万mまで18分で上昇し、そこでの最大速度は565kmだった。ただしインタークーラーがなかった。
▼木俣慈郎『陸軍航空隊全史』
高度5000mまで零戦は5分以上かかるが、1500馬力の鐘馗は4分半。飛燕・疾風すら6分台だ。そのかわり、鐘馗は2時間も飛ぶとガス欠。航続距離は隼の7割。脚折り事故も続発。
▼防研史料〔防空/満州方面/8〕『S6-2(陸軍航本)関東軍飛行隊関係資料』
陸軍戦闘機のMGは「発射用押金」。
「八九式発射聯同機」は油圧式であった。
▼防研史料〔防空/満洲方面/11〕『S8-7-5〜 航空本部書類綴』
7-12-23に、帰投後、残していた爆弾が爆発して死ぬ事故。
▼コリン・ロス『日中戦争見聞記』金森・安藤tr. 2003講談社学術文庫、ハードカバー和訳1990、原1940ライプツィヒ
著者は1939-4に、シスコから14日の船旅をして横浜到着。
▼オア・ケリー『F/A-18の秘密』吉良忍tr. 1992-5朝日ソノラマ
F-18のメーカーにいわせると、F-14はバックファイアが出現するまでは海軍の要求を満足する機体だった。可変翼は、小さな着艦速度と大きな最高速度を両立させるため。だが、F-14サイドにいわせると、矢が放たれる前に射手を狙える、と。※バックファアから発射される対艦ミサイルこそフェニックスのターゲットではないのか。
▼岩波洋造『花粉』S31
パリノロジー=花粉や胞子の学。
ブラウンは花粉中の細粒子のふしぎな運動をみて、これが生命現象でなく、物理現象たるを知れり。1826のこと。
▼川上善六『進駐兵と日本』S21-6
▼フリード、ハリス&マーフィー共編、大林太良・他tr.『戦争の研究』S45、原1968
※ベトナムを背景にした、米人の自家クエスチョン集。
▼安藤鉄腸『宗教上の外交問題(布教権とは何ぞや)』大4〜5
▼田尻稲次郎『国家の富』大2-12
著者は会計検査院長。
▼荒井徳治『山岳部隊』S16-6
バイアス湾上陸→広東へ。
馬は興奮して兵隊をひきずりまわす。おどろき、かつ、たけりたっている。
▼(社)帝国発明協会ed.『発明読本』S16-2
前に米雑誌『インディペンド』が米国の最重要人物を投票させたら、87%がエジソンだった。
英文豪ミルいわく「現代の文明は印刷術の賜物である」。
▼阿部信夫『支那事変戦記 海軍航空戦』S14-6、S17repr.
イ-16は、S12-12-2、南京上空で南郷大尉が初撃墜。
その後、イ-15とともに南昌や漢口の常連となる。
▼高楠順次郎『知識民族としてのスメル族』S19-10
著者は文博。既著に、「大東亜海の文化」「亜細亜文化の基調」。
▼比佐友香『朝日航空講座 上巻』S14-7、S17repr.
※下巻は未見。
パリにあるテニスコートの Roland Garoos は、地中海を初横断した同名パイロットを記念。
▼水田洋『近代人の形成』S29 ※補遺
ドイツ観念論では、行為は意志の完全な自律である。イギリス経験論では、行為は欲望に直結。それでイギリス経験論が、物質を媒介して、市民社会の概念を生んだ。
▼内藤虎次郎『清朝史通論』S19
大4の講演禄「清朝衰亡論」も収む。
清代に、明史二百数十年分を、60年かけてつくった。
清史は明の10倍くらいになるはずで、いつまとめられるか不明。
▼稲葉岩吉『清朝全史』大3
八旗は騎兵なので、維持にカネがかかる。
▼鈴木艮『世界文化史大系 第18巻 明の興亡と西力の東漸』S10-3
明以前はけっきょく唐制。
明の太祖が、文鎮型の組織に変えた。
▼世界文庫刊行会tr.『米国小学読本』上・下 大10-6〜9
ブレーメンの音楽隊は「老獣」のしあわせ物語なのか。ただし鶏だけは若そう。
▼世界文庫刊行会tr.『英国小学読本』上・下 大10-5〜12
魚はとってもいいが、鳥の巣はとるなと何度も教える。
▼村松定延『飛行機の組立検査』S20-6
航空機製造検査のハナシ。
▼日本ダム協会『ダム総覧 1969』S44-1
※近代以前からの農業用ダムも溜池も砂防ダムも網羅。すごい資料。
▼建設省河川局『多目的ダムの建設 ――昭和62年版』第1巻(S63-2)
A.D.6年に、溜池をつくったとの記録が日本最古。高さ15m。いまの大阪府狭山町。
▼ヘッケル著、芹沢登一tr.『独逸の肉弾』S4-12
著者は後備大尉で、その手記をWWI中の大4から無断翻訳して『時事新報』に連載し、大5-8に単行本にして、大7-11に五十版〔これはたぶんサバ読みの嘘数字〕。その後、権利クレームがつき、もめていたが、十数年ぶりに51版として再刊した、と。
芹沢は、乃木家の家庭教師もやった男。※長男にドイツ語を教えたのか。
▼William Franklin Willonguby著、資源局ed.『世界大戦に於ける米国総動員概説』S9-12、原“Government Organization War Time and After”, 1919.
権限の撞着を避けよ。
まず軍事計画をできるだけディテールまで決めないと、動員すべきレベルや範囲が分からない。
| 「日本国民フォーラム」発足記念総会 5月29日 |
平沼赳夫衆議院議員を最高顧問とし、党派を超えて自民・民主両党の
有志の国会議員が顧問。地域から日本を見つめて発言・行動するため
に全国の地方議会議員や民間有志を結集するフォーラム。
下記サイトから参加申込書を印刷してご記入の後、
FAXまたは郵送にてお申し込みください。
http://www.bushido.jp/img/topic/kokumin_080529.pdf
FAXの場合 FAX:03-6905-8456
郵送の場合 〒152-0001 東京都目黒区中央町1-14-11-303
日本国民フォーラム事務局 平田文昭
日時 2008年5月29日(木曜日) 18:30〜20:30(開場 17:30)
会場 品川区民センター「きゅりあん」小ホール
JR京浜東北線・東急大井町線「大井町駅」すぐ
東京都品川区東大井5-18-1 電話:03-5479-4100
会費 1,000円
記念講演 衆議院議員 平沼赳夫先生
| 兵頭二十八私塾「読書余論」4月期 |
▼富岡定俊『開戦と終戦』S43年、毎日新聞社
※最も早い「参謀の仕事」の紹介本である。
本籍は長野県の松代。しかし出生は江田島。父が大佐で教官であった。
▼ラス・カサス著『インディアスの破壊についての簡潔な報告』染田秀藤tr. イワブン1976、原1552
コンキスタは、自然の法、神の法および人定の法により非とされている(p.14)。
▼ハンナ・アレント『人間の条件』志水速雄tr. ちくま学芸文庫1994、原1958“The Human Condition”
1956にシカゴ大学で、活動的生活という題で一連の講義をした。それを書籍にした。初訳は1973である。
▼中山伊知郎『戦争経済の理論』S16-10
ピグーは『戦争の経済学』を最初に書いて、これをアダム・スミスの平時経済学の姉妹篇にしたいと提唱した。※国際法の平・戦時の分別からの類推のみ。
さいきんのドイツ人は、戦争経済学以外に経済学などない、と叫んでいる。
▼カール・R・ポパー『開かれた社会とその敵 第二部』小河原&内田tr. 1980
アリストテレスは、独創的な思想家ではない。プラトンにつけ足したものといえば、無味乾燥な体系化のみ。ただし、論理学は彼の創案である。
▼ハリー・エマソン・ワイルズ『東京旋風――これが占領軍だった』井上勇抄訳、S29-9、原1954-5“Typhoon in Tokyo”
米国は過去の軍事占領の事例を三十件以上検討して、1ダース近い試案を比べてみて、日本占領計画を立てていた(p.21)。※といっても、キューバ、プエルトリコ、フィリピンなんだけどね。
▼高橋作衛「最近外交内治の重要事項に関する質問」於#42議会貴族院、大9-1-23
日露戦争で有名な国際法の博士が、原敬首相を相手としたもの。
▼工藤章興ed.『自然の中で生き残るための サバイバル読本』1988
※初版1982で、58版なので、あるていどは信用できるのだろう。
く擦ると高熱が出る。それを火口とする。
植物の根は、おろしがねでおろせば代用食になる。横井も実践。
▼室井兵衛ed.『満州独立守備隊』S48
占守島の戦車は、1式中戦車だった。voice 通信が、できた。
▼富田●純「密教百話」大2
「口伝(くでん)」とは密教の用語なり。特に東寺を中心とする弘法大師の真言宗である東密(とうみつ)が「口伝為本(くでんいほん)」といった。
▼防研史料『対火焔行動ノ参考』S19-8
火焔戦車には、ソ連も使うマーク4(チャーチル)2型、ソ連の9.5トンのT-26、ソ連の26トンのTo-34がある。※マチルダに言及なし。要するに対ソ戦しか考えていない。
▼ハーマン・カーン『日本未来論』S44、読売新聞社
著者はポーランド系ユダヤ人。1950年代にカルテックスにいた。ランド研究所で民間防衛に取り組んだ。熱核戦争のシミュをシナリオライティング手法で公開したので、ドクターストレンジラブよばわりされた。
▼Robert Gardner 編『Steam, Steel & Shellfire ―― The Steam Warship 1815〜1905』1992
モニター艦シリーズは自航力が低いので、拠点から拠点まで曳航してもらう必要があった。
モニター艦の火砲は11インチのスムーズボア×2門だが装填に7分もかかった。これでは海戦に要求される火力量要求をまったく満たさない。
▼阿武武彦『上代に於ける集団意識の展開』S15-7
大昔から、進んだ文明圏より他圏をみれば、そこには個人の個性はなく、ただ部族の個性だけが認められるようだった。
▼文部省刊、帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第24輯』大8-3
1918、ドイツにおける戦時の幼児保護についての英人のリポート。多くの母親は都市から田舎へ疎開した。食糧を得るため。
▼帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第17輯』大7-7
仏独婦人の戦時事業。
▼帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第16輯』大7-10
英人による1918、戦時の少年犯罪についてのリポート。
空気銃による傷害罪もあった。
▼帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第1&2輯』大4-8
各国新聞コラムのオムニバス。
▼『陸軍主計団記事』大5-10月号、陸軍経理学校pub.
経理学校は市ヶ谷にあり。
▼『陸軍主計団記事』大6-1月号
げんざい、日本のGDPはイタリアやシナよりも小さい。
▼フロイス『日本史』1巻 つづき
僧侶たちは……権威づけるために、きわめて意味不明瞭な漢語の表現を使ったが、それは……日本人でさえわからない言葉であった。
▼陸軍習志野学校・化兵監部監修『発煙筒使用ノ参考』(「特」秘)、S17-3
煙はふんだんに使えるもんじゃない。それゆえ、払暁、薄暮、霧、砂埃に乗ずることだ。爆煙も利用せよ。
▼ライプニッツ著『モナドロジー 形而上学叙説』清水富雄・他訳、2005
下村寅太郎の解説。いっさいの学問を数学に還元しようとした。
ホワイトヘッドが17世紀を天才の世紀と呼んだ。
▼吉田章信『日本人の体力』S14-11
国立体力研究所は大13設立。
40歳を越えると、太っていても痩せていても、早死にのもととなる。肺活量の大な者は、長生きする。
▼長濱正寿『知事公選の諸問題』S21-7
戦時中、「政治」は「行政」化した。
戦後は、その逆をやらねば。
▼森松俊夫『頼れる指揮官』S58、芙蓉書房
西郷従道は、M19-7-13横浜出、7-28シスコ着、9-12リパブール着、9-22アームストロング社見学。ついで独、露、伊を回り、M20-6-30横浜着。
▼ヴィルヘルム・ミュンヒ『帝王教育思想史』西田宏tr. 大7-11
スペインのユアン・マリアナいわく、王はその使節に対してなりとも、心底を打ち明くること勿れ。
▼溝口靖夫『東洋文化史上の基督教』S16-3
Seres, Cerica は、蒙古語の絹に由来するギリシャ語から。最も古いシナの第三人称。
▼Jack Sweetman 著“American Naval History”、1984, 1991
アナポリスで刊行されている、編年体の本。
1865年3月24日。フランスで建造された南部同盟の甲鉄艦、「Stonewall Jackson」は、Thomas J. Page を司令官として、スペインのエル・フェロルから米国に出航した。
▼松好貞夫『日本両替金融史論』S7-10
江戸の重農思想……「尊農抑商」「財末農本」
▼小坂浅次郎『質屋利子の研究』S9-11
著者は東京質屋組合の者。
東京の質屋は資本家ではない。どこか別なところから資金を供給されている。
▼斉藤磯雄『ラ・ロシュフコオ箴言録(マクシム)』S11-2
REFLEXIONS(反省) MORALES(道徳)
原書は17世紀、ルイ14世時代。
▼James M. Morris 著“US Navy”、1984
1880年の米海軍は、チリ海軍やシナ海軍以下の陣容に減耗していた。
▼池田純久『軍事行政』S9-4
著者はこの時点で陸軍省軍務局の少佐。
▼嶋田虔次『中国に於ける近代思惟の挫折』S24-3
欧米では、学問のための学問、芸術のための芸術がでてくると、近世だという。
▼エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史・上〈普及版〉』中倉玄喜tr. 2008
この新訳の初版は2000年。その改訂版。
訳者の「はしがき」いわく、チャーチルはインドでの兵役中に、父の愛読書であったギボンを勉強してみようと思い、読み出して、完全にハマッてしまった。
▼エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史・下〈普及版〉』中倉玄喜tr. 2008
蛮族からなる補助軍の兵士たちは、アルプス以遠には派遣されないという条件で志願していた。が、ユリアヌス帝は、かれらを対ペルシャ戦に投じた。
これら傭兵は、市民ではないので、国家には忠誠心はない。
▼マーレー、ノックス、バーンスタイン他著『戦略の形成(下)』石津・永末監訳、2007、原1994
ビスマルク以後、ドイツ帝国軍は、歴史解釈すら独占した。そして、ハンス・デルブリュックのようなプロの歴史家による軍事史の自由研究に、強く反発した。
▼ウィリアム・ブロクノー『十五時間の核戦争』上、後藤安彦tr. S60 ハヤカワ文庫、原1983“Trinity's Child”
※レーガン大統領へのイヤガラセとして書かれたとしか思えない反戦小説。とうぜん、映画化の話はまったく無かったし、この著者の次回以降の取材可能先は先細りとなるしかなかっただろう。
▼永原慶二『日本の名著 9 慈円・北畠親房』1971-6
慈円は九条兼実の弟。有名な歌人の慈円がじつは愚管抄の著者だったと認知されたのはここ50年のことだ。
後鳥羽上皇は、慈円こそ西行の歌風をつぐ当代随一の歌人だと宣伝した。新古今集の中に、西行の94首につぐ91首がおさめられている。生前に勅撰和歌集にこんなに選ばれた詠み手は、他にはいない。俊成・定家すら72首、46首にすぎぬ。
▼某米国海軍大尉著、式場隆三郎tr.『俘虜の心理』S21-2刊、1945-12述
※おそらく著者は2世だろう。勧降係らしい。
日本兵捕虜の多くは戦死とカウントされていて、帰ったら墓があり、妻は弟や従兄弟と再婚しているケースもしばしば。いわゆる「生きていた英霊」。
▼牧勝彦『英国スパイ五百年史』S15-9
種本は、ワルタ・ケルベル、A・ザイド、ロベール・プカールの3冊。
7月末に英国スパイの検挙あり。ロイター通信日本代表は自殺した。
▼植田清次『戦争論』S8-5
※馬込健之助や長谷川如是閑らのオムニバス。赤っぽい。
バブーンは樹上で寝る。若い羚羊くらいは殺せる。しかし豹が天敵。
▽S・デ・マダリアガ「コロンブスの夢」野口祐tr.
※文献の徹底考査によってコロンブスはユダヤ系だったと主張した内容である。
▽「耶律楚材西遊録」中野美代子tr.
耶律とは、ヤルートである。
シナ人は、河川は東流するものだとおもっているから、西域で西流する川をみると、ひどく驚き、特筆大書する。
シナでは白は凶の色とされている。
| 兵頭二十八私塾「読書余論」3月期 |
▼富岡定俊『開戦と終戦』S43年、毎日新聞社
※最も早い「参謀の仕事」の紹介本である。
本籍は長野県の松代。しかし出生は江田島。父が大佐で教官であった。
▼ラス・カサス著『インディアスの破壊についての簡潔な報告』染田秀藤tr. イワブン1976、原1552
コンキスタは、自然の法、神の法および人定の法により非とされている(p.14)。
▼ハンナ・アレント『人間の条件』志水速雄tr. ちくま学芸文庫1994、原1958“The Human Condition”
1956にシカゴ大学で、活動的生活という題で一連の講義をした。それを書籍にした。初訳は1973である。
▼中山伊知郎『戦争経済の理論』S16-10
ピグーは『戦争の経済学』を最初に書いて、これをアダム・スミスの平時経済学の姉妹篇にしたいと提唱した。※国際法の平・戦時の分別からの類推のみ。
さいきんのドイツ人は、戦争経済学以外に経済学などない、と叫んでいる。
▼カール・R・ポパー『開かれた社会とその敵 第二部』小河原&内田tr. 1980
アリストテレスは、独創的な思想家ではない。プラトンにつけ足したものといえば、無味乾燥な体系化のみ。ただし、論理学は彼の創案である。
▼ハリー・エマソン・ワイルズ『東京旋風――これが占領軍だった』井上勇抄訳、S29-9、原1954-5“Typhoon in Tokyo”
米国は過去の軍事占領の事例を三十件以上検討して、1ダース近い試案を比べてみて、日本占領計画を立てていた(p.21)。※といっても、キューバ、プエルトリコ、フィリピンなんだけどね。
▼高橋作衛「最近外交内治の重要事項に関する質問」於#42議会貴族院、大9-1-23
日露戦争で有名な国際法の博士が、原敬首相を相手としたもの。
▼工藤章興ed.『自然の中で生き残るための サバイバル読本』1988
※初版1982で、58版なので、あるていどは信用できるのだろう。
く擦ると高熱が出る。それを火口とする。
植物の根は、おろしがねでおろせば代用食になる。横井も実践。
▼室井兵衛ed.『満州独立守備隊』S48
占守島の戦車は、1式中戦車だった。voice 通信が、できた。
▼富田●純「密教百話」大2
「口伝(くでん)」とは密教の用語なり。特に東寺を中心とする弘法大師の真言宗である東密(とうみつ)が「口伝為本(くでんいほん)」といった。
▼防研史料『対火焔行動ノ参考』S19-8
火焔戦車には、ソ連も使うマーク4(チャーチル)2型、ソ連の9.5トンのT-26、ソ連の26トンのTo-34がある。※マチルダに言及なし。要するに対ソ戦しか考えていない。
▼ハーマン・カーン『日本未来論』S44、読売新聞社
著者はポーランド系ユダヤ人。1950年代にカルテックスにいた。ランド研究所で民間防衛に取り組んだ。熱核戦争のシミュをシナリオライティング手法で公開したので、ドクターストレンジラブよばわりされた。
▼Robert Gardner 編『Steam, Steel & Shellfire ―― The Steam Warship 1815〜1905』1992
モニター艦シリーズは自航力が低いので、拠点から拠点まで曳航してもらう必要があった。
モニター艦の火砲は11インチのスムーズボア×2門だが装填に7分もかかった。これでは海戦に要求される火力量要求をまったく満たさない。
▼阿武武彦『上代に於ける集団意識の展開』S15-7
大昔から、進んだ文明圏より他圏をみれば、そこには個人の個性はなく、ただ部族の個性だけが認められるようだった。
▼文部省刊、帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第24輯』大8-3
1918、ドイツにおける戦時の幼児保護についての英人のリポート。多くの母親は都市から田舎へ疎開した。食糧を得るため。
▼帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第17輯』大7-7
仏独婦人の戦時事業。
▼帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第16輯』大7-10
英人による1918、戦時の少年犯罪についてのリポート。
空気銃による傷害罪もあった。
▼帝国教育会ed.『時局に関する教育資料 第1&2輯』大4-8
各国新聞コラムのオムニバス。
▼『陸軍主計団記事』大5-10月号、陸軍経理学校pub.
経理学校は市ヶ谷にあり。
▼『陸軍主計団記事』大6-1月号
げんざい、日本のGDPはイタリアやシナよりも小さい。
▼フロイス『日本史』1巻 つづき
僧侶たちは……権威づけるために、きわめて意味不明瞭な漢語の表現を使ったが、それは……日本人でさえわからない言葉であった。
▼陸軍習志野学校・化兵監部監修『発煙筒使用ノ参考』(「特」秘)、S17-3
煙はふんだんに使えるもんじゃない。それゆえ、払暁、薄暮、霧、砂埃に乗ずることだ。爆煙も利用せよ。
▼ライプニッツ著『モナドロジー 形而上学叙説』清水富雄・他訳、2005
下村寅太郎の解説。いっさいの学問を数学に還元しようとした。
ホワイトヘッドが17世紀を天才の世紀と呼んだ。
▼吉田章信『日本人の体力』S14-11
国立体力研究所は大13設立。
40歳を越えると、太っていても痩せていても、早死にのもととなる。肺活量の大な者は、長生きする。
▼長濱正寿『知事公選の諸問題』S21-7
戦時中、「政治」は「行政」化した。
戦後は、その逆をやらねば。
▼森松俊夫『頼れる指揮官』S58、芙蓉書房
西郷従道は、M19-7-13横浜出、7-28シスコ着、9-12リパブール着、9-22アームストロング社見学。ついで独、露、伊を回り、M20-6-30横浜着。
▼ヴィルヘルム・ミュンヒ『帝王教育思想史』西田宏tr. 大7-11
スペインのユアン・マリアナいわく、王はその使節に対してなりとも、心底を打ち明くること勿れ。
▼溝口靖夫『東洋文化史上の基督教』S16-3
Seres, Cerica は、蒙古語の絹に由来するギリシャ語から。最も古いシナの第三人称。
▼Jack Sweetman 著“American Naval History”、1984, 1991
アナポリスで刊行されている、編年体の本。
1865年3月24日。フランスで建造された南部同盟の甲鉄艦、「Stonewall Jackson」は、Thomas J. Page を司令官として、スペインのエル・フェロルから米国に出航した。
▼松好貞夫『日本両替金融史論』S7-10
江戸の重農思想……「尊農抑商」「財末農本」
▼小坂浅次郎『質屋利子の研究』S9-11
著者は東京質屋組合の者。
東京の質屋は資本家ではない。どこか別なところから資金を供給されている。
▼斉藤磯雄『ラ・ロシュフコオ箴言録(マクシム)』S11-2
REFLEXIONS(反省) MORALES(道徳)
原書は17世紀、ルイ14世時代。
▼James M. Morris 著“US Navy”、1984
1880年の米海軍は、チリ海軍やシナ海軍以下の陣容に減耗していた。
▼池田純久『軍事行政』S9-4
著者はこの時点で陸軍省軍務局の少佐。
▼嶋田虔次『中国に於ける近代思惟の挫折』S24-3
欧米では、学問のための学問、芸術のための芸術がでてくると、近世だという。
▼エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史・上〈普及版〉』中倉玄喜tr. 2008
この新訳の初版は2000年。その改訂版。
訳者の「はしがき」いわく、チャーチルはインドでの兵役中に、父の愛読書であったギボンを勉強してみようと思い、読み出して、完全にハマッてしまった。
▼エドワード・ギボン『ローマ帝国衰亡史・下〈普及版〉』中倉玄喜tr. 2008
蛮族からなる補助軍の兵士たちは、アルプス以遠には派遣されないという条件で志願していた。が、ユリアヌス帝は、かれらを対ペルシャ戦に投じた。
これら傭兵は、市民ではないので、国家には忠誠心はない。
▼マーレー、ノックス、バーンスタイン他著『戦略の形成(下)』石津・永末監訳、2007、原1994
ビスマルク以後、ドイツ帝国軍は、歴史解釈すら独占した。そして、ハンス・デルブリュックのようなプロの歴史家による軍事史の自由研究に、強く反発した。
▼ウィリアム・ブロクノー『十五時間の核戦争』上、後藤安彦tr. S60 ハヤカワ文庫、原1983“Trinity's Child”
※レーガン大統領へのイヤガラセとして書かれたとしか思えない反戦小説。とうぜん、映画化の話はまったく無かったし、この著者の次回以降の取材可能先は先細りとなるしかなかっただろう。
▼永原慶二『日本の名著 9 慈円・北畠親房』1971-6
慈円は九条兼実の弟。有名な歌人の慈円がじつは愚管抄の著者だったと認知されたのはここ50年のことだ。
後鳥羽上皇は、慈円こそ西行の歌風をつぐ当代随一の歌人だと宣伝した。新古今集の中に、西行の94首につぐ91首がおさめられている。生前に勅撰和歌集にこんなに選ばれた詠み手は、他にはいない。俊成・定家すら72首、46首にすぎぬ。
▼某米国海軍大尉著、式場隆三郎tr.『俘虜の心理』S21-2刊、1945-12述
※おそらく著者は2世だろう。勧降係らしい。
日本兵捕虜の多くは戦死とカウントされていて、帰ったら墓があり、妻は弟や従兄弟と再婚しているケースもしばしば。いわゆる「生きていた英霊」。
▼牧勝彦『英国スパイ五百年史』S15-9
種本は、ワルタ・ケルベル、A・ザイド、ロベール・プカールの3冊。
7月末に英国スパイの検挙あり。ロイター通信日本代表は自殺した。
▼植田清次『戦争論』S8-5
※馬込健之助や長谷川如是閑らのオムニバス。赤っぽい。
バブーンは樹上で寝る。若い羚羊くらいは殺せる。しかし豹が天敵。
▽S・デ・マダリアガ「コロンブスの夢」野口祐tr.
※文献の徹底考査によってコロンブスはユダヤ系だったと主張した内容である。
▽「耶律楚材西遊録」中野美代子tr.
耶律とは、ヤルートである。
シナ人は、河川は東流するものだとおもっているから、西域で西流する川をみると、ひどく驚き、特筆大書する。
シナでは白は凶の色とされている。
| HPの新URLと新メールアドレス |
HPが12日ぶりに再開いたしました。ご迷惑おか
けしました。
(*掲示板の新規書き込みと写真が見ることはできませんんが)
武道通信URL、杉山頴男事務所メールアドレス
変更のお知らせします。.comが .netに変わります。
http://www.budotusin.net
<お気に入り>変更願います
sugiyama@budotusin.net
*Google、Yahoo の検索で武道通信で検索しますと、
NetwaokusSoliton の画面がでてしまいます。
★読者諸氏の御助力をお願いしたいことがあります。
一、旧ドメインでの武道通信は、相当数のHPにンクが張られて
います。変更通知はできる限りは出したのですが、もし、
どこかのHPにリンクされていて、それがまだ.com になっ
ておりましたら、管理人等に変更の通知をお願いします。
二、知人、友人がHP開設しておりましたら、武道通信との相互
リンクをお願いしてみてください。また、武道、古流武術、
格闘技、国防、憂国サイトに掲示板がありましたら、武道通
信の新ドメイン移行のお知らせの書き込みをお願いします。
| 兵頭二十八私塾「読書余論」3月期 |
3月25日配信
▼マーレー、ノックス、バーンスタイン他著『戦略の形成(上)』石津、永末、他tr. 2007-11、原1994
ニューポートのアメリカ海軍大学の戦略・政策コースの講義に参加した多数の研究者たちの成果を集積。
戦略とは、偶然性、不確実性、曖昧性が支配する世界で状況や環境に適応させる恒常的なプロセス(p.11)。
▼モンテスキュー『法の精神』井上幸治tr. S47(世界の名著28)
一国が防衛できる状態にあるためには、その国にたいして行なわれうる攻撃の速度と、その攻撃を無効たらしめうる措置の迅速さとが釣り合っているような、国土の大きさでなければならない(p.434)。
▼モンテスキュー『ローマ盛衰原因論』井上幸治tr. S47(世界の名著28)
法の精神とほぼ同じ頃に書き上げられた。参照している兵書として、B.C.2年のポリュビオス『歴史』、ウェゲティウス『軍事論』、A.D.1年のヨセフス『ユダヤ戦記』、A.D.1年のフロンティヌス『軍略』。
▼C・J・Bartlet“The Long Retreat”1972, London.
チャーチルは1952と54の下院で、リデルハートに同意して、無防備な南東イングランドにソ連の降下奇襲があると懸念を表明(p.79)。
▼小島憲之『上代日本文学と中国文学(上)』S37年
日本書紀はシナの原典を見ていない。「類書」からの孫引きである。
推古朝の17条憲法は、604年にできたが、尚書、毛詩、礼記、左伝、孝教、論語、史記、漢書、管子、文選、ほか数十種の影響がある。
▼下、S40年
▼世阿弥元清著、西尾実校注『能楽論集』(日本古典文学大系・65)S36
『風姿華伝』他を収める。※宮本武蔵と時代が重なるので、用語や考え方が参考になる。
▼『宮崎市定 アジア史論考』中巻、S51年「中国河川の史的考察」
▼中村聡『管子の説く覇道』H11-12
管仲はB.C.645に没した。
君主は、人民の、逸楽・富貴・存安・生育の4つをたすけなさい。※人民は自由など欲してはいない。これだけ。
▼水田洋『近代人の形成』S29
※活字が無い時代なので、ひらいても意味がつうじる漢字はぜんぶひらがなにひらいている。今読むと奇妙な文章。
▼山本七平『日本資本主義の精神』山本七平ライブラリー9、1997
改造社と内田老閣圃の倒産は、どちらも日本最古の出版社で、社長は戦後早々にアメリカに留学して、学んだ経営手法をそっくり実地に移したら、こうなった。後者は番頭が社長を追放して組織を残した。
▼長谷川治良と桜火会『日本陸軍火薬史』1969
東二造(もとは火工廠)の職員が中心。1978に『日本陸軍火薬史 補遺』が25ページで出版されているが、たまたま都立中央図書館から貸し出されており、メモをとるチャンスはなかった。
▼坂本太郎『六国史』(日本歴史叢書27)S45
勅撰国史である、日本書紀、続日本紀、日本後紀、続日本後紀(仁明天皇一代)、(日本)文徳(天皇)実録、(日本)三大実録〔これは巻数では最多〕をいう。
漢音でリクと読む。呉音では読まない。
▼見砂一郎ed.『第一海軍火薬廠追想録「ふなおか」』S62-9
東日本につくろうというとき、海軍高級将校の地元誘致合戦となったが、保科善四郎軍務局長の地元に決した。※なるほど戦後に議員に立候補して簡単に当選できたわけだ。
▼吉本隆明&田近伸和『私の戦争論』1999
雑誌ペントハウスで連載しているインタビュー企画のスペシャル版。吉本亭は本駒込にある。
▼吉川忠夫『侯景の乱始末記』S49
太清2年=548年、春正月、体勢をととのえた慕容紹宗は、ふたたび「鉄騎」5000をもって侯景を襲った(p.47)。
▼アルフォンス・ドプシュ『ヨーロッパ文化発展の経済的社会的基礎』野崎直次tr. S55
独で傭兵を Soldner という。古ゲルマン社会。
▼有賀長雄『日露陸戦国際法論』M44
本書は有賀自身の筆によって仏語でも出版された。著者は、日清戦争のときにも、仏語で、日本の文明国としての戦いぶりを紹介する出版をした。※明治の日本の学者とインテリは、対外宣伝のために死力を尽くしていたのだ。
▼大竹菊三郎tr.『支那の文戦研究』大12-12
著者は甲府49Rnのi中尉。
▼『世界ノンフィクション全集/1』筑摩書房S43
▽A・チェリー=ガラード「世界最悪の旅」加納一郎tr.
▽トール・ハイエルダール「コン・ティキ号探検記」水口志計夫tr.
The Kon-Tiki Expedition / Heyerdahl
実験は1947年におこなわれた。
▽間宮林蔵『黒龍江紀行』
1808-7-13、ソウヤを土人の船で出帆。カラフト南西端のシラヌシへ。
▼八木弘『定位につけ』(上) S44
4年間の陣中日誌から。本巻はS16〜18を収める。
丹沢の田舎の小学校教師だった。7-9に秘密召集(関特演)→下志津へ。
このとき6-22に独ソ開戦、7-2御前会議、つづいて関特演だった。
▼『続・定位につけ』S45
S19-5に、2式信管の学科。隊長じきじきに。
クロルピクリンでビル全体の南京虫退治。
▼堀勇雄『山鹿素行』1987
徂徠は天下国家にかかわるものを「武家」、それ以外は「武士」と言い分けた。
『山鹿語類』は、君を佐けるのが士であるという士道論を確立。
主従道徳をめぐる和辻vs家永論争、あり。
▼笠井久義『元山の想い出』1981、自家出版
船長は大方為太郎(おおかただめだろう)。
進駐ソ連軍はカナダ製キャブオーバーのトラックだった。※英国設計のやつね。
▼ア・ベ・ボロジェイキン『ノモンハン空戦記』林克也・他tr. 1964
グラビア頁に、空戦の後期に参加した複葉のイ-153の写真。
※全体にハリウッド式脚色あり、信頼性を落としている。
▼武士生活研究会『絵図でさぐる武士の生活・III』1982
南北朝時代は「兵法」。江戸時代は「武術」。現代は「武道」。
平安時代には、公家が武芸を儀礼的・遊戯的に。
▼C・シュミット『陸と海と』生松敬三tr. 1971、原1954
仏の提督カスカクスは、自著に“La Mer contre la Terre”とつけた。
19世紀には、熊(ロシア)と鯨(英)の比喩が……。
▼角田信朗『悔しかったらやってみぃ!!』2004-5、幻冬舎
かくだのぶあき、と読む。S36-4、堺市生まれ。祖父・市朗は陸軍大佐だった。B級戦犯でシベリアに抑留された。
本書は書き下ろしで、「ライターの筆は一筆も入れてない」(p.407)。
▼アリストテレス『政治学』山本光雄tr. 1969 岩波アリストテレス全集15
言葉は有利なものや有害なもの、従ってまた正しいものや不正なものをも明らかにするために存するのである。
▼防研史料『昭和20年 研究報告(二)』by 十研第一科(第十陸軍技術研究所)
試製120馬力ディーゼル(水冷)の写真×2葉
▼防研史料『昭和19年度 研究報告』by 第十陸軍技術研究所
この研究セクションは、舟関係。
▼『悪魔の魚雷艇』光人社FN文庫
パールハーバーには12隻の高速魚雷艇(78フィート型)があった。潜水艦基地に同居。うち6隻は、即座にキャリバー50で反撃し、1機の97艦攻を撃墜した。
▼川勝義雄『中国の歴史・3 魏晋南北朝』S49年
漢代は儒が唯一権威だったが、南北朝になると老荘仏など他の権威が並立。
▼半藤一利『ノモンハンの夏』1998
天保銭を軍服につけえたものは3485名。
S14-3に関東軍の第一課に、「作戦課から辻と士官学校同期の島貫武治少佐(45期)が転入してきた」(p.41)。※辻は36期である。陸大は43期。島貫の陸大は46期。ぜんぜん違う。
▼和辻哲郎『新稿 日本古代文化』S26-5
本書は、大正9年の初版のとき、さいしょは左翼から、ついで右翼から圧力を受けた。しかし当局の弾圧はうけなかった。
ところがS12以降、右翼の策動から著者を護るとの口実で、当局から注意を受けた。
▼小原敏彦『燃え尽きたランナー 人見絹枝の生涯』1981
まず痩せの症状が遠征中からあり、風邪、肋膜炎、気管支から出血、寝たきり、乾酪性肺炎、特に夏なので激ヤセ、8月2日に25歳で死。
▼S56『近代日本の女性史 第十一巻』by 宮尾登美子
アムステルダムは五輪の女子参加の第一回。日本からは人見絹枝のみが送り出されていた。
▼菊池城司『近代日本における「フンボルトの理念」』1999
19世紀末、ギムナジウムなどの中等学校6年を卒業した者、または実科学校6年を卒業した者は「一年志願」の資格が与えられる。しかも兵科を選択できるし、予備役将校の資格ももらえる。すごいインセンティヴであった。
▼西村貞二『フンボルト』S34
ドイツの啓蒙的専制に、W.v.Humboldt は反撥した。ドイツはそこからすぐにロマン主義へ向かった。
▼南出喜久治『現行憲法無効宣言』H13-5
著者は、祓庭復憲運動の推進者。
詳論は『日本国家構造論――自立再生への道』にある。本書はそれを平易にダイジェストしたもの。
▼山田珠樹・訳注『異国叢書 ツンベルク日本紀行』S3-6
C.P.Thumberg は1743生まれのスウェーデン人。植物学でウプサラ大学の博士号をとった。本文では「ツンベルグ」と濁る。
貧乏研究家のための研究補助金をもらってオランダに行って植物標本分類を手伝う。それが認められて、さらにパトロンがつき、オランダ東印度会社の員外船員の資格で日本へ植物調査のために送り出された。
▼斎藤信tr.『シーボルト 参府旅行中の日記』1983
ズィーボルトの1826の日記、その全訳。原初版は1921もしくは1931であった。
ズィーボルトは出島の住人としてはじめて長崎で患者を診療した。娘のいねは1828生まれ。
▼カール・R・ポパー『開かれた社会とその敵 第一部』小河原&内田tr. 1980
はしがきの日付は1944-4、ニュージーランドにて。改訂版はしがきは1950-7、ロンドン。
| 別宮暖朗 兵頭二十八 両氏の新刊案内 |
『失敗の中国近代史』
阿片戦争から南京事件まで
別宮暖朗
並木書房 2000円(税別)
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中国には「対等」という概念がない。だから外交も上下関係しかなく、
交渉は存在しない。中国ヨーロッパとの最初の外交問題はアヘン輸入
増大による貿易収支の悪化であったが、中国は武力行使によってこれ
を解決する道を選んで敗北した。その後も中国は「対等の外交」がで
きずに失敗を繰り返す。近代国家からは程遠い特異な中国政治の本質
に迫る!
【新訳】『孫子』
兵頭二十八・訳
ポスト冷戦時代を勝ち抜く
13篇の古典兵法
PHP研究所 850円(税別)
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はしがき――核時代の政治にも通用する古典兵法
(末尾抜粋)
ともかく、孫子は何十人もいました。「曹操」もまたその一人だった
のです。それがわかった以上。わたくしたちには『孫子』を、もはや
一天才の統一された思想として読もうとするのでなく、想像を絶した
古代から届けられた、無数の軍事/政治思想の断片的な化石の標本集
として、味読した方が有益でしょう。
編訳者 兵頭二十八 謹識(つつしんでしるす)
*カバー、無銘刀に掲載
| 兵頭二十八私塾「読書余論2月期 |
▼『世界ノンフィクション全集/3』筑摩書房、S43-3
▽妹尾隆彦「カチン族の首かご」
著者は善通寺の第55D所属。第15軍ビルマ進攻の主力となる。対米英開戦の報をハイフォンのアメリカ系石油会社の倉庫内で聞く。
▽ヤン・ウェルツル「極北生活三十年」中垣虎児郎tr.
原題は Tridek Jarojn En La Ora Nordo ―― by Jan Welzl
著者はザグレブ生まれ。教養はないが、世界中をわたりあるき、旅順でロシアの軍艦に雇われたあと、1893夏にバイカル地方のシベリア鉄道の架橋工事に従事。
▽Ivan・E・チャンピオン「ニューギニア探検記」三吉朋十tr.
“Across New Guinia From The Fly To The Sepik”
1926年の探検。東部ニューギニアの南部パプア(そこが英領。西ニューギニアは蘭領。東北ニューギニアは独領)は、特に人口稀薄。
▼ジェイ・ミラー『最強戦闘機 F-22ラプター』石川潤一tr. 2007-11、原2005-1
2025年に作戦ライフ・サイクルが終わる予定。
1500フィート滑走路で運用できる。いままで以上に大きな推力重力比をもったエンジンが不可欠。
▼大橋良介『京都学派と日本海軍――新資料「大島メモ」をめぐって』2001-12
平成12年に大島康正の文書が60年ぶりに発見された。
1942-2〜1945-7にかけて、京都学派の哲学者たちが、月に一、二度、海軍の要請で会合していた、そのメモである。
▼チョーサー『カンタベリー物語(中)』桝井迪夫 1995 tr.
バースの女房の話。パウロは結婚するのは決して罪ではないといった。
▼ジェフリー・チョーサー『カンタベリー物語(下)』桝井迪夫 1995 tr.
修道僧の物語。サムソンは300匹の狐の尻尾を結び合わせてそこに松明を結びつけて火をつけた。これによって国中の畑と果樹が焼かれた。彼の武器はロバのあご骨で、これと素手で1000人を殴り殺した。
▼桂万栄ed. 駒田信二tr.『棠陰比事』イワブン1985、原1211
南宋時代に作られた、シナの事件捜査&裁判の参考資料集である。
本書と、『包公案』の2本が、大岡政談などの元ネタ。これについては麻生磯次の「江戸文学と支那文学」にくわしい。
▼仁藤清吉ed.『横須賀重砲部隊東南アジア従軍記』S54
著者は戦前に運送業を経営し、トラックを転がせた。そして陸軍に徴兵された。
▼東洋協会調査部『支那に於ける交通網の現状』S14-8
この時点で沿岸でのシナと第三国との連絡は遮断した。揚子江以南では、鉄道端末とその最寄の港を点々と占領しただけで、それを達成している。
▼(社)東亜経済懇談会『官民貿易懇談会速記録』S16-6
秘と印刷されているが、S16-8-4に成田仏教図書館に寄贈されている。
▼後藤朝太郎『支那長生秘術』S4-12
▼三宅恒方『私の電車及汽車観』大10-3
トレノロジー=列車学。
この頃の婆さん、特に電車にのってくる婆さんは、万人の嫌われ者であった。
▼ルース・ハリソン『アニマル・マシーン』三浦・他tr. 1979、原1964、原副題 The New Factory Farming Industry
レイチェル・カーソンの名著の直後に英国で刊行された。
著者は1920生まれの普通の主婦。
▼アレッサンドロ・ヴァリニャーノ著、高橋祐史tr.『東インド巡察記』2005-1
この原本は刊行されたことはない。手書き報告書として1580にまとめられている。イエズス会インド管区の主要布教地の政情その他のリポート。地域研究の嚆矢。
▼浜谷英博『要説 国民保護法――責任と課題』2004-12
国民保護法を実施する指定公共機関は、160法人。
うち、空港は、関空、中部、成田の3つの国際空港のみ。
▼西順蔵・阿部隆一・丸山真男校注『山崎闇斎学派』(岩波書店・日本思想体系31)1980 「小学」に、すでに胎教のことが載っている。
「敬斎箴講義」。唐の曇鸞は病気保養のために河に入って魚を取り、手づから料理して食した。これは三蔵法師が魚肉を食して破戒したのを真似たのだ。日本では親鸞流が破戒だ。
▼黒板勝美ed.『日本三大実録』(新訂増補国史大系4)S41pub.
三大實録巻13、清和天皇(貞觀8年7月)
▼水野実『人生を変える「史記」の読み方』2003
著者は早大の東洋哲学出身で防大教授。
楚の平王が死んだその喪中をねらって、呉が攻めてきた。その軍隊は退路を断たれて立ち往生。そこで公子・光が、いとこの呉王である僚をクーデターで刺し殺させ、呉の王位を奪った。これが闔閭。前515即位。
▼エリック・マーカス著、酒井泰介tr.『もう肉も卵も牛乳もいらない』2004、原1998、原題“VEGAN――The New Ethics of Eating”
1935にドイツでナチスがユダヤ人一斉検挙をはじめた。ワーナー・ヒーベンストレイトは、カヤックでドナウ河に漕ぎ出し、オーストリーに脱出。そこからヒッチハイクを続け、とうとう1937にインドに到達。が、1939に独英戦がはじまると、英国政府は彼を収容所に2年間とじこめた。1946、彼と家族(インドによびよせていた)は、サンフランシスコに移住した。
▼B・フルフォード&適菜収『ニーチェは見抜いていた ユダヤ・キリスト教「世界支配」のカラクリ』2007-2
適:ニーチェはユダヤの発想を非難し、キリスト教の発想を非難したが、イエスは高く評価した。
B:今のカトリックは進化論を容認している。
▼黒板勝美ed.『続日本紀』S41
巻23、淳仁天皇 (天平寶字 4年9月 〜 12月)
「○丙申。遣授刀舎人春日部三●【門がまえに弁】。中衛舎人土師宿弥●【門がまえに弁】成●【くさかんむりに手もしくは寺。「等」のくずれたものか】六人於大宰府。就大貳吉●【にんべんに夂に用。「備」とつうずるものか】朝臣眞●【にんべんに夂に用。「備」とつうずるものか】。令習諸葛亮八陳。孫子九地及結營向背。」(p.275)。
▼ロジャー・クレイア『イラク原子炉攻撃!』高澤市郎tr. 2007-7、原“Raid On The Sun”2004
地上30メートル以下を時速670kmで1100km飛行して攻撃。帰りは高高度。
▼黙阿弥作・河竹繁俊校訂『加賀鳶』(七幕、めくらながやうめがかがとび)イワブン1928
初演はM19で、そのとき黙阿弥は71歳だった。
▼洪自誠著『菜根譚』中村・石川訳編、講談社学術文庫1986
原著は、明末。日本で1822に刊行され、シナよりも有名になった。しかし旧来の和訳は道教の専門家が関与しなかったため、不完全だった。
▼柳田国男『こども風土記・母の手毬歌』1976イワブン、原S16&20年
かごめ、は、屈め。つまり、しゃがめ。
| DVD「秘伝!体術の神髄」発売情報 |
平素は大変お世話になっております。躰全道連盟事務局です。
躰全道関連情報の告知させて頂きたく書込みさせて頂きました。何卒宜しくお願いいたします。
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DVD「秘伝!体術の神髄」は、東京で行なわれた講習会「TAIZENDO Moving Live 2007 in Tokyo」での宗家の指導解説を中心に編集・収録されたレクチャーDVDです。本作品は躰全道のDVD「TAIZENDO DVD Selection」と二枚組セットとなっています。
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古武術が伝えた身体観は、現代の舞踊、音楽、スポーツなどの
あらゆるものへの応用転換ができる。生死の極限から生まれた
古武術の身体原理を初公開する。
日時:3月9日(日) 午後2時〜4時
場所:なかのZERO 小ホール 03−5340−5000(代) (JR中野駅南口徒歩3分)
主催:江戸史を語る会 http://www.celladvanced.com/edoshi/
後援:BABジャパン
入場料:2000円
問い合わせ:大橋 03-6404-9311
| 兵頭二十八私塾「読書余論」1月期 |
◎読書余論 08-1 目次
▼陸奥宗光『蹇々録』イワブン1933-9
※満州事変直後という文庫の刊行タイミングがすばらしい。オリジナルは昭和4年刊。
▼伴繁雄『陸軍登戸研究所の真実』
著者はM39うまれ。S2に陸軍科学研究所の雇員となった。S12、陸軍技手、16年陸軍技師、兵技大意、19年陸軍技術少佐。戦後は化学メーカーの重役。平成5年没。本書はS63から書き始められ、死去直前に脱稿。
▼内藤初穂『海軍技術戦記』〔前半〕 1976
著者は大10うまれ。福井静夫・技術中佐の5年後輩。東京帝大工学部船舶工学科。在学中に海軍学生(いわゆる依託生)に選ばれ、軍籍に。福井は造船を専攻したが、内藤は船舶工学科に在学しながら、造兵の航空機体を専攻した。
福井はS13卒業とともに海軍造船中尉に
▼武内義雄『孫子の研究』(全集第7巻)
執筆したのは昭和19年である。
勢篇の「よく敵を動かすものは……本をもって之を待つ」は、十家集注本に従い、本→卒にした方が正しい。古の写本では、本は「夲」と書かれ、卒の「卆」とまぎれたのである。
斉(孫子生国)では卒と詐は同音なので、「イツワリ」。
▼(財)三菱経済研究所『米国戦争経済力の基礎研究』S18
C.G.Hitchは、既に1941に米国の経済力の冠絶性を立証。
▼『考古学雑誌』第56巻第2号所収、相馬隆「胡騎考」S46
プルータルコスのクラススによれば、パルチア騎兵は刀子で首を切った。
▼島田薫ed.『日清戦争実記』第1〜10巻、M27〜29、博文館
※伏字あり。
第1編。抜刀隊をここでも使った。「狙撃隊」もあり。
▼樋口鉄太郎『ジョッフル元帥』大10、一二三館pub.
※著者は陸軍大佐。当時の皇太子外遊の答礼として、ジョフルが来た。
▼今中寛司ed.『荻生徂徠全集 第6巻』1973 河出書房新社
以下、所収の「ケン録」より。
「我国の武士は殊に文盲なれば、……」(p.217)。
▼岩畔豪雄『戦争史論』1967
マルキシズム:戦争は生産手段の私有を維持し、強化し、拡大するために行われる社会集団相互間の武力闘争である。
▼『岩畔豪雄氏談話速記録』補遺
相沢裁判の審理中に、2.26の空気が醸されていった(pp.75〜)。
2.26のあとで裁判をやれといわれ、兵務局へ行った。兵務局は、憲兵も監督する。
憲兵の情報はぜんぶ兵務局にくる。
▼広瀬豊・校訂『素行全集 第四巻』
解題。平戸山鹿家所蔵の自筆本に基づく。司馬法と三略は写本。
所収の「七書諺義」は52歳の作。
山鹿素行は18〜19で「孫子諺解」をあらわしている。
35歳で「孫子句読」。ただし1篇を残して焼けた。
本書は口述書き取りである。
▼山本七平『参謀学〔孫子〕の読み方』S61
看羊録にいわく、日本の武将は「武経七書は、人それぞれ〔捺〕印〔所蔵〕しておりますが、やはり半行でさえ通読できる者がいません」と。
▼姜[カンハン]著、朴鐘鳴訳注『看羊録』1984
藤原惺窩に傭われて書記となる。
韓国では、耕作地、居住地と城とが離れているので、百姓兵の篭城が長続きしない(pp.58-9)。
▼東北大学中国哲学研究室ed.『孫子索引』S46、ガリ版刷り170ページ
▼トロツキー著、楠木俊tr.『赤軍と白軍の狭間に』S48
▼A・ギョーム著、高山洋吉tr.『赤軍 その勝利と実力』S27、原1949
※1952、つまり朝鮮戦争中。ソ連軍様が日本全土をもうすぐ占領してくれると信じ切っていたセンセイたちによる出版企画。こういうのを急いで出しとかないと「革命政府」内での自分の立場が危うくなるとでも思ったのだろう。自由主義ってありがたいね。
▼寺崎隆治編『寺島健伝』水交会・S48年10月刊
明治15年9月、和歌山県田辺に生まれる。昭和9年、現役を去る。
昭和18年10月、逓信省と鉄道省が合併になり、閣僚辞任。
▼佐々木毅『主権・抵抗権・寛容』S48
▼福井県立図書館ed.『日本海運史の研究』
▼大谷啓二郎『昭和憲兵史』
補助憲兵制度により力が発揮できた。
M15〜大14の暴動の多くは、憲兵を警察予備隊として使って、鎮圧。
▼石岡久夫『日本兵法史』
▼石岡久夫『兵法者の生活』
日本書紀は、兵法を理論、武芸を実技と区別している。「ひょうほう」という呉音よみは、江戸初期から。
▼『海事史料叢書 第十巻』
海賊流の軍学として最も有名なものは、三島流および能島流。成立は、南北朝以後〜江戸初期。
「鉄砲ハ小筒ヲ用ユベキナリ」(p.28)
▼『海事史料叢書 第十二巻』
海賊流の水軍書、ならびに船体構造は、シナの影響が多大である。
▼公田連太郎tr.『司馬法』(兵法全集第四巻)、中央公論社、S11
※このシリーズは、1巻が孫子、2が呉子、3が尉綾子、6が六韜、7が三略というラインナップ。
▼松本健一『右翼・ナショナリズムと伝説』1995
マックス・ヴェーバーいわく、伝統にしばられた時代にあって、カリズマは唯一の革命勢力である。
▼桜火会『日本陸軍火薬史』S44
坑道爆破戦法は14世紀の英仏戦争で英軍が使用。
▼『諸橋轍次著作集 第8巻』大修館、S51
老子は真の意味で常の字を用いる。
▼山下寅次『老子年代考』上巻、S15
▼阿部&山本『新釈漢文大系 第7 老子・荘子』S41
▼銭存訓著、宇都木章tr.『中国古代書籍史』1980
AD6世紀まで、竹と絹に書いていた。
▼工藤精一郎tr.『新潮世界文学 16 トルストイ I』「12月のセワストーポリ」
セバストポリ籠城軍に水兵とその妻多し。※唯一、旅順と似た地理だった。
▼『漢文をどう読みこなすか』
まきもののことを巻帙[ちつ]という。
▼福井久蔵『諸大名の学術と文芸の研究』S12
北条氏長は三代将軍の師範。※素行とは名声の上ではライバルだから桜田本をみせなかったとしても当然。
▼E・J・Hobsbawm『資本の時代』
ルイ・ナポレオンは宣伝によって統治した最初の元首。
ギルドはドイツでは1860'sに廃された。
▼『資本の時代 II』訳1982
19世紀中期より、児童の文盲はめだって減った。
▼根津嘉一郎『世渡り体験談』S13-9
大9に、日本製壜と加富登麥酒(かぶとビール)と帝国鉱泉の3社が合併した。
▼國原吉之助『プリニウス書簡集』1999
弁護人は貴族の職業とされていた。プリニウスはその報酬をうけとらなかった。小作料だけで生活できた。
▼島内登志衛ed.『谷干城遺稿』上・下 M45-4
口をあけたまま写真に写っている。
「同廿二日朝ハ時頃約の如く追手門外へ降参と書したる大旗を建つ」(上p.161)。
| 兵頭二十八私塾「読書余論」12月期 |
▼H・A・キッシンジャー『核兵器と外交政策』原1957、桃井真訳1958-5日本外政学会刊
アメリカ外交関係協会が34名の選抜メンバーに18ヶ月間討議させ、それを34歳のキッシンジャー
が自分の著作として本にしたもの。したがってどこまでが彼の独創なのかは判然としない。
原文はかなり微妙で難解なものらしく、翻訳に苦労したという(p.605)。
※わたしは神奈川大学の学生時代にこの本を神奈川県立図書館で部分コピーし(冒頭の田中武克訳の部分はノートにメモしたか、読み飛ばしたのだろう)、そのコピーを今日まで約20年間、段ボールの底深く保管してきた。いま、ワープロに摘録を打ち込むためにあらためてコピーをひっぱり出し、つくづく感心したのである。コピーを捨てるに際し、備忘として付記する。
▼亀田純一郎「太平記読について」『戦記文学』S49所収
この論文の初出は、『国語と国文学』S6-10月号。
太平記講釈には、武士を相手とした理尽抄講釈と、庶民を相手とした太平記講釈とがあった。
▼菊田慎典「米国の太平洋戦略と日本人の価値観 その一」『防大紀要』53輯所収
昭和20年代後半に和辻哲郎らが昭和天皇に問いただしたところでは、天皇がいちばん篤く信任した軍人は山梨勝之進。
山梨は1964-7に海幹校の学生に対し、アメリカ人は神様みたいなことを言うかと思うとごろつきみたいなところが一方である。そこに気をつけろ、と講話した。
▼小松茂美ed.『日本絵巻大成・3 吉備大臣入唐絵巻』S52
伝記の根本資料は続日本紀の775-10-2の箇所。諸資料の集大成としてはM35に岡山県の吉備寺で印行した重野安繹の3冊本がある。
▼くろがね会ed.『進撃』(S17-12)所収、「無敵潜艦同乗記」/山岡
▼柴田勝春『わが海軍はいかに戦かふか』S14-12
背中へ垂れた「防暑帽の陽除け」。
▼工藤胖[ゆたか]『諜報憲兵』1984
満州国の建国前にその郵便システムは英国が完成していた。
▼吉田一[はじめ]『零戦とともに』S39
著者は、ニュース映画屋。
▼岡崎桂一郎『日本米食史』大2-10
著者は金沢大の医院の脚気病室。
カッケの原因は白米にあるのかどうかを調べた。その結果、そのとおりであった。半白米や玄米しかなかった昔に、脚気の記録はない。
▼白鷹幸伯『鉄、千年のいのち』1997
著者は昭和10年生まれ。薬師寺の古式での再建のために、ヤリガンナや古代釘を再現した。
大正8年うまれが兵隊でいちばん死んでいる。戦地に行った10人のうち9人死んだ(p.14)。
▼織本篤資『和式ナイフの世界』1994
三条市の刃物鍛治の息子だった岩崎航介(S42物故)は、大正11年にゾーリンゲンのためにインド市場を奪い返されたのが悔しく、旧制高校を卒業した19歳で、巻き返しを誓う。
▼山田清吉『武漢兵站』1978-12
著者はM33年、成田市出身。専修大卒後、東京鉄道局に勤務。敗戦時、陸軍大尉。
▼大川周明『頭山満と近代日本』2007-12
頭山は14歳で明治元年を迎えた。そのとき大宰府天満宮に参詣し、名を満とした。
明治維新の根本方針は、名高き五個条御誓文によって確立された。
一は洋服を胡服と罵れば、他は和服を蛮服と嘲った。木戸孝允は、欧米を一巡してきてから極度の神経衰弱に陥った。
明治初期の欧化の10年、大般若経全巻の価格が、薄い洋書1冊より低かった。
▼『蹄の音』つづき
対楠戦で、関東武士が全滅同然となり、関東の威勢が地に堕ちた。名馬思想はこのとき、廃れた(pp.449-450)。
▼加地伸行ed.『孫子の世界』新人物往来者
山口久和いわく、魏武注は、片言隻句のみの残欠か?
A.D.225、曹操の子の曹丕[そうひ]は、水軍力を持たぬため長江を南にわたることができなかった。『呉王伝』。
▼常石茂『孫子を読む』1983
▼市島謙吉ed.『玉葉』第2巻(明治39年)、第3巻(M40)、国書刊行会pub.
▼金谷治・註『孫【月賓】兵法』銀雀山漢墓出土竹簡
▼大庭脩『秦漢法制史の研究』
戦国期、李カイの法経六篇(盗法、賊法、囚法、捕法、雑法、具法)が秦代に、“法”を“律”に改められた。
▼John Stuart Mill著、西本正美tr.『ミル自傳』S23-5 repr.
まず1928年の訳者序。原文はかなり難文だ。
原書が擱筆されたのは死の3年前の1870年。なお、彼の父と妻に関する約10頁が、遺族によって削除されている。
▼公田連太郎・訳『李衛公問対』
| 躰全道の武器術DVD発売のお知らせ |
平素は大変お世話になっております。躰全道連盟事務局です。
躰全道関連情報の告知させて頂きたく書込みさせて頂きました。何卒宜しくお願いいたします。
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躰全道の体術は大きくわけて、立った状態での素手の攻防技術である「立技体術」、寝ている状態での素手の攻防技術である「臥位体術」、立った状態で武具を手にしている場合の攻防技術である「立位器術」の三つの部門から成り立っています。この「躰全道・スタンダードテクニックシリーズ」三作目となる本DVDでは「立技器術」の基本テクニックである「短棒術」を中心に躰全道の武器術の術理を紹介致します。
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| 刀鍛冶体験工房「小柄工房CVD」(日・英版) |
チャンネル桜「魁! 武道通信TV」で企画された英吉利の
刀剣研究家ポール・マーティン氏の刀鍛冶体験が、日本武道
具さんの尽力でDVDとなつた。
<素人>が日本刀製作を試みた一部始終が公開されたことは
かつてなかったことです。
この小柄工房は、自分の<愛刀>(小刀ですが)持ちたい方
のために企画されました。お申し込みは日本武道具HPから。
弊社杉山は小柄工房第一期生でした。
遠出するときは身につけています。13cm以下なので銃刀法
違反にはなりませんから。
パッケージに書かれたメッセージご紹介しておきます。
(写真は無銘刀に掲載)
「日本刀は最も素晴らしい鉄の工芸品として世界に知られています。
匠の技により生まれた日本刀の実用性と美しさは千年以上も人々を
魅了してきました。ここの作品はチャンネル桜とブドウショップが
共同して製作したものです。研究家ポール・マーティン氏が刀工小
澤重範の指導を受けながら、日本刀と同じ制作方法に従い、伝統的
な小刀の製作を試みた工程をまとめたレポートです。」
日本語版30分 英語版30分 定価3000円+税
製作・チャンネル桜 発行:日本武道具ブドウショップ 発売:壮神社
(購入は日本武道具http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
あるいは書店にて)
貴殿も刀工に挑戦してみませんか。
| 靖国神社奉納演武 11月25日(日) |
11月25日(日) 戸山流、森重流、柳生心眼流の三団体による靖国神社奉納演武
11時より戸山流15名、森重流砲術20名、柳生心眼流甲冑10名。
約45名による武者行列。戸山流は紋付羽織「陣笠着用」両刀帯刀森重流
は甲冑着用にて火縄銃総備柳生心眼流は羽織袴にて靖国神社を一周
12時〜 戸山流試斬演武 12,3名による試し斬り
13時〜 柳生心眼流にて甲冑組討の演武
13時40分〜 森重流砲術にて15名による火縄銃にての実射演武
14時40分終了予定
※「 魁! 武道通信TV」12月8日放映
| 兵頭二十八私塾「読書余論」11月期 |
▼島尾俊雄『新編・琉球弧の視点から』1992朝日文庫
明治以後の100年は、再び九州が大きな勢力となって、西南人が日本の方向づけをやった。
▼中央公論社pub.『日本の名著 28 頼山陽』S47、頼惟勤ed.
広島出身なので山陽と号した。
▼中田一郎『ハンムラビ「法典」』2005
カッコ付きで「法典」と書くのは、じつはこれは法典ではなく、ごく一部の範囲の判例集にすぎないのではないかという説もあるため。
今日では、これが世界最古ではないと分かっている。前2095より古いウルナンム法典、前1924よりも古いリピトイシュタル法典、などの断片がみつかっているのだ。ハンムラビ法典はこれらの伝統を受け継いでいる。
▼中央公論社pub.『日本の名著 16 荻生徂徠』S49、尾藤正英ed.
儒者で幕府の政策中枢に参画できたのは白石と徂徠のみ。
白石は徂徠より9歳年長。
白石は21歳から15年間、父が久留里藩をクビとなり貧窮。徂徠は14〜27歳を今の茂原で田舎暮らし。どちらも上総。
二人は終生、親交がなく、ライバルだった。
▼蜷川新『黒木軍ト戦時国際法』M38-8
開戦と同時に、聖旨を体して、各軍に国際法の専攻者を顧問につけた。
蜷川は、予備将校として近衛補充大隊に入り、黒木軍の顧問となる。戦後は名古屋俘虜収容所にも一時いた。本書はそのときに書かれた。
▼西川如見『日本水土考・水土解弁・華夷通商考』飯島&西川校訂、S19-8
著者は慶安1年うまれ。
▼久留義郷『独逸及巴爾幹 敗残の国々を辿りて』大10-6
大8-12〜大9-12の旅行記。
パリ〜ベルリン直行列車は大9-8-11に再開した。
▼水谷渉三『紐育日本人発展史』大10-3
初めて足跡をのこしたのは、小栗豊前守ら一行。次がM5の岩倉一行。
▼石川恒太郎『日本浪人史』S6-3
著者は大毎記者で、失業シーズンに投じた企画。
▼清水一行『虚構大学』光文社文庫2006、初出連載1978-8〜1979-3『小説CLUB』
誌上、原題「虚構の砦」
※岩畔豪雄のエクスクルーシフな情報が載っていないかと思って読んでみたのだが、小説のかなり後になってから登場してくるチョイ役扱いであり、清水氏は「岩畔資金」には興味がまるでなかったのだろうと推定をした。なお岩畔氏の没DATEは1970年11月22日であった。
▼庄司健吉『航空発動機の常識』S19-1、S19-11repr.
発動機の寿命は機体より短い。つまり機体よりエンジンが問題なのだ。
▼土井明夫『新戦略と日本』S43
著者はM29うまれの元陸軍中将、ソ連屋。
スーツケース核爆弾がすでにある(pp.28)。
▼長岡外史『欧米空界のぞ記』大9-8
ゴリヤットはF50と違ってプロペラに漆を塗ってある(p.25)。
▼神馬新七郎『造船物語』S17-11
▼藤樫準二『皇室敬語便覧』東京日日新聞社、S15-10
行幸、は、天皇のみについていう。
行啓、は、皇后、皇太后、皇太子。
御成、は、殿下がたについて。
▼川崎勉『世界の珍草奇木』S52
線虫は、沙漠にも居る。
▼加瀬勉『金属と人生』S6-5
ペン先のつくり方などを懇切に書いてある。
▼宮武正道『南洋文学』S14-5
マレー語は7千万人が使用。ジャワ語もマレー語系。
「インドネシア」という言い方をオランダ政府はゆるしていない。
マレー文学は回教とともに勃興す。
▼S7-7『日本内科全書 八巻』所収、稲田進「塹壕熱」
独語で Wolhynisches Fieber である。
1914〜1916に流行。英では Trench fever として研究した。
独軍の場合、東部戦線で酷かった。
▼広井良典『アメリカの医療政策と日本』1992
1870以前、米の病院とはコジキ収容所almshouse(私設貧救院)で、死のイメージがあった。スタートは宗教。 ということ。
▼立川昭二『明治医事往来』S61
開国直後の日本では衛生的だったのは都市のみで、田舎は不潔に起因する病気の巣窟であった。東北では20過ぎの女は50に見え、子供は5歳まで乳離れできない。
▼『三菱神戸造船所七十五年史』S56
創立1905年。
1908-12に第2浮ドック完成。12000トンは東洋一。
▼五十嵐則夫「ソヴェト工作機械工業の発展と工作機械について」『青山社会科学紀
要』1981
1931の米の機械製作の三分の一は、ソ連向けだった。
▼一寸木信昭『日本の工作機械工業の発展過程の分析』S38
発展しなかった理由は、単一品生産方式のままで、多量生産方式でなかったから。
これは信夫清三郎の説。
▼植手通有ed.『日本の名著 34 西 周 加藤弘之』S47
まず巻頭解説。福沢諭吉はM24に「立国は私なり、公にあらざるなり」で始まる『
瘠我慢の説』を書いた。その前には『文明論の概略』の終章で、人類はただ自国の独
立だけを目的と考えていてはいけない。それと別に、一国の細事にとどまらない、極度に高遠の理想もある。しかし目下の日本では、まず国と人民をサバイバルさせなければ文明を論じられもしない状況なのだ――と注意を喚起。
▼長谷川四郎『模範兵隊小説集』筑摩書房、S41-9
明らかに大戦末期の北満に勤務した体験がベースになっており、ラーゲリ帰りのサヨク風に用語はわざとムチャクチャに変更してある(それとも?)が、貴重。「ねじまき鳥」の作家その他に、イメージを通じて影響を与えた気配がある。エンターテインメントとしては、価値はゼロ。紙とインクと時間の無駄だ。
| 兵頭二十八・私塾「読書余論」10月 |
▼『夜間攻撃ノ参考』S19-9
▼梶原一騎『劇画一代』S54
梶原は『漫画少年』に詩を投稿していた。
手塚の「新宝島」は従来なら1コマですますとこを十数コマに経時分割。つまり映画をそっくり紙の上にうつして驚かせた。
※筆者の文体の癖。「〜にすぎなんだが、……」。肥後弁か。
▼梶原一騎『力道山と日本プロレス史』S46、曙出版
最終章を除き、力の生前にスポーツ新聞に連載したもの。当時、梶原は劇画原作をしていなかった。この記事をみて依頼が来た。
▼『梶原一騎をよむ』1994
以下、所収の関川夏央に対するインタビュー。
梶原は、既に滅びてしまっていた「少年よみもの」を、腕力で、プラス20年、寿命を延ばしたのだ。
あしたのジョーの貧民の描写は、ちばしか知らない。梶原の世界ではない。
▼秦彦三郎『隣邦ロシア』S12-3
1928メーデーではWWI型ルノー軽TK×20〜30両くらい。それも分列式の途上で1、2台とまり、トラックが牽引する奇観をみせられた。
今は重TKを含め800台。1台も立ち往生せぬ。
▼木内信敬『ジプシーの謎を追って』1989
ユーゴ、ルーマニア、スペイン、それぞれ70万で最も多し。
フランス語のジタン、スペイン語のヒタノも「エジプト人」から。
▼木内信敬『青空と草原の民族』1980
著者は東大英文卒。
サンカは笊や籠などの竹細工を持って里に出てコメと代えていた。
▼石原巌徹ed.『満洲に因む支那劇物語』S14-1
支那劇は北支がメッカ。満州に及ぶ。
日本の白刃武勇談には、京劇の豪傑が「方天画戟で5合目に刺殺す」などという趣向が侵入しているのか。
▼安藤徳器ed.『支那宗教史』S17-2
朝廷祭祀の対象は、信ぜられる神ではなく、祭られる神。
玉勝間いわく、シナに太陽崇拝なし。星の祭礼あり。※バビロニア。
▼山名正二『満州義軍』S17-9
日露戦争中の別働隊で、団練と馬賊を含む。これは南阿戦におけるボア戦術(原注:今日所謂ゲリラ戦術)を以て敵を奇襲掩撃せんとす。※コマンドーが原語のはず。
▼小泉信三『支那事変と日清戦争』S12-12
著者はこの時点でまだ慶大学長ではない。
S12-10中旬、日本軍は長駆して綏遠に入り、保定徳州を陥れていた。
▼内閣情報部『支那事変に関する政府声明 及 総理大臣演説集』S13-11
S12-7-11 政府声明。「思ふに北支治安の維持が帝国及び満洲国にとり緊急の事たるは茲に贅言を要せざる處にして……今後斯かる行為なからしむる為の適当なる保障等をなすことは東亜の平和維持上極めて緊要なり」
▼高橋長敏『虎口の難』2001
青龍刀に日本刀で立ち向うには、動きの遅い手元を突く。
※青龍刀は鈍重ではない。しかし「突き」という技がないので、こちらが仕掛けるのに対応できないのだ。
▼手塚正夫『支那重工業発達史』S19-9
支那で石炭が燃料になったのは漢代。427年の後漢書郡國志に、石炭を燃やす、と出る。
石炭火力による精錬は明代より前からあった。※もちろん硫黄混じりだからロクな武器はつくれないだろう。
▼尾佐竹猛『賭博と掏撲の研究』1969
著者は明治13年うまれの判事。
昭和7年11-15から東京日日に子母沢寛の『国定忠治』が連載された。
▼牛窪愛之進『魔薬読本』S30-2
モルヒネは400ミリグラムで天国行き。
コカはスペイン人により16世紀中に欧州に伝えられた。
▼L・H・ブロックウェイ『グリーンウェポン』小出五郎tr.1983
0.4ヘクタールの馬鈴薯畑とブタ×1または牛×1で、5〜6人家族が1年飢えない。
▼島田・田宮ed.『戦災孤児の記録』S22-11
手当たり次第ガツガツ食べるのことあり。心理的な不安ゆえ。
浮浪児も狩り込みされ、養育院へ。
▼山本清作『日本兵制起原論』S14-6
※古事記フェチのたはごとづくしのみ。
▼『勝つことを知った男』梶間正夫tr. 1988、原1983
アンジェロ・ダンディー、モハメド・アリを育てた名トレーナー
Dundeeはイタ系。
▼平沼亮三『スポーツ生活六十年』S18-7
昔も十銭均一のデパートあり。
震災前まで、鉄の輪まわしが子供のあそびだった。
▼赤津政愛『実験告白 一日十銭生活』大7-6
巻煙草のアサヒ×1コ、電車の往復切符が10銭。
コメは1円で2〜3升買える。
▼桐島像一『品川湾の投網』大14
この頃、網打ちが紳士のスポーツ娯楽だったのだ。
東京では、「すくひ取り」という打ち方をする。
パッチ、裸足で立つ。ほっかむりにルンペン帽。相棒は「舵子」。
▼(財)文明協会ed.『水上労働者と寄子の生活』S4-5
伝馬船は10トンぐらい、胴の間3間。川専門。
達磨船は本船の貨物集散にあたり、東京←→横浜間を走る。
高瀬舟は利根川や江戸川などの大河をメインとする構造。
▼東京府学務部社会課ed.『水上生活者の生活現状』S8-4
▼藤山雪太郎『海外企業に就きて』(啓明会第17回講演集)大15-4
著者は貴族院議員。
▼井上準之助『世界大景気と我国民の覚悟』S5-8
※筆者はこの時点で蔵相。金解禁の弁明書である。ただし当時の役所の常套で、この本を井上が書いたかどうかは不確実で、下僚の代筆の可能性がある。本人が書いたならば、PR努力として偉いものだが。
▼丸川仁夫『伝道と民族政策――上巻 大東亜圏の基督教伝道』S19-11
ペテロのときは3000人いた信徒、やがてシリア教会(非ラテン語)、ローマ教会、ギリシャ教会に分かる。
▼飯沼正明『航空随感』S12-9
神風号でロンドンにとんだ男。
松本市のちかく、南穂高村で生まれ、小5でパイロットを志す。
中3で父が死んだので、逓信省委託操縦学生に。場所は所沢の陸軍飛行学校。
▼桜井匡『大東亜回教発達史』S18-6
この時点で世界最多の回教人口国はインド。
教理を何も知らぬ無知な信徒であるがゆえに、妙に誇り、ヒンヅーと対立。※要するにカーストやアパルトヘイトに合った土地なのだ。
パ
▼『陸軍主計団記事』第176号、大13-10-1刊
▼『航空記事』第40号、大14-12月号
▼陸軍自動車学校pub.『自動車記事』S15-9月号〜S16-8月号
S15-8-1より、自動車は配給となり、トラックもバスも政府の許可なく買えなくなった。
▼白善Y『指揮官の条件』2002
平壌うまれ、満軍に入り、職業軍人。1960退役。
▼『井上準之助傳』S10、1983repr.
解題によると、1925にチャーチル蔵相が金本位にしたのを即座にケインズが批判した。最初に間違ったのはチャーチルなのだ、と。
▼『フオード自動車取扱法』大12-6
車架材料は全部バナジウム鋼。直4、4サイクル、20hp、これは「警視庁馬力」だと18.75hpとなるらしい。
▼稲田、岩瀬・仁村『オート三輪車要説』S32-5
マツダは三輪ダンプカーをつくっていた。2気筒で1400cc.
▼中根良介『国民自動車読本』S16-5
S14にソルトフラット(ユタ州)で690.2km/hのレコード出ている。
独アウトバーンではフランクフルト〜ハイデルベルク間を平均390km/hで走ってみせたのがこの時点でのMAXである。
▼下田将美『財づる物語』大15-10
桂首相は、研究会(貴族院)操縦のため、トーシローの三島彌太郎(薩摩)を正金頭取に据えた。
▼物集高見『済時危言』大11-3
インドの維摩経の音義に、その俗が商買をもて業とせる国だと。
延暦年中と弘仁年間に勅あり。農人の魚を食い、酒を飲むを禁ず。
▼ジョージ・カウンツ『自動車にて赤露を探る』文明協会tr. S6-6
著者はコロンビア大の教授。Ford車のCMみたいなものとして、1930に書かれた。
▼『日本経済叢書 第24』所収・岡熊臣「兵制新書」(残欠)大5-5
著者は石見の神宮の家系で嘉永4年に69歳で死んでいる。
▼高原操『戦時経済百面観』大7-6
▼寺田精一コンパイル『婦人と犯罪』大5-3
▼羽太鋭治・沢田順次郎『最近犯罪の研究』大5-5
▼有馬宏『トンネルを掘る話』S16-12
丹那トンネルはフィート法で工事した。メートル法ではない。
※土木は米英が先進だったということ。
▼(社)建築資料協会『日本建築資料発達史』
▼宝月圭吾『中世灌漑史の研究』S18-9
大和と河内は降水量が少ないので溜め池の必要があった。
▼木村俊夫『継統法から見た支那の国家観念』S14-9
殷以前には、祖父から孫へという系統法があったらしい。世代観念が無く、一系統が一個の生命体なのだ。
▼佐竹元二『古今の兵器』大7-11
日本書紀には軍旗は2回しかでてこない。景行2年に筑紫の酋長が降参するときの素旗[しろはた]と、神功皇后が軍勢に旌旗を乱すなと命じたこと。
▼小林善八『陸軍の知識』S2-2
靖国神社とはまったく別に、皇居の中に、死んだ軍人を祭る場所がある。
▼滝本誠一ed.『佐藤信淵家学全集 下巻』S2-5、岩波書店
「西洋人は此國を称して『シナ』と称へ呼ぶ、『シナ』は秦なり」(西洋列国史略)(p.781)。
▼山崎博『国防教育の実践方策』S16-11
小学校4年の「工作」で、偽装法、迷彩法初歩を教えていた。初6で、またもやる。
▼礼法研究会『礼法要項解説』S16-5
国旗は私事には掲揚しない。また、夜間は掲揚しない。
▼下村宏『非常時漫談』S8-12
▼安藤利夫・述『虐殺の巷通州を脱出して』(日本外交協会第212回例会席上)S12-10
著者は同盟通信社特派員。7-29に通州にいて生還した唯一のジャーナリスト。事件当時は33歳。
▼高津太三郎『日本和傘宝鑑』S5-12
傘と書いて「からかさ」とよむ。はじめは韓傘と書いた。
開閉が奇巧なので、唐傘といったのだ、との説も。
▼小林庫次ed.『傘業随筆大観』S10-3、日本傘業新聞社pub.
この業界は、堤燈とクロスオーバーのことが多い。
▼渡部滋『増補訂正 針の研究』大10-4
著者は東京裁縫女学校長。
▼安田善三郎『釘』大5-12
高麗の釘は四角断面で帽子付き。
1415頃でも畿内を離れると、藤蔓からげで無釘で建築していた。
▼新原昭治『「核兵器使用計画」を読み解く』2002-9
ネバダではたとえ1ktでも地下185mより浅いところではやらない。しからば200m貫徹は可能かというと、これはムリ。
▼北海道平和委員会ed.『北海道黒書』S44-4
著者は恵庭事件の当事者。刊行年は70年安保の直前。
▼高橋澄ed.『日本発明大辞典』S14-4
村田、有坂、南部の住所が記載されている。村田と有坂は男爵だが南部は工博。
※潜水艇の西村が載っていない。軍に買収でもされたのか?
▼奈良繁太郎ed.『日本発明家伝』S11-8
ヤンマー発動機は山岡孫吉が発明した。
▼寺島柾史『日本科学発明物語』S10-12
1911に田原良純がテトロドトキシンを創製。鎮痛薬。
▼『教学叢書 第十一輯』S16-11、文部省pub. 所載「発明発見と科学教育」/八木秀次
暗視装置として紫外線は不適。腕、爪、掌、油気のついたもの、紙などが光ってしまい、真のノクトビジョンにはならぬ。
▼『相倉久人の70年代ロック&ポップス教養講座』2007-8
ポピュラー音楽は、メディアを通じて、大量複製ないしは拡大再生産される商品。その商品価値は売れ行き=ポピュラリティが決める。
▼村田武雄『音楽藝術論』S26-3
今日、一人のベートーベンもモーツァルトも出ないのはなぜか。芸術家が、あらゆるものを芸術一本にたたきこむ、大人の子供として創作欲を自由にふりまわせる環境が、ないからだ(p.14)。
▼大日本興行教育会ed.『発明家物語』大6-5
フルトンは少年時代に小型の空気銃をじぶんで作って遊んでいた。
▼高橋重蔵『警察と社会の表裏観』S9
退官後2年で書いた。
▼松井茂『警察読本』S8-9
筆者は法博。
仏では警察が陸軍大臣に指揮されることあり。また、常時3000人くらいの兵隊をパリの警視総監が警備に使うことができる。
▼松華堂編輯部ed.『治安警察教本』
▼山元一雄『日本警察史』S9-5
▼小河滋次郎『獄事談』M34-10
日本では長期刑者は「準治監」に集められている。
▼上野他七郎『戦後の準備』大7-6
粗製濫造になっているので商業道徳をなんとかしろ。
▼(財)金融研究会『アメリカ復興金融会社の機能概要』S11-4
これは1932-1にフーバーが署名した法に基づく。デフレ塞止が目的。
▼桑港罹災日本人救済会『桑港罹災日本人救済顛末』M40-3
※写真をみるとほとんど原爆のアトである。
▼松田藤太郎『皇道主義経済』S16-2
かつてある陸相は、大臣になってはじめて新聞に経済欄があると気付いたと。
▼伊藤辰男『仲間をえらべ』S30-7
ポン中は「ヒロコ」ともいう。抜けるのを更生という。
既に都内では朝鮮人密売者多し(p.7)。
▼田鍋安之助ed.『亞富汗斯坦』S5-7
本書時点で、北部国境まで2本、南部と東部国境までそれぞれ1本の鉄道アクセスがある。
▼落合泰蔵『明治七年 生蕃討伐回顧録』大9-5
宮古島の琉球民69人が漂流。うち3人は八瑶[パツヤウ]湾に上陸のさい溺死、54人は惨殺され、九死一生帰港したる者12人。
▼長野朗[あきら]『支那兵・土匪・紅槍会』S13-1
シナの○○会や○○教などについて今、出回っている解説本は、ぜんぶ長野が大正12年から調べたことを祖述しているだけだ。
「好鉄不打釘、好人不当兵」。
「【口亨】哈会」……敵と戦う時には、一つウンといって、次に一つハアといえば、敵は参ってしまう。
人民に自衛の法を教えたのが、紅槍会のなりたち。
▼長野朗『支那の土匪と軍隊』大13-4
大きな巣窟のないところに、大きな土匪団はできない。
ようやくこの頃、山東、河南の土匪は鉄砲をたいてい持つようになった。
肉票=ひとじち。
▼『アジア問題講座第四巻』S14-2、所収「匪賊論・苦力論」/長野朗
共産軍は、北支に第8路軍、南京付近に新4路軍。
WWIで苦力はロシアとフランスで働いた。
▼田内 武『朝鮮警察官殉職史』S6pub. S9四刷
M40-7、日韓条約で韓国軍隊が解散すると、京城における解散兵の暴動が全土に及んだ。この鎮定に2年かかったが、余類はなお慶尚、江原、黄海、京畿の山地に出没、小匪賊草賊が諸方に起こった。