無銘刀

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 ファイル一覧 検索

■ 皆様の掲示板です。画像も添付できます。どうぞご利用下さい。
■ 本掲示板にふさわしくないと思われる投稿は、削除する場合がございます。
■ 24時間以内に作成されたスレッドは New で表示されます。
■ 24時間以内に更新されたスレッドは UpDate で表示されます。

記事リスト ( )内の数字はレス数
Nomal6月の読書余論(0) | Nomal「今月の読書余論」(0) | Nomal『「南京事件」―日本人48人の証言』(0) | Nomal黄文雄の「歴史とは何か」(自由社)(0) | Nomal第2回「パレンバンデー」講演会のご案内(0) | Nomal年賀状(0) | Nomal新しい歴史教科書』英訳シリーズその10―第5章「近代の日本と世界(II)」(0) | Nomal通州事件80周年 記憶と慰霊の国民集会(0) | Nomal黄文雄の『歴史とは何か』(自由社)(0) | Nomal『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか』(0) | Nomal≪来るべき日中戦争とインテリジェンス≫(0) | Nomal『中華帝国と旭日帝国:日中関係―過去と現在』(0) | Nomal謹賀新年(0) | NomalJリーグチャンピオンシップ優勝皿シャーレ(0) | Nomal国連が世界に広めた「慰安婦=性奴隷」の嘘 第10回 (0) | Nomal国連が世界に広めた「慰安婦=性奴隷」の嘘(0) | Nomal武道通信の「今日は何の日」 (0) | Nomal旧・樺太神社跡(0) | Nomal樺太旅日記F 大泊(コルサコフ)の奉安殿(0) | Nomal樺太旅行記E(0) | Nomal樺太旅行記D(0) | Nomal樺太旅行記C(0) | Nomal樺太旅行記B(0) | Nomal樺太旅行記A(0) | Nomal樺太旅行記@(0) | Nomal武道通信の「今日は何の日」(0) | Nomal武道通信の「今日は何の日」(0) | Nomal武道通信の「今日は何の日(0) | Nomal武道通信の「今日は何の日」(2) | Nomal撃剣大会(0) | Nomal年賀状(0) | Nomalモランボン・ガールズ(0) | Nomal平壌レポートC(0) | Nomal平壌レポートB(0) | Nomal冷麺店の店内(0) | Nomal平壌レポートA(0) | Nomal平壌レポート(0) | Nomal読書余論目次は告知版に(0) | Nomal読書余論 各月目次(0) | Nomalヨルダンそしてトルコ(0) | Nomal年賀状(0) | Nomal鎖帷子剣士、参上!(0) | Nomal零戦「61-120」機(4) | Nomal1937年読売新聞記事(0) | Nomal読書余論12月期目次(0) | Nomal読書余論11月期目次(1) | Nomal「読書余論」100回配信記念サービス!(0) | Nomal読書余論 10月期目次 (0) | Nomalみんなオスプレイが大好き?(1) | Nomal読書余論 9月期目次(0) |



■記事リスト / ▼下のスレッド
■1596 / 親記事)  6月の読書余論
□投稿者/ 武道通信編集部 -(2018/06/23(Sat) 05:03:43)

          ■読書余論 2018-6-25 配信号 / 兵頭 二十八


    ▼『ベルツの日記』第一部・上巻 つゞき

    M22-2-16。
     この日、葬儀のあった森有礼暗殺の消息。森は伊勢神宮において不敬行為があったといわれ、それを大学生たちが怒っていた。暗殺者西野は、学生連の暗殺計画を森本人に話したいと秘書官を通じて申し入れた。そして11日に出刃包丁で下腹部を刺した。文相の護衛役の私服警官が、仕込み杖の日本刀で西野の頭を割った。森は12日の払暁に死亡した。

     3-2。
     青木外務次官は大のドイツ贔屓だが、まさにその理由から、同胞の間に多数の敵を作っている。

     3-11。
     夜、鹿鳴館で東京の商工業者の大舞踏会。皇族や大臣、公使らも招かれた。日本で始めて商工業者がその地位の向上を誇示するイベントだった。

     4-20〜22。
     真鶴あたりを高田氏と視察。ここは一流の冬期療養所や海水浴場になるはずだと納得させた。

     8-9。
     箱根から東京への車中で、吉井宮内次官に、箱根大温泉計画を説明する。

     10-18。
     大隈が爆弾にやられたというので、外務省にすっとんでいく。右足内側のくるぶしの上。そこで脛骨が完全に粉砕されていた。その上に第二の傷。膝関節の内側下方。
     上腿切断手術よりほかに、施す手段がないことが明白だった。佐藤氏が執刀。
     爆弾はダイナマイト。犯人来島恒喜は、その場で頚部をかき切って自殺した。

     M24-3-7。
     首相山縣の別荘へ。駅から果てしないほど遠い。議会閉院式は天皇が出る。なのに自分は発熱。なんとか出られないかという相談。やめるように勧めた。
     3-8。
     新任の清国公使は、李鴻章の養子で、教養があり、堂々の美丈夫。英語をよく話す。

     5-11。
     大津事件。露太子[ツァレヴィッチ]に警察官が切り付けた。数年前、ロシアが、ロシア平民が一人もいない東京の駿河台に、大教会堂を建てた。その土地は、日本政府がロシア公使館の建設用に提供したものである。これで日本人は非常に怒っていた。ロシア正教信者となった者は国賊視された。

     5-18。
     天皇は、露帝に特に遺憾の意を表されるため、皇族一名と榎本子爵をペテルブルグに派遣される意向である。

     5-29。
     外相青木は事件の責任をとって当然に辞任しなければならない。後任は、ロシア側に多少、気受けのよい唯一の人である榎本。旧幕臣だが、正直で誠意がある。西郷内相も、警官の不祥事だから、辞めなくてはなるまい。

     6-6。
     明治天皇は玉座が皇后の座と同じ高さにあることを、どうしてもがまんできない。しかし井上伯が、西欧風を強制させていた。

     M25-3-2。
     日に百名の新患者が出ている天然痘。今こそ種痘を強制的に実施せよ、と会議で意見具申した。1回の接種ではダメなことは立証されている。以前に自分が提案したように、学校入学時にファーストショット。卒業および徴兵検査の際に再種痘するようにしていたら、とっくに根絶に近づいていたはず。

     3-16。
     外相の榎本邸で豪華な宴会。燕尾服ではなくフロックコート着用と招待状に書いてあったので英人たちは驚く。榎本の七歳の令嬢も日本の踊りを見せた。
     M26-10-28。
     天皇の実母である二位局を往診。胃病診察。天皇の方から実母の家の敷居をまたぐことは決してない。実母の方からは、あらかじめ許可を願い出れば、天皇のもとに伺候することは可能。別に皇太后(先帝の正妻)も生きている。通例「コウダイコウゴウ」と発音する。天皇は年に数回、皇太后を儀式的に訪問する。

     M27-3-19。
     井上文相と夜、サシで懇談。清廉な人格。

     6-22。
     大地震。
     日本式と半洋式の家屋は被害が少なかったが、石造、煉瓦造の建物は、たいがい崩れた。公使館は全滅。

     7-25。
     号外。鎮台の一部に出動命令が下り、予後備召集の準備が進められていると。

     8-27。
     信じられないほど日本にとって一方的に有利に、日英条約が改正された。

     9-5。
     清国側の報道。8-20に平壌付近で大戦闘があって日本軍が完全に撃破されたと。
     日本政府からは何の公表もない。「清國側は作りごとがうまいから、萬事はまだよくわからない」。

     9-21。
     日本軍は海陸で勝利したことが判明。
     16日には平壌を占領していた。17日には鴨緑江河口で清国軍艦4隻を沈めた。

     9-22。
     捷報を聞いても日本人は有頂天になっていない。
     いまや第二軍が編制中である。
     新聞だけが過激。敵を完全に粉砕するまではどんな条件でも媾和するなと。

     11-30。
     新聞各紙は、台湾、満州、くわえて清国の一州を併合せねばならぬと主張している。「これに対して、ロシアが何というだろう」。

     M29-2-28。
     実子のウタ(満2歳)が急死。一昨日の昼に風邪。夜には腹膜炎。
     今朝、東宮武官の黒川将軍が弔問。

     3-2。
     妻のハナの態度をみるにつけ、純日本人社会の考え方や気質が多くの点において、古代ローマ人のそれと似ていると思う。

      ※ここまでで、第一部・上 おわり。次回は、第一部の下から。

    ▼『袖ヶ浦市史研究』第16号(H25-1 pub.)
     戦中の、佐貫地下工場。
     内部は湿気が多く、機械は1日でも動かさないと錆びてしまった。図面もグニャグニャになる。

     トンネル倉庫は排水を考えてないと床が深さ15センチくらいの水溜りになる。

     木更津空の掩体壕の中で、機首のプロペラが二重反転する、見たことのない飛行機を見た、という地元の人の手記あり。解説者は、これは試作機「景雲」の、知られていないタイプではないかとする(pp.22-3)。
     ※「強風」の試作一号機という可能性は排除しているようである。

     木更津中学から動員された学徒が、基地で「後方にプロペラ六枚をつけた局地戦闘機」を見かけたという。これは「震電」の木製モーターグライダー第2号機だったろう(p.31)。
     ※中共のUAVでCH-3というのがあるんだが、これを設計した者はプラモデルで震電を作ったことがあったに違いないと思う。

     当時の回顧。勤労動員された中学生たちは、エンジンや機体をガソリンで拭いた。それはいろいろな添加物がまじっていたので手が白くなった。よっぽど石鹸で洗わないとその白い色は落ちなかった。
     ※オクタン価を高める添加剤は有毒。よく健康被害が無かったものだ。

     バッター制裁を受けたことを「バットを背負わされた」と表現する(p.45)。
     ※動員学徒も精神捧でやられていたと分かる。基地整備員も同然だった。

     零式練習戦闘機は「ゼロレンセン」と呼んだ。千葉の近くの日立の工場で製造していた(p.47)。

     「零練戦一一型」というのがあった。古い「一一型」を改造して練習機にしていた(pp.47-8)。

     橘花のジェットエンジンは後ろから黒い煙を吐いていた(p.56)。
     桜花のキャノピーは、風防を閉めてしまうと、内側からは開けられなかった(p.57)。

     硫黄島が陥落してP-51が護衛につくようになって、はじめてB-29が精密爆撃できるようになった。そこから、木更津の空気も切迫した(p.64)。
     「神風」は皆「カミカゼ」と読んでいた。

     短波の受信機を聴ける立場の者は、米軍による日本語放送を聴いていた。
     旧制中学は、2年までは英語必修だが、3年になると、英語を勉強しなくてよいクラスがあった。

     房総半島では地下壕を掘りまくった。君津から大佐和へかけての内房線の沿線の山の中は、壕にしたトンネルだらけである(p.78)。


引用返信



■記事リスト / ▼下のスレッド / ▲上のスレッド
■1595 / 親記事)  「今月の読書余論」
□投稿者/ 武道通信編集部 -(2018/06/11(Mon) 07:11:26)

    「告知版」を廃して「今月の読書余論」とします。

      兵頭二十八Net私塾「読書余論」有料配信が5月25日に終了。
      2006年7月から開講。12年、通算143回。毎月欠かさず塾生たち
      に配信してきました。感無量の面持ち。

      さりとて、休講になったわけではござらぬ。
      6月以降の「読書余論」を「今月の読書余論」にて、かつての塾生
      以外、どなたでも受講できます。
      同じく、毎月25日。「今月の読書余論」にUP。

      ついては
      電子書籍<bP〜47>(2006-7月〜2010-5月)につづき
      <48〜95>2010/6月〜2014/5月期(48ヶ月分)を
      『読書余論 合本』として、
      6月25日に刊行(配信)。価格は同じく2800円
      *当初、6月1日と予定しましたが、12年間つづけた<25日>に
      こだわり25日とします。

    ご希望の御仁は、メールにて件名を「読書余論 合本 48〜95 注文」
    とし、ご注文くだされ。
     杉山頴男事務所より応答メールがありましたら、お振込みを
    三菱東京UFJ銀行 国立駅前支店 普通3765873 
    有限会社 杉山頴男(ヒデオ)事務所
        
      
    ※ HPトップページにある「今月の読書余論」をクリックすると「エラー」に。
       修正までいましばらく、消えた告知文をここに掲載。

引用返信



■記事リスト / ▼下のスレッド / ▲上のスレッド
■1593 / 親記事)  『「南京事件」―日本人48人の証言』
□投稿者/ 史実を世界に発信する会 -(2018/04/12(Thu) 18:49:51)

    『「南京事件」―日本人48人の証言』(小学館文庫)
    羅健一著

    その9―第三章 画家・写真家の見た南京 

    海軍従軍絵画通信員・住谷磐根氏の証言

    外務省情報部特派カメラマン・渡辺義雄氏の証言

    陸軍報道班員・小柳次一氏の証言

    今回は第3章「画家・写真家の見た南京」です。

     

     住谷磐根画伯は22歳で二科展に入選した著名な画家です。海軍が従軍画家を求めているということで志願したのですが、なかなか認めてもらえず、米内海軍大臣に手紙を書いたり、軍務局の課長に直談判したりしてようやく採用してもらったということです。

     住谷画伯が見た中国兵の処刑は下関埠頭で行われていたもので、これはおそらく、第7連隊が安全区の掃討戦で捕獲した不法戦闘員(軍服を脱ぎ捨て、武器を隠し持っていた等)6500を厳重処分したものでしょう。城内では中国人は全然見かけなかったが、『避難民区域』という表示のある所に行ったら、市民がたくさんいたと言います。虐殺というのは一度も見ていないと言います。

     支那事変が始まると中国は反日をあおり、中国に同情を引くような写真を世界に流し、これが成功していました。そこで外務省情報部では、支那事変の実態を外国に知ってもらう必要に迫られ、写真とニュース・フィルムの撮影隊を組織しました。このカメラマンとして選ばれたのが、新進カメラマンとして名を成していた渡辺義雄氏でした。

     渡辺氏は例の「ライフ」に載った、上海の停車場で泣いている中国の赤ん坊の写真が、中国に同情する世論形成に大きな役割を果たしたことを指摘します。しかも、全くのやらせ写真だったわけです。渡辺氏も南京で虐殺行為など見ていないといっています。難民区で日本軍が住民にコメを配給したり、慰問袋を手渡したりしていたので、その写真を撮ったと言います。

     小柳次一氏は海外への日本紹介誌『NIPPON』を発行していた名取洋之助の日本工房で働いていました。名取氏とともに陸軍に宣伝戦の重要性を説得し、上海派遣軍の宣伝担当の金子俊治少佐の理解を得ました。中国で撮った写真を名取の名前で世界の写真雑誌、新聞社、出版社に売り込みました。小柳氏自身の名前でも売り込むようになり、南京でスパイを処刑した写真は「ライフ」に載ったと言います。

     小柳氏も例の「ライフ」の赤ん坊の写真のことを述べています。戦後その歪曲写真を撮ったカメラマンに朝鮮戦争の時にソウルで会ったので、そのことを言ってやったそうです。小柳氏も南京虐殺など否定しています。「イデオロギーで事実をゆがめ、それがまかり通っている世の中になっています」と嘆いています。



引用返信



■記事リスト / ▼下のスレッド / ▲上のスレッド
■1592 / 親記事)  黄文雄の「歴史とは何か」(自由社)
□投稿者/ 史実を世界に発信する会 -(2018/02/14(Wed) 07:45:16)

    黄文雄の「歴史とは何か」(自由社)
    <日・中・台・韓>の歴史の差異を巨視的にとらえる
    その6―第五章 日本を平和の中で発展させたのは天皇の存在だ

     前章で、日本の特色を「人を殺さないで発展した日本の歴史」であることを明らかにしましたが、それを根底で支えたのが天皇の存在であるといいます。

     日本を初めて統一した大和朝廷の下、易姓革命をなさず、一つの王朝を戴いていることの幸せ及び歴史発展での貢献は、日本人よりも台湾人でとして外部から見ているものの方がよくわかると黄文雄氏はいいます。

     易姓革命の国中国では歴代王朝の皇帝は約200人を数えますが、天寿を全うできなかった者が3人に1人もいるそうです。宋の太祖が、東大寺の渡来僧「然から日本の万世一系の話を耳にして、とても日本に憧れたのも無理もないことでしょう。 

     徳川幕府の巨大な政治力のもとに細々と存在するしかない朝廷はいったいどんな社会的な意味を持っていたのか、無駄な存在ではないのかと日本の外から見ている外国人はついついそう見てしまいそうです。日本人の中にもそう思う人も少なからずいました。しかし、権力を失っていた天皇は祭祀を行い民の平安、幸福を願うことにより「権威」を保持し続けたのです。権力と権威の分離が日本ではかなり早い時代に成立していきました。

     これが、幕末の危機において大きな力を発揮することになったのでした。この権威があったからこそ、薩長による討幕が私闘に終わらず、国家統一の戦いとなり、大きな血を流さないで明治維新を成し遂げることが実現できたのでした。

引用返信



■記事リスト / ▲上のスレッド
■1591 / 親記事)  第2回「パレンバンデー」講演会のご案内
□投稿者/ 史実を世界に発信する会 -(2018/02/09(Fri) 19:04:10)
    主催:「空の神兵」顕彰会(名誉会長:加瀬英明、会長:奥本康大)

    昭和17年2月14日、大東亜戦争初頭における画期的な戦果が達成されました。インドネシアのパレンバンの石油生産施設を、落下傘降下部隊によって、ほとんど無傷で確保するという大戦果です。

    日本にとっては、この2月14日はバレンタイデーならぬ「パレンバンデー」として記念すべき日です。

    昨年、第1回目の記念講演会を行いましたが、それに引き続き、今年も第2回の記念講演会を下記のとおり開催することになりましたのでご案内します。

    産経新聞(2月8日)に本とともに広告が出ました。(下記参照)

    皆様のご来場をお待ちしております。

    平成30年2月9日「史実を世界に発信する会」 茂木弘道


    *日時:平成30年2月14日(水)17:30〜19:30

    *場所:憲政記念館(講堂)

        東京都千代田区永田町1丁目1−1 (03-3581-1651)

    *参加料:2000円 ⇒お申し込みは下記に(要:事前予約)

          ・連絡先: 090-1037-8754(奥本)

    *講演内容

      ・開会挨拶:茂木 弘道(史実を世界に発信する会 会長代行)

      ・第一部【基調講演】

           テーマ: 「パレンバン部隊が果たした役割」

           講 師: 山 正之

      ・第二部【パネル討論会】

           テーマ: 「石油なくして国防なし」(空の神兵から学ぶもの)

           パネリスト: 頭山 興助 (呉竹会会長)

                 西村 眞悟 (元衆議院議員)

                 藤井 厳喜 (国際政治学者)

                 奥本 康大 (「空の神兵」顕彰会会長)

           進行役:  葛城 奈海 (防人と歩む会 会長)

      ・閉会挨拶:菅家 一比古 (一般社団法人 美し国代表 理事長)  

    *後援(順不同)

      ワック株式会社、株式会社展転社、株式会社ハート出版、一般社団法人美

      し国、呉竹会、史実を世界に発信する会、新しい歴史教科書をつくる会、

      日本会議東京都本部、二宮報徳会、東京教育研究会、近現代史を学会

引用返信






Mode/  Pass/

HOME HELP 新規作成 新着記事 ツリー表示 スレッド表示 トピック表示 ファイル一覧 検索

- Child Tree -