武道通信 告知板


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読書余論3月期 目次

▼徳川夢声『夢声戦争日記(1)』中公文庫
▼徳川夢声『夢声戦争日記(2)』

▼法性 弘ed.『ザ・レスキュー 航空自衛隊災害派遣・救難活動の記録』1995
▼小山松吉『名判官物語』S16
▼伊藤桂一『秘めたる戦記』光人社NF文庫。

▼防研史料 海軍pub.『火薬火工兵器取扱規則』S9
▼J.Bathelor & L.S.Casy共著『Naval Aircraft』1975

▼防研史料『独伊派遣軍事視察団報告資料 技術 其二』S16
▼三沢市企画部基地対策課『三沢市の在日米軍基地と自衛隊基地』H4
▼防研史料『水雷全体を通じ生産技術向上の為に努力した経過』

▼防研史料『機上作業教範資料(固定銃射撃の部)』S17
▼防研史料『水中爆発に関する研究』S31
▼防研史料『昭和10年度 陸軍造兵廠歴史』

▼sc恆存『言論の自由といふ事』S48
▼『sc恆存全集 第6巻』の、巻末覚書(p.695)。
▼『水交社記事 No.149』M41



読書余論2月期 目次
兵頭二十八Net私塾 (2月25日配信)
入塾方法はHP「兵頭二十八Net私塾」に。

▼防研史料 陸軍兵器学校ed.『刀剣、小銃、拳銃、擲弾筒 修理法の参考』S17
▼防研史料 『九六式軽機関銃、九七式車載重機関銃 修理法ノ参考』S17
▼防研史料 『昭和7年度 陸軍造兵廠歴史』
▼防研史料 『昭和8年度 陸軍造兵廠歴史』
▼佐藤正『日本人長所短所論』大2
▼五十嵐 力『戦記文学』S14
▼米本新次『分類対訳 英米警句 俚諺集』S10
▼三田村鳶魚『捕物の話』中公文庫1996
▼田代 衛『米国独立百五十年記念●府万国博覧会 日本産業協会事務報告』
▼小林和子『株式会社の世紀――証券市場の120年』1995
▼玉置紀夫『日本金融史』1994
▼奥村宏『無責任経営「銀行の罪」』1966
▼真渕勝『大蔵省統制の政治経済学』1994
▼加来耕三『大警視川路利良』H11
▼防研史料『昭和9年度 陸軍造兵廠歴史』
▼防研史料『昭和6年度 陸軍造兵廠歴史』
▼『偕行社記事 No.754』S12-7
▼石井茂兄ed.『大日本陸軍写真帖』S2
▼『鹵獲独逸飛行機台覧記念写真帖』大10
▼『大正四年十二月 大礼観兵式写真帖』
▼『陸軍軍人服装図』M24-
▼海軍省恤兵係ed.『支那事変記念写真帖 自昭和十二年七月 至昭和十四年七月』
▼『写真帖 遊就館』
▼『破竹 海軍経理学校 第8期補修学生の記録』S47
▼セシル・ブロック著、飯野紀元tr.『英人の見た海軍兵学校』S18
▼平沢勝栄『明快! 「国会議員」白書』2000。


読書余論 1月目次
2014年 1月25日配信

▼史學会ed.『明治維新史研究』S4-11(分載の最終回)
▼須川邦彦『無人島に生きる十六人』H15新潮文庫、原S23-10 
▼『偕行社記事 No.199』M31-8
▼『偕行社記事 No.205』M31-11
▼『偕行社記事 No.213』M32-3
▼『偕行社記事 No.214』M32-3
▼『偕行社記事 No.215』M32-4
▼『偕行社記事 No.216』M32-4
▼『土地制度史学』1987-2所収、池田憲隆「日露戦争における陸軍と兵器生産」
▼『経済学研究』1985-6所収、長谷部宏一「明治期陸海軍工廠研究とその問題点」
▼防研史料 『昭和3年度 陸軍造兵廠歴史』
▼磯部祐一郎『アメリカ新聞物語』S46
▼辻村 明『戦後日本の大衆心理』1981
▼アンソニー・スミス『情報の地政学』原1980、訳1982
▼近藤春雄『放送文化――ラジオとマス・コミュニケーション』S30
▼K・マーティン『新聞と大衆』S30、原1947
 新聞の力とは、真相を隠すことである。
▼前田勉『近世日本の儒学と兵学』1996-5
▼孝橋謙二『教育勅語と昭和の破綻』H3
▼千葉三千造『日本海軍火薬史』S42
▼防研史料 『試製九一式十糎榴弾砲 概説』S6-1〔中央/学校教育/典範/榴弾砲〕
▼防研史料 『九一式十糎榴弾砲 説明書』S12-6
▼防研史料 『九一式十糎榴弾砲 教育の参考』S11-1
▼防研史料 『昭和4年度 陸軍造兵廠歴史』
▼防研史料 『昭和5年度 陸軍造兵廠歴史』
▼福本道夫ed.『東京・横田基地』1986-9
▼基地対策全国連絡会議ed.『日本の軍事基地』1983-7
▼奥村芳太郎ed.『あゝ航空隊――続・日本の戦歴』毎日新聞社S44-11
▼雑誌『軍事』大15-4月号(第2巻第4号)
▼雑誌『軍事と技術』S3-9月号
▼雑誌『航空記事』第53号(S2-1月号)
▼雑誌『航空記事』第62号
▼雑誌『航空時代』第6巻 第6号(S10-5月)
▼平松茂雄『中国の核戦力』1996-10
▼宇佐美 暁『中国の軍事戦略』1997-6
▼派兵チェック編集委員会ed.『これが米軍への「思いやり」予算だ!』1997-10。


兵頭二十八Net私塾「読書余論」が電子書籍になった

兵頭二十八Net私塾「読書余論」電子書籍<ナンバー1〜47>
が電子書籍に。

★[いつでも手元に置いて開けるNet座右の書]
目次から好きな「本」を選んでお読みなされ。
電子書籍epub版です。すきなときスマートフォン、タブレットからもお読みなされ。
※ナンバー1〜47のコンテンツ(目次)はこちから事前に見れます
  http://www.budotusin.net/yoron.html

★[まずは sugiyama@budotusin.net へ]
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お振込み確認後、
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データをアップロードします。
「杉山頴男事務所様から、ファイルのお預かりをお知らせ
するメールです」とのメールが届きますからダウンロードしてください。
簡単です。

<補足>
電子書籍epub版がダウンロードできない方は
epubを読むためのソフト(無料)を下記でダウンロードしてください。
http://www.adobe.com/jp/products/digital-editions/download.html
iOS、Androidのスマートフォン、タブレットをご使用の方は、
ファイルを転送し、電子書籍アプリなどでお読みください。
また、epubソフトのダウンロードなど面倒、億劫な御仁のために
pdf版もセットでアップロードしてあります。


服部禎男博士とエハン・デラウィ氏の講演

 放射線というものが生物に対してどんな意味を持つ存在なのか、
そして放射線の人間の細胞DNA破壊作用に対して、DNAはどの
ような対処をすることによってその存在を保ってきたのか、そのカギ
であるDNA修復機構は現在どこまで解明されているのか、という
ことを知ることなし、放射能問題を論ずることはできません。

 しかし、現実は25年前くらいから解明され始めたDNA修復機構
の研究成果をほとんど全く考慮に入れない放射線論が、学会を含む世
の中でまかり通っています。

 モーリス・チュビアーナ博士という放射線発ガンに関する研究の世界
的な権威者は1998年からEUの科学者とともに、放射線の人間細胞に与
える影響について研究してきましたが、2001年アイルランドのダブ
リンで、開かれた国際学会で10ミリシーベルト/時以下ならどんなに
細胞を傷つけても完全に修復させてしまう、と発表しました。いわゆる
ダブリン宣言です。(2007年に博士はマリー・キューリー賞受章。)

 10ミリシーベルト/時ですから、87600ミリシーベルト/年と
いうことになります。ずっと浴び続けると負担が多いので、その十分の
1の10000ミリシーベルト/年は安全な範囲であるというラッキー
博士の有名なホルミシス曲線はこの研究成果からしても極めてリーゾナ
ブルであることが分かります。20ミリシーベル、はては1ミリシーベ
ルトなど安全ラインとしていかに馬鹿げた数値かわかります。

 放射能のことをまじめに考えようという方にお薦めのYouTubeをお知
らせします。服部禎男先生とエハン・デラウィさんの講演で、タイトル
は「放射能とDNA パート1」です。

  http://www.ustream.tv/recorded/17862990

 「これを見ずして放射能のことをどうこう言うな」といっても過言では
ありません。少なくとも常識よりも本当のことを知りたい方、知的な良心
をお持ちの方には「必見」の講演です。是非ご一見ください。


読書余論 年改まり1月号目次
    (2012 1月25日配信)

▼西郷従宏『元帥 西郷従道伝』S56

▼池田史郎「久米邦武遺稿『葉隠巻首評註』について」H1

▼谷中信一「『逸周書』研究(四)――その兵法思想について」H5

▼山内盛彬『琉球の舞踊と護身舞踊』1963

▼内田知雄「孔子および孟子の兵戦思想」1954

▼内田知雄「荀子の兵戦論」1955

▼湯浅邦弘「『司馬法』に於ける支配原理の峻別」H2

▼西田龍雄による書評:林英律著『夏譯《孫子兵法》研究』

▼細見古香庵『古作 茶の湯釜』S39

▼『ルソー全集 第十一巻』1980

▼村山修一『天神御霊信仰』1996

▼真壁俊信『天神信仰史の研究』H6

▼無名氏著『侠骨木戸少佐』M26。


津軽海峡に自動車橋を架けよう! 兵頭二十八

■新潟から秋田まで新幹線を延長し、津軽海峡の「戸井〜大間」に自動車橋を架けよう!

 このテキストは、3月19日午前に書いています。
 函館市内ではGSの行列などまったく見られない、電気屋に行けば、手回し発電式のLEDライト&防水ラジオが普通に入手可能である。
 ところが海峡を一歩越えた八戸市ではすべての物資が不足している。フェリー会社と国交省は、何をやっているんだという感じだ。自動車メーカーは、Ro-Ro船をぜんぶ差し出したらどうなんだ?
 北海道のあり余る物資を、東北に急送する手段がないのだ。これは国交省の指導がおかしい。船はあるし、八戸港は復活している。放射能汚染されているわけでもない。函館港のフェリー埠頭は、もとより無被害である(ただし苫小牧から函館までのJRが麻痺状態)。

 青函トンネルはざんねんながら列車しか通行ができない(麻痺中)。北海道と東北が、こうした有事のさいに助け合えるためには、トラックが自走で通行できる橋が必要なのだ。

 函館郊外の戸井町と、下北半島の大間町の間は、津軽海峡が最も狭くなっている。ここに吊り橋を架けることは、可能である。
 (ではなぜそこにトンネルを掘らないかというと、水深が「竜飛〜福島」間よりも大であるため、難工事となってしまうのだ。)

 この架橋工事は東北被災地の失業問題を解消するだろう。

 「津軽海峡車道橋」が完成するまでの間は、下北半島の「大畑」にポンツーン方式で人工港をひとつ設けることだ。民間ですぐできねえっていうなら工兵隊がつくるまでだ。
 そこに、最大サイズのコンテナ船でも横付けできるようにする。
 苫小牧や太平洋側からの救援船にとっては、青森や大湊を利用するよりも、回転率が数倍、高速化するだろう。
 「大畑」から三沢基地までは、道路の拡張余地が大きい。
 これが「大間」港だと、冬の季節風に弱いし、一帯は山が海岸まで迫っているため車道の拡張余地がない。ポンツーン方式なら、津波で壊れてもすぐ修理できる。

 さてもうひとつ大変なのは、東北の経済的中心地である仙台市が、福島からの放射性塵の飛来が嫌われて、すっかり寂れてしまうという可能性だ。
 福島県内を通る新幹線を、事故原発に近いことを理由に誰もが乗車忌避したら、仙台はゴーストタウン化してしまう。

 ただちに、新潟から秋田までの、日本海側の迂回新幹線に着工すべきである。そうすれば、青森に用のある人は、東京→新潟→秋田→盛岡→青森と新幹線を乗り継ぐことができ、福島県と宮城県は迂回して連絡ができる。

 この工事も、東北地方の景気を下支えしてくれる。宮城県民にとっても、悪い話ではないのだ。

 ※17日午後に長野市で消印された郵便が19日午前に配達された! すごいぜ郵便網は復活してるじゃん。差出人は実母なのだが、内容が泣けます。オレが50歳にして予備自衛官として充員召集されると心配し、被災地では無理をしないでくれという心遣い(w)。たしかにセンゴクのキチガイは国民総動員の統制国家実現を今こそ図ってやろうと画策中だと思うけどね……。


地域情報環境の未来を考える/兵頭 二十八
■武道通信への特別寄稿/兵頭 二十八

 まあ、日本に評論家多しといえども、日刊新聞というものを文字通り一紙も購読せずに「店」を張り続けてきた者は、この兵頭二十八くらいではないのか?
 愚生は1990年に月刊『戦車マガジン』の正社員の編集部員となった。
 1994年以降はフリーター兼劇画原作者となり、1996年からはフリーター兼評論家となった。以上、長くてめんどうくさいから「軍学者」と称しているけれども、この間、正社員時代は少しでも多くの専門資料を読まねばと念じて新聞は眼中になかったし、自営自由業者(作家のことだ)となってからは、生計の上から新聞購読をしないのが合理的だった。
 なにせ日本の諸税と社会保障費の負担体系ときたら、高齢ならざる零細自由業――「失業者以上・起業家未満」の独立世帯――に関して、過酷。〈所属団体〉が無くてエネルギーのある者は「蟄居の刑」で罰したいという、《高禄徒食階層》の底意があるとしか勘繰れない。これでは、消費を極限まで切り詰めるのが、ほとんどの世帯にとって安全至極となり、全国の経済活動が逼塞に向かって、家計の合理主義が却って国家的な衰滅をもたらすはずである。
 格好のよいことを言えば、メジャーな新聞等から、他人様と横並びの知見を得たところで、原稿書き稼業は成り難い。共同通信社、時事通信社などから配信される同じ〈モト稿〉を、各紙のデスクが字数調節して載せただけの作業が多いことは、図書館の新聞閲覧コーナーで特定のニュース(殊に海外の軍事関係)につき五、六紙を見比べてみたら、学生・生徒でも悟れることだ。(今日、英文インターネットにアクセスできる学生は、大手通信社の外信記事も、じつは別なソースを利用しただけの〈机上取材〉が多いと見破っているだろう。)
 だが白状をするなら、愚生は新聞に対しては、うらみもあったのだ。御為ごかしの説教を垂れる新聞など意地でもとってやらん、とのこだわりを抱いて、これまでずっと暮らして来た。その思い出を語れば、まず以下のような次第だ。
 愚生は高校までは長野市内で育っている。その実家の購読紙は『信濃毎日新聞』――俗称 :「しんまい」だった。愚生は中学時代、この『信毎』の朝刊配達のアルバイトをしたこともあったし、高校時代には、大まじめな読者だったのである。
 そんなウブな高一か高二の生徒のときだ。『信毎』の論説記事(社説だったかどうか、確言できぬ)で、〈これからは学歴社会ではない! 実力社会になるのだ。若者は、大学への進学などに必ずしもこだわることはない〉という、今にして思えば、誰が得をするのか分からぬ勧告を読んで、真に受けた(ちなみに共同通信は論説・解説のたぐいまで各紙に配信しているそうであるが、これもそうだったのかどうか、確かめたい気持ちは湧かぬ)。そして愚生は人生設計から「現役進学」というオプションを外した。わがふた親は「小卒」である。息子がそう言い出せば、『いや、お前は知らんだろうが、日本社会では大卒の新卒にはこれこれのメリットが歴然とあってだな……』とたしなめる根拠も、特に有していないのであった。
 かくて愚生は東京代々木の専門学校に進んで、途中を省略すると、上富良野の自衛隊に二等陸士として勤務することになり、爾来、小〜中学校の同級生の誰ひとり体験していないであろう脱線コースをあちこちと堪能させてもらったから、往時の決心そのものに悔いはない。けれども、北部方面隊を任期満了除隊して大学に入り直して、ひとつだけ、肝に銘じたことがある。「これから、運良く著述業者になりおおせたなら、情報弱者(という言葉は当時はなかったが)の若者に、活字を通じて無責任なアドバイスだけはすまい」――。愚生の今日まで堅持する基盤倫理である。

 さて、月刊誌『正論』に「CROSS-LINE」を書かせてもらえるまでに漕ぎ付けた2002年のこと、愚生は北海道へ引っ越した。
 じつは愚生は、東京都内の古い大図書館でも見かけぬ「激レア」な戦前軍事系資料を黙って収蔵しているような地方の図書館を、北から逐次に南へ転居しつつ念を入れて探訪し、死ぬ前に九州・沖縄まで渉猟してみたいものだ――との志を抱いていたのだった。
 成田山新勝寺の私立「仏教図書館」に日参してこの〈発掘〉閲読の醍醐味を覚えてしまった愚生は、マリアナ基地のB-29が到達できなかった東北〜北海道にこそ多数の珍資料が焼かれもせずに残っているに相違ないと睨み、まず北海道最古にして、過去に火災にも一度も罹っていないとされる「函館市立図書館」を漁ることに決めたわけだった。
 この話は本題と関係ないので割愛。愚生は函館市内で所帯を持ち、全国転居縦断の夢は抛棄している。代わりに、「北海道で新聞なしの生活を実践すれば、どんな感じか」という報告が、こうしてできるようになった。
 (なお北海道では、紙に印刷された『産経新聞』はその日のうちには手に入らぬ。1日遅れなら東京版を届けてもらえると聞いているが、地元欄は無いわけだし、放送番組表も当然、役に立つまい。)

 北海道の風土につき説明すると、ほぼ東北6県に匹敵する地積がある。道南の函館から特急で道央の札幌に出るだけでも、乗車距離318km、乗車時間は3時間14分になる(高速バスなら5時間)。つまり庶民が日常、互いに行き来できるようなコミュニティではない。
 半分以下でも広すぎるであろう、この圏域の新聞市場を、ただ一社のブロック紙が寡占しているのは壮観である。いわずとしれた『道新』――『北海道新聞』だ。
 愚生が北海道のレッキとした住民となって以降に上梓してきた二十数冊の新刊について、『道新』さんは過去一度も、文化欄(さすがにこれは自社構成だろう)や地方欄(拙宅からすぐ近くの五稜郭に函館支社社屋があり、「道南」版と「渡島・檜山」版を作っていると聞く)で取り上げてくれたことがないように、愚生もまた『道新』を購読したことはない。以前に某編集部から送ってもらった、過去の『道新』の社説を見るかぎりでは、同紙編集部の旗幟は分かりやすい反日色のようだ(どうしてそうなるかの理由は、別稿で考察しよう)。
 新聞を読まないことのメリットの一つは、赤の他人の編集者が選んで送り届けてくるテキストや、知りたくもない情報から、不必要なストレスを受けとらずに済むことだ。
 市場シェアNo.1の自信からか、函館の『道新』の販売所の拡販戸別訪問部隊は、未購読世帯に対して、強引・執拗なマネはしない。〈無縁の衆生〉として放っておいてくれる、という感じを受ける(愚生の個人的体験では、こちらの拡販で悪印象を与えられたのは、全国紙の『Y』)。
 ただし、チラシを通じた配達アルバイトさんとの接触は、通年、連日、ある。なんと、日刊媒体をひとつも購読していないウチのような世帯に対しても、道新の折り込みとほぼ同内容のチラシ(だけ)は、概ね洩れなく配達されるシステムがあるのだ。もちろん、各戸に料金負担は生じない。ウチのあたりでは、だいたい、昼前から夕方にかけて、毎日2回ぐらいも、状差しに投じられてくる(このアルバイトさんたちと顔馴染みになっておくことは、空き巣狙いが多い当地では、防犯上、とても望ましい)。
 これは如何なる仕組かを説明したチラシも必ず1枚付いている。それによると、道新の各販売所にチラシを搬入している(株)函館折込センターという会社が、日々の『道新』に折り込まれるチラシのうち、広告主から依頼のあったものだけを別途まとめ、配らせているようだ。つまり費用は、特定地域に網羅的に特売の宣伝を打ちたいスーパーマーケットなどの広告主が、併せて負担をしているわけだ。
 さて2006年前半、宅配新聞各社が、独禁法の「特殊指定」と「再販価格維持制度」を死守するための大キャンペーンを展開したことがあった。にもかかわらず、いまやこのような利便が、無代で得られるようにもなっているのだとすれば、いったい地方住民にとり、紙に印刷された新聞を有料で購読することのメリットとは何かという問いが、やはり生ずるであろう。
 放送番組表なら、疾うから携帯電話でも間に合う(と聞く。愚生は携帯不所持)。また、「ケータイ」から「スマートフォン」への不可逆的な進化にともない、全国ニュースを知るのに新聞やテレビに頼らねばならぬ度合いは、ますます減ると予想ができる。
 答えは、「地元ニュース」だと思われる。これだけは、地元版を多年制作してきている日刊商業新聞を購読せぬ限り、地方住民は、安易・堅確に落ち着いて詳細を知ることはできはしない。インターネットの非営利ブログ等でも、このサービスは代替し得まい。正確で詳しい地元情報を有責的に作成し発信する作業は、カネもかかるし手間もかかるのだ。訓練された多数の記者やスタッフをフルタイムで専従させ得るだけのじゅうぶんな収益のある法人でなくば、経費面でもモチベーションの面でも持続は不可能であろうと想像できる。
 愚生の場合だと、時に痛感させられるのが、〈○月○日に海上自衛隊(もしくは○国海軍)の艦艇が函館に寄港し、○日に○○埠頭で一般公開されますよ〉という広報の取りそこないだ。ロクにテレビも視ない愚生は、インターネットを通じてこうした軍事イベント情報を事前に承知できたためしがない。いつも、公開等が終わってしまった翌日くらいにそれを知り、残念に思うのである。
 一部の新聞社の本社の幹部級デスクや整理部が「反日」レトリックを是としていることと、地方で販売されるその新聞のローカル欄で自衛隊イベントがしっかり遺漏なく伝えられることとは、社の経営方針として、両立しているようだ。というか、このニュースをわざと欠落させるようなことをしていたら、その新聞は市場シェアを失なうと分かっているのだろう。
 北海道には、江戸時代から、たくさんの外国船が来た。ロシアが西方でフランスなどと戦争状態にあるときには、東方のロシア人の樺太・千島方面での南下圧力は弱まった。米国で政権交代が起きたり、内戦があったり、メキシコ問題で欧州と緊張があったりするときには、米国からの対日工作は消極化した。だから、地球の裏側の出来事も、ダイレクトに北海道住民の安全にかかわってくるのだ――と言えば言えるのだが、今日の大多数の地方の住民は、海外ニュースや政府外交当局の問題意識などをつぶさに新聞でチェックしたいのだろうか? 新聞はローカル・ニュースだけで可いのだと人々が考えるようになったときに、地方紙やブロック紙の、東京の通信社との関係も、見直されるだろう。




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