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金澤正志齋{せいしさい}


ヒロシマへ原爆投下 鬼畜・米
武漢コレラ 第二波 
米國 第二波 衰えず人
日ノ本 死亡率 ゼロ

「日本は浦安の國 
細戈千足國くはしほこちたるのくに} 
磯輪上{しわかみ}の秀眞島{ほつしま}
と名づけたイザナギノミトコ
日ノ本 島國でお陰で
コレラ禍 災難 少なくて喜んでおられる

本州が矛のやうな形
とは薄々 氣づいてゐた
細長い=矛
天瓊矛{アマノヌボコ}で生まれた
から細戈千足國

精密な地圖まだない 
日本は横につぶれた菱形
細長いサツマイマのやうな形
と考へられてゐた

伊能 忠敬
『大日本沿大日本沿海輿地全圖』 完成
文政四年

文政八年
水戸學 金澤正志齋
『新論』
熊澤蕃山 山鹿素行と一味違ふ
新たな[文][武]論 登場
2020/08/06(木) 晴れ


武道通信かわら版 配信


なんつて こつた
プールで泳げないんだ
プールサイド 寢轉がつて
全身日燒け できないんだ
なんつて こつた

千本濱 海水浴 禁止だとさ
御濱 大瀬の二か所だけだとさ

デスクトップの背景 壁紙
大瀬埼
大瀬埼を見下ろし その先に富士山
丁度センターライン 海岸線
右端 沼津から 左端 富士市

夏休み 一度だけ 家人と大瀬に
海水浴場 家人ほか三、四人ほど
地元民 一人つと一人いない
わかる 海邊の少年なら
朝の漁を終へ 皆 寢てる

歩いても歩いても沖まで行けない
千本濱 數歩で足が屆かなくなる急深

大瀬埼神社を通つて
裏手の岩場
貝 蟹 小魚 
取り放題

記憶の引き出し
極樂のワンシーン
2020/08/05(水) 晴れ


方言


むかしむかし
伊豆・熱川温泉が舞臺
ドラマ「細うで繁盛記」
三島出身の拙者より八歳ほど年上の女優の方言
「さう、ずら」
巷間で評判

「杉山 さう、ずら と云はないな」と冷やかされた
使つた記憶はない

幕府瓦解後 沼津へ
幕臣 大舉 押しかけ
在郷人に江戸辯(山の手言葉)が染み込んだ
想像するに易い
吾が家は江戸辯以外の方言 使はれてゐなかつた
二・三キロ先の農家の方言に驚いた記憶がある

『宗教問題』次號で
田中光四郎氏{うじ}にインタビュー
亡くなつた中村哲醫師とは同郷の福岡
草稿を田中氏に送る

「哲ちやん」の箇所
「てつあん」に直してくれと
博多辯である
博多辯でなければ
哲ちやん ではなくなるのだ

方言自體 本人は氣がつかぬ
よそ者に云はれて氣づくもの

津々浦々 
幼兒から方言を使はせておけば
自分は何者か 
トバ口だけでも
よそ者から教へてもらへたのに
2020/08/04(火) 晴れ


記憶の遺傳子


ベースボール・マガジン社 入社の際の履歴書
入社の動機欄 「生活のため」
『「週プロ」熱狂とその正體』なるインタビュー本で
初めて告白(笑)

特技
「履歴らしくないこと書いた」と告白
若造が哲學書から引つ張りだした文言だらうから覺えてゐない
要は 自分の言葉ではなかつた

社長 どう云ふ意味かと問うた
「一日中 天井を見てゐられる」
覺えてゐるから自分の言葉だつたらう

コロナ禍の渡世
金言である(呵々)

あの時代 吾が青春時代
コロナ禍ではなかつた
なぜ 一日中 天井を見てゐられたのか

自分が 何者か 
わからなかつたのだ

いつとき 酒に呆けて
自問するのを忘れてゐたが
ある日 あるとき
記憶の遺傳子がスイッチ・オンして
自分が 何者か わかつた

さう 明後日の武道通信かわら版
記憶の遺傳子と武士を語つてみようか
2020/08/03(月) 晴れ





蝉が鳴いてる

梅雨明けて
蝉聲(せんせい)高く
雲に乘る
<才能ナシ>


夏草や兵どもが夢の跡
「文」の人 芭蕉 「武」を詠む
「武」の
「盛者必衰の理をあらはす」を詠んだ

「文」の人も 「文」の夢を詠んだ
「旅に病で夢は枯野をかけ廻る」
「文」の
心は どこへでも飛んでいける

「武」の夢と
「文」の夢と違ひ
わかりますかな
2020/08/02(日) 晴れ


文武二道


東京六大學 春季リーグ戰
八月にやつと開催
東京大學 
九十四連敗 前人未到の記録がある
六年間 一度も勝てなかつた
その前は七十連敗

東京大學 「文武兩道」の間逆にある
これがあるから 甲子園大會アナウンス
「文武兩道の〇〇高」は永遠に不滅です


吉川惟足{これたり}と徳川頼宜の對面
ほぼ同時期
山鹿素行『謫居童問{たつきよどうもん}』
【我が國は開闢のときから天之瓊矛{アマノヌボコ}を用ゐてをり
天照大神も武威の準備をなされた
それ以來 天孫も人皇も武威を用ゐてきたことは
舊紀(日本初期)などをに明白である】

【推古天皇以前は 住吉の神敕にまかせ
神々を尊崇して天下を治めてゐた
しかし 推古天皇以降は 十七條の憲法を基本として
神道・佛教を合はせ世を治めたのである】

吉川惟足の
【推古天皇の頃から異國の教へが盛んになり 
我が國 國有の道が衰へてきました】
とはトーンが違ふ
吉川の異國の「文」によつて墮落した のでなく
別の書では
【文と武 どちらが重要であるか
それはただ時と場をとはをみて
その優先順位を決めるのである
常にどちらが重要だと決まつてゐるわけではない】

「文武二道」説く
同時に武と文の二刀を貫くのではない

東京大學 三四郎池に
山鹿素行の像を建てられよ
2020/08/01(土) 晴れ


山鹿素行


自然は 一定の法則性をもって自己運動している
人は <自然の法則>の周りを
回っている生き物の一つでしかない

江戸の世のはじめに
説いた武士がいた

元禄の大事件
浄瑠璃の創作 インチキ「山鹿流陣太鼓」で
その名 片隅にとどめる

この武士の軍学の影響
後年も多少 論じられたが
それ以上のものではなかった

元禄の大事件
この武士が
朱子学を批判し
赤穂藩 お預けの身とならなかったら
起こり得なかったこと
断言する論者 現れない

大事件首謀者
この武士の末裔に難が及ぶこと察し
この武士と大事件は無関係と装う

大事件首謀者を決行させたのは
この武士が説いた
[武徳]
2020/07/31(金) 晴れ


天沼矛{アマノヌボコ}


地球 
太陽の周り 囘つてゐるのではない
太陽系の星 
太陽の周り 囘つてゐるのではない
勿論 太陽も例外でない

太陽系のすべての星
太陽系の<質量の中心>の
周りを囘つてゐる

日本の宇宙航空研究開發機構
惑星科學者 ジェームス・オドノヒュー 曰く

<質量の中心>
物體が完全にバランスを取ることができ
その質量がすべての方向に均等に分布してゐる

日ノ本
天皇の周り 
[文] と[武]が
囘つてゐるのではない
勿論 天皇も例外でない
<質量の中心>の
周りを囘つてゐる

日ノ本の<質量の中心>とは
[神話]

徳川幕府 儒學 採用 
吉川惟足{これたり} 吉川神道 創始者
議申し立て
初代紀州藩主 徳川頼宜へ
家康の十男坊

【儒學は異國の學問でしかない
日本には神話の世から[武國」である」
イザナギ イザナミが國 生みをする前
天浮橋から 天之瓊矛{アマノヌボコ}
天沼矛{アマノヌボコ}→『古事記』
天之瓊矛{アマノヌボコ}→『日本書紀』
を下ろし 下界を探ると
矛の先からしたたる雫が固まつて
オノゴロ島ができた
つまり 日本は矛(鉾)を用ゐて生まれた國
それは日本が本來[武國」であるこだ】

この こじつけに
徳川頼宜 大いに賛同
最後のコレが效いた

【推古天皇の頃から異國の教へが盛んになり 
我が國 國有の道が衰へてきました
「武」は日々すたれ 「文」ばかりが盛んになつて
「文」ばかりが盛んになつて 詩歌官弦ばかりもてはやされ
しかしながら 徳川將軍家が天下を取つたのも
自然の道理なのです】

『將門記』→『平家物語』→『太平記』→『義貞軍記』→『清正記』
に 天沼矛(天逆鉾)が加はり
「武國」論  完成された

これ 吉川惟足のこじつけ
ではなく 古き世からあつた
はじめて文獻にでたのだ

神の話
古代の 信仰 傳承が元ネタである
日ノ本列島 古代人 繩文人に
矛の信仰 傳承 
あつたから神の話になる
古き世から語り告げられてきた
「武國」
2020/07/30(木) 曇り


劍の神


富士フイルム 三島に大工場建設
燐市の高校写真部員も招き
見学させ ビフテキ食わせ
富士山の水 かっさらっていった
三島楽寿園 湧き水60%減

富士フイルム
カメラ・フィルムの時代
終わると いつ察したのか

トランプ マスクつけ
ノースカロライナ州 富士フイルム子会社 
訪問
「ワクチンの開発 頑張って」

徳川家康 
戦国の世 終わらせねばと
いつ察したのか

刀鍛冶師 白装束につけさせる
鍛冶場 神棚つけさせる
お前ら 農具の鍛冶と違う
刀の神聖さアピール

武士よ 
神聖な劍を身につけているから
めったに抜くな
めったに切り殺すな

徳川家康
天下泰平のために
“戰國ワクチン”に
劍の神をつかった
2020/07/29(水) 雨


トマホーク


「人は嘘をつく
自分を守るための嘘 
他人をかばふための嘘
他人を欺くための嘘」
新參者 曰く

【國は戰爭をする
正義の戰ひ 義兵
自國を守るため 応兵
恨みや怒りによる 念兵{ふんぺい}
他人の國郡を奪はうとする利欲 貧兵{とんぺい}
敵に武威をみせつける  騎兵{けふへい}
秀吉の朝鮮出兵は貧兵と云ふべき
天道の憎むところであり
豐臣が滅びた理由はそこにある】
黒田家藩士 貝原益軒 曰く

小瀬甫庵 『大閣記』
朝鮮出兵 オール肯定ではない
出兵の金銀
インフラに使ふべだつたと

『繪本太閤記』『繪本朝鮮軍記』
朝鮮で一番憎まれた加藤清正
ヒーローになる
清正がやつてない虎退治も清正に

朝鮮出兵 實相 行つた者にしかはらない
ときは流れ
淨瑠璃 歌舞伎 草雙紙
庶民 「武國」に喝采

貧兵しかける隣國
念兵しかける隣國
急げ トマホーク配備
2020/07/28(火) 雨


自給自足


[強い軍隊なくして強い祖國なし]
習近平 檄を飛ばす

秀吉の檄
日本のやうな 弓箭{きゆうせん}きびしき國
朝鮮出兵 一番活躍したの
弓でも槍でも 刀でもない
精巧な火繩銃
當時 世界一の銃の數 銃の精巧さ

『將門記』→『平家物語』→『太平記』→『義貞軍記』
からの「武國」
敗戰で樣變はり
「武國」 捨て
「技術立國」
へ樣變はり

コロナ<下>時代
農業 漁業 林業 
人口比 50%へ

都市 家竝み 
ソーシャルディスタンスで一軒空き 
空地 家庭菜園
食料 自給自足

自給自足率 低い國
コロナ<下>時代
滅亡の道

食料危機
China共産黨 崩潰の道
2020/07/27(月) 曇り


水に流す


多摩川の水位 
いかほど上がつたのだらうか

國立の水道水
40% 地下水
ミネラル豐富

ミネラルウオーター
無駄遣ひ

起き拔け
コップ一杯の水道水 飮む
ゆつくり飮んだ方が吸收力はよい が
やつぱ 一氣に飮み干す

きのふの事
水に流す
そんなわけないか(呵々)

地政學なるもの 云つとき流行つた
コロナ<下>時代
地形學なるもの 行る

日ノ本列島
背骨のやうな山脈
川 血管のやう
山 多く
森林 多く
國土の七割

コロナ<下>時代
日ノ本列島地形 強み
山 森林に逃げ込めばよい

コロナ<下>時代
地形學なるものだけでなく
これも計算に入れとかくては
China共産黨 崩潰
2020/07/26(日) 雨


五月雨


「杉山君 家の人が傘を持つてきました」
と先生
いつも クラスで一番だつた
いつも 氣恥づかしかつた

小學生の記憶の聲
雨音に混ざり 聽こえてくる


「ときは今 あめが下しる 五月かな」
明智光秀 謀叛の眞意
キーワードとし 長く論じられてゐる

『將門記』→『平家物語』→『太平記』→『義貞軍記』
この線上で奏でられた信長誅殺である

「文」と「武」の葛藤
先の敗戰までつづく

敗戰後の日ノ本 
樣變はりは
この「文」と「武」の葛藤
プツンと切れたからだ

「五月雨をあつめて早し長江」(字足らず)
2020/07/25(土) 雨


China共産黨の過ち


USAの過ち
China共産黨とChina人
區別しなかつたこと
(やつと氣づいたやうだが)

秀吉 朝鮮出兵の過ち
明と朝鮮 
區別したこと

海路 大陸へ 南京を攻略するとの策
採擇しなかつたこと
秀吉の過ち

秀吉から 出陣する武將たちへ
【日本のやうな
「弓箭{きゆうせん}(弓矢)きびしき國では 
五百騎 千騎と云つたわづかな軍勢で
征服することができたのだ
お前たちは 大軍で大明國のやうな
「長袖國{ちようしうこく}(公家さんの國)
を攻めるのだから 何の心配もないだらう】

秀吉の威勢のよいハッパは置いとゐて
「弓箭きびしき國」「長袖國」
との位置づけ
『義貞軍記』『清正記』『甲陽軍鑑』からの流れ
更に「長袖國」と公家風をあざ笑ふ オマケがつく

秀吉 明國のこと詳しく知るよしもない
衰へていく日本國公家の權威を
明國に重ね
勃興する武士の實力と云ふ圖式
信長以降の武威による
農への兵の支配の實現

秀吉 支配の實現の上で天皇を持ち上げる

China共産黨
國民への兵の支配の實現で
民主主義に勝てるとの錯覺
2020/07/24(金) 降ったりやんだり


加藤清正『清正記』


速報
港區China領事館  
四十七人の武士 討ち入り

フェイクニュースです
溜飮下げました

常朝 田代陣基に得々と語る
深堀事件
後先考へることない武士の作法

戰國武將のヒーロー
加藤清正 『清正記』 七條
【胸に入りやすい兵書を讀み
忠孝の心がけを專ら身につけるべきである
詩や連歌 和歌を讀むことは禁ず
心が「華奢風流」になる弱々しいことを考へてゐると
女子のやうになる
武士の家に生まれたからには
大刀・刀を取つて死ぬるがあるべき姿である
常々 當家の道を心がけねば
いさぎよい死は しにくしものである】

女子=公家風

常朝の父 山本神右衞門のヘ訓
一、本や書物を取り扱ふ時は すぐに燒き捨てろ
書き物を讀むのは公卿の役目で
中野一門は樫の木握つて武邊する役目だと言はれた

常朝 父のヘ訓を破つて和歌三昧
常朝の主君も同じく
若き日 父から和歌の書 燒き捨てられ
二度と讀まないと誓書 書かされる

和歌好きの主君 和歌好きの常朝を側近に
「古今傳授」のため京の三條家に日參させる

「武士道と云ふは 死ぬここと見つけたり」
常朝 父のヘ訓
父の嫌ひな詩にして後世に殘す
2020/07/23(木) 雨


甲陽軍鑑


富士山 マグマに異變
專門家 「いつ噴火してもをかしくない」 
專門家 武漢ウイルス豫測で  だいぶ値落とした

駿河のひと 甲斐の人 古くから
「いつ噴火してもをかしくない」は<習ひ>
拙者 幼年のころから 
富士山の出つ張り 寶永山のことよく聞いてゐた

甲斐の人 噴火には「人は城、人は石垣」で守る
「人は城、人は石垣」よく知るところである
出典 『甲陽軍鑑』 まり知られてゐない
「人は城 人は石垣 人は堀 情けは味方 仇は敵なり」
人は城、人は石垣、人は堀 いまでも通じるが
情けは味方 仇は敵なり いまの世界事情では通じない


『甲陽軍鑑』 江戸初期の僞作 と印を貼られたが
後年 高坂昌信{かうさかまさのぶ}の口述も混ざつてゐる
まつたくの僞作でみない と云ふことに
專門家の説 よく變節する

『甲陽軍鑑』 「武士道」三十九個でてくる
「武道」は六十五個
『葉隠』 常朝直談の聞書一、二
「武士道」六個、」武道」十三個

矢張り江戸初期『武士道巧者書』にも出てくる
最初に「武士道」使つた者
何者だつたか知りたいものよ

「我は海の子」 作詞・作曲 不明
スコットランド民謠「螢の光」 作詞者不明
「武士道」 その手の類か
2020/07/22(水) 晴れ


白明坂{しらみざか}


拙宅から子供の足で十分ほど
自轉車で 二、三分
孫らを公園でよく遊ばせた

こじんまりした公園
上り口が幾つもある洒落たすべり臺
一人乘りシーソー 二つ
藤棚の下のベンチ
樹齢古さうな大樹の木の下
丸く圍つたベンチ
季節になると
コブシの大きな白い花
一瞬にして櫻の花 滿開
親子がキャッチボール シュート練習 
できるほどのスペース

名はないから
スギヤマ公園と呼ばせてゐた
「ジィジ スギヤマ公園行かう」

後年 氣づいた
隣設する都營集合住宅から入る
柴垣に隱れた處が正門だつた
プレートがあつた
「見返り坂公園」
新府中街道ができことから裏門になる

公園へ行く途中
坂の途中に碑 碑文

白明坂{しらみざか}
この坂の名は 新田義貞と北条泰家が
元弘三年(一三三三)五月に
鎌倉幕府の興亡をかけて戦った折に
義貞が幕府方を分倍河原に攻め込もうとして
この坂まで疾駆{しっく}しましたが
ここで夜が明けてしまったことに由来するといわれます
別名「見返り坂」とも呼ばれています
この坂道は鎌倉街道の裏街道ですが
中世には多くのつわものどもが
駆けめぐったことでしょう
この坂の位置をもう少し西方とする説もあります
昭和六十年三月 府中市

「少し西方」
拙宅から徒歩二分

あすは
南北朝戰亂の「良將」
新田義貞のこと
いや『義貞軍記』
2020/07/21(火) 曇り


本日 武道通信かわら版 配信


今號 加藤健氏{うじ}
「有田芳生議員による拉致被害者家族への不當壓力!」

そのむかし
田原總一朗を糺彈する席が九段會館で
テレビ朝日 玄關前に民族派街宣車 連日
田原 テレビ朝日に顏向けできなくなり
手打ち式ときた

總勢五十名ほど 
田原總一朗をコ字で圍む
田原 言葉の不適切 詫びる
“親分”「では これにて」

席に 場違ひな人物 二人
「武道通信」も民族派一派とし 席にゐた
田原總一朗なる者 
何者か この目で確かめたかつた

場違ひな人物 いま一人
有田芳生

田原總一朗なる者
卑しかつた
卑しくあつてはならぬ
いい勉強になつた
2020/07/20(月) 晴れ


eTAX提出に限るとさ


法人確定申告 申告用紙 郵便受け
二十二期目である
今年からはeTAX提出
ときは流れる

二十二年
走馬燈のやうに浮かんでは消えた
と 云ふのは
[永遠のいま]とは 無縁の御仁

武道通信HP「無銘刀」に
平成二十九年 杉山頴男事務所 年賀状UPした
[永遠のいま]
長く胸に祕めいた語彙

西田幾多郎の
「永遠の今の自己限定」
戰前のスメラ學塾の
「永遠の今」
後年 知つた

ふたつの「永遠の今」
ようわからん
頭の惡いモンには

頭の惡いモン流に云へば
「永遠の今」
記憶の遺傳子
2020/07/19(日) 晴れ


お盆も終はつた


割箸が刺さつた
なすと きゆうりを
千本濱に流しにいつた
かすかな記憶

盆に添へられた
墓の花も
長雨にうたれて
うんざりしてゐるだらう

墓石 石だからどつてことない
彫られた家紋の溝の埃も
豪雨で 綺麗に流されいるだらう

墓石に家紋 刻むやうになつたのは
いつからであらうか

皇室の家紋 菊紋
後鳥羽上皇 菊紋を好んだことから

後鳥羽上皇と同じく隱岐島に島流しにあつた
後醍醐天皇
南北朝時代の火蓋を切つた

『太平記』
『平家物語』から一五〇年ほどのち
南北朝戰亂 綴れれる

「文」と「武」
「對等な位置から「武」が上になる

武士の個の弓馬の技から
騎兵集團 歩兵集團の連携となる

義經 曰く
「ただひたすら まつすぐ攻めて攻めて勝つ」
平攻{ひらぜ}め
一氣にかたがつく合戰ではなくなつてゐた
源平合戰 殆ど一日でかたがついた

『太平記』
いつたん負けかけた軍
援軍を得て 押し返す持久戰

大將 
平攻{ひらぜ}めの氣合より
多數の兵 見事に操る能力 試される
「良將」との言葉 出現

武士の日々の作法 「武士の習ひ」に
武士はかうあるべき
倫理・道徳 色濃くなる

「武士は どうあるべきか」
凡庸な武士も
自身に問ふやうになる

やがて「武士道」 出現するのだが
まだ 先のことである
2020/07/18(土) 雨


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Colorful Diary Falcon World