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文武兩道つてナンだ?


乱世の室町の世に「禪」「能」「茶道」など、いまの世の、日本が世界に誇るカルチャーを生み出した。
それは……
武士の天下になり、京の公家は食へなくなり、有職故事を教へるとの名目で武士のパトロンを求めて下つた。京の、象牙の塔の住人、禪僧もしかり。
猛猛しいさが賣り物の「弓馬の家」も
爲政者になりカッコつけるため、彼らを圍つた。
弓馬の家の二代、三代目で結果が出た。
このバックボーンがあつてのこと。

これを「文武兩道」などとは云はなかつた。そんな四文字熟語はなかつた。

そのむかし、拙者が「月刊ベースボール」の編集士であつたころか
わがまちの都立高校が甲子園に出場。新聞・テレビはこぞつて「文武兩道」
 
「文武兩道」は、武士が特權階級の身分を與へられた江戸の世の儒教色の濃い四文字熟語。
幕府は、亂世はもうイヤだと戰國武士の猛猛しいさを削ぐため、武士の子らに朝から晩まで四教を學ばせた。「文武兩道」こそ、武士だ!と。

わがまちの都立高校が無條件で甲子園へいける特權的身分があつて
そこで優勝して、はじめて「文武兩道」なので、ある。

身分世襲の武士階級があつてのハナシ。おわかりか。

いまの世に「文武兩道」は無い。
いまの世の「禪」「能」「茶道」「將棋」のお師匠さんは<專門馬鹿>でしか勤まらぬ。プロ野球選手になれるわけはない。

ITの世になる。
そこで、いまいちど、「文武兩道」を考へてみよう。

大東亞戰爭のはぢまりは、その起因は
スペイン・ポルトガルの地球二分割作戰からの
世界の歴史だ。
さりとて
「毛唐や毛唐かぶれは」には
ITと文武兩道の関連はわからぬ。

(「毛唐や毛唐かぶれにはわからぬ」は
20日の軍學者の放送形式からの一句を拜借)
2017/08/21(月) 晴れ


どちらが勝つたんだ。はつきりさせろ!


全國高校空手選手權大會、高校空手の“甲子園”を觀に
社から十數分ほどの武道館へ出向ひた。昔々の話だ。
個人戰の決勝戰。
勝敗の判定に審判團が集り協議。20分は經つた。決勝戰の二人は後方に控へてジッと待つ。いつまでも、どちらが勝つたか、負けたか決らない。
どちらが勝つたんだ。はつきりさせろ!
二人の高校選手の氣持を察しながら武道館を後にした。

劍道、柔道、空手。ルールを四捨五入する主審がゐなくてはならない。
ルールを四捨五入する<強さ>があることを選手に教へなくてはならない。

某流派の空手道選手權の準決勝、決勝は會長が主審を務める。
會長の判定がルールなのだ。それが某流派の空手道なのだ。
それで<空手>でなく<空手道>となる。

武道はベースボールではない。翌日、再試合はない。
ルールに蹂躙された武道は腐る。やる者を腐さらせる。

昔々、あるポスターをつくつた。
アントニオ豬木と前田日明のファイティング・ポーズを切り拔きし
その眞ん中に惹句{ぢやつく}(キャッチ‐フレーズ)をぶち込んだ。
「どちらが強ひんだ。はつきりさせろ!」

プロレスファンの公衆の、愚衆でない公衆のプロレスファンが
言葉にしようとして、できないでゐる寸前の心を
惹句にした。
後年の綜合挌鬪技興隆の岩清水となる。

愚衆が日々、無尽蔵増殖しつづける日本列島。
原爆、水爆でも落とされて
愚衆の根を燒き殺さないとダメか。
これを言葉にしようとして、できないでゐる
公衆の寸前の心を
惹句する若ひモンはをらんか。
2017/08/11(金) 薄曇り


日本武道具さんへ一筆


拙者の武士語辞典
http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-3.html


2017/08/06(日) 晴れ


永遠のいま 奇蹟の固有時間


「高天原に始めしことをかむながらもしろしめして」
かむながらの道も
自動販賣機だらけ 信號機だらけ ガソリンスタンドだらけ。 

さりとて かむながらの時間
の軸だけは變はらない
ときの流れは過去から現在、未來へ流れるのではない
現在に[いま]がある
[いま]とは
始めもなく 終りもなく 果てしなくつづく
[<永遠のいま>である。

奇蹟の固有種 武士
死後の世界があらうとなからうと知つたことではない

武士の名聞{みようもん}とは
<永遠のいま>

必死の特攻作戰を
<永遠のいま>にした
多くの特攻隊員。

<永遠のいま>は
いまなお吾らの[いま]にありつづける。
永遠の[いま]を生き續けてゐる。
2017/07/31(月) 晴れ


奇蹟のアイランド、奇蹟の固有種


このチッポケな
地球の陸地總面積400分の1のアイランドに
世界一の固有種の數。
樹木、動物、魚類。
神の、天の意思でない。天變地異の偶然の成せる技。

花に鳴く鶯、水にすむ蛙、生きとし生ける生物種が
世界一の多いアイランド。
當然、ひとが使ふ單語の個數は世界一。
けじめある春夏秋冬。歌を詠みたくなる。
語彙は増える。
ゆゑに
萬葉集のよみ人知らずから
現代俳句まで
歌詠みの數も世界一。
奇蹟のアイランド

奇蹟のアイランドから生まれた奇蹟の固有種。
それが武士。

アイランドの固有種。絶滅人種、武士の面影を
行間に閉ぢ込めたくて
酷暑ニモ負ケズ、
彫心鏤骨。『刄隱』

武士のDNAの源泉は枯れてはゐない。
清流は云つとき干上がつてゐるだけ。
さう、信じて。
2017/07/27(木) 晴れ


武士のゲノムが發見


人間一匹に3,000,000,000個のゲノムがあるさうだ。
「ゲノム」は專門家が使ふ奴で日本語に直譯すると「全遺傳情報」。
世俗に云ふところのDNAとか遺傳子。專門家はこれを嫌ふ。

これをネット檢索してみると、こんな能書きが見つかつた。
《ゲノムはタンパク質の情報に限らず、生物の設計圖全體のことを指す。日本語では「全遺傳情報」と表す。
生物に書かれてゐる情報を一册の本に譬へると、「DNA」はインク、「染色體」は本、「遺傳子」は書かれてゐる内容の中でタンパク質に觸れてゐる部分で、「ゲノム」が書かれてゐる内容全部。》
まあ、ネットのことだから言ひ囘しが稚拙で當てにはできぬが。

ひとむかし前の拙著で「ゲノム」としたが、讀者は專門家でないから以後、「遺傳子」とした。
拙者がよく使ふ「記憶の遺傳子」は、異國の民族には持ち合はせてない日本民族特有の、そのなかでまた特有の遺傳子のことだ。
<武士の遺傳子>だ。

この<武士の遺傳子>が發見されたと云ふ。 
某大學が他の機構と協力して日本人3,554人のゲノムを解析した結果、
三十億個の中の26,900,000個の、異國の民族にはない日本民族特有のゲノムが見つかつた。
更にその中で1,345,000個の武士の遺傳子が見つかつた。
拙者、急ぎ某大學へ出向き解析してもらふ。
すると、拙者にも武士のゲノムが發見された。

以上は、今朝起き拔けに見た夢のハナシ。

きのふの集中豪雨で涼しくなつた。
『刄隱』に彫心鏤骨するか。
あつさう、あす武道通信かわら版だ。
2017/07/19(水) 晴れ


キプロス・ワインは酷暑に合ふ


トルコの南、東地中海上にある島キプロス。
ウキペディアに書かれてないことを云ふ。

ワインは二千年前から造られてゐる。
この能書きは「アフロディーテ(美の女神)」との銘柄を
送つてきてくれた御仁から知る。
この釀造メーカーの筆頭株主はキプロス正教會。
ワイン造りと宗教が、今日でも深く結びついてゐる土地柄だと御仁は云ふ。

太平洋の東端にある日本列島の酷暑に合ふかどうか口にした。
イタリア・フランスワインとは違ふ。あつさりした口當たり。
ビール感覺。これがキプロスの風土の味かと納得。

公用語はギリシャ語。
ギリシャ語で「彫心鏤骨」は「Αγώνας για καταδίκη」
これはグーグル飜譯で知る。
とて「彫心鏤骨」では出てこない。
「文章で苦勞する」と入力した。
音聲を何度聞いてみてもカタカナで云ひ表はせない。
舌の形状が違ふ。

いまのギリシャ人はソクラテス、アリストテレスらの二千年前のギリシャ人ではない。が、ワイン製法は風土に合はせてつくりつづけられてゐる。

「もののふ(武士)」と云ふ人種も日本列島の風土で熟成されてきた。
日本列島の風土がある限り
武士道の源泉は枯れてはゐない。
いまの世の<武士の道>を探し、獨りでもよいから獨歩すればよい。
2017/07/13(木) 晴れ


彫心鏤骨、ふたたび


酷暑、死んだふりしてジッとしてゐるのが一番。
が、さうはいかなくなつた。

脱稿した『刄隱』、しばし“寢かせてゐた”。
“引き出しから出して”再讀。

『葉隱』は斬つて捨てたのに
文章構成に『葉隱』の陰翳が濃い。

文學も自然科學も假説を立てることからはじまる。
物理法則はすべて假説である。

士農工商の<士>よりもつともつと深いところにある。
『葉隱』は武士街道の一里塚の一つ
『刄隱』の假説
「武士道の源泉は枯れてはゐない」

この假説を
廣く公衆に、愚衆でない公衆に納得させることにある。
彫心鏤骨、ふたたびである。
2017/07/09(日) 晴れ


日本武道具さんへ一筆


拙者の好きな武士語

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2017/07/06(木) 晴れ


[魂]はどこから來て、どこへ行くのか


幼子の[魂]は瞳の奥にある。
黒・黄・白の肌色に違いなく、[魂]は瞳の奥にある。

日本列島にいままで出現した人間(Homo sapiens)は何人になるのだらう。
こんなことを考へる拙者の<意識>は、拙者だけのものである。
日本列島にいままで何人、出現しとうと、この<意識>は拙者だけのものである。が、同じものを、別の<意識>を家人も持つてゐる。この長屋衆の誰もが自分だけの<意識>をもつてゐる。

大人になることで魂はどこへ隠れる。
[意識]という奴が我が物顔にふるまい、魂はどこかへ隠れる。

學者センセイ、[意識]にはいろいろあると云う。
中學生のときのあの子が好きだと云ふ<感情>
高校で學んだ相對性理論とかの<智識> 
祖母の死で號泣した<記憶>

意識してない<無意識>もある。
人は<無心>になるとの技も見つけた。

<魂はどこから来て、どこへ行くのか>
學者センセイに頼らず自分で考へよう。
歳はたらふく食つた。
夕べは隣まちの老舖のうまいウナギも食つた。
死期も近い。あと二十年くらゐしかない。
自分だけの<意識>について考へてみることにするか。
[魂][心]について考へてみることにするか。
二十年などアッと云ふ間に來る
2017/06/26(月) 曇り


[劍]が三種の神器の一つになつたはけ


祖母危篤の報で歸郷。二十歳にまだ滿たないころであつた。
實家は血縁、縁者でごつた返す。
祖母の子ら、父の從兄弟・從姉妹二十名ほどのがはじめて勢ぞろい。
すべて顏を知るのは本家の子、姉と拙者だけ。

出棺間際になり、家中の慌ただしさは消えた。
牀の間の前に置かれた棺桶に目をやつたとき
誰かが耳元で囁いた。
「おばあちやん、もう、いなくなるんだよ」

急に胸がつかえ、號泣しつづけた。一キロ先の千本濱まで屆くほどに。
通夜から泣き盡くした叔母、姉たちが自分を取り圍み、また涙、涙。
小學生のころから祖母に代はりに銀行に金を預けにいつた長女の叔母。
號泣する甥のワイシャツの襟をきつくきつく掴み續けてゐた。
半世紀たつても感觸はいまでも襟元に殘る。

號泣は、イイ歳して、もうなからう。
歳を食ひすぎると物忘れは多發するが、
どこかの器官が鋭敏になる。死期が近いせいか。
あの囁きは、人知の及ぶところではないところからの囁きだつたと氣づく。

拙者がよく云ふ「天來の着想」
いまどきの若いモンは「インスピレーション」
いや、ひと昔前の日本人がよく使つた「以心傳心」」
スピリチュアリズムで云ふところの「テレパシー」
あの囁きは「インスピレーション」より「テレパシー」の方が似合ふ。

「テレパシー」の出典は古い。
帝國陸海軍に「軍人敕諭」發布された年に英國心靈研究協會が命名。
「テレパシー」を認めると人間が靈的存在であると認めることになる。
『証言・臨屍体験』の著者は、靈界なんてあつてたまるかとの云ふであらうか。

「テレパシー」はあるのか、ないのかは
<心はどこにあるか>の精神醫學問答となつてゐる。
腦の中にあるの心と脳の一元論者。心は腦とは別にあるとの二元論者。
決着はまだつかない。
二元論ならこうだ。

「おばあちやん、もう、いなくなるんだよ」は
靈界にゐた誰かが發した。
祖母はまだ靈界には行つてない。
歳を食ひすぎると、過去の見えなかつたものが見えてくる。
誰が發したかがわかつた。

三種の神器の一つ、天叢雲劍{あまのむらくものつるぎ}。
劍が神器の一つになつたはけがわかつた。
日本列島の古代人は靈界があると信じてゐた。人間は靈的存在と信じてゐた。
劍は靈界からのテレパシーを受信するアンテナであつた。
2017/06/22(木) 晴れ


[勾玉]が三種の神器の一つになったわけ


小学校上級生だったと記憶する。
休日の晝だったか。家人はみなで拂つた居間の畳の上で
することもないから寝転んでいて、いつしかうたた寢してゐた。

<人は死んだらどうなるのか>
半醒半睡の隙間に浮かんだ言葉。
<夢を見てない、眠っているときのように、まったく心はなくなるのか。
違う。何かある、何か残る。残るにちがない。>
寝返り打って覚醒した。
まだ魂、霊魂だとの言葉は知らない。

『宇宙からの帰還』の筆者は、その十三年後、『証言・臨死体験』を書く。
死後、魂が身体離脱したと云う者たちを取材する。
100人が100人、そうだと断定はできなかったが、
臨死体験は脳が生み出した幻想との結論で締めくくった。
“知の巨人”の「死後の世界」など
あってたまるかとの心情が滲め出ていた。

あれから十八年、NHKスペシャル「臨死体験 死ぬとき心はどうなるのか」で
再度、取材する。筆者は癌と臓の病を抱えていた。
七十四歳の“知の巨人”の「死後の世界」などあってたまるかとの心情は薄らいでいた。

『証言・臨死体験』で臨死体験は脳が生み出した幻想と断言した
二人の“脳の巨人”は十八年後に云う。
「脳が心を生み出すという考えは間違っている」
「脳と心は別の存在だ」

三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉{やさかにのまがたま}。
勾玉が神器の一つになったわけがわかった。
日本列島の古代人は、死後、魂は残ると信じていた。
魂をかたち取ったのが勾玉。
2017/06/19(月) 晴れ


[鏡]が三種の神器の一つになつたはけ


一ツ橋大學プロレス研究會の學生のひと言で
ゾッとしたマンションに住んでゐたころだ。
本の口繪にあつた冩眞を破いて壁に貼つた。
かう云ふ俗つぽいことはしない質(たち)だがやつた。
壁に[鏡]を貼つたのだ。
自分の姿を毎日、覗いてみるためだ。

口繪を破いた本は『宇宙からの帰還』。1983年刊。三十四年前だ。

壁に貼つた冩眞はアポロ8號が見た
地球の出(Earthrise)
はじめて[自分=人類]の姿を見た。
出勤のとき、嗚呼、自分がゐる。
歸宅したとき、嗚呼、自分がゐる。
 
鏡を見るなど齒を磨くときとか牀屋とか、
冠婚葬祭の折、ネクタイが曲がつてゐないか覗くときだけだ。
ある日、氣づいた。
鏡にある顏は左右が逆轉した像。鏡の反射によつて作られた鏡像である。

自分が自分と思つてゐる奴は鏡像であつて正像ではない。
では、正像はどこにある?
他人樣の“目”に握られてゐた。
左右が逆轉してゐない、鏡像でない正像は
他人樣に見られてゐる。

三種の神器の一つ、八咫鏡{やたのかがみ}
鏡が神器の一つになつたはけがわかつた。
日本列島の古代人は、他人樣の目からしか
自分の正像がみられないことを發見した。
何千年後、「和」がこの國に國是になつた。

談餘。自分の正像をこの目で見られるのは死んでからだ。
例の臨屍躰驗とやらで見てやろう。
2017/06/16(金) 晴れ


「ご先祖さんに合はせる顔がない」


「頭が惡いのが取り柄だけの 頭の先からつま先まで善人」
目覺めて浮かんだ言葉。口をついて出た言葉ではない。
腦内に出た言葉だ。
夢のワン・シーンが腦内に彈いて
腦内でいままで使つたことのある語彙が即坐に檢索され
一文となり發せられた。

そのむかし、休日の晝、家人はみなで拂つた居間でうたた寢してゐた。
三階下の路上を通る數人の若い聲がうたた寢の隙間に忍び込む。
その一人の聲。
「このマンションにプロレスの編集長が住んでゐる」
一ツ橋大學の學生諸君だとは想像するに易い。
一ツ橋大學は、そのむかしからプロレス研究會と云ふ奇妙な同好會があつた。

ゾッとして目が覺めた。
瞬時に腦内で一文が發せられた。
「ご先祖さんに合はせる顔がない」

半醒半睡{はんせいはんすい}の隙間に飛び込んできた言葉が
ゾッとした皮膚感覚を呼び起こし、潜在意識にある心を刺激し、
腦内でいままで使つたことのある慣用句に即坐に変換させられた。
「ご先祖さんに合はせる顔がない」

この脳内作用は個人だけでなく、集團、共同體にもある。
公衆の、愚衆でない公衆の
言葉にしよとして、できないでゐる寸前の
潜在意識にある心。気持、感情、感性。
それが時代の精神と云ふ奴だ。

そのむかし、若いプロレスラーが眞劍勝負をしたいと云ひ出した因子は
時代の精神を孕んでゐた。
時代の精神を見拔いた語り部がゐて
言葉に発して傳説はつくられた。

見拔けない、死ぬまで、死んでも見拔けない
《頭が惡いのが取り柄だけの 頭の先からつま先まで善人》が
額を合はせ傳説を侃々諤々しても片腹痛い。
《頭が良いのが取り柄だけの 頭の先からつま先まで惡人》が傳説をつくる。
2017/06/10(土) 晴れ


日本武道具さんへ一筆


糊口を凌しのぐ。
武士語である。現代語訳は「生活のため」

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2017/06/06(火) 薄曇り


<夢と腦>のハナシだ


三段論法で誰かに説明してゐる。
何度も何度も。
誰かは、よほど頭が惡いらしい。

夢のハナシだ。

目が覺め、何を説明したかは覺えてはゐない。
ふと、天來の着想を得たやうな言葉が浮かんだ。

《頭が惡いのが取り柄だけの
頭のテッペンからつま先まで善人》

夢の謎解きの腦醫學書は幾らか讀んだ。
さつぱりわからなない。
書いた本人が、よくわからないからだらう。

眠つてゐるとき腦はなにをしてゐるのか。
夢を解明していくとわかるさうだが
よく云ふ夢の中での「ひらめき」は
天啓のやうなものが天から落ちてくるのでなく
過去の體驗や思考の延長上にあらはれるさうだ。
そのへんまでわかつたらしい。

寢起きの床で、
仰向けのまま體を左右にゆすり腸を目覺まささせる。
目覺まし體操。
腦より優れモノが腸に潛んでゐるとの独断。

ゆすつてゐると、天來の着想を得たやうに言葉が浮かんだ。
《頭が良いのが取り柄だけの
 頭のテッペンからつま先まで惡人》

この國のはぢまりは
イザナギとイザナミが矛で<混沌>をかき囘し、
矛から滴り落ちたものが積もつて島ができたのがはじまり。

いまの世のまともな變革は
誰かがバケツの中の水を矛でかき囘し、
遠心力で濁りを排除し、他の者を目を覺めさせる。

拙者、過去に<誰か>であったからよくわかる。
拙者、惡人であつた。

善人尚もて往生をとぐ 云はんや惡人をや
<惡人>こそが救濟の教へがそなわつてゐる。
法然も親鸞も自分が惡人であると自覺してゐた。
2017/05/26(金) 雨


<證言>のハナシだ


「考える人」が五月刊の夏號を最後に休刊。
新潮社の季刊誌。考へつくした末の結論だらう。
15年は短かつたのであらうか、長かつたであらうかと
大きな活字でつぶやいて、全六十册の表紙と特集テーマが並ぶ。

人は、言葉も持って人になつた。言葉で考へる人になる。
で、拙者も考へた。

津波だ! 逃げろ!
おまへが好きだ あなたが好き
言葉は、事實や心を傳へるよくできた道具だ。
ふたりのニュアンスは違ふが、
簡單にして、ふたりにわかりやくする。よくできた道具だ。
だが、言葉にすることで、簡單にすることで
四捨五入される心がある。

傳説は、四捨五入された心が欠けた證言を
語り継ぐ者たちが、さらに四捨五入し、
同時代の誰もがわかり易い言葉に簡略されていく。

發案し、創刊した週刊プロレスは、
いまなお休刊することなく店頭に並ぶ。
三十ウン年は長いか、まだ短いかどうかは知らぬ。

三十ウン年前の現場で四捨五入された心は
<考へる>ことで云ひ表わせない。
<考へない>ことでしか
<語らない>ことでしか
立ち現れない。

證言で立ち現れない四捨五入された心を
<考へる人>になれ。
2017/05/22(月) 晴れ


首のハナシだ


近藤勇の首は京都から持ち運ばれ會津に埋められてゐた。
寢起きの掌の中のニュースで知る。
「下僕首を盜み生前の愛刀になりし此(こ)の刀を持ちて會津に走り密かに葬る」
斬首の刑が明治中ごろに廢止されたと云ふのに
ニュースは首にこだはる。
いまの世、「首だ!」の言葉の一片が殘るのみだが
武士の記憶の遺傳子が首にこだはらせる。

明治中ごろまで、夜更けに刑場の晒首を持ち去り、
神社に持ち歸りまた戻す。
肝試してゐた十代がゴロゴロいた。

幼兒殺害等の極惡人は公開で斬首刑。晒首にする。
日本人の背骨がピッシとすること間違ひない。
埒もないこと云つてもせん無いか。

京都と比べ凾館にある土方歳三の首との距離と四〇〇キロと近くなる。
近藤、喜んだらう。
下僕は、近藤から愛刀を贈られた恩誼で晒首を會津へ持ち去る。
侠客の下僕にも武士の記憶の遺傳子、日本刀信仰が殘つてゐたのだらう。
2017/05/16(火) 晴れ


日本刀のやうに研ぎ澄まされた文


「背中を押された」にするか、「背中を叩かれた」にするか。一日中迷ふ。
「背中を叩かれた」に決める。押されより臨場感がある。

福田和也氏は書きあがつた原稿を編集者の催促は氣になるが
<一日寢かせる>と。
そのむかし「武道通信」の對談の際の雜談で語つた。
膝を打つた。以來、この手をお借り、迷つた際は<一日寢かせた>あと、
原稿用紙(Wordの横書き)を開き、
横書きを縱書きに変え、讀み返す。

草稿まではWordの横書きで書く。つぎの推敲は縱書き変換する。
これっきりとなる文と眞劍勝負で向き合ふときは縱書きの方がよい。
日本語はもともと縱書きの方が性に合つてゐる。

小説の最後の一文を何日もかけ血反吐を吐くやうにして推敲したと聞く
韓國籍在日作家の推敲は縱書きだつたであらうか。

『刄隱』、目下、推敲に彫心鏤骨。
日本刀のやうに研ぎ澄まされた文にしたい。
2017/05/12(金) 晴れ


日本武道具さんへ一筆


日本武道具さんには置いてない弓箭の話。
日本の弓はなぜ長い?
http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-3.html
2017/05/07(日) 晴れ


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Colorful Diary Falcon World