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鐵は 海を渡つて來る 前にあつた


二十路{ふたそじ}入口
郷里した折 
隣町 三島大社刀劍展
名刀と稱される 刀劍を目の前する
「光の影と沈默と」
言の葉が肩の上に舞ひ降りた

四十路{よそじ}に入らうとしてゐたころ
はじめて 卷いた疉表を斬つた
「ザッ」

日本刀 握る手に 響いた
卷いた疉表を斬つた 音「ザッ」 ではない
爐の中で燃え盛る火の音
脳を通しては 聞こえぬ音

Y染色體DNA スイッチON

繩文人の
海彦の釣り針 繩文人の山彦の鏃
鐵であつた

岩手縣 小鎚・新山高原の明神平
カキ殼の附着した鐵滓{てつさい}(ノロ) 出土
昭和から三六〇〇年前頃 キリスト紀年一六〇〇年前

古代東北 餠鐵{べいてつ・ もちてつ}
純度の高い磁性に富んだ磁鐵礦石 磁石につく
東北地方 餠鐵は無盡藏にあつた
令和の御代でも河原で拾ふことができる

餠鐵 碁石の二、三倍 大きいのはジャガ芋ほど
川原の小石と變はるところはないが 色は黒く
持つてみると石より重い
純物が少なく鐵にしやすい

繩文人 風の強いところで盆状の野燒爐を造る
細かく碎いた餠鐵 カキ殼に入れて火をかける
日ノ本列島 薪は豐富 炭が使はれてゐた

還元された鐵を取り出す
鏃 釣り針をつくつた
タタラ製鐵以前の繩文製鐵

「古事記」 
「眞名鹿の皮を全剥にはぎて、天羽ぶきを作る]
一枚皮のフイゴがあつた 
製鐵 既にフイゴが使はれてゐた
大陸でも まだ製鐵は行はれてゐないときに

正倉院にある「舞草」銘の 日本刀のルーツ
岩手縣一 ノ瀬の舞川近くの餠鐵からつくられた

大量な鐵劍が必要となる
餠鐵 何度も何度も叩いて細かく割る
手間がかかる

砂鐵は細かな粒子
ヤマタノオロチ 登場
斐伊川{ひいがわ}の砂鐵
はたたら製鐵 はじまる

戰ひに強い鐵劍を必要とする世となる
一つの部族が勝つためでなく 
和を亂す部族を壓するため
「倭國大亂」(魏志倭人傳) が鎭火したはけ
劍が三種の神器の一つになつたはけ

大陸 半島に[日本刀]は出現しない
繩文製鐵があつたから
何千年の鍛冶の試行錯誤があつた
ユーラシア大陸西端にも出現しない
文明史上最高傑作の刄物 [日本刀]出現したはけ

鐵は 海を渡つて來る 前にあつた
冶金も 海を渡つて來る 前にあつた
2019/07/14(日) 雨


ファミリー・ヒストリー


八十に屆かうとするとき 
突然 腦卒中 不歸の客となる

待ち合はせ時間 二時間過ぎても 來ない
携帶電源入れてない 卓上電話 出ない
交番へ通報
第一通報者 奇しくも拙者

第一發見者(妻)を持つことはなかつた御仁
エンディング・ノートなど無縁な御仁だらう
驅けつけた弟君 さぞ難儀だつたらう

エンディング・ノート 
つけておかうか
DNAの項目 あるのだらうか
Y染色體の項目 あるのだらうか
ないだらう やめておかう

大家と云へば 親も同然 子も同然
編集屋にとつて 讀者は子も同然

子らに 拙者のY染色體を語つておかうか
ハプログループとかの Y染色體ナニナニ型でない
菩提寺過去張 杉山家の墓石から探つた
手に屆く 拙者のY染色體 

ご先祖さんの墓石 二基
一基は江戸モノ 亡父が再建石した
片方もう一基  大正モノ
亡父 立て替へようとしたが
亡父 立て替へようとしたが
年代モンで大事だから止めとけ の意見に從つた

丸に三つ柏の紋所 下に
戒名 三つ並ぶ

歳食つて 武士モノを著はすやうになり
杉山家の紋所 氣になりはじめる

過去張のはぢまりは 天保
旧東海道沿ひで商ひをしてゐた
さもない商家の紋所 丸に三つ柏 
腑に落ちない

また歳食つて 郷里の材で 何か書かうか
持つてコイ みつかる
「沼津兵學校」
かつての幕府の叡智をつぎ込んだ
數學 外國語 當時隨一のレベル
かつての倒幕派 薩長土肥の若き秀才も集つた

主人公 沼津兵學校へ入學した 元幕臣
在郷の娘と戀仲になる
主人公 娘に 
本邦初譯 沼津兵學校教科書にある
イソップ物語 アラビアンナイト 語つて聴かす
いつしか ふたりに子ができる

千本濱 松の枝 濱風に搖れる 音
「ヒュー ヒュー」
焔{ほむら}を煽る

Y染色體DNA スイッチON

NHK助つ人無しで
ファミリー・ヒストリー

拙者のY染色體の[顏]がみえた
三つ並ぶ戒名 向かつて 右から
曾祖母
曾祖父 
曾々祖父 

曾々祖父 長岡藩主牧野家の縁筋
曾々祖母の婿となる

拙者のY染色體
過去帖初代と無縁

曾々爺祖父
曾々祖母の妹 越後へ嫁がせる
妹の足取り 途絶える
NHKさんも 無理だらう

杉山家 新Y染色體の五代目となる
杉山家の祖とは切れてゐた
過去張にある杉山家の祖のY染色體
ここで途切れたが
どこからきたのだらう

明治期にあつた「家」
現在“存命”三割切るさうだ
ましてや 
男子直系の「家」 なかなか難しい

[武門]が絶滅種となつた いま
男子直系の「家」 殘す意味ないか
天皇家だけで よいか
Y染色體 奇蹟の列島と證として
2019/07/10(水) 曇り


日本武道具さんへ一筆啓上


武士モノを著はす拙者にとつて、【天正】【承久】につづき、もう一つ気になる元号がある。 【応仁】
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/07/07(日) 降ったりやんだり


卑彌呼らシャーマン 海彦らの娘


矢竹を折り
地べたを掘り返し つかまへたミミズ
拾つた空き罐に入れ
沼津港の堤防へ
大人が忘れていつた 釣り絲 釣り針
小魚の一群が見える海面に
釣り絲を垂れる

後年 釣船なるもの はじめて乘船
小雨 波高し 
暗い海面に垂らした釣り絲
無反応

どのくらゐたつたらう
「コトン」
暗い海面に垂らした釣り絲の先で 
「コトン」

釣り竿 持つ手に 響いた
地球が廻轉する音 

Y染色體DNA スイッチON

海彦 
地球が廻轉すること 
知つてゐた
地球が廻轉するから
太陽は 
海から登り
海に沈む

海彦 丸木舟で渡航の達人
伊豆諸島 神津島の黒曜石を 
關東 中部の海岸聚落へ運ぶ
遠路航海 水補給などできる陸地
いついか寄港地 港の聚落が生まれていく

繩文人の海彦
南シナ海へ漕ぎ出し 大陸に渡つた 
寄港地 倭人の聚落が生まれていく

彌生人の海彦 
諸手船{もろたぶね}で
伊豆八丈島産の寶貝 
絲魚川産の翡翠 
隱岐島・姫島・白瀧産の黒曜石
南シナ海へ漕ぎ出し 運んだ

長江河口 河姆渡遺蹟出土 七千年前の漆椀
made in日ノ本列島
海彦が運んだ

『魏志倭人傳』 「男子皆黥面文身」
鯨{げい}とは 眼の緑の入れ墨 
倭人だけ 他の海洋民にはない

眼に 海神{わたつみ}の力を宿す
人から神に
人を消す

任侠道の刺青 おいらの生きざま
いまどきのタトー おいらのアート
人の自己顯示

女シャーマンを王とする
他の海洋民にはない 倭人だけ
日ノ本列島 數多く部族
王であつた女シャーマンがゐた

卑彌呼らシャーマン 海彦らの娘
2019/07/02(火) 雨


海彦 山彦 田彦


はじめて 手にした携帶電話
着信音 「海行ゆかば」   
信時 潔
晩年 となりまち 国分寺で暮らす この地に沒す

驛メロが流行りだしたころ
国分寺驛メロ 市民から候補曲募集
氣骨ある御仁 「海行ゆかば」 を舉げた
例によつて 例のごとし
例の奴らが猛反撥
「電車ごつこ」に落ち着いた

郷里 千本濱 
繰り返す 波音 
♪海行ゆかば 水漬く屍
山行ゆかば 草生す屍
口ずさんでゐたら
Y染色體DNA スイッチON

わかつた
大伴家持 歌人である前に 武門の出
戰さの段取りは 知つてゐた
まづ 海戰があつて 苦戰の集團
陸にあがつてから 再度 挑む
戰ひのはぢめは 山でなく 海

さうか 
兄だから 海彦 
弟だから 山彦

アフリカを旅たち 日ノ本列島一番乘り 
海神{わたつみ}を奉じる集團 
巧みな航海術 貝文土器を携へた海洋民
海彦集團  C系 C1Y染色體

二番手
母體(=胎兒)を神として奉じる集團
狩獵採集民 
山彦集團 D系 C2Y染色體

一萬餘年 日ノ本列島に暮らし
共に太陽{アマテラス)も奉じる民となり
兄弟となる

ずつと遲れて 三番手 三千年前
稻を神として奉じる集團 
春秋戰亂 嫌氣がさして 大陸逃亡

渡來人に非ず
O系 O2b染色體とは別

大陸に漕ぎ出した倭人(繩文人)
長江流域に留まつた倭人
水稻を持つて歸つてきた

陸稻栽培プロの倭人
日ノ本列島と相性が良い水稻米を選んだ
稻DNAの「D」も知らず 知つてゐた

大陸人 南シナ海 渡る渡航術はなかつた
稻は半島から 稻DNAで否
大陸から移動した半島人 東シナ海 渡る渡航術はなかつた

三千年前 日ノ本列島 
海彦 山彦に それに
水稻を持ち歸つた 
元倭人 歸還集團 
田彦 

仲良く仲良く 暮らしたとサ
とは ゐなかつた
2019/06/27(木) 薄曇り


スギヤマ どこを見てゐる


教室 廊下側 窓ガラスの上の壁
日本史年表 貼られえてゐる
縱30cmほど 横は どのくらゐあつたらう

見上げた 記憶の角度からすれば
中學一年でない 三年でもない
中二の教室
ひねもす 年表を見てゐた

木村センセイ 暗誦したのは コレか
神武から一つ二つ 數えはじめる
元號二四六個

「スギヤマ どこを見てゐる」
元帝國陸軍士官學校卒の竹刀  面!

それでも
ひねもす 日本史年表を見てゐた
神武天皇から一つ二つ 數えはじめる
一二四人

明治 大正 昭和しか知らない 凡庸な中二
天皇の數より 年號が多い 
と訝る

「スギヤマ どこを見てゐる」
面! 二本決まる 

GHQ教育基本法を叩きこまれた
若い女のセンセイ 
「スギヤマくん どこを見てゐるの」

中二のオレ どこを見てゐたのだらうか

日本史年表 何度も何度も 素通りしていくと
天皇が
得體が知れないものに見えてきた
のではないか
2019/06/24(月) 雨


Somethig Great


目覺める 牀の上 仰向けのまま 腸を搖する
腸 目覺めさせる
腦より神經細胞が多い 腸を まづ目覺めさせる
それから<RhマイナスA型 活性運動>
コレ門外不出の祕法
RhマイナスA型にしか傳授しない

枕元 積讀本に手をのばす
わがまち 唯一の本屋 ブルーバックス賣上ナンバーワン
『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』

ゲノム研究者も
まだ氷山の一角だけでの成果だけでも
ゲノムの摩訶不思議さ 神祕さ
Somethig Great

異國のゲノム研究家は氣づいた
ニッポンのミカド 男系繼承のわけ

アフリカ旅立ちの三血統の末裔
日ノ本列島だけに
現在でも共存してゐる 生活してゐる
摩訶不思議さ 神祕さ

[和(wa)] つくり得た
リーダーの血脈を永久に殘していかう
古代のJapanese 智慧
DNAのD字も知らなかつた
古代人の靈性 であらうか

異國のゲノム研究家は氣づいた

多樣性こそ 新たな價値を生む
神を信じてゐる科學者は 知つてゐる
神 多樣性を好む

日ノ本のゲノム研究家 
とつくに氣づてゐた
けど Y染色體「天皇」
觸らぬ神に祟りなし

TVニュースキャスターの一言が
新聞論説委員の一文が
Tiwtterの騒ぎが 怖い
「天皇」のY染色體
觸らぬ神に祟りなし
2019/06/18(火) 晴れ


Again! 拙者のRhマイナス どこから來た?


互ひに助け合ふ心が育む
Y染色體の D2とC1 
日本人の原像
突然 スイッチONしたのか

出勤前 御茶ノ水驛前に停まつてゐた
日本赤十字の輸血バスに足が向く
いつもは見拔きもしなかつた輸血バス

獻血手帖 いただく
昭和五十八年四月十八日
血液型  (ABC式)  A  Rh式(−)
己の血液型  藝術家タイプAB型と思ひ込んでゐた
Aか ナンダ  凡人か

Rh式(−) つてなんだ?

後日 編集部 日本赤十字社から電話
「Rhは少ないので獻血 お願ひ」
「二、三日 出張なので」
そのまた後日
「Rhは少ないので獻血 お願ひ」
「二、三日出張なので」

この 後ろめたさ
ずつと どこかにしまはれてゐた

立川驛ビル前 獻血キャンペーン
後ろめたさを拭ふチャンスだ
胸張つて 「よろしく」
「年齢制限でダメです」
なぬ! 血の氣の多い 高齢者だつてをるんだ
思ひつきり拔いてくれよ

拙者のRhマイナス どこから來た? Again!

オヤジとおふくろ 共に
ジイちやん ばあちやんから
第一番染色體なるもの
一本づつ受け繼ぎ 計二本づつ

ふたりともRhプラスだとしても
オヤジとおふくろ
第一番染色體 二本の内 
一本しかRhD遺傳子を持つてゐなかつた
ゆゑに 25%の確率で Rhマイナスの子 誕生

と云ふことらしい よくわからぬが

たしかなことは
地表にしがみついてるヒト科 
アフリカ大陸 ユーラシア大陸 南北アメリカ大陸
その他 列島 島々

肌の色 民族種 國家 違へど
比率 高低差はあつても
Rhマイナス血液は流れてゐる

アフリカ旅立ちの
A血統 B血統 C血統 D血統 
それぞれ いつか どこかで 
Rhマイナスを注入したのだ されたのだ

元來 血液 己と違ふ<異物>が侵入してくると
それをやつつけようとする抗體をつくる
コレが D抗原
Rhマイナスは このD抗原がない ないからマイナス
ヒト科ではないのか
なのに デカイ面して生きてゐる

わからん

遺傳子工學 ゲノム解析 ここ十年 はじまつたばかり
いまある成果 氷山の一角
との お行儀良いところで〆ておかう
あきらめておかう

2019/06/14(金) 晴れ


拙者のRhマイナス どこから來た?

バイクで事故つて スッテンコロリン 
氣恥づかしいくて 痛みは感じなかつた
「オレは なんて運のイイ男だ」
で 痛みは感じなかつた
教習所へ行く前 次男坊をバイクで幼稚園
いまこのとき 子は乘せてゐなかつた

スッテンコロリンした 路の 
家の前を掃除してゐた奧さん 
「キャー」
肘を見ると白骨がはみ出してゐた

救急車 國立〇〇整形外科医院
ウチでは手に負へません
甲州街道沿ひ “交通事故骨折專門店”府中〇〇整形外科病院

手術は思ひのほか長かつた
手術で輸血されたか どうかは知らぬ

輸血されてをれば 
RhマイナスAの取り置きはあつたはけだ

拙者のRhマイナスA どこから來たのか?
どのルートで來たのか?
         *
アフリカ旅立ちの第一集團 C
アフリカ旅立ちの第二集團 DとE
アフリカ旅立ちの第三集團 F〜Rの十三
拙者のRhマイナスA どのルートから來た?
          *

移動は 後期旧石器時代
Cの祖はインドで發見 
が その下位 C1C2C3は見つからず
インド 通過點

C2は東へ進路をとつた
インドネシア パプア・ニューギニア オセアニア オーストラリア
オーストラリア原住民 このルート

C3は北へ進路をとつた 
ユーラシア大陸東部 シベリアへ向かふ 
アルタイ系 モンゴル系に色濃い 
さらに シベリアからベーリング海峽を超えて
アメリカ大陸に行つた一群も
C3ホームグラウンド アムール川流域
北海道へも C3 アイヌにも
ここでアイヌ 一席
ミトコンドリアDNA 多くのアジア型ある
単一集團でない 多くのルーツ 

では C1は
日ノ本列島でしか見出せない 稀なアジア型  
が 謎も多い
インドの一群が陸路でなく 海路で日ノ本列島
としか考へられない
この集團 航海術と貝文土器を携へてゐた

インド発 東南アジア経由で
超特急黒潮に乗つて
ならば 九州の南端 紀伊半島 
伊豆半島 房総半島の先端に着く

房総半島の先端  日ノ本列島で一番早く
朝日が昇る
アマテラスと名乗る一族がいたことは
想像するに易い

旧石で器時代の終はりから 新石器のはぢまり
アフリカ旅立ち後 ユーラシア大陸南部を東へ
いまで云ふミヤンマーあたりから北上
支那大陸を南から北へ
これがD1

ここから 華北からチベットに向かつたのが
D3

ではD2 世界的に極めて稀な型
D1血統から袂を別れ ら朝鮮半島を通り
日ノ本列島へ 北九州に上がる

D2 日ノ本列島がホームグラウンド
このD2血統が繩文時代の擔ひ手
三万八千年前 旧石器時時代 遺跡 一万箇所以上
日ノ本列島 D1はごくわづか D3は皆無
チベット D3多い D1も少し
日ノ本列島と何かしの関係
シベリア 皆無

漢民族の華北 華南も
滿州 朝鮮も
モンゴル系 タイ マレーシア ベトナムも
東アジア北部 東アジア南部 東南アジア
ともD2はゼロ
D2だけで云へば
日ノ本人はアジア人ではない

D2タイプの中に YAP多型
Y染色體の中でも
ヒト種の中でも稀 特殊パターン
D2だけで云へば
日ノ本人は 世界Y染色體遺産

O血統
アフリカ旅立ち 第三集團 F〜Rのうち 
Kから別れた L M N O Q R
の内の一つ
東南アジアが發祥の地 分岐は一萬七千年前
Oの移動は八一〇〇年前 若い血統

O血統 O1 O2 O3とに分かれた
O1 フィリピンへ
O2 2a 2bとに分かれた
2a タイ ラオス カンボジアへ
2b 朝鮮半島から北九州へ 彌生時代に辿り着いた 
南琉球 八重山諸島 朝鮮半島に色濃い
日ノ本列島は 或程度
彌生時代に 渡來

O3 北へ 華北へ 華北漢民族に色濃い

まあ ざつとざつと こんなところだ

日ノ本列島にたどりついたY染色體
C1/C3/D2/O/N/NO/Q の七つ
*N/NO/Qは省略した

以外を ざつとと云へば
シベリア北部 北ヨーロッパにかけてN系血統
ヨーロッパ R系
地中海の南ヨーロッパ 北アフリカ 中東はE系

さてさて
拙者のRhマイナスA どこからきたのか
Rhマイナスは どのルートであつたか?

待てよ ネアンデルタール人の血が混じつてゐるのか
いやいや 四萬年前までは交配はあつたが
現ヒトには ネアンデルタール人の血を引いた子孫はゐない

唯一の兄弟 2親等の姉 Sheは
Rhプラスか Rhマイナスか

いや待てよ 待てよ
Rhマイナス血液型は女性にもゐる
血液型は ♂〜♂だけへのY染色體は關係ないのか

嗚呼! 仕切り直しだ
くたびれ損だつた
2019/06/11(火) 曇り


日本武道具さんへ一筆啓上


武士モノを著はす拙者にとつて、もう一つ氣になる元號がある。
 それは【承久】。

http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/06/08(土) 曇り


奇蹟の地形 奇蹟の人 


ワープロなるもの 市場に出囘る
生涯使ふことはない 
カラオケのやうで 卑しい
己は さう云ふ<種>ではない

400CCバイクに乘りたくて
50CCバイクで 隣まち立川の教習所に通つてゐた 
歸り路 事故つた
右肘複雜骨折 釘を四、五本打ち込まれた
兩腕を前に伸ばし 手を合はせる
右が1センチ短い

家内 立川驛前でワープロなるもの 買つてくる
右手ギブス 左指でキーボードを叩く
いつしか ギブスとれる
いつしか キーボードでなければ 原稿が書けなくなる
テメー勝つ手の <種>の自覺など いい加減なものだ

Y染色體なるもの 己の♂の源流を
テメー勝つ手の ファンタジーでなく 
自覺させる

アフリカを出發したHomo sapiens の♂
日ノ本列島にたどり着いた
な〜がいな〜がい タイムスパンの追跡
ミトコンドリアDNA分析では不可能
♂から♂しか傳はらない
Y染色體分析でしかできない

Y染色體はA〜Rまで十八集團
これが な〜がいな〜がい タイムスパン
五つの集團に分かれた

A=アフリカにいまある集團
B=アフリカにいまある もう一つの集團
ここからアフリカ旅立ちした集團
C=アフリカ旅立ちの第一集團
DとE=アフリカ旅立ちの第二集團
F〜Rの十三=アフリカ旅立ちの第三集團

ヨーロッパ DNAの多樣性は高い が 
アフリカ旅立ちの第二集團 第三集團のみ
インド 支那 アメリカ先住民 シベリア パプアニューギニアほか
ほとどは アフリカ旅立ちの第二集團 第三集團のみ

なのに なのに 
日ノ本列島だけ
アフリカ旅立ちの三集團の末裔が
現在でも共存してゐる 生活してゐる

なぜか 地形の奇蹟
一 大陸からの分離 
二 火山島の衝突
三 世界最大規模のカルデラ噴火
四 山國をつくりあげた<東西壓縮>

雨雲 山に當たり 雨がよく降る 草木は萌える
山の幸 海川の幸
一日三時間の採集 狩獵勞働
一年通じ 食料は途切れることはない

古來より 爭ふ必要性はあまりない 
互ひに助け合ふ心が育む
日ノ本列島 地形の奇蹟が
<奇蹟のヒト>を生んだ

[附]この稿 Enterしたら
ワープロ紀元前の記憶のDNAがON

タイプラーターを枕元に置いておいた
半覺半眠 天來の着想の一篇が浮かぶ
メモする
翌朝 何が書いてあるか不明
で タイプラーターを贖入した 
效果がなかつたことが判明するまで
時間はかからなかつたやうだ
いつ捨てたのかも まつたくもつて記憶がない
2019/06/03(月) 曇り


稗田阿禮の記憶力DNA 太安萬侶の……


亡父の机の引き出し 新聞切り拔き 見つける

姉が買ひ込んでゐた
日本文學全集 世界文學全集
讀みきつたところで
文字力DNAがスイッチONしたのか 

新聞へ讀者投稿 掲載
「沼津朝日」 アカヒ新聞とは無縁 地方新聞
高一の投稿原稿に
「<らしさ>とは何か」と附けられてゐた

この文字力DNA
繪力DNAと違つて
一瞬にしてOFFになる ことはなかつたやうだ
編集畑を歩かせたのも
文字力DNAにちがひない

週刊ベースボール編集部 
やつととこサ テープレコーダー
生來の惡筆 感涙にむせぶ
取材 聞き書きしたモノ 日が空くと
なんて書いてあるのか 
ノートを下に上に 横にしても讀めない

能筆と惡筆は
文字力DNAとは關係ないらしい

武道通信 論客對談 
論客 前田 杉山の鼎談

編集プロダクションにテープ渡して 
直の文字起こしのみ 

はじめにタイトルありき で タイトルはできてゐる
A B C D E順に語られてゐたものを 
A D E B C とかに置き換へる 
章構成が不自然でないやう對話に手を加へる
推敲 校閲 校正
論客と前田へ送信

太安萬侶 生來の能筆だつたにちがひない
三ヵ月で全三卷を書き上げられたのだから

稗田阿禮 幼兒期に
記憶力DNAがスイッチONしたにちがひない
一瞬にOFFになることなく 繼續したにちがないない

古老からの傳承 各地の風土記
書き換えられる前の「帝紀{ていき}」「旧辞{きゆうじ}」
全部 記憶してゐて
早口で誦習しつづけたにちがひない 一ヵ月間で

太安萬侶
推敲 校閲 校正した「古事記」
稗田阿禮に見せたのだらうか

太安萬侶
山彦が 
關東の高天原の口承 「古事記」から消したこと
關東の高天原族の天孫降臨の口承 「古事記」から消したこと
稗田阿禮に讀ませたくなかつた

いやいや 稗田阿禮 文字が讀めなかつた
2019/05/31(金) 曇り


記憶DNAがスイッチON


一昨日 昨日の記憶のDNA
すぐOFFになる 反して
遠い記憶のDNAがONになる

薄暗い寺の本堂 板の間
惡童ども 吾もふくめ數人
正坐させられてゐる

なじめず すぐ家に歸つてゐた
吾家 旧東海道をはさんで 保育園の眞ん前 

臨濟宗妙心寺の隣に
臨濟宗天瑞山派の寺 幼稚園を開業
吾家の菩提寺
で 哺育園から幼稚園へ移籍 檀家の務め

保育園の運動場と幼稚園の墓 隣接
子らは野生を色濃く残す 縄張り争い
保育園兒と幼稚園兒 石投げ合戰
その仕置きで 反省正坐

もう一つ 遠い記憶のDNAがON
朝目覺め 牀から起き上がろうとし 倒れた
足が體を支へられなかつた

白衣を着た大人が
ベットの上の吾の足を引つ張つてゐる 

祖母と墓參りしてゐる 線香の煙
ご先祖さんの墓ではない
數日前 墓石の上をとびまはつて遊んだ
いくつかの墓石に手を合はせる

突然 立てなくなつたのが
墓石の下に眠る者の祟りなのか

治つたのは整骨醫のお陰か 
墓石の前で詫びたせゐか
定かでない

遠い遠い 日ノ本列島住人 
「穢れ」「祟り」 一番に恐れた
佛教傳來 いつしか 神佛習合
仏の慈悲 「穢れ」「祟り」にも効能

ショート・ピースの紫煙
茜雲に立ち上つていく

遠い遠い はるか遠い
記憶DNAがスイッチON

山彦 海彦 どこでどう 袂を分かつたか
海彦 
山彦の佛教への誘ひに背を向けた

山彦 
關東の高天原の口承 「記紀」から消した
關東の高天原族の天孫降臨の口承 「記紀」から消した

2019/05/27(月) 晴れ


眠っていたDNAがスイッチON


ぼんやりとした記憶 一點だけ 妙に生々しいシーンがある

一時間かけて一家總出で靜岡市の展覽會場まで
幼稚園兒だつた拙者の繪が飾られてゐたからだ
いきさつの記憶にまつたくない

額に入つた自分の繪を見上げた
たしか汽船のやうな船首が波を切つてゐる繪だ

「みんなで舟漕いだことあつたなあ」
幼稚園兒 心中でつぶやいた
生々しいシーンが記憶の引き出しにしまはれてゐる

その後 繪畫塾へ通はせられたが
繪の才能はまつたく無いことが證明されるに
時間はかからなかつた

いま流行りの<DNAがスイッチON>
眠っていた
繪力DNAがスイッチONしたのか
それも一瞬 
そして一瞬にOFFになる 

諸手船{もろたぶね}を漕いでゐる
かも知れぬ さうかも知れぬ
遠い遠い経験が 
祖先の経験が
脳神経細胞でスイッチONしたのか

オオクニヌシ 高天原の使者タケミカヅチに
出雲の國を高天原への獻上を迫られる
「アマテラスとタカミムスビの命である」とタケミカヅチ
「いま暫く」とオオクニヌシ

美保の岬で釣りをしてゐる
息子のコトシロヌシへの意見も聞いたいと

一本のクスノキの巨木を刳りぬいた諸手船{もろたぶね}
一番後ろに陣取る舵手の掛け聲に合はせ 
八人の漕ぎ手が力一杯漕ぐ 
波頭を切つて諸手船 美保の岬へ
コトシロヌシ 「マテラスに獻ずる」と一言

島根縣松江市美保關町の美保神社 
毎年十二月三日 神話が再現される
諸手船神事

美保神社 本殿を二つ持つ
ミホツヒメ(大御前)を祀る  神寶は鏡
コトシロヌシ(ニ御前)を祀る 神寶は劍

ミホツヒメ 高天原のタカミムスビの姫
オオクニヌシの后となるため遣はされた
コトシロヌシ オオクニヌシとカムヤタテヒメの男子
義理の母子を並び祀る

オオクニヌシ 浦外れの丘の上
客人{マロウド}社 別宮に祀る

それはそれとして
出雲國風土記 美保の地の名の由來は ミホススミ
オオクニヌシと越國{こしのくに}のヌナカワヒメの女子

ミホススミが消えてゐる 消されてゐる
なぜにコトシロヌシ 入水

同じ時期 同じ天皇の命によって編纂
『古事記』『日本書紀』

「出雲神話」を
『古事記』 熱く語る
『日本書紀』 さらりと

山彦 海彦の相剋はつづいてゐた
山彦 海彦 出生は同じ 關東 坂東

どこでどう 袂を分かつたか

2019/05/23(木) 晴れ


ずつとむかし ここに 來たことがある


ハバロスク・サンボツアー
一名だけ抽籤で無料とした
応募はがきの中から一枚 意図的に選んだ
整體師 サイード・パリッシュ イラン人

拙者 出版局在の折 刊行
サイード・パリッシュ著
『武道整体医法―武道医学入門』 
『活殺法の秘奥―武道医学極意 柔術整骨医法』 
『臨床武道医学―続・武道整体医法』

翻訳者の名はない
本人の日本語原稿

天然理心流道場へ通ふ仲に
三鷹驛から徒歩十分ほど 三鷹武道館へ
古風然とした道場

パリッシュ氏{うじ}の師 
中山清 日本武道醫學會設立者
師から戴いた村正をみせてもらふ
肉づき薄く 反りは淺い

自分が故國に歸るときは置いていく
日本の寶 日本から持ち出すのは邪道だと

訪日の折 丸龜城に
「ずつとむかし ここに 來たことがある
この光景 見たことがある ここに居たことがある」
コレ 在日イラン人 永住のわけ

拙者もある
一度だけでない
一度は 諏訪湖サービスエリアから諏訪湖を望む

「ずつとむかし ここに 來たことがある
この光景 見たことがある ここに居たことがある」

鹿島神宮の祭神タケミカヅチ一族の記憶の遺傳子か
タケミカヅチに投げ飛ばされ  諏訪大社に祀られた
オオクニヌシの子タケミナカタ一族の記憶の遺傳子か

書き記された 國讓り神話には
隱された もう一つの神話 傳承がある
それを解けと
二つの遺傳子が挌鬪してゐる
2019/05/17(金) 晴れ


神話の力


「武道通信」五ノ卷 卷頭對談論客 西尾幹二氏{うじ} 
小林よしのり氏に依頼した
西尾氏 『國民の歴史』執筆中 
『國民の歴史』で書きたかつたこと と表紙で謳つた

論客 支那文明と日ノ本文明の異  コレを基調に論じる
日ノ本文明の根源にあるもの それは神話
日ノ本古代權力にあるもの それは神話
武門が朝廷の上に立つことがなかつた それは神話
神話の力

一ノ卷論客 小林よしのり氏
前田と誰がよいか話合ふ中で出た
「あたらしい歴史教科書をつくる會」講演會 
前田がゲスト出演するのが承諾條件 前田 了承 

二ノ卷 豬瀬直樹氏 
一ノ卷特輯は日本刀 「日本刀を鑑ると、この日本のかたちが見えてくる」
この言ノ葉を世に問ふためであつた
一に日本刀 二に三島由紀夫 
論客 ここまでしか立ててゐなかつた
で 『ペルソナ-三島由紀夫傳』著者を招く 

三ノ卷 高橋巖氏 前田が出してきた 面識があり敬愛してゐた
高橋氏の仲介で 小杉英了氏を知る
小杉氏ほどの論客が いまひとつ世に知れわたらないのは
「正しい方向に間違へると云ふ 特別の才能に恵まれてゐた」
種の御仁ゆへなのだらう

四ノ卷 呉 智英氏 前田が愛讀してゐた
談餘 オワリ

古事記は<記> 諳誦の口調を重視したから<記>
日本書紀は<紀> 編年體で書かれたから<紀>
編纂の意図 目的の違ひ
などなどと解説された“ふるひ歴史教科書”
一度 閉ぢよう

朝廷内 二つの勢力があつた
それが<記>と<紀>に分かれた

山幸彦 海幸彦 
それが<記>と<紀>に分かれた

山幸彦 海幸彦 元は同じ
海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}

熊野信仰
山から海ではない
海から山
海水面 いまより三十p高かつた
沿岸からすぐ山
山に住んだ山の神は本來、海の神
海と山を往還する神

熊襲も蝦夷も 元は
海神{わたつみ}を奉じる海人{あまびと}
第一次 天孫降臨族

第二次 天孫降臨族で
山幸彦 海幸彦に分かれた

2019/05/14(火) 降ったりやんだり


神の國 それでよい


右耳垢は乾式 左耳垢は濕式
綿棒をみればわかる
拙者 混血である

血液型 RhマイナスA
古ぼけた日本赤十字社獻血手帖を財布に忍ばせてある
モンゴロイド系でない血も混ざる
拙者 混血である

令和から大化まで遡り 更にその十倍
二萬年前まで遡ることができたら
拙者 何處と何處と何處の混血がわかるだろ

二萬年前まで遡ることがでない代はりに
2010年以降
古人骨のゲノム解析が可能になつた

繩文人 稻作(陸稻)もしてゐた
繩文人 彌生人
同じ混血 稀有な固有種であつた
在來繩文 渡來彌生の區分けは消えた

繩文土器 彌生土器
土器の使用目的が替はつただけ
同じ稀有な固有種が作り手

現在の東アジア集團とは
かけ離れた遺傳子
ふたたび 單一民族説が復活する
神の國 復活する

古代文明に繋がる國々は 
神の國と名乘つてゐるのであるから
それでよい
たつた一度の 異國との敗戰で
神の國を捨てるのは
ご先祖さまに申し譯ない

アングロサクソン系の一神教への恐怖からの
慌てふためいての 國家神道でない
繩文の水脈を辿る神の道
繩文人の水路を辿る神の道

アングロサクソン系 近年の
ジャパネスク熱の火種はコレ
文明の衝突にヘキヘキ
文明と衝突しない文明に戀焦がれる

神の國の出番
ゆゑに繩文の水脈を辿る神の道
繩文人の水路を辿る神の道
を辿る
2019/05/10(金) 晴れ


日本武道具さんへ一筆啓上


【天正】 
 武士モノを著わす拙者にとって一番に気になる元号がある。
 それは【天正】
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/05/08(水) 晴れ


平岡公威氏{うじ} 新元號もニュートラルでありますか


三十一年前 「平成」をはじめて眼にしたとき この言葉が浮かんだ
【日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。】

ギアが かみ合うことなく 動力が伝たわらないニュートラル
「令和」も そうでありましょうか
「平成」と同じく
 
あの日の午 
家内から社に電話があった 縁者の訃報か?
「三島が……」 
あの日の夕暮れ
拙者と同い歳の感じの劇画家が
「締め切り日 延ばしていただけませんか」
泣きはらした後のような まっ赤な眼
「縦の会」の会員だとはじめて知る

あの日の家路
途中 学生時代通った喫茶店の奥のボックスで
身の置き場がなく うずくまっていた
給料日 ささやかなりとも近所の寿司屋が決まりだったが

大正 最後の年の1月に生まれ つまり昭和元年生まれ
昭和45年11月25日没 享年45

【玉音の放送に感涙を催ほし、わが文学史の伝統護持の使命こそ我らに与へられた使命なることを確信しました〉と送り、学習院の後輩にも、〈絶望せず、至純至高志美なるもののために生き生きて下さい。(中略)我々はみことを受け、我々の文学とそれを支へる詩心は個人のものではありません。今こそ清く高く、爽やかに生きて下さい。及ばず乍ら私も生き抜き、戦ひます】
習学習院恩師に宛てた文

某作家 『英霊の聲』を読み 「三島さんが命を賭けた……」との手紙を
三島 返信
【小さな作品ですが、これを書いたので、戦後二十年生きのびた申訳が少しは立つたやうな気がします】

空手を学んだ中山正敏(日本空手協会首席)に
【私は文士として野垂れ死にはしたくない。少なくとも日本人として、行動を通して〈空〉とか〈無〉というものを把握していきたい】

小賀正義、小川正洋、古賀浩靖 
拙者より一つ二つ 年下の
同じ敗戦後少年よ
いま なに してる
あの日の劇画家青年 
いま なに してる

あの日から五十年
自分が いるべき場所
自分が 自分でゐられる居場所を
自分だけしか いられない場所を
見つけておることだろう

きみらのことだから
2019/05/03(金) 晴れ


シベリア抑留帰還兵 あなた方の元號は「昭和」のみ


ハバロフスクの地を踏むのは二度目であつた
一度目はシベリア横斷鐵道ツアー
ハバロフスクからイルクーツク
記憶の引き出しにある

墓標らしきものが一本一本立つてゐる
黒い鐵柵で圍まれ荒地
置き去られ忘れ去られた
日本人墓地

二度目
『これがサンボだ!』のヒットからの
第一囘サンボ・ツアー
20名ほどの“遣露使”を引き連れて

ハバロフスクの國營しかないテレビ局
リホーターからマイクを突きつけられる
「サンボを學びに日本からやつてきました」
サンボの産みの親 オシチェプコフが講道館で柔道を學んだように
とは附け加へなかつた

ソ聯邦スポーツ英雄功勞賞ビクトル古賀さんの手引きゆゑ
それなり精一杯歡待してくれた
で おまけに 一人だけ
日本人墓地へ連れていつてもらふ
シベリアの地で潰えた300兵の骨が埋まる
寒さ 飢ゑ 重勞働
死するそのとき 何が思ひ浮んだであろか

『大空のサムライ』坂井三郎 曰く
天皇陛下萬歳 なんて云つて死んで云つた奴はゐない
おかあさん かあちやん おふくろ 
みんなさう

赤化教育
赤化した 赤化せざるを得なかつた兵
本土の土を踏むと 
「天皇制反對」
抑留歸還兵の多くは沈默

沈默した抑留帰還兵よ
シベリアの地に眠る戰友を弔ひながら
敗戰後の
自分が居るべき場所を
自分が 自分でゐられる場所を
自分だけしか いられない場所を
見つけられたのだらうか

あなた方の元號は
「昭和」で停まつてゐたのではないですか
2019/05/01(水) 降ったりやんだり


OLD 


Colorful Diary Falcon World