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殉教


元龜元年六月
「姉川の戰ひ」

同年十一月
伊勢長嶋一向一揆
尾張小木江城主
織田家七男坊
信長弟・信興{のぶおき}
一揆衆に包圍される

信長 援軍 送れず
近隣 桑名城 瀧川一益も
一揆勢に包圍され籠城

信興 孤立無援
六日間耐へたが落城 
天守閣で自刄

一向一揆衆 百姓一揆と違ひ
火繩銃も槍も刀 持つてゐた
僧兵 參謀のもと
鎌差し(カマサシ)なれど手強ひ

キリスト教
殉教宗教と云はれる
信仰する宗教のため
身命犠牲

佛教
非殉教宗教

信長
伴天連 出會ふ前
一向一揆衆
「死んだら極樂淨土へいける」
武士とは ま逆な「死に方」

元龜元年六月
「姉川の戰ひ」

同年十一月
伊勢長嶋一向一揆
尾張小木江城主
織田家七男坊
信長弟・信興{のぶおき}
一揆衆に包圍される

信長 援軍 送れず
近隣 桑名城 瀧川一益も
一揆勢に包圍され籠城

信興 孤立無援
六日間耐へたが落城 
天守閣で自刄

一向一揆衆 百姓一揆と違ひ
火繩銃も槍も刀 持つてゐた
僧兵 參謀のもと
鎌差し(カマサシ)なれど手強ひ

キリスト教
殉教宗教と云はれる
信仰する宗教のため
身命犠牲

佛教
非殉教宗教

信長
伴天連 出會ふ前
一向一揆衆
「死んだら極樂淨土へいける」
武士とは ま逆な「死に方」

信長
哀れ と云ふより
不淨と感じたに違ひない

戰國武士
「武士道と云ふは」
生き方 より 死に方
軸を置く

信長
民百姓
たぶらかし 煽動する
佛門
怒り覺えたことだらう

2021/04/18(日) 晴れ


通奏低音


9・11から二十年
アフガニスタン駐留米軍 完全撤收
9・11から三年
イラク戰爭

武道通信十七ノ卷
◆アフガンとサムライ 
 田中光四郎 アフガンで生き殘つた者の使命
◆虐げられる側は武器を取る
 アラブの呻吟(しんぎん)に誰が耳を傾けてゐるのか――木村三浩
◆アフガン兵士はなぜ戰ふのか イスラム精神とサムライ――S ・パリッシュ

信長 十一年間の戰ひ
調略 内応
通じない相手
一向宗門徒衆

信長 語るうへで 缺かせない
石山本願寺
比叡山延暦寺 
燒き討ち

相模 北條
越後 上杉
三河 徳川
みな 一向一揆 手を燒く
みな 一向宗 禁とする
信長だけ
燒き討ち 僧侶 信徒 皆殺し

信長VS一向宗
ではない
成り上がり大名信長 包圍網
淺井・朝倉+足利義昭+武田信玄

+本願寺
「坐」をゆるがす 自由經濟「樂市・樂坐」
貴族・社寺  製造・販賣の獨占權を持つた「坐」
信長VS既得權益者

“極惡非道”ながら信長人氣
通奏低音にコレがある

9・11
通奏低音 ナニがあつた
2021/04/17(土) 降ったりやんだり


内応{ないおう}


新日本・新間さん
UWF 立ち上げる
「私は既に數十人のレスラーを確保した」
旗揚げ ポスター
週プロ 叩きまくる
業界誌 脱却
表立つて 火蓋切る

すると 新日本
反豬木・新間ラインから
内応{ないおう}
現代語「内通」

新日本 分裂状態
取材拒否できぬ
勝てると踏んだ

勝てた
天下の日陰者
プロレス業界 紙・誌界
週プロ 天下とつた

姉川合戰 前哨戰
越前攻め
まづ 難攻不落・手筒山城 攻撃
兵の消耗 大きい
信長 なぜか

手筒山城を血祭に舉げれば
竝びの金箇埼城 疋田城から
内通者 出ると讀んだ
案の定 二城 開城

身内 味方から
不平・不滿分子
出さぬこと
戰國武將 鐵則
だが 人の世 不平・不滿 世の常
で 茶の湯
武門 流行る
そのわけ 折をみて話す
2021/04/15(木) 晴れ


姉川合戰 つづき


信長 ご先祖さん
越前織田家 
宗家でなく傍流
斯波{しば}家の家臣になる
のち 尾張へ

朝倉家 祖先
同じく 斯波家の家臣
主家を壓倒し 越前守護職

朝倉義景 
信長なんぞ ニワカ大名 
信長の上洛要請
「しやらくさい」

さて本題
戰國大名
織田・徳川 淺井・朝倉
四大名の主力部隊 姉川を挾んで
二手に分かれ正面衝突
コレが「姉川の戰ひ」

元龜元年 六月二十八日 早朝
大軍同士が 平坦な見晴らしの良い場所
正面衝突 死力を盡くす
兵力の多い陣が 少ない陣を押し崩し 勝つ
兵法の常

淺井長政
兵法の常 わかつてゐた
ゐたが 挑まなければならぬ 事情あつた

信長 裏切る 信長 仕返し來る 
降參では濟まないこと必定 

淺井軍 織田軍比べ はるかに劣勢
朝倉義景 頼るしかない
美濃は隣國 越前は遠い
義景 すぐには來れぬ

長政 考へた
朝倉援軍 來てからしか 
信長に對抗できぬ
そのときは限られる
朝倉軍到着し次第 合戰 挑むしかなかつた
本隊 義景軍 まだだつた

對陣が長引けば
横山城を奪はれる
奪はれれば 北國脇往還道通行 遮斷される
小谷城の目と鼻の先にある横山城 救援できなくなる

淺井長政
ゴー! するしかなかつた
して 常道どほり破れた
2021/04/14(水) 降ったりやんだり


姉川合戰


ときは 永祿 改め 元龜元年
信長 筑前の朝倉義景へ親書
「朝廷と幕府のことで相談したい
上洛 願ひたく」
義景 無視 
“短氣”な信長 出陣だ!

大軍を率いて京を発つ
筑前と近江の境 二つに城を奪う
同盟 近江 小谷城の淺井家 裏切る
危うく 挾み撃ち すわ 撤退

このとき お市の方
信長へ 陣中見舞ひ 
淺井家 裏切る暗示
袋に入つた小豆
これも つくりばなし

“せつかち”信長
その一ヵ月後
浅井長政 大谷{おだに}城へ進撃
信長 せっかち ではなかった
近江出陣前 
織田の進出を防ぐ第一線に立っていた
美濃と近江の境目 浅井方の二人の城主 調略
真っ先に信長側へ 織田と浅井の勢力バランス崩れる
いまだ! と信長
信長 なぜ非常識な合戰したのか
それはコレ

徳川軍加勢のもと
近江 姉川河畔
淺井・朝倉と正面衝突
これが 姉川合戰

信長 長い戰歴の中でも
類例がない
戰國大名にとつても非常識

戰國大名 戰術
モットー 自軍の損害を極力避ける
兵士 多くは民百姓 領土の生産力 落ちる
ゆゑに一、伯仲する兵力との敵との正面衝突 避ける
その二、堅固な敵城への無理攻め 避ける
そのかはり
敵の領内 民家 稻を刈つたあとの田の放火 
敵城近くに附城
經濟的 心理的壓力かける
コレラ禍のやうに

さうしておいて
敵の大將鋪佐らを おいしい餌でつる
調略である

信長 調略の名手である
と云ふより
武篇(武力) 調議(計劃) 調略(謀略)
この三つ 同等である
一つも缺かせぬとが信長の戰術
もう一つ
軍を素早く動かす

凋落で味方につけても
敵は氣附けば 成敗する
さうなる前 即 進撃

用兵の眞髄 軍のスピードにあり
頭では考へてるが いざと云ふとき動けない

長くなつた
姉川合戰 つづく
2021/04/13(火) 晴れ


失念


先の五日 武道通信かわら版 
五〇〇號
かれこれ二十年
一度か 二度
失念し 
翌日配信 したことあつた

失念した
きのふの「美濃攻め」
例の
秀吉 當時 藤吉郎
信長の命でつくつた
墨俣{すのまた}一夜城
コレ 城ではなく
附城{つけじろ}
敵の城を攻めるため砦であつた
一夜砦 であつた

秀吉 ヨイショのつくりばなし
これも小瀬甫庵か

「失念」 
坊さん 云ふ
「心を散亂させる煩惱の一つ」
うつかりするのも
煩惱の一つなら
せつかち 短氣も 煩惱の一つか

鳴かぬなら殺してしまへホトトギス(信長)
鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス(秀吉)
鳴かぬなら鳴くまでまとふホトトギス(家康)

信長 せつかち 短氣の代名詞
戰術から見た 信長 結構 堪へ性

吾も せつかちである
頭の廻轉 早すぎるのである

あつ 失念してゐた
用事があつた
“早駕篭”で急がねば
御免!
2021/04/12(月) 晴れ


戰ひ方


ブルーザー・ブロディ
全日から新日へ移る
業界内 ささやき ひろがる
まちがひないだらう
自分の眼で確かめなければ

業界誌からの脱却
腹 括つてゐるが
新日 發表まで記事にはできない
が 自分の眼で確かめなければ

全日の試合 首都圈からも離れた體育館
往復で三時間餘 校了まぢか そんな暇ない
日本交通の車 黒塗りのハイヤー
社長・副社長專用 會社公用社 
ドル箱編輯長 無斷チャーター

メインイベント 間に合ふ
馬場十六文キック
ブロディ 胸の前 手で受け止める
まちがひない

今川義元 斃した信長
つぎの強敵 美濃 齊藤義龍{よしたつ}
信長 齊藤氏との交戰 長い
舅・道三を殺した義龍と戰鬪状態

桶狹間合戰 同年
義龍 急死
その子 義興{たつおき}跡目繼ぐ
義興との交戰 その後 六年
義興 美濃撤退

信長 その後 六年 
調略{ちようらく}作戰

後年 美濃三人衆と稱せらえた
齊藤家臣 稻葉・安藤・氏家
祕密裏に交渉 または威嚇
裏切らせ 味方につける
徹底的決戰 無し
ただ一つ
太田牛一 手柄立てた 堂洞城攻め だけ

信長 武力を脅しに
調略外交で 義興 追ひ詰める

この作戰
美濃攻めだけにあらず
信長の基本戰略

業界誌からの脱却
“強敵 馬場・豬木”
アキレス腱 客の出入り
ファン味方につける
ファン 週プロファンに“調略”
業界誌からの脱却 成功


次回 姉川合戦
2021/04/11(日) 晴れ


信長 何が見えてゐたか


信長
何を見てゐたのか
どこを見てゐたのか
何が見えてゐたか

プロレスファンでないから
馬場・豬木に氣に入らようとの気
サラサラなかつた
會場の青少年だけ見てゐた

結果 週プロ 賣れた
“めくら”には
杉山 部數の伸ばすことばかり
と映る

信長
何を見てゐたのか
どこをみてゐたのか
何が見えてゐたか
“めくら”家老たち 
見えてゐなかつた
牛一 見えていただらうか

軍 動かすの素早かつた
牛一 それは見えてゐた

美濃攻め 墨俣一夜城
『信長公記』 一筆も無い

次囘 美濃攻め

談餘
日露戰爭
旅順要塞攻撃
日本兵死者 四萬九千
兵 私兵でない
國の兵
國が補填する
大將 財布の中身は痛まない
損害 度外した用兵できる

戰國の世
大名 皆 私兵
損害 身錢を切る
ただ一度の合戰に
損害 度外した用兵は無い

信長も 例外ではなかつた
2021/04/10(土) 晴れ


信長戰記<その一> 桶狹間


桶狹間合戰 締め括るとしよう

大久保彦左衞門『三河物語』
「天下の御意見番」保彦左衞門 云ふ
今川軍 高いところから織田軍 見下ろしてゐた
織田軍 高いところへ向かつて攻撃した
最初の戰鬪 義元の旗本陣ではなかつた
コレ 『信長公記』と同じ

彦左衞門
奇しくも桶狹間合戰(永祿三年)の年に生まれる
どうして永祿七年生まれの 武士でもない
小瀬甫庵の講談本に凌駕されたのか
いやいや 江戸の庶民を責めても詮無い
今の世の庶民 同じ
大衆受け ポピュリズム 大好き

無駄口 このへんで
つまりこうだ

ときは永祿三年 五月十九日 
信長 晝 善照寺砦に向かつた頃 
その南東の丘陵 今川軍 先鋒軍 
善照寺・中島砦を奪はうと 北西に向かつて布陣
その背後(東方)の桶狹間山に義元旗本勢が布陣

織田軍・佐々・千秋らが
今川の先鋒軍を攻撃したが討死
これを見た信長
すぐさま中島砦に移り ここから今川先鋒軍に攻撃
この先鋒軍 たわゐなかつた 簡單に崩れた
それで 義元旗本勢も退却
信長 進撃中 義元旗本勢を見つけた
ここで義元の首に狙ひを絞る

信長
迂囘も 奇襲もしてない
はじめから 義元の首 狙つてゐたはけでもない。

三月十九日 記す
≪ときは永祿三年 五月十九日 夜明け
今川勢 鷲津砦・丸根砦 攻撃開始
前日夕 兩砦から明日 攻めてくるに違ひない
信長に注進
信長 風に柳 雜談にふけり作戰會議も無し
家老衆 
「運が傾くときは 智慧も曇ると云ふが それだ」
家老衆 歸る≫

さう 信長 前線からの警報 受けたにかかはらず
動かなかつた
翌朝 戰鬪状態ニイタリ 
の確報を得てから戰場に向かふ
途中 鷲津・丸根砦の陷落を察知し 
善照寺砦に入り 最終的状況を見たうへで 中島砦に移る

信長 最初から敵の動きを確認しつつ動いてゐた
この一見 何でもないことを 
ドキュメンタリー作家牛一 もらさず記録してゐる
ゆゑに 『信長公記』一級の軍事史料である

談餘
大將首狩られ 今川軍 總崩れ
織田軍 掃討戰へ切り替へ
首狩り族と化す
逃げる軍 追ふ軍
一方的殺戮となる
戰國の世 合戰
死亡者の多くは コノ一方的殺戮による
2021/04/09(金) 晴れ


BG〜身邊警護人 太田牛一


<ライブ信長>
厖大な記録を殘した唯一の男
太田牛一

信長より七つ上
現・名古屋市北區 生まれ
寺の小僧さんだつたが
武士に憧れ
柴田勝家の足輕に
弓が拔群に巧く 
信長の身邊警護人 大拔擢
「弓三張り衆」一人に

信長の重臣の与力に
戦国の与力とは 
主君の命で有力な武將の部下になること
侍大将・足軽大将の位

東美濃 堂洞城攻め
二の丸入り口にある高い家の上にひとり登つて
敵を次々と一矢で射倒す
大喝采浴びる
信長 功名襃め 知行與へる

牛一 メモ魔であつた
寺の小僧育ちで筆達者であつた
ドキュメンタリー作家 素質充分

歳とともに
信長の領國 廣がるにつれるとともに
第一線の戰鬪員から官僚の仕事も兼ねる

信長 本能寺で斃れる
頭 眞つ白になつたのだらう
いつとき隱遁
豫期せぬ出來事で
『信長公記』完 

心 癒えたか
秀吉に乞はれ 仕へる
秀吉の側室のボディーガード
豐臣秀頼にも仕へる
人柄 信頼度も高かつたのだらう
八十四歳まで健在
慶長十八年 大阪冬の陣 前年

ドキュメンタリー作家 代表作
『信長公記』のほか
秀吉を記した
『大かうさまくんのうち』(冩本名:太閤樣軍記の内)
家康を記した
『大田和泉守記』(冩本名:關ケ原合戰雙紙)

天才・信長物語でなく
信長の主な合戰を年代順に取り上げ
戰國の世の戰法
『信長公記』を引用しつつ語る

軍事資料としの『信長公記』
さう 牛一 「軍記讀み」もやつてゐた
2021/04/08(木) 晴れ


桶狭間の奇襲とは


古の合戰場跡地から
頭蓋骨 發掘される
男だけでなく 女の頭蓋骨も

戰國の世
女も戰つた
敵兵の首を狩るのでない
敵地の物産を掠奪
家に待つ子らの戰さ土産

江戸の世 儒教
男と女の間 壁をつくる
男は外 女は内
「奧樣」「内儀」
女も戰つた 事實 消し去る

『信長公記』
帝國陸海軍幕僚 檢證しておけば
戰國の世の軍事 戰法 學べたはず

桶狹間合戰 
信長 迂囘策
當時 ごく平凡な作戰
武田信玄も上杉謙信も使つた
迂囘したとき
斥候{ものみ}から
敵 油斷してゐるの知らせあると
奇襲

今川義元
いい氣分で唄つてゐる と知らせ
そこへゲリラ雨
信長 奇襲策 成功

帝國陸海軍
講談師の天才信長 迂囘→奇襲 
定番となつてしまふ

日本刀 <斬れ味>傳説 
帝國陸軍 軍刀神話となる
火力の差
軍刀神話 據り所とする
2021/04/07(水) 晴れ


定説 疑つてみるべし


秋山駿 『信長』
野間文藝賞 毎日出版文化賞 受賞

「武道通信」六ノ卷 織田信長 
秋山駿 寄稿いただく
「天才性の祕密<捨身>」

信長 天才性
定説になつてゐる
秋山駿 
定説に沿ひ
それを<捨身>と

信長 天才性
江戸の世 “小説家”の創作
合戰 實戰 經驗ゼロ
泰平の講談師
小瀬甫庵{おぜ ほあん}の創作
更に後期 軍記物 尾ひれつける

桶狹間合戰 長篠合戰 
信長の天才性で
片附けられてきた

明治三十五年 參謀本部編纂
『日本戰史 桶狹間の役』
小瀬創作 鵜呑みにする

山本五十六ら軍人の手紙・日記
舊軍人ら囘想録
桶狹間 奇襲の代名詞として綴られてゐる
戰力で敵わぬ敵を
今川勢と假想
帝國軍人の據り所となる

『信長公記』
檢證しておけば…… 悔やまれる

眞珠灣攻撃 定説 
疑つてみるべし
2021/04/06(火) 晴れ


武道通信かわら版 配信


五〇〇號記念
『刄隱{はがくれ}』
五〇〇名樣
いや 間違ひ 訂正
抽籤にて
5名樣にプレゼント

メールにて
件名  ≪500號記念『刄隱』希望≫
本文 氏名:住所(〒番號も)
  
2021/04/05(月) 降ったりやんだり


幼名


「歴史にifはある」
歴史の判斷 後世に委ねてよいのだから

「歴史にifはない」
<歴史は必然の積み重ね>
コミニュズムの遺産
教科書に任せておけばよい

歴史にifはある
吾ら 教科書に書かれて無い
歴史を判斷してみよう

徳川慶喜
京から大阪へ そして江戸へ
逃げ歸れなければ……

まあ それは置いておかう
いつか 語らなけばならぬ
いまは『信長公記』だ

信長
己の誕生日 祝ふ
これも醉狂の一つだらう
と記した

子らの 名前
これも醉狂の一つだらう
長男・奇妙{きみよう}
次男・茶筅{ちやせん}
三男・三七{さんしち}
四男・次{つぎ}
五男・坊{ぼう}
六男・大洞{おぼう}
七男・小洞{こぼう}
八男・酌{しやく}
九男・人{ひと}
十男・良好{りようかう}
十一男・縁{えん}

信長
キラキラネーム
事はじめ 

信長の幼名
三郎
父 自分と同じ幼名つける
醉狂とは無縁
光秀
長男・十五郎
自分の十兵衞から
醉狂とは無縁

コノ幼名 ♪十五、十六、十七まで
要は 愛稱
信長 正式名
平朝臣織田上總介三郎信長
コノ手のハナシ ややこしいから省く

談餘
信長 子澤山
なのに歸蝶さん 子はない
で 怪しげな講談バナシ つくられる

歸蝶さん 懐姙 毒盛られて 墮胎される
子 生まれる 即 殺された

これも
「歴史にifはある」
2021/04/04(日) 降ったりやんだり


光秀とは 何者であつたか


古事記 日本書紀
「歴史にifはある」とある
歴史の判斷を後世に委ねてゐる

≪もし 織田信長 本能寺で斃れなかつたら≫
いまの世の時代モノ愛好家
最大の「if]

最大の「if]
つくつた武將
明智光秀
とは何者であつたか

風聞に據つた記録 多し
土岐氏 一族だつたと云ふが
美濃を離れ 越前へ行つたと云ふが 
朝倉義景に仕へ 鐵砲の演習をしたと云ふが
越前 長嵜稱念寺近くで寺子屋 開いてゐたと云ふが
確證はない
若し 鐵砲の教師なら
朝倉の本據・一乘谷に居てをかしくない
寺に近くとはをかしい

光秀
藥草に詳しく 藥のつくり方 教へてゐた
某歴史家
光秀 歴史表舞臺 登場する以前
「長嵜稱念寺門間の牢人醫師」

伴天連ルイス『日本史』
「もとより高貴の出でなく 信長の世のはぢめ
貴人細川藤考の家來であつたが 
その才能、深慮、狡猾さにより
信長の寵愛を受けることとなり」
またかうも記してゐる
よそ者であつたゆゑ 家臣團内では快く思はれていかつた

キリがないので この邊でやめておかう

轉置 轉々とした 放浪者
同じ處には立ち止まれない 
信長 “誅”
放浪者としての
新たな旅立ちではなかつたか
または
放浪者
もうやめたくなつたのか
2021/04/03(土) 晴れ


筆休め


本日のみ 筆休め
御免
2021/04/02(金) 薄曇り


明智光秀 登場


永祿十二年正月
三好三人衆 足利義昭いる
京 本圀寺{ほんこくじ}攻め入る
六條合戰
織田方武將 

『信長公記』
織田方武將の一人
明智十兵衞光秀
初登場

明智光秀
半生 謎

『國史大辭典』『戰國人名辭典』 『大日本資料史』
『明智系圖』などなど
諸説あるが<事實>確證ない
江戸中期『明智軍記』は講談バナシ

さて
ニュータイプ・コロナ
第4波 來るか 來ないか
騒々しいが
『信長公記』 第二波へ
2021/04/01(木) 晴れ


明智光秀 登場


永祿十二年正月
三好三人衆 足利義昭いる
京 本圀寺{ほんこくじ}攻め入る
六條合戰

『信長公記』
六條合戰
織田方武將の一人
明智十兵衞光秀
初登場

明智光秀
半生 謎

『國史大辭典』『戰國人名辭典』 『大日本資料史』
『明智系圖』などなど
諸説あるが<事實>確證ない
江戸中期『明智軍記』は講談バナシ

さて
ニュータイプ・コロナ
第4波 來るか 來ないか
騒々しいが
『信長公記』 第2波へ
2021/03/31(水) 晴れ


神樣 佛樣 信長樣


『信長公記』
【此上は 織田上總介信長を偏{ひとへに}に
憑{たの}み入られたきの趣 仰出ださる】

足利義昭 信長を頼りにしたいと
永祿十一年七月
信長 義昭を越前から美濃へ
銅錢千貫 武具などプレゼント
義昭 感激

永祿十一年九月
信長 足利義昭を奉じ上洛
近江の六角を蹴散らし 
三好三人衆も追ひ拂ふ

足利義昭 朝廷から征夷大將軍に任命

『信長公記』
【今度粉骨の面々見物仕るべき旨 
上意にて 觀世大夫に御能を仰附られる】

義昭
上洛に粉骨碎身した者たちに
能見物をプレゼント
舞臺は 
代々室町幕府將軍の近くに仕へる御供衆
細川政賢(ほそかわ まさかた)家の能舞臺

能の出し物 「弓八幡{ゆみはちわた}」十三番
信長
「拙者 まだ戰さ中 忙しい」
細川 十三番を五番に縮める
名家も 信長には楯突けない

そこへ 義昭の使者やつてくる
信長を 副將軍か
將軍に次ぐ最高の役職 管領か
どちらかに任命したい
信長 斷る

すぐニュースに
「世にも珍しいことだ」
世評 信長を賞賛

太田牛一
その譯 記してない
太田 わかつてゐたが書けなかつたのか
信長の眞意 わからなかつたのか

つまり 義昭の配下となる
信長 それが氣に入らないだけではあるまい
何か他にあつたのではないか

信長
岐阜に歸る途中
領國の關所 廢止命令 出す

世評
「有難いことだ」
神樣 佛樣 信長樣

能の出し物
十三番を五番に縮め
義昭の御褒美 即 断る
その帰り道
「楽市 楽座」

信長
何かに怒つてゐたはずだ
それは何か
薄々とはわかるが

それが當たつてゐるとしたら
太田牛一には わかるまい
2021/03/30(火) 薄曇り


麒麟を呼ぶ男


夢中で遊んだ
軍人將棋

大將 少尉 工兵 スパイ 飛行機 タンク 地雷など
そう原爆もあった いつ使うの駒であったろうか

覺えてをられる御仁もをらう
今樣のゲーム機戰爭

中學生になる
先生 何になりたい?
手を舉げる男子 プロ野球選手
女子 何になりたい? 記憶にない

信長花押
「麟{りん}」
麒麟 形づくる

初見 永祿八年
美濃を支配下に置き
「岐阜」と改名した年

その年 
十三代將軍 足利義輝 殺害される
信長 カルチャーショック
京は異國だつた

信長 
<良い政{まつりごと}行はれる
時世にしか現れない麒麟>
支傳説
澤彦からでも教わったのだろう 

信長 
「麟{りん}」花押に
「和平一統」「良政の世」
願ひ込める

信長以外にも
「麒麟を呼ぶ男」
なること願つた武將 多かつただろ
今川義元 武田信玄 上杉謙信……
家庭教師の禪僧から何になりたい?
と問はれれば
「麒麟を呼る男」

いまの日ノ本の世 中学生
何になりたい?
「ユーチューバー」

「麒麟を呼ぶ男」になりたい
一人もいない

いまニュース 報じる 動亂の國
「麒麟を呼ぶ男」になりたい少年 
きつとゐるだらう
2021/03/29(月) 晴れ


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