HOME

アイコン
OLD 

高天原は 本當はどこにあつたか?


佐山聡の興義館 道場開きに參列 二〇〇六年だつたか
鹿島神宮 香取神宮の掛軸を掲げ 神籬{ひもろぎ}が祀られて
鹿島神宮が祀るタカミムスビ(高御産巣日神)と
香取神宮が祀るフツヌシ(經津主神)が降臨されてゐた

タカミムスビは この世界のはぢまりに 
天(高天原)に現れた最初の三神の一柱 
アマテラスより古い神
フツヌシは 國讓りの折 タカミムスビが出雲のオオクニヌシのもとへ派遣した神

タカミムスビは 
天孫降臨以前からこの國土を治めてゐたとされる國津神(土着の神)
諏訪大社に祭られてゐるタケミナカタノカミと力比べして勝つた剛の神
フツヌシのフツは 劍でものを斷ち斬るときの音 つまり劍の神

平安時代 「神宮」の稱號を持つ神社は 
伊勢神宮と鹿島神宮 香取神宮の三つだけ

<平安>も危うくなり 京の治安が惡くなる
坂東に若い衆に京の警護する命を出す
坂東人は強ひ もののふ(武人) 京の人の常識

坂東の原野 牛馬の牧場地 農耕兼狩獵生活地
馬に乘り弓矢を使ふことが巧みであつた

坂東人も 開拓した土地を公家からイチャモンつけられないため
京の用心棒となる これがサブロウ 侍と呼ばれた

京に上る者を集め 武術の鍛錬をさせて兩神社から送り出した
これがのち「鹿島立ち」

坂東の侍は氣性が激しく 開拓地を中心とした結束が固く 主從の關係も強い絆で結ばれてゐた
これが武門の興り

本題は 高天原 本當はどこにあつたか?
古事記は記す
「降りた」所が「筑紫の日向の高千穗の靈じふる峰」
と工合的に記す
對し 天孫降臨のスタート地點 高天原はどこにあつたかは記してない

舊石器時代の遺蹟が發見された一萬一五〇遺蹟は
殆ど東北 關東
繩文時代の村の遺蹟の多くは 東北 關東
その中でも分布濃度の高さは
現在の東京山の手 千葉 茨城 埼玉南部
更にその濃度の濃さは千葉

鹿島神宮 香取神宮は
伊勢神宮よりはるかに古く創建されてゐる
つまり人口密度は 近畿より關東が上であつた
これがヒント
2019/03/19(火) 晴れ


古事記 歴史的事實の記憶


東京五輪の前年 大河ドラマ第一作目の年
高度成長路線を走りはじめた年
擔ひ手の男たちを堪能させた
白覆面の魔王(デストロイヤー) 來日
 
それから十年
少年たちを魅了させた
黒い呪術師(ブッチャー)が來日してゐた
 
ブッチャーとは英會話したことはなかつたが
リング下乱鬪で血だらけになつて 控へ室に戻つてくると
記者に笑顏で挨拶
實に愛くるしい笑顏であつた
 
「プロレス」の四文字に振り向きもせず
<天の聲>を<人の語>と僞つてゐる大手新聞が
ブッチャー・ブーム 世相を讀み解かうと
プロレス會場へやつてきた

ブッチャーが控室に戻るとき
額に色紙を押し附け“血拓”を取つた少年がゐたとの
記事が載つた
行間から せせら笑つてゐる聲が聞こえた

非暴力 平和を賣れ筋とする大手新聞 その記者には
少年らが血に飢ゑてゐることが見えなかつた
<非暴力と仲良しゴッコの檻>に閉ぢ込められ
毆り合へば血が出ることに羨望してゐた
その光景が見えてゐなかつた

古事記は 
天皇家の血で血を洗ふ戰ふ復讐劇 陰謀 暗殺
斬り殺し 切りきざみ 生き埋め
そんな實話がぞろそろ

武烈天皇の惡事も ぞろぞろ
民の姙婦の腹を割いて胎兒を見たり
民の生爪をはがし山芋を掘らせたり
桶に民を流し三つの刄で刺し殺したり
惡事を これでもかと誇張された傳承

大東亞戰爭 皇國史觀の罪 
記紀は 天皇家の正當性が目的 政治的脚色され編纂された
と 學校は教へた
學童に 墨で教科書に線を引かせた

石器 繩文 彌生 文字はない 傳承だけ
コンピューターが戰爭から生まれたやうに
文字も戰爭から生まれた
日ノ本列島自身は 文字が必要としなかつた
佛教聖典 律令制を學ぶために必要とした

編集者は 傳承を<神話>とし
天皇の惡事も殘した

古事記は 歴史的事實の記憶である

2019/03/16(土) 晴れ


繩文人の物流ネットワーク 村から國へ


力道山vsデストロイヤー戰は見てなくて
「世界」「展望」 隅々まで讀んでゐた 
受驗勉強するために出かけた図書館で

大學へ なぜ行くのか 
親の道理ではない
自分の道理が見つかつた

デストロイヤー 後年 バラエティの前進のやうな番組でみた
はじめて目の前にしたのは どこかのホテルの喫茶室
通譯擔當スタッフが來るのを待つ間 なんとなく會話してゐた
拙者が英語を話せたかと 
遲れで驅けつけて來たスタッフ驚く 

對馬海峽 東シナ海を渡つた 繩文人
大陸 半島沿岸の住人と なんとなく會話してゐた
互ひに何を話したいかを共有してをれば なんとなく會話できる

鋭利な刄ができる黒曜石
北海道白瀧村の黒曜石 いまでも有名
標高千メートル赤石山に後期石器時代の遺蹟が殘る
 遺蹟調査から 「切り出し地」「中繼地」「聚落」を分かれてゐた
中繼地で加工された黒曜石器は
交流のある地へ運ばれた そしてまた その地から交流のある地へ
繩文人は物流ネットワークを持つてゐた

日ノ本列島だけでない
日ノ本列島の黒曜石 サハリン Korea半島 Chinaで出土してゐる
繩文人の日ノ本列島外との物流ネットワークが 
自分の自畫像を描かせはじめた

太古から 日ノ本列島は村と村のコミュニティー
家族意識でつながつてゐた 
繩文人は物流ネットワークは<外>を知ることで
一つの島國 一つの國との認識を持つやうになる
國家體系へつながつていく

繩文と彌生を時代區の線で引く
學校で永く教へてきた
定住してゐた繩文人が 彌生人に以降しただけ
大陸 半島からでなく
地中海 中近東からの移民もゐた
難民ではない<移民>
日出る方角に移動してきた
陸路で 海路で

「渡來人」との名の
政治的<難民>が定住したのは ずつと後世

そのまた後世
大和{にほん}朝廷は 
隋 唐 壓倒的文明力に羨望 
同時に 脅威 國防の危機を感じ取つた

「日出づる處(東)の天子、書を日沒する處(西)の天子に致す」
の聖徳太子が編纂した『天皇記』は消失してしまふ

日沒する處(西) Chinaよりはるか昔に
日ノ本列島には 國があつた
民は 一つの島國 一つの國との認識を持つてゐた
このことを知つておかねばならぬ 
後世に殘しておかねばならぬ
皇紀二六七九年の 
武州多摩の傘貼り浪人にも 傳へておかねばならぬ

して「古事記」を編纂することを天武天皇に發案した

2019/03/13(水) 晴れ


太安萬侶は 時代を讀み解いた


週刊プロレスを 社長に發案 OK
自らを“ホテルに罐詰”
通常業務PM8時ごろ終了し
「プロレス」「デラックス・プロレス」「プロレス・アルバム」
編集長の顔を一旦閉じて
近くのビジネスホテルに直行
“記憶の遺傳子”がさうさせたのだらう

長嶋茂雄現 役引退記念號製作の際 
このビジネスホテルは まだ旅館であつた
週刊ベースボール編集部にある長嶋の冩眞 スクラップを
旅館の大廣間に 年代ごと區分けし 並べ置いた
通常の仕事を終へてから 一同ここへ集合 泊り込みで作業した

ホテルになつたが バスタブは錢湯であつた 最上階にあつた
湯に使つてゐると ガラス窓に赤い大きなネオンサインが見えた
小學館

「よくもオレを落としたな 後悔させてやる」
湯船の中で笑ふ
就職試驗は小學館 お隣の集英社 音羽町の講談社  皆 落ちた
身丈に合つた徳間書店も受けてゐた
試驗日當日 眼が覺めたのは晝過ぎ で これも落ちた

時代の精神のやうなものと挌鬪し
週刊プロレス→格闘技通信→武道通信
時代を讀み解き、そこへ讀者を引つ張つていつた
もし 小學館 集英社 講談社にゐたら
どこへ讀者を引つ張つていつたらう

「週刊プロレス」初代編集長の肩書きも忘れ 
プロレスの四文字も頭から消えたころ
初代編集長に取材が舞ひ込んだ

*以下 原本書き写しのため旧漢字・かな遣いにあらず。
その一
「武道通信」で前田日明引退試合の寄稿願った御仁からだった。編集者の義理で断れない。チャンネル桜の「週刊武道通信TV」収録後、東中野駅前の喫茶店へ足を向けた。
『(生前)追悼 ターザン山本!』 2008年4月刊(P63)
「私は編集者であって、素材は野球でもプロレスでもなんっでもいいんだ。時代の精神みたいなものと格闘し、時代を読み解き、そこへ読者を引っ張っていくことにあった」

その二
えっ、UWF まだ売れるの? とびっくり
鼎談のお二人は了解いだいているとのこと。断れば二人に無礼。高田馬場駅近くの談話室へ足を向けた。
『証言UWF 最後の真実』 20017年5月刊 (P96)
「時代が格闘技を求めていたということですよ。虚と実が入り混じった強さでなくて、杉山流の認識で「実際に自分が痛い思いをして強くなろう」という欲望が世の中にあると思った。自分自身は、「格闘技はそれほど好きでもない。「空手をやろう」とか「ボクシンやろう」なんて思ったことは一度もないが、心は時代の精神と格闘していた。日本の格闘技の源流には武士の武術があると気づき、四十の手習いで剣道、居合、弓道を始めました」

その三
週刊プロレスの本を出すので歴代編集長にインタビューしたい
週刊誌にしようと発案した初代編集長が顔を出さなければ本にならんだろう
地元ならばと国立駅前の茶房へ足を向けた。
『週プロ 熱狂とその正体』 2019年2月刊 (P24)
「(全日本プロレス取材拒否解除)完全に業界誌から脱却したと実感したし、それまでになかったプロレス・ジャーナリズムができたとファンにもわかってもられたと感じたから、自分の役目は終わったなと。奇しも取材拒否の内容証明が届いた時から「格闘技通信」というコラムを1ページで連載して、次は格闘技の時代へ引っ張っていこうと思っていたしね」

「古事記」の編纂者(編集者)太安萬侶
八世紀はじめの時代の精神みたいなものと挌鬪し
時代を讀み解き そこへ讀者(國民)を引つ張つていかうとした
それが「古事記」 
つづく
2019/03/10(日) 晴れ


日本武道具さんへ一筆啓上


袂と袖
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/03/07(木) 雨


日ノ本の男のY染色體

  
伊豆東海岸で泳いでゐて氣づかなかつたが
日ノ本列島は いまも動いてゐる
海のプレート 太平洋プレート フィリピン海プレート
陸のプレート 北米プレート ユーラシアプレート
これらプレートが接してゐる境界にある日ノ本列島
面白い いや奇蹟の列島
 
日ノ本が大陸に別れを告げ 列島になつたのは
凡そ一萬三千年前
いまの高さの富士山は 凡そ一萬二、三千年前の噴火で出來た
 
熊さん八さん 長屋のおかみさんたちに
大名の下の「お國」ではない
近代國家日本をシンボライズさせる道具として
明治政府が富士山をつかつたなど淺智慧もいいところ
富士は日ノ本の象徴 一萬年前から日ノ本の象徴
 
とは云へ 吾ら祖先は 一萬三千年前から
日ノ本列島に人が暮らしはじめたはけではない
凡そ三萬年の旧石器時代の遺蹟が發見されてゐる
十年前の集計では一萬一五〇遺蹟
朝鮮半島での舊石器時代の遺蹟は五十程度
 
ユーラシア大陸 東の端つこには人があふれてゐた
人は本能的に日出る方角に移動していく
アフリカから出發して東へ東へ
陸上だけでなく海上からも東へ東へ
 
ジィジからパパ、そして孫の男兒へ受け繼がれていく
男だけのY染色體
民族の支配と從屬の歴史の科學的證明
 
Y染色體に八十種ほどの遺傳子がある
パターン配列では 日ノ本男子はD2タイプ
Y染色體の中でも特に古くからある系統
 
世界の中でも珍しい遺傳子セット
アジアでは壓倒的に日本人に多く
China Koreaには まづいない
 
岡倉天心さんの「アジアは一つ」
西洋に劣らない東洋の尊嚴 その心意氣は立派だが
最新の遺傳子解析で否定されてしまつた
 
これが八〇年前にわかつてゐたら
第一次世界大戰 對岸の火事での儲けが忘れられない
財閥 庶民も戰爭しろしろと 軍部をけしかけることもなかつた
「大東亞戰爭」はなかつた
いやいや假定のハナシをしてもせん無い
 
驚くことにD2タイプ
地中海から中近東、南部イタリア人にもある
古代ユダヤ人ともつながつてゐる
 
日出る方角に移動してきたのだ
陸路で 海路で
 
2019/03/03(日) 薄曇り


天孫降臨は 天からでなく海上移動


【『週プロ』黄金期 熱狂とその正体】
インタビューを受けた関係者諸氏 
書店で手にした諸氏
その中に一人や二人はハタと気づいたやも知れぬ
プロレスの神様が杉山を天孫降臨させたんだと(呵々)

『古事記』『日本書紀』に「天孫降臨」の文字はない
初出は明治十年 文明開化でのキリスト教感化
天國は天空にある 神は空から降りてくる 

で 吾らが讀む現代譯は すべて「天孫降臨」
「日本書紀」の神代卷に関係ない十四卷
「垂降臨」{いでまさへ}が出てくるだけ
「神仏が天降る」ほかに「人様が來訪する」の意味もある

ここでしっかり 頭に叩き込んでおかねばならない
「古事記」「日本書紀」は
歴史の事實の記憶である傳來の口承を
漢字に 音讀に置き換へただけ
「垂降臨」もさう 「天」もさう

「天」は口承では「あま」「あめ」「あも」
「あ」の変化形で読んだ

「古事記」の冒頭の「高天原」
編纂者の太安萬侶 「天」は「空」の意味でない
後世の吾らが 勘違ひしないようにと かう注釈をつけた
「訓高下天云阿麻下效此」
現代譯
「高の下の天は“あま”と讀みなさい 以下 これに準じなさい」

太安万侶 吾らの祖は
海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}であると教へてゐる

仰向けになつて 海に身を放つとき
空と海は一線上に合體してゐる
天と空は一つだと納得する

「天降る」は「海降る」
垂直でなく平行
海上を移動して「高天原」から
日向の海岸に降りた

2019/02/26(火) 晴れ


孤高の文明なる所以{ゆえん}


昨年夏 孫家族らと伊豆東海岸の温泉町へ
海水浴場 ココから沖へはいかないで と
黄色の浮き玉で繋がれたラインがある
 
ラインを越えると 監視員のお兄さん
危險ですから戻つてくださいと マイクでアナウンス
 
温泉町の海水浴場のラインは意外に近かつた
ラインを越え 五十メートルほど沖へ
監視員のお兄さん マイクのアナンスはない
仰向けになつて 東伊豆の海に身を放つ
 
二千年前の前漢の大陸人
こんなこと絶對しない

『史記』に「鴻門之會」と云ふ件{くだり}がある
「生の豚肉を食べる」とは
「自殺する 間違ひなく死に至る」の意味
同義語に
「東の海に身を放つ」
自殺行爲である
 
戰火を逃れて 亡命で 東シナ海を渡つた
などなど嘘つぱち
東の海に漕ぎ出しても よくて 日ノ本沿岸でドザエモン
 
アマテラスの孫 ニギニギノミコト
おばあちやんの命で三種の神器をたずさへ天孫降臨した
宮崎縣伊勢箇濱
Chinaの難破船が十六年ごとに漂着 地元の傳承
 
葦原の中つ國を治めるために
高天原から日向國の高千穗峰へ天降(あまくだ)つた
無事、東シナ海を渡ることができた
大陸からの海神族の歸還者

これが四大文明と称される
メソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・黄河文明
大陸族文明ではない海洋族文明 
日ノ本文明が孤高の文明なる所以{ゆえん}

今年 皇紀二六七九年
二六五六年たつて 
ようやくと毛唐の國際政治學者センセイ 氣づいた
『The Clash of Civilizations and the Remaking of World Order』でこう云ふ
「一國で成立する、主觀的な自己認識を持つ孤立文明」
2019/02/23(土) 晴れ


鳥居の起源は 海神族にあり


立春の翌々日
武州 久しぶりの雨の恵み 
海人{あまびと} 雨は 恵みであつたらうか
恵みであつた 筏 丸木舟の木材の恵みであつた

雨がふるふる 雨見て 視聽する
ピーナツをかじりながら とまらない とまらない 
繩文人 くり・どんぐり・くるみ をよく食べてゐた
ピーナツ頬ばり 繩文人氣分に滲る

【討論】表現者クライテリオンスペシャル「日本の自死」[櫻H31/2/2]
https://www.youtube.com/watch?v=QLm78cpJaNg

拙者の持論
「日本の自死」は 明治九年「廢刀令」

イザナギ イザナミ 天浮橋{あまのうきはし}(筏)に立ち
矛で混沌をかき混ぜる 
島が生まれた 淡路島 四國
凡そ約九千年前   

海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}の祖が
黒潮に乘つてきたのは凡そ三萬五千年前 
海人の崇める海神(祖先神)の子孫たち
瀬戸内海上の島々發見は ずつと後のこと
瀬戸内海は一番遲い航路

瀬戸内海に祀られる神社 ずべて
神武天皇以降に遷坐された
淡路島 四國 瀬戸内海
海神{わたつみ}の祖神の發祥の地
ではないことは云ふまでもない

「古事記」は なぜ嘘をついたのか
天皇家末裔に何を傳へたくて書かれたのか 
當時の皇室 豪族はわかつてゐた

イザナギとイザナミの子
アマテラス 太陽は 母系の海神{わたつみ}の第一の信仰
ツクヨミ 第二の信仰は月 
人間の生と死の時刻が滿潮と干潮と關係がある
スサノは 大陸南方からの 海人の歸還兵
戰{いくさ}が上手 

「古事記」は
天孫族と海神族は 同一の血族と傳へてゐる
皇室 豪族はわかつてゐた

農耕は天孫族 海洋交易は海神族
役割分擔でシャンシャンシャン
約束事を 物語 神話にした

神道のシンボルとされる 鳥居
出航から歸港するまで安全無事を祈る
海神族の祈りの鳥居
船形埴輪の船首と船尾 垂直に反り上がり二本の横木が通されてゐる
鳥居の起源はこれ
2019/02/16(土) 晴れ


日本武道具さんへ一筆啓上


身の丈
http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-4..html
2019/02/12(火) 晴れ


天孫族は 海神族と大陸人の混血


郷里の千本濱 砂濱でなく 石濱
小指ほどのものから 拳 掌サイズまで
海水浴 アッチ・チ・チと
燒けた石を踏んで 海水までたどりつく

一萬年前の噴火で
いまの高さの富士山に
南側に流下した熔岩は駿河灣に

一萬年 波に もまれて もまれて 丸くなる
石濱に寢轉がり 波の音をきく

砂濱の サッー サッーでない
ザー ゴロゴロ ザー ロゴロロ 
心地よい 一萬年の響き

水稻 漆器 だけでない
龜の甲羅を燒いて占ふ龜卜{きぼく}
大陸發祥説とされる が
龜の甲羅も日ノ本から

大陸發祥説
騎馬民族説と同じフェイク
騎馬民族説だとしたら
和馬はみな去勢さてゐたてゐたはず

起源前千年
大陸人は海は苦手だ 怖い
海に潛るなど野蠻人 倭人だとする
命がけの渡航などしない できない

「魏志倭人傳」
潛水して魚介類を捕まへる民を異物と見てゐる
蔑んでゐるから倭人

龜の甲羅をChina大陸に運んだのは
海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}
航海術に優れた繩文人
壹岐 對馬が中繼港

巫女も同行した
海神{わたつみ}が好きなのは 男より女
海人の海神は太陽
アマテラスは女

ときはグーと下つて
江戸開闢
儒學のセンセイが「士農工商」を輸入
「士農工商」
China大陸 紀元前千年の用語
紀元前千年 Chinaには漁民はゐなかつた

南の方には少しはゐた
が 非人 人に非ずで「士農工商」から漏れた

海峡を渡った縄文の海人{あまびと}
漁業ができる大陸海沿いに生活した
黄河を上ったりもした
漁業を教えた 船の作り方も教えた
当然 男女の睦はあつた 混血が生まれる

士農工商だって 肝心な漁がないぞ! と
津々浦々の海人の末裔は 江戸城へデモしなかつた
「士農工商」など知らなかつた 誰も
知つてゐたのは 儒學のセンセイたちだけ

明治政府 「士農工商」を學校で教へるやうにした 
幕府は人權無視のヒール 明治政府は人權派のベビーフェイス

「津々浦々」  辭書で引く
いたるところの津や浦  あまねく 全國
江戸の「士農工商」 知つてゐた
日本列島は 
海神を奉じる海人の末裔の國

それに出戻りの 帰還の天孫族がかぶさった
天孫族には 海神族と大陸人の混血もいたろう
が 天孫族の男は 海神族の男と同じY染色体
2019/02/09(土) 雪


イザナギ イザナミの天浮橋は筏だつた


中學二年のとき 
體操部から郷土研究部へ移つた
體操部の長時間練習に
家人がシンナガヤ(新長屋=裏店)の子 
體操部キャップテンに掛け合つて辭めさせた
表店は裏店に對して上から目線
江戸の世の記憶の遺傳子は消えてはゐなかつた

郷土研究部で登呂遺蹟へ 實習研修

倭人(繩文人)が大陸から運んできた水稻米が
日ノ本で忽ち普及したのは
水路を使つて舟で水稻米を運んだからだ
日本列島の地形の成せる技

石器時代 駿河國海岸線は ほぼ海の中 
徐々に隆起し沼地に 
母の郷里は 登呂遺蹟から東へ  車で一時間ほどの浮島町

母の實家へいつたとき 雨が降ると まさに浮島
バス停がある國道まで 祖父の背に搖られた
記憶の引き出しにしまはれてゐる

登呂遺蹟のやうな 水田の近くに住まうとすれば
乾いてゐる地 すなはち砂地に住まなければならない
水田も耕作してゐないときは水を落として乾くやうにしてゐた
したがつて
水田農耕の技術を持つ海神族は
海上を住居にしてゐた
筏を組み 牀や小屋を作つて家族ともども暮らしてゐた

山部赤人 あの歌の元歌
田兒の浦ゆ うち出て見れば眞白にそ 不盡(ふじ)の高嶺に 雪は降りける
旅の途中 筏舟に泊まつたのである
翌朝 筏舟から詠んだ歌である


繩文時代より造船の地だつた西伊豆
枯野船 伊豆手船は
全長三十メートル 百トン以上の大船
伊豆から難波まで囘航
応神天皇が朝夕使ふ清水を汲む業務に就いたと「日本書紀」にある
崇神天皇に獻上した巨船の建造地
西伊豆町仁科の入江の鍛冶屋濱の地名が殘る

西伊豆から見た富士山が日本一
とするのは
拙者の色濃いルーツは
海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}だと思ひ込む

伊豆半島のみならず房總半島 紀伊半島 牡鹿半島 津輕半島から
四國南岸 鹿兒島半島 北九州 
そして出雲 能登半島 男鹿半島へ漕ぎ出したにちがひない 
海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}にちがひない

日本神話では まだ日本の島々が存在せず、海しかなかつた原初のころ
イザナギ イザナミが天浮橋{あまのうきはし}に乘つて海をかき囘した
ハシとは水上をつなぐ道具の意味
轉じて水上を運搬する道具 つまり舟のこと
天浮橋は 筏ったのだ

天孫ニギニギノミコトが高千穗峰に下つてくるときも使つた
天孫ニギニギノミコトは大陸から舟で來た
天孫族は 海神族の歸郷であつた
2019/02/06(水) 曇り


日本列島に つくづく感謝する


拙宅 武藏臺遺蹟の上に建つてゐる
三萬年前の神津島産の黒曜石が 武藏臺遺蹟で發掘されてゐる
ガラス質の火山岩 黒曜石は火山の島日本列島は豊富
黒曜石は古代における日本刀 最高に鋭利な刄
黒曜石の刄の斧は 丸木舟づくりにかかせなかつた

隱岐島 姫島 白瀧産の黒曜石が
大陸の遺蹟から發掘される
いまの世の科學的に考察する考古學では
産地も 年代もわかる

丸木舟では潮の流れが速い東シナ海は渡れない
操船術レベルが高かつたとしても
小さくとも安全に航海できる舟はつくれたのか

旧約聖書のパピルス籠やノアの方舟の防水に使はれた
瀝青{れきせい} 天然アスファルト
モーセより早く 繩文時代にすでに使はれてゐた

繩文時代前期の 三内丸山遺蹟{さんないまるやまいせき}から
籃胎漆器{らんたいしつき}が出土
樹木や竹のひごを編んだ籠にベンガラ漆を塗る
發掘者は 編み込みの技術力に驚歎した いまの世と變はらない

丸木舟 瀝青 籠
この三點セットで
東シナ海を渡つた

船底は丸木舟
上に堅く編んだ籠を二重三重にして乘せる
ふたつを瀝青で表裏を塞ぐ
船を長くし 一部密閉室つくる
これで荒波を對處する

黒曜石と瀝青
日本列島の産に感謝
素材があつたからこそ技術力が育まれた

つづく
2019/02/01(金) 晴れ


「杉山」だらけ


小學校 中學校での教室で
先生が「スギヤマ!」と呼ぶと
「ハイ!」と同時に 二人は答へる
クラスメイトが呼んでも同じこと

駿河國西伊豆の根つ子の
郷里には杉山の姓が多い

高校のときは同じクラスに三人いた
互ひに「ヒデオ」「○○○」「□□□」と
姓でなく名で呼び合ふ 級友も同じく
幼年からして個人主義が芽生えた(笑)

郷里の狩野川の上流に
杉山城との山城があつた 戰國の世の前からあつた
郷里の杉山の姓はこのへんからか
老中松平定信 米利堅(メリケン)は必ず伊豆下田から攻めてくると
杉山城の補強を命じた
が さずがの定信も 
大砲を積んだ海蒸氣の黒船で來るとは讀み切れなかつた

特急・黒潮に乘つてきた海人{あまびと}
丸木船の材によい杉の山を見つけると上陸した
狩野川をのぼり山に分け入つた
古代は
水量豐かで川船が頻繁に上り下りし 
筏流しが行はれてゐた「川の道」
狩野の地名は 語の本來の音がなまつて
枯野→輕野→狩野

伊豆の古代船は「かの」と呼ばれた
世界のカヌーの語源ではないかとの説 たぶんさうだらう

前囘の話のつづき

漆器 寶貝だけでない
絲魚川産の翡翠や
隱岐島・姫島・白瀧産の黒曜石が
大陸にない大陸の遺蹟から發掘

海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}
海洋民族の倭人 繩文人は
どのやうな船を操つて大陸へ渡つてゐたのか

石器時代までさかのぼろう
神津島と伊豆半島間を行き來した舟
動物の骨 内臟をくり拔き
皮袋を風船のやうに膨らました數個の浮袋に
小さな竹を組んだイカダ

途方もない時間の流れは
特急・黒潮を逆行できるまで
渡航術を磨いて行き、舟の改良を重ねてきた

その證據が
三内丸山遺蹟{さんないまるやまいせき}から出土した
籃胎漆器{らんたいしつき}
北海道・青森・秋田をはじめ全國の遺蹟から出土した
瀝青{れきせい}(天然アスファルト)

つづく
2019/01/27(日) 晴れ


天孫族は 海神族の大陸・半島から歸還者


天孫族と海神族の和合の證の神社の はじまり とは…………
はじまりまじまり ♪テテンコ テンテン

China大陸の水稻種は八種類
その中から二種類の上質米だけを日本列島に運んできた
日本列島の風土や 日本列島の住人の味覺に合つた水稻米を選んだ
選べたのは 日本列島に運んできたのが倭人(繩文人)だからだ

水稻種は長江下流域に住んでゐた
對馬海峽を渡つたる海人{あまびと}
Chineseが云ふところの
海に潛るのが得意な 入墨をした野蠻人
倭人が海を渡り運んできた
學術的に云ふところの繩文人が
日本列島に水稻種を運んできた
倭人 繩文人は
海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}

Korea半島の水稻種は七種類
日本列島で尤も多く栽培される優良米の一種類だけ
Korea半島にはない
水稻の朝鮮半島經由説はフェイク・テキストブック(似非教科書)

Chineseが戰禍を逃れ稻を携へて渡來しともフェイク・テキストブック
水稻栽培は古代からあつた 古代の話だ
陸地育ち Chineseの渡航能力は まだたかがしれてゐた
潮の流れの速い東シナ海は渡れない
舟のつくり 航海術はよちよち歩き

水稻だけでない
凡そ三千年前  China大陸の遺蹟から
棺桶の塗料として用ゐられてゐた漆器の一部が發掘された
漆器はChinaが發祥地とされた 
漆器の技術は漆木と共に大陸から日本へ傳はつた
これもフェイク・テキストブック

それよりさかのぼること九千年前
繩文時代前期の漆器が見つかる
漆木のDNA分析で
日本の漆木は日本固有種であることが判明
海神を奉じる海人が
對馬海峽を渡つてChina大陸へ運んだ

さかのぼること 紀元前千年ごろの殷王朝の高額貨幣は
沖繩、伊豆八丈島産の寶貝
繩文人(倭人)が輸出した

技術や文化は何でもかんでもChina大陸 Korea半島からとの
フェイク・テキストブック 誰が作つたか知らぬが
DNA分析と云ふいまの世の神の目で化けの皮はがれていく

大陸からの民が天孫族もフェイク・テキストブック
對馬海峽を渡れた大陸人は 運のよいほんの一握り
倭人(繩文人)に對抗するやうな一族にはなれぬ

おわかりだろ
天孫族は 海神族の大陸・半島から歸還者

つづく
2019/01/23(水) 晴れ


熊野神社だらけ


花の名が覺えられないひとに 摘んでほしい
と 花は云ふ
私は 自分の名など知りません
と 花は云ふ

草木(植物)の心を 言葉で聞き取れるやうになつた
死の境界に片足を踏み入れたのか 百歳は無理か(呵々)

もとい! また神社のハナシに入る

沼津驛から北へ 新幹線高架線まで行かないところに
熊野神社が二つある
沼津市の隣の清水町にも三つ

更に伊豆半島は熊野神社だらけ
伊豆の突端の石廊崎 その最突端の熊野神社
から 伊豆の國まで熊野神社だらけ

富士市 掛川市 靜岡市 濱松市などなども
むかし風に云へば 伊豆 駿河 遠江
熊野神社だらけ

南方から黒潮に乘つた海人{あまびと}が 
あたらしい地を求めた海人が
伊豆半島の先 下田に丸木舟を乘りあげる
下田にぶつかつた黒潮の支流が駿河灣に流れ込む
駿河灣沿岸にも丸木舟を乘りあげる

何萬年前の 石器時代のハナシだ

當然 紀伊半島の先つぽにも漂流
熊野神社のはぢまりは 海神{かいしん=わたつみ}
南方から黒潮に乘つた海人の祖先神

ときが流れ 繩文の世も流れ
熊野神社は
海人 山人 里人の三神となる
天孫族と海神族の和合の證の神社となる

つづく
2019/01/16(水) 晴れ


神佛混淆


郷里の生家前の旧東海道沿ひ
東へ一町半ほどのところに淺間神社
「おセンゲンさん」と 大人も子供も呼んでゐた
坂上田村麿を祀つてあると謂れから諸大名が參勤交代の折 參拜した

明治政府の神社格附け統合整理で
生家から北西へ 四町ほどの丸子神社が
おセンゲンさんに合併される
江戸の世までは津々浦々に
凡そ二十萬あつた神社は半分に

鳥居扁額と拜殿扁額
左に淺間神社 右に丸子神社の名
本殿の扉は二つあるさうだ 見たことはない
郷土民の神道管理の國家神道への抵抗だつた

おセンゲンさんの本殿の脇に小池があつた
濱のカンノンさんの縁日で買つた小亀が大きくなつたので
祖母が酒(お神酒)を飮ませ 腹甲に釘で「頴男」と刻んで池に放つた
このときの記憶は 動畫で記憶の引き出しにしまはれてゐる
手から離された亀が四本足をバタバタさせて泳いでいく

小學生ながら 萬年は生きなくても 
せめて百年は生きるだらうと確信した(呵々)

濱のカンノンさん とは千本濱近くの長谷寺
春の觀音大祭 120反の帆布で作られた大觀音曼陀羅の開帖
昔々 航海の難所 熊野灘 遠州灘からの無事歸還の禮にと
船主が奉納
船の命の綱 帆に靈像を冩して奉納したことから始まつたとの謂れ

生家の裏庭にお稻荷さんの小さな祠
江戸の世 商人が暇な二月に餘寒と不景氣を拂ふ祭りにしたことから
商賣繁盛の神樣に

お稻荷さんは元來 土地の守護神
一所懸命の武士の守護神
武士の屋敷 大小關はらず祀られてゐた
大身の武家屋敷では 嫡子が稻荷神社の前で太鼓を叩き
出入りの町家の子らが集まり 女中からお供への團子が配られた

神佛混淆 神佛習合
異文明との衝突からの日ノ本の祖先の智慧
文明の衝突から受け身をとる して立ち上がる
これ 日ノ本の祖先の智慧
2019/01/10(木) 晴れ


日本武道具さんへ一筆啓上


衽{おくみ}
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/01/06(日) 晴れ


國家神道とは なんであつたか


毎とし
ささやかな門松を ちつちやな門柱に飾る
毎とし
松の枝を傳はつて神さまがやつてくる
幼い孫たちにさう傳へた
きのふも
デカくなつた孫たちに さう云つた
正月は 俄{にわか}神道信者にさせる

山すそ、海邊の祠には 
眞新しい注連繩が張られてゐるだらう
社{やしろ}は大小 數え切れぬほどある
前に立つと 俄{にわか}神道信者になる
經典など小難しいものがないからであらう

弓矢・武道の神と信仰されてきた八幡神
名のある神道學者の調査では
八幡信仰に分類される神社は八千弱 
全國一の多さ 

那須與一が屋島で祈つた「八幡大菩薩」は
神佛混淆

明治元年 神佛分離令で廢佛毀釋
寺院 佛像の破壞 僧侶への還俗強制
が 千年の神佛混淆に勝てず
國家國民の宗教化は失敗

神道は宗教に非ず して 國民道徳化へ 
一度死んだはずの儒教が忍び込む

國家神道とは なんであつたか
2019/01/02(水) 晴れ


大東亞戰爭とは なんであつたか


元號<平成>最後の
武道通信かわら版 

お知らせに
電子書籍「読書余論」三卷<96〜143>
發賣の知らせ
ネット讀本「読書余論」一卷二卷三卷 集成版が揃ふ

兵頭二十八 軍學者は 
なぜに 「読書余論」を書きはじめたのか
自身の目的はなんであつたか

[この本]
を讀まねば 先に進めない
ではなかつたか

大東亞戰爭とは なんであつたか
自身の中で解明されなければ
先に進めなかつたのではなかつたか

いつしか
大東亞戰爭史・軍事以外の本にも伸びる
他國の文明史・戰爭史・思想史から
文學・宗教・武道……
そして IT AIに
新刊『米中AI戦』
読まれた御仁はおわかりだろう

拙者の 被選舉權行使で
スピーチライターを買つて出てくれた年 2001年刊行
『パールハーバーの真実』
大東亞戰爭とは なんであつたか
軍學者の視點で見拔いたから書いた 

昭和二十一年生まれ 敗戰後少年
敗戰後少年の視點で
大東亞戰爭とは なんであつたか
解明できぬと前に進めぬ
大東亞戰爭とは なんであつたか
が解明できぬうちは死ねぬ

大東亞戰爭とは なんであつたか
GHQの 敗戰後マスメディアの
大東亞戰爭とは なんであつたか
を鵜呑みにしてゐる
「思想操作に氣附かぬ 自信滿々の年配者たち」
はいつでも死ねる うらやましいかぎりだ

元號<平成>最後の 忙中閑あり 末尾に
★おのおの方、良いお年をお迎えくだされ。
2018/12/23(日) 晴れ


OLD 


Colorful Diary Falcon World