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「藪の中」 ふたたび


潛伏期間 まちまち 
二面性があり正體が見えない 不思議な感染症だ
性質と症状が分からぬことが怖い

今囘の何とかウイルス
醫學學者 三者三樣
まさに 藪の中

この「藪の中」 その出所
「藪の中」 辭書 引く
<關係者の言ふことが食ひ違つてゐて眞相が分らないこと>
芥川龍之介「藪の中」とある

この辭書 文言
映畫「羅生門」
巷にあふれてから
辭書に載る

さう 「羅生門」
云ひ忘れてゐたことあつた
つづきのオマケ

焚き木賣り屋の證言
赤地織の守り袋 
落ちてゐたのを見た
盜賊に懐刀を向ける武士の妻
胸に搖れる赤地織の守り袋

最後のシーン
矢張りお守り袋 出てくる
「見ろ、その着物につけたお守り袋を
子供を捨てたのは よくよくのことだ
親の氣持ちを考へてみろ」

黒澤 なぜに
お守り袋
出してきたのだらう

とつてつけたハッピーエンディング
母性で幕を引いた
日ノ本エトスなら わかると

黒澤 たぐひ稀なる才能
戰地に送るの惜しい
軍部と仲良かつた東寶
手を囘して 徴兵逃れさせる

黒澤 知つてゐた
出征する映畫人
皆 お守り袋 
持つて征つた 
持つて散つた

一人勝ちの米國の映畫評論家 質問
「ラストが甘いと云ふ批評をどう思ふか」
「ぼくはあれでいいと思ふし 人間つてそんなものだと思ふ
人間が信じられなくては 死んでゆくより仕方がないんぢやないかしら……」

歐州の映畫評論家
とつてつけたハッピーエンディング
批判しなかつた
瓦礫が殘る 大戰後  
救ひをもとめてゐた

絶對眞理などない
他者との比較なしで得られる幸福にこそ
絶對的な幸福であると

ハイブローなアングロサクソン
わかりはじめた

日ノ本人
わかつてゐたが
わからなくなりはじめた
 ローブローな日ノ本人
2020/02/24(月) 晴れ


羅生門 つづき


戰亂 京都ウイルス流行
人心 頽廢を極めた京の都
荒れ果てた羅生門 

餘談
何とかウイルス
やつぱ
武漢 海鮮市場ではなかつた

餘談はさておき

雨宿りする 三人
參考人とし檢察官(檢非違使)に出頭した
焚き木賣り屋(志村喬)
同じく
旅法師(千秋實)
雨宿りに來た通りすがり
下人(上田吉二郎)

寒々しい雨
墨汁を混ぜた水 ホースで降らせる

檢察官に出頭した二人
下人に
食ひ違ふ三人の言ひ分話す
話し終へた 焚き木賣り屋
「三人とも嘘をついてゐる」
實は 事件一部始終 見てゐた

焚き木屋 話しはじめる

盜賊 人妻を手篭めにしたあと
夫婦になつてくれと懇願
妻 夫の武士の繩を解く
夫 妻に自害を迫る
妻 男たちの自分勝手の言ひ分 罵る
盜賊と夫 決鬪させる

二人の男 けつぴり腰でぶざまな戰ひ
盜賊 やつとこさ武士を斬り殺す
妻 事の成り行きに動轉 逃げ出す
盜賊 殺したことに動轉 妻を追ふことできず

旅法師 
藪の中の三人の
見榮のための嘘 知り
世 はかなむ

そのとき
羅生門 一角で赤ん坊の泣き聲
捨て子
下人 赤ん坊くるんでゐた着物 奪ひとる

焚き木屋
「見ろ、その着物につけたお守り袋を
子供を捨てたのはよくよくのことだ
親の氣持ちを考へてみろ」

下人
「どつちみち この着物は誰かがはいで行くにきまつてる」
下人 更に云ふ
「お前こそ嘘をついてゐる
短刀はどこだ お前が盜んだんだらう 圖星だな」
下人 去つていく

白い肌着一枚で、泣き續ける赤ん子
旅法師
黒い僧衣にしつかり抱きかかへ
唖然と立ちすくむ

焚き木屋の手 赤ん坊にのびる
旅法師 その手 拂ひにのける

焚き木屋
「うちには六人の子どもがゐる
六人育てるも七人育てるも同じ苦勞だ」
旅僧から赤ん坊を取り上げる
雨上がりの羅生門を
赤ん坊 大事さうにかかへて去つていく

旅法師も
雨上がりの羅生門を
去つていく

とつてつけたハッピーエンディング
黒澤 
これを描きたいばつかりに
芥川龍之介 『藪の中』『羅生門』
ドッキングさせた
2020/02/23(日) 晴れ


藪の中


本日 春一番

『羅生門』から四年
『七人の侍』

をかしなフランス野郎 現れる
サムライかぶれ
黒の靴クリーム 頭にのせて
ちよんまげ の つもり
それはともかく
『羅生門』
なぜに歐米 映畫人 
ハイブローな映畫人
若手監督フェデリコ・フェリーニらの
魂 ゆさぶつたか

クロサワと 何か通じるモノ
あつたに違ひない

あつた 一つ 
第二次世界大戰
「戰後」

黒澤 
「戰後」に
希望を見つけ出さうとした
永田ラッパ 日本映畫人
黒澤の<希望> 見えてゐなかつた


歐米 映畫人
何を見出さうとしたのか

藪の中の
三人の登場人物

三人 あまりにかけ離れた證言
盜賊 (三船敏郎)
旅侍と堂々、決鬪し斃した

手篭めにされた妻(京マチコ)
盜賊 夫を殺さず逃げた
恥辱された自分を殺してくれ
そのまま失神
目覺めると夫の胸に自分の短刀が

殺された旅侍(森雅之)
の靈を呼び出す巫女 語る
妻 盜賊に情を移す
一緒に行くかはりに夫を殺してくれ
盜賊 淺ましさに呆れ
夫に 女を殺すかお前が決めろ
それを聞いた妻 逃げ出す
盜賊も姿を消した
無念にあまり 妻の短刀で自害


殺人の證據物件 太刀 短刀 現場にない

検察官(檢非違使) 
三人の証言
「わけがわからん」

「わけがわからん」
永田ラッパの云ひ分 わかる

つづく
2020/02/22(土) 晴れ


藪の中


『羅生門』から四年
『七人の侍』

をかしなフランス野郎 現れる
サムライかぶれ
黒の靴クリーム 頭にのせて
ちよんまげ の つもり

それはともかく

『羅生門』
なぜに歐米 映畫人 
ハイブローな映畫人
若手監督フェデリコ・フェリーニらの
魂 ゆさぶつたか

クロサワと 何か通じるモノ
あつたに違ひない

あつた 一つ 
第二次世界大戰
「戰後」

黒澤 
「戰後」に
希望を見つけ出さうとした
永田ラッパ 日本映畫人
黒澤の<希望> 見えてゐなかつた


歐米 映畫人
何を見出さうとしたのか

藪の中の
三人の登場人物

三人 あまりにかけ離れた證言
盜賊 (三船敏郎)
旅侍と堂々、決鬪し斃した

手篭めにされた妻(京マチコ)
盜賊 夫を殺さず逃げた
恥辱された自分を殺してくれ
そのまま失神
目覺めると夫の胸に自分の短刀が

殺された旅侍(森雅之)
の靈を呼び出す巫女 語る
妻 盜賊に情を移す
一緒に行くかはりに夫を殺してくれ
盜賊 淺ましさに呆れ
夫に 女を殺すかお前が決めろ
それを聞いた妻 逃げ出す
盜賊も姿を消した
無念にあまり 妻の短刀で自害


殺人の證據物件 太刀 短刀 現場にない

「わけがわからん」
永田ラッパの云ひ分 わかる

つづく
2020/02/22(土) 晴れ


黒澤「羅生門」


拙者より一囘わり 歳下 高名なる老年精神科醫 曰く
「いまの醫療技術では 遺傳子に けして勝てない」

市川崑監督
ヘビースモーカー 有名だつた
一日100本
拔齒した齒の隙間に挾む 手を使はずに喫煙できる
享年 九十二
肺癌 無縁

さう 黒澤監督 愛煙家だつた

敗戰から五年
昭和二十五年 封切
『羅生門』
翌年 ヴェネツィア國際映畫祭 金獅子賞
敗戰に打ちのめされてゐた世情 一筋の光明 

黒澤監督
原節子 使ひたがつた
原節子も出たかつた
東寶勞働爭議でボツ
大映にくら替へ

そんな話はともかく

大映社長 永田ラッパ 
試冩 「わけがわからん」 激怒
『キネマ旬報』ベストテン 五位

ヴェネツィア國際映畫祭から
『羅生門』 出品招請状に
大映 辭退
『羅生門』に感動した
イタリア映畫會社社長
英語字幕つけて 映畫祭へ送る

映畫祭 絶賛の嵐
授賞式 トロフィー贈呈
町で見かけたアジア系(ベトナム人)に手渡す

黒澤 出品されたこと知らなかつた

日本人から 日本人へしか 傳はらない エトス
黒澤も小津も さう思つてゐた

なぜ キリスト教文明圈 
映畫評論家たちの
魂 搖さぶつたのか
起承轉結 あいまいな
「わかりにくさ」
理解できたのか

Korea映畫『 기생충(寄生蟲)』
USA 絶賛のわけ わかる
ワプスを頂點とする多民族國家
American Dream
メッキも剥げ
いまや格差社會へ
まつしぐら

他者と比較
地位 貧富 
他人さまと 己を比らべての
數値化できる格差
2020/02/21(金) 晴れ


黒澤「羅生門」


拙者より一囘わり 歳下 高名なる老年精神科醫 曰く
「いまの醫療技術では 遺傳子に けして勝てない」

市川崑監督
ヘビースモーカー 有名だつた
一日100本
拔齒した齒の隙間に挾む 手を使はずに喫煙できる
享年 九十二
肺癌 無縁

さう 黒澤監督 愛煙家だつた

敗戰から五年
昭和二十五年 封切
『羅生門』
翌年 ヴェネツィア國際映畫祭 金獅子賞
敗戰に打ちのめされてゐた世情 一筋の光明 

黒澤監督
原節子 使ひたがつた
原節子も出たかつた
東寶勞働爭議でボツ
大映にくら替へ

そんな話はともかく

大映社長 永田ラッパ 
試冩 「わけがわからん」 激怒
『キネマ旬報』ベストテン 五位

ヴェネツィア國際映畫祭から
『羅生門』 出品招請状に
大映 辭退
『羅生門』に感動した
イタリア映畫會社社長
英語字幕つけて 映畫祭へ送る

映畫祭 絶賛の嵐
授賞式 トロフィー贈呈
町で見かけたアジア系(ベトナム人)に手渡す

黒澤 出品されたこと知らなかつた

日本人から 日本人へしか 傳はらない エトス
黒澤も小津も さう思つてゐた

なぜ キリスト教文明圈 
映畫評論家たちの
魂 搖さぶつたのか
起承轉結 あいまいな
「わかりにくさ」
理解できたのか

Korea映畫『 기생충(寄生蟲)』
USA 絶賛のわけ わかる
ワプスを頂點とする多民族國家
American Dream
メッキも剥げ
いまや格差社會へ
まつしぐら

他者と比較
地位 貧富 
他人さまと 己を比らべての
數値化できる格差
2020/02/21(金) 晴れ


空を見上げてみませんか


♪もう すぐ 春ですね〜
 地上の騒ぎに 目と耳 ふさいで
 空を見上げてみませんか

本日 武道通信かわら版 配信

健筆 振るふ
加藤氏{うじ} ご先祖
拙著『使つてみたい武士の作法』 登場する
たつた百名で千三百の兵を打ち破つた
「小山の合戰」の勇者

鎖帷子劍士{うじ} ご先祖
讃岐國の武士

拙者のご先祖と同じく
尊王佐幕とし
倒幕官軍と戰つた戰友

さう 加藤氏{うじ}との出會ひ
マバラカット特攻慰靈祭であつた
2020/02/20(木) 晴れ


「統率の外道」か 「統率無し」か


そのむかし 知覽特攻平和會館 來訪
家人 涙し 遺書 讀んでゐた

冠に「平和」と附けねば
慰靈できぬのか
世情に腹が立つた

近場
靖國神社 遊就館
特攻隊員 遺品 遺書
近くに赴くとき 立ち寄る

特攻隊 生き殘り御仁
昭和十九年の世情と
乖離した感
持つのではないか

白菊隊 田中飛行隊長
「特攻を行ふことは 負けを意味する
一囘切りの體當たり攻撃には
もともと反對である
けれどもあの情勢下
これ以外の打つ手がないならば
命令は受けざるを得ないと思つた
最後は自分も突入する考へであつた」

特攻作戰 送り出す
“中間管理者” 大尉 中尉 少尉の思ひ 同じ

送り出される者
「どうせ死ぬのであれば
殺されるよりも
自分から體當たりして死んだ方がまし」の思ひ 同じか

腹を切らなかつた
陸軍菅原中將
大罪人のシュプレヒコールの波

昭和十九年十二月
沖繩方面 航空軍事司令官 
大西瀧治郎「統率に外道」に對し
菅原道大{みちおお}
「統率無し」

敗軍の將は兵を語らず
九十歳 
世話してゐた嫁御
悲痛な聲 呟きを聞く
「あの二十歳前後の若者たちが
なんで喜んで死んでゆくものか」

小綺麗に整頓された英雄像
敗軍の將 
違ふんだ 怒つた

若き特攻隊員
<統率>に背を向け
見つめてゐた先
敗軍の將
見えてゐた

敗戰後少年
歳 重ね
見えてきた

「統率の外道」 「統率無し」
その大元 <統帥權>
大日本帝國憲法が生んだ
統帥權

2020/02/19(水) 晴れ


世情


石原元東京都知事
刄物大嫌ひ 刄物恐怖症
某國會議員からお聞きした

なぜか 腹にストンと落ちる

愼太郎青年 
東京裁判 傍聽
偶然 不要になつた傍聽劵 貰ふ

МPに止められる
「STOP! Kid」
下駄 脱げ!
脱いだ下駄
МP 足で蹴つ飛ばす
下駄 懐に抱へ 傍聽
東京裁判 傍聽記憶 それだけ

<S23-11-12の夕刻のラジオニュース
東條に絞首刑を申し渡すウェッブ裁判長の聲に續いて
どよめきと 笑ひ聲が起きた
ラジオはそれを明瞭に傳へた>
傍聽席
どよめきと 笑ひ

「世情」 中島みゆき
“編詩”杉山
♪世の中はいつも 變はつていくけど
 殘された者だけが 悲しい思ひをする
 變はらないものを 誰かにたとへて
 變はつていく自分に目をつぶる

世情
割腹自決した將軍への同情
世情
玉音放送を聞いたあと
私兵を使つて特攻した將軍
冷たかつた

東條英樹
世情 
どよめきと 笑ひ

昭和二十三年十二月二十三日
皇太子(上皇) 誕生日
戰犯 絞首刑

第一生命ビル
シュプレヒコールの波
押し寄せなかつた
昭和二十三年の世情

2020/02/18(火) 晴れ


白菊特攻


拙宅から 南西へ 徒歩七、八分
某タイヤメーカー社員寮
戰前 宇垣一成{かずしげ}陸軍大臣 住居

驛前 南口ロータリー 國旗掲揚塔
「國威宣揚」 宇垣の揮毫
<陸軍大將 宇垣一成 書 紀元二千六百年記念
國立町會谷保村青年團國立支部>
刻まれてゐる

西友 隣の酒店 驛前商店の魁
「せきや」
數年前 亡くなつた主
青年のとき 青年團一員
毎朝 國旗掲揚してゐた
直にお聞きする

舊國立驛舎 赤い三角屋根
この四月 復建

分解し 保存する前
南口ロータリーに舊國立驛舎を移す案
左卷きのクルクルパーの案
本意
國旗掲揚塔 取り壞す

宇垣は宇垣だが
宇垣 纒{うがき まとめ}海軍中將
陣中日誌を殘してゐる 
『戰藻録{せんさうろく}』 副題「大東亞戰爭祕記」

拙宅の軍刀 持ち主
昭和十九年五月 出征
豫備學生 練習生だつたやも

昭和二十年三月
十四期豫備學生 三十八期飛行練習生 卒業
飛行訓練中止
操縱教官も訓練中止
特攻隊編成される
既に熟達した搭乘員不足

夜間
海面上百メートル以下を飛ぶ訓練
二五〇キロ爆彈を積んでの離陸訓練
特攻 これだけの訓練で可

徳島海軍航空隊
「白菊特攻」
練習機「白菊」から名づけた
低速ゆゑ他の航空機による誘導も護衞も無し

白菊特攻隊 五月 六月 
二囘に渡り六十一機 出撃
通信機積んである機 二割程度
「ツ−−]と長府が受信機に入る
その音 途切れた瞬間 
突入の瞬間
長府を送つてきたのは二機だけ
成功した保證はない

「白菊」が突入した時間
體當たりされた米艦は無 
米軍の記録

白菊特攻 五十六名 散る

白菊特攻 第一次攻撃 五月二十四日 夜
翌 十五日附け 『戰藻録』
「幕僚の中には驅逐艦が八、九節{ノット}の日本機を追ひかけたりと
笑ふ者あり」      」
ジョークを飛ばす幕僚ありと

同じく『戰藻録』

例の中島少佐 轉勤
特攻の新しい情報をと
宇垣中將 少佐 呼び出す

「自分は特攻に就いてマンネリズムに陷つたのか
何の感動も受けてゐなかつた」
と記す

「何の感動も受なかつた」
海軍中將
玉音放送を聞いたあと
大分基地から沖繩沖に向かつて離陸

<宇垣機からは訣別電があり
「敵空母見ユ」「ワレ必中突入ス」を最後に聯絡は杜絶えた>

海軍中將の「お前たちた止めろ」
の命令に背き 一緒に飛びたつた機 六機 合計十一機

特攻兵 遺書 
いまなお多くの人に讀まれる

下士官とし
特攻を命令した者の言葉
身内に語る
わづか殘る

幕僚
一人 割腹自決
2020/02/17(月) 晴れ


大西瀧治郎 第二の誤算


拙宅 刀掛けに 
軍刀 一振(一腰)
學徒出陣の折
某大學生
作刀

目貫 菊紋の飾り 三箇竝ぶ
銘文 
表 兼正
裏 昭和十九年五月

兼正 
軍刀 刀工 上級の方
拵へ 上等の方

裕福な家の子息
想像するに易い

この軍刀 腰に吊つた
學徒出陣兵
陸軍 海軍
どちらであつたらう


レイテ島攻略 米輸送艦
特攻の目標
夜間のみ出航 で
米軍 タクロバン棧橋つくる
荷揚げ作業效率化

中島飛行長(先の少佐)
棧橋 爆撃 大尉に命ず

大尉 棧橋 爆撃 部下に命じることできない
「幾ら何でも 棧橋に體當たりは 殘念です
せめて空船でもよいですから輸送船に變更してください」
「文句を云ふんぢやない
特攻の目的は戰果にあるんぢやない
死ぬことにあるんだ」

大西瀧治郎 特攻作戰
數ヵ月で
「死ぬことにあるんだ」と云わしめる
状態までに追ひ込まれた

<上聞に達する>
につづく
大西瀧治郎
第二の誤算

大西瀧治郎
夫人にこぼした 愚痴 口傳 殘る
戰後 大西夫人 兒玉譽志夫に語る

終戰 二ヵ月前 大西 軍令部次長
自宅でなく 次長官舎へ
夫人 共に移る支度
大西 曰く

多くの國民 家燒かれいるとき
まだ殘つてゐる官舎に
二人して移るのは如何に
一人で暮らすと告げる

その折 夫人にもらす
「明治天皇
日露戰爭のとき
廣島の大本營へ行幸
日々の政務軍務をご覽になられた
いま 陛下 ふだんと變らない女官に圍また生活
何とかならないか

むかし どこかで讀んだ
侍從長クラスの囘想録
特攻戰死者の報 
傳へる侍從の頭に何か觸れた
陛下の前髮であつた
深々と默禮してゐた
2020/02/16(日) 雨


フェイクニュース

新しい名となつた
何とかウイルス
更に 人から人へ

フェイクニュースも
人から人へ 
感染しきり

GAFA
制禦にやつき
China共産黨 
削除にやつき

「天皇陛下
海軍大臣より敷島隊成功の報告
お聞き召されて
『かくまでやらればならぬと云ふことは
まことに遺憾であるが
しかしよくやつた』
と仰せになられた」

フェイクニュース
まことしやかに
擴散

天皇陛下
戰況情報
陸海軍大臣 參謀總長 軍令部長
報告 受けられる

天皇陛下 
どんなに答へたか どんな質問をなされたか
公表されることはない

明治憲法の定め
閣議の決定 天皇は そのまま裁可
軍の決定も同じく
天皇が不滿を述べられても變更されることはない

英米開戰 御前會議
ご心中 反對
閣議の決定
天皇 そのまま裁可

戰後 漏れ語られえた 例外
一、關東軍 朝鮮にあつた軍を滿州へ 滿州事變へ
  激怒 今後大命なくして軍を動かすなかれ
  しかし 陸軍 その後も天皇を蔑ろ 

二、二・二六事件 
 「朕の軍隊を勝手に用ゐ 朕が股肱の臣を
  襲撃するとは何たることか
  何の對策もとり得ぬのであれば 
  朕 近衞兵を牽いて逆賊を討伐するであらう

三、昭和二十年 八月
  終戰か否か 御前會議
  戰爭繼續主張する者 少なからず
  天皇 裁斷 ポツダム宣言受託


昭和二十年一月六日
マバラカット飛行場より
最後の特攻機 飛び立つ
その日
マバラカット基地 撤退

前年 大西長官 骨折でフェイクニュース


新しい名となつた
何とかウイルス
更に 人から人へ

フェイクニュースも
人から人へ 
感染しきり

GAFA
制禦にやつき
China共産黨 
削除にやつき

「天皇陛下
海軍大臣より敷島隊成功の報告
お聞き召されて
『かくまでやらればならぬと云ふことは
まことに遺憾であるが
しかしよくやつた』
と仰せになられた」

フェイクニュース
まことしやかに
擴散

天皇陛下
戰況情報
陸海軍大臣 參謀總長 軍令部長
報告 受けられる

天皇陛下 
どんなに答へたか どんな質問をなされたか
公表されることはない

明治憲法の定め
閣議の決定 天皇は そのまま裁可
軍の決定も同じく
天皇が不滿を述べられても變更されることはない

英米開戰 御前會議
ご心中 反對
閣議の決定
天皇 そのまま裁可

戰後 漏れ語られえた 例外
一、關東軍 朝鮮にあつた軍を滿州へ 滿州事變へ
天皇 激怒 今後大命なくして軍を動かすなかれ
しかし 陸軍 その後も天皇を蔑ろ 

二、二・二六事件 
 「朕の軍隊を勝手に用ゐ 朕が股肱の臣を
  襲撃するとは何たることか
  何の對策もとり得ぬのであれば 
朕 近衞兵を牽いて逆賊を討伐するであらう

三、昭和二十年 八月
終戰か否か 御前會議
戰爭繼續主張する者 少なからず
天皇 裁斷 ポツダム宣言受託


昭和二十年一月六日
マバラカット飛行場より
最後の特攻機 飛び立つ
その日
マバラカット基地 撤退

前年 大西長官 内地 送還
副長 玉井淺一中佐 司令官
飛行長 中島少佐
その朝
撤退のやむなきを語り
かつ 訓示した

「天皇陛下は
特攻を止めろとは仰せられなかつた
陛下の大御心を安んじ奉ることはできないのだから
飛行機のある限り最後の一機まで
特攻を續けなければならぬ」

中島少佐
顏面蒼白
狂喜のごとく軍刀を振り上げた

昭和十九年十月から
昭和二十年一月までの間に
フェイクニュース
まことしやかに
擴散

2020/02/15(土) 晴れ


大西瀧治郎の誤算


鎖帷子劍士 その昔
マニラにて映畫館
スクリーン
特攻機 米空母に激突
映畫館 ヤイヤの大喝采

昭和十九年十月二十日 
關大尉 以下 二十二名
大西第一航空艦隊司令長官
から訓示

「日本はまさに危機である
この危機を救ひうるものは
大臣でも軍令部總長でも
自分のやうな地位の低い司令官でもない
したがつて 自分は一億國民にかはつて 
みなにこの犠牲をお願ひし みなの成功を祈る
    ………………………………
自分はみなの努力を最後までみとどけて
上聞{じやうぶん}に達するやうにしよう
この點に就いて みな安心しいてくれ

上聞に達する
天皇陛下に達する
と云ふこと

大西司令長官
<特攻の眞意>

一つ
天皇陛下 
このこと(特攻)を
聞かれたならば
必ずや戰爭を止めろと
仰せられるであらう

二つ
その結果が假にいかなる形の媾和にならうとも
日本民族がまさに滅びんとするとき
身をもつてこれを防いだ若者たちがゐた事實
これをお聞きになつて陛下御自ら御仁心によつて
戰ひを止めさせたと云ふ歴史が殘る限り
五百年後 千年後の世に
必ずや日本民族は再興するであらう

1944年 USA 世論調査
「日本人 全員の絶滅」
賛成の人 13%

體當たり 特攻作戰 
陸・海 六千餘名 散る

「これ 人間のやることでない
ジャップ 人間ぢやない」
決死の冒險家野郎 
アングロサクソン人
それが ヤンキー 
と云ふもの

人間のやることでない
原爆 落とす
それが ヤンキー 
と云ふもの

大西司令長官
<統帥の外道>
特攻 一週間で終はるはずと信じた

<上聞に達する>
ことはなかつたのか
2020/02/14(金) 晴れ


「後を頼む」


マバラカット西飛行場跡地
立つ

バックの中
特攻隊員 遺書本 
同じく
武道通信十二ノ卷

田形竹尾 「特攻の心」
陸軍航空隊 戰鬪機歴 十年
飛行時間 五千時間
作戰出撃 二百囘
學徒・少年航空兵 特攻教官
終戰前日 自身に特攻命令 下る

一部 作家が云ふ
特攻隊員 遺書 檢閲
片道燃料
事實ではない

整備員
ボロ飛行機 幾日も徹夜整備
ガソリン不足 當時
タンクに溢れんばかりに入れてゐる

複坐航空機であれば
共に乘らうとする整備員
皆で引きずる降ろされる

學徒出陣 操縱學生
十人に一人 合格
二千人 特攻要員 採用
全員 志願時點 特攻 知らされてゐる

教官とし
二十二歳〜二十五歳
學徒十七歳〜十八歳
五十名 特攻訓練 指導する

死ぬつもりで志願
目前に死があること自覺
十分と云へぬ基本操縱 一年六ヵ月
出撃していく

八ヵ月 毎晩 
特攻隊員宿舎 巡察  
一部屋 二十名
特攻隊員 熟睡

訓練で疲れてゐるのでない
既に 生死 超越してゐる

當時見た
目が澄んで頬が笑つてゐる
特攻隊員たち
心 と
それを育てた故郷<大地>

戰鬪機乘り 特攻教官 特攻隊員
三つ經驗した立場から
特攻の心
繼承しなければ

「後を頼む」――特攻の心
繼承しなければ

2020/02/13(木) 晴れ


特攻隊員 遺書


神風{しんぷう}特別特攻隊 
一番機 飛び立つ
マバラカット西飛行場跡地
立つた日

その歳 には
どう 生きるか の軸足
より
どう 死ぬか の軸足に
重きををく性分だと
承知してゐた

囘想

拳ほどの石 米軍艦 見立て
小石 特攻機 見立て
何度も何度も 投げつける
幼年

神風特特攻撃隊 映畫 觀る
特攻隊員になれなかつたこと
悔いた
少年

特攻隊員 同じ歳になる
そのとき 死ねる覺悟
敢行する 
青年

特攻隊員 遺書
文章 でなく
行間 籠められた

見えるやうになつてゐた

そこに
[母」がゐた

♪眠れ 眠れ 
 母の胸に♪

原始の[神]いた
2020/02/12(水) 晴れ


特攻 いいだしつぺ


兵頭二十八ファンサイト
管理人U殿
『兵頭二十八の放送形式 Plus』
立ち上げる
https://st2019.site/?p=12907

なぜか? U殿 曰く
「2014年12月12日の『兵頭二十八の放送形式』
──「私はずっとこの投稿が引つかかつていました
2020年になっても、です。」

2014年 六年前 
習近平 國家主席となつた年
軍學者 この文 末尾一節
《今日の我々は、東条と習近平の一致点を、数十個くらい挙げることができる。東条ファンの白痴右翼は、習が来年何をするかを、よく見ていることだ。》

さう 想ひ出した 
昭和十九年 二月 
東條首相 陸軍大臣&參謀總長を兼任
特攻作戰 意図する
そのわけ
<敗けてゐるのは航空がだらしないからだ
航空も肉彈攻撃すべきだ>

陸軍歩兵 肉彈戰 辭さない
航空はしない
航空も肉彈攻撃で突つ込め

體當たり 特特攻撃
いいだしつぺ
東條英機

想ひ出した

神風特特攻撃隊 一番機 
飛び立つた
マバラカット西飛行場跡地
立つた 日のこと

2020/02/11(火) 晴れ


ま、いいか


また 一日 空いた

パイプ 一本 新調
立春 過ぎた 
朝空 紫煙 立ち昇る

八日
日本武道具さんへ 一筆啓上
沼津兵學校 <六>

知人から便り

知人の妹君夫婦
四年前まで
武漢で暮らしてゐた

武漢 一等都市
海鮮市場
清潔
汚い海鮮市場
他に數多ある
なぜ 武漢?
妹君 辯

ま、いいか
2020/02/10(月) 晴れ


トマス・グラバー


先の
原節子  一月七日 記
義兄の言葉
「本省の課長以上でユダヤの息がかかつてない奴は一人もゐない
近衞文麿はじめ尾嵜秀實もさうだ」


明治維新 
<元勳で英吉利の息のかかつた奴は一人もゐない>
土方歳三 草葉の陰で云つてゐる

明治四十一年 
英吉利 武器商人 トマス・グラバー
勳二等旭日大受賞を授與

伊藤博文 井上馨 元長州藩士連名 
敍勳申請書草案
「グラバーが薩長二藩のために盡くしたる所は……」

密貿易 厖大な儲け 
波頭を越えてやつてくる
南北戰爭 終戰
使用された中古銃
上海に溢れかへる
ミニエー銃 エンフィールド銃 ゲーベル銃 スペンサー銃 スナイドル銃

慶応元年七月
幕府 長州藩の代はりに
下關戰爭賠償金第一囘分 五十萬ドル 英吉利へ支拂ひ
同じ七月
伊藤博文 井上馨
長嵜でグラバーと密會

ゲーベル銃 三千挺 ミニエー銃 四千三百挺
贖入契約 九萬二千四百兩 
グラバー曰く
「百萬ドルぐらゐは用立てるから心配するな」

社員十五人のグラバー商會
そんな資金があるわけない
グラバー商會 三十八萬ドルの借金があつた
一體 どこから
謎であつた

いまなら想像するに易い
いまで云ふ ディープステイト
國際金融資本一族

戊辰戰爭 
ミニエー銃 エンフィールド銃 ゲーベル銃 スペンサー銃 スナイドル銃
日ノ本同士で撃ち合ひ 殺しあつた
殺し合はされた
2020/02/08(土) 晴れ


徳川慶喜


ポートランド から だつたか
ロサンゼルス から だつたか
定かでない

歸路の機上 偶然
席を同じゆうしたのは
徳川將軍家 
その末裔の御仁

大前研一を
ボロクソ 云つてゐたのだけ覺えてゐる

大政奉還した將軍
最後の將軍
徳川慶喜

大方の歴史家からは
ボロクソ 云はれてゐる

明治二年 凾館五稜郭 降伏
慶喜 謹愼解かれる
三十三歳 男盛り 
趣味で時間潰する しかない

たとへば 明治五年の例
一月二日 四日 五日 鷹狩
八日 乘馬 十日 鷹狩 十三日 鷹狩
鷹狩 飽きると
二月になり 鐵砲撃ち 三日と缺かさず
四月 暖かくなると 清水港へ 遠網
九日 十日 十二日 十三日 十四日 十六日 十八日 十九日
下旬から五月に入つても

明治二十六年から 冩眞に熱中
殘された冩眞類 當時の日本の面影殘す
少しは いいことしてゐた

ほかに
伊豆の山々に分け入り 自ら鍬を持ち 掘り起こす
下々を指導し掘らせ 外國へ輸出 地元を潤す
古戰場三方箇原の荒地三萬坪に五百人を移住させ茶の栽培させ
外國へ輸出 地元を潤す

明治四十一年 明治天皇から勳一等旭日大受賞を授與
授與の理由
「徳川慶喜が大政奉還したから 明治維新が成就した」


松平昭致{あきむね}(慶喜)
生後七か月 小石川水戸屋敷から水戸へ
「江戸の華麗な風俗に馴染まぬやう 國元(水戸)で教育する」
水戸黄門さんの子 父 齊昭の持論
藩校弘道館 文武兩道 穎才教育
藩主の子らで 英邁さは拔群
齊昭 長男より慶喜を藩主に据ゑると決め他家へ養子にださない

神君 家康の再來 評判高まる
ご存知のやうに 紆餘曲折し 將軍の坐に 

徳川慶喜 とは何者であつたか
どこを 見てゐたのだらう

フリードリヒ・ハイエク
「人間の知性と云ふものを評價し過ぎてはいけない
社會主義と云ふのは 人間の知性に對する“致命的なうぬぼれ”なのだ
人間が近づけない 畏怖するしかないものを
知性でなんとかなるやうに思つてゐるやうな人が危うい」

慶喜 社會主義者ではなからうが
近藤勇 土方歳三らを
知性で
なんとかできると思つてゐたのだらうか
2020/02/07(金) 晴れ


南と斗う 斗南藩


父 出張土産
白虎隊 
木鞘に書かれた 
おもちや 刀

♪嬉しくて嬉しくて 言葉にできない
 Lalala……言葉にできない♪

會津戰爭
長州と土佐 私怨戰爭
倒幕戰爭に非ず

慶応三年四月四日 
東海道鎭撫總監 敕使
江戸城で天皇の沙汰書{さたがき}を交附
四月十一日 江戸城 明け渡し
四月二十一日 東征大總監有栖川宮 江戸城入城

ここで 倒幕戰爭 
終了 のはづ

慶応四年/明治元年 九月
會津藩 新政府軍に降伏

戰後 新政府の民政局 屍躰の埋葬 禁ず
半年 野ざらし
逃げた兵 民 を山狩り 
男は殺し 少女をも親の前で強姦
そのあと 殺したり 池に投げ込んだり

殘虐行爲の主 土佐藩 長州騎兵隊
會津 京都守護 配下の新撰組 土佐脱藩浪士と白刄をむすぶ
長州騎兵隊 武士にあらず
博徒 前科者 多くいた
武家の指揮官 士道に劣る
會津藩への攻撃を主張した
板垣退助 伊地知正治 
見てみぬふり

板垣の自由民權運動なるもの
新政府内 主導權爭ひ
「幕府を倒し 會津を倒したのに
土佐藩の取り分 少ないぢやないか」

會津藩のみ 丸ごと 流罪
酷寒の地 陸奧國三郡へ
北郡(青森縣上北・下北郡) 
三戸郡 (青森縣三戸郡)
二戸郡 (岩手縣二戸郡)

北斗七星に對してつけられた呼稱
「南斗六星」
射手坐の中央部の星坐 
射手 矢を
隣のサソリに向けてゐる

藩名
斗南 とする
その心魂
「南(土佐・長州)と斗う」
2020/02/06(木) 晴れ


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