HOME

アイコン
OLD 

[劍]が三種の神器の一つになつたはけ


祖母危篤の報で歸郷。二十歳にまだ滿たないころであつた。
實家は血縁、縁者でごつた返す。
祖母の子ら、父の從兄弟・從姉妹二十名ほどのがはじめて勢ぞろい。
すべて顏を知るのは本家の子、姉と拙者だけ。

出棺間際になり、家中の慌ただしさは消えた。
牀の間の前に置かれた棺桶に目をやつたとき
誰かが耳元で囁いた。
「おばあちやん、もう、いなくなるんだよ」

急に胸がつかえ、號泣しつづけた。一キロ先の千本濱まで屆くほどに。
通夜から泣き盡くした叔母、姉たちが自分を取り圍み、また涙、涙。
小學生のころから祖母に代はりに銀行に金を預けにいつた長女の叔母。
號泣する甥のワイシャツの襟をきつくきつく掴み續けてゐた。
半世紀たつても感觸はいまでも襟元に殘る。

號泣は、イイ歳して、もうなからう。
歳を食ひすぎると物忘れは多發するが、
どこかの器官が鋭敏になる。死期が近いせいか。
あの囁きは、人知の及ぶところではないところからの囁きだつたと氣づく。

拙者がよく云ふ「天來の着想」
いまどきの若いモンは「インスピレーション」
いや、ひと昔前の日本人がよく使つた「以心傳心」」
スピリチュアリズムで云ふところの「テレパシー」
あの囁きは「インスピレーション」より「テレパシー」の方が似合ふ。

「テレパシー」の出典は古い。
帝國陸海軍に「軍人敕諭」發布された年に英國心靈研究協會が命名。
「テレパシー」を認めると人間が靈的存在であると認めることになる。
『証言・臨屍体験』の著者は、靈界なんてあつてたまるかとの云ふであらうか。

「テレパシー」はあるのか、ないのかは
<心はどこにあるか>の精神醫學問答となつてゐる。
腦の中にあるの心と脳の一元論者。心は腦とは別にあるとの二元論者。
決着はまだつかない。
二元論ならこうだ。

「おばあちやん、もう、いなくなるんだよ」は
靈界にゐた誰かが發した。
祖母はまだ靈界には行つてない。
歳を食ひすぎると、過去の見えなかつたものが見えてくる。
誰が發したかがわかつた。

三種の神器の一つ、天叢雲劍{あまのむらくものつるぎ}。
劍が神器の一つになつたはけがわかつた。
日本列島の古代人は靈界があると信じてゐた。人間は靈的存在と信じてゐた。
劍は靈界からのテレパシーを受信するアンテナであつた。
2017/06/22(木) 晴れ


[勾玉]が三種の神器の一つになったわけ


小学校上級生だったと記憶する。
休日の晝だったか。家人はみなで拂つた居間の畳の上で
することもないから寝転んでいて、いつしかうたた寢してゐた。

<人は死んだらどうなるのか>
半醒半睡の隙間に浮かんだ言葉。
<夢を見てない、眠っているときのように、まったく心はなくなるのか。
違う。何かある、何か残る。残るにちがない。>
寝返り打って覚醒した。
まだ魂、霊魂だとの言葉は知らない。

『宇宙からの帰還』の筆者は、その十三年後、『証言・臨死体験』を書く。
死後、魂が身体離脱したと云う者たちを取材する。
100人が100人、そうだと断定はできなかったが、
臨死体験は脳が生み出した幻想との結論で締めくくった。
“知の巨人”の「死後の世界」など
あってたまるかとの心情が滲め出ていた。

あれから十八年、NHKスペシャル「臨死体験 死ぬとき心はどうなるのか」で
再度、取材する。筆者は癌と臓の病を抱えていた。
七十四歳の“知の巨人”の「死後の世界」などあってたまるかとの心情は薄らいでいた。

『証言・臨死体験』で臨死体験は脳が生み出した幻想と断言した
二人の“脳の巨人”は十八年後に云う。
「脳が心を生み出すという考えは間違っている」
「脳と心は別の存在だ」

三種の神器の一つ、八尺瓊勾玉{やさかにのまがたま}。
勾玉が神器の一つになったわけがわかった。
日本列島の古代人は、死後、魂は残ると信じていた。
魂をかたち取ったのが勾玉。
2017/06/19(月) 晴れ


[鏡]が三種の神器の一つになつたはけ


一ツ橋大學プロレス研究會の學生のひと言で
ゾッとしたマンションに住んでゐたころだ。
本の口繪にあつた冩眞を破いて壁に貼つた。
かう云ふ俗つぽいことはしない質(たち)だがやつた。
壁に[鏡]を貼つたのだ。
自分の姿を毎日、覗いてみるためだ。

口繪を破いた本は『宇宙からの帰還』。1983年刊。三十四年前だ。

壁に貼つた冩眞はアポロ8號が見た
地球の出(Earthrise)
はじめて[自分=人類]の姿を見た。
出勤のとき、嗚呼、自分がゐる。
歸宅したとき、嗚呼、自分がゐる。
 
鏡を見るなど齒を磨くときとか牀屋とか、
冠婚葬祭の折、ネクタイが曲がつてゐないか覗くときだけだ。
ある日、氣づいた。
鏡にある顏は左右が逆轉した像。鏡の反射によつて作られた鏡像である。

自分が自分と思つてゐる奴は鏡像であつて正像ではない。
では、正像はどこにある?
他人樣の“目”に握られてゐた。
左右が逆轉してゐない、鏡像でない正像は
他人樣に見られてゐる。

三種の神器の一つ、八咫鏡{やたのかがみ}
鏡が神器の一つになつたはけがわかつた。
日本列島の古代人は、他人樣の目からしか
自分の正像がみられないことを發見した。
何千年後、「和」がこの國に國是になつた。

談餘。自分の正像をこの目で見られるのは死んでからだ。
例の臨屍躰驗とやらで見てやろう。
2017/06/16(金) 晴れ


「ご先祖さんに合はせる顔がない」


「頭が惡いのが取り柄だけの 頭の先からつま先まで善人」
目覺めて浮かんだ言葉。口をついて出た言葉ではない。
腦内に出た言葉だ。
夢のワン・シーンが腦内に彈いて
腦内でいままで使つたことのある語彙が即坐に檢索され
一文となり發せられた。

そのむかし、休日の晝、家人はみなで拂つた居間でうたた寢してゐた。
三階下の路上を通る數人の若い聲がうたた寢の隙間に忍び込む。
その一人の聲。
「このマンションにプロレスの編集長が住んでゐる」
一ツ橋大學の學生諸君だとは想像するに易い。
一ツ橋大學は、そのむかしからプロレス研究會と云ふ奇妙な同好會があつた。

ゾッとして目が覺めた。
瞬時に腦内で一文が發せられた。
「ご先祖さんに合はせる顔がない」

半醒半睡{はんせいはんすい}の隙間に飛び込んできた言葉が
ゾッとした皮膚感覚を呼び起こし、潜在意識にある心を刺激し、
腦内でいままで使つたことのある慣用句に即坐に変換させられた。
「ご先祖さんに合はせる顔がない」

この脳内作用は個人だけでなく、集團、共同體にもある。
公衆の、愚衆でない公衆の
言葉にしよとして、できないでゐる寸前の
潜在意識にある心。気持、感情、感性。
それが時代の精神と云ふ奴だ。

そのむかし、若いプロレスラーが眞劍勝負をしたいと云ひ出した因子は
時代の精神を孕んでゐた。
時代の精神を見拔いた語り部がゐて
言葉に発して傳説はつくられた。

見拔けない、死ぬまで、死んでも見拔けない
《頭が惡いのが取り柄だけの 頭の先からつま先まで善人》が
額を合はせ傳説を侃々諤々しても片腹痛い。
《頭が良いのが取り柄だけの 頭の先からつま先まで惡人》が傳説をつくる。
2017/06/10(土) 晴れ


日本武道具さんへ一筆


糊口を凌しのぐ。
武士語である。現代語訳は「生活のため」

http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-3.html
2017/06/06(火) 薄曇り


<夢と腦>のハナシだ


三段論法で誰かに説明してゐる。
何度も何度も。
誰かは、よほど頭が惡いらしい。

夢のハナシだ。

目が覺め、何を説明したかは覺えてはゐない。
ふと、天來の着想を得たやうな言葉が浮かんだ。

《頭が惡いのが取り柄だけの
頭のテッペンからつま先まで善人》

夢の謎解きの腦醫學書は幾らか讀んだ。
さつぱりわからなない。
書いた本人が、よくわからないからだらう。

眠つてゐるとき腦はなにをしてゐるのか。
夢を解明していくとわかるさうだが
よく云ふ夢の中での「ひらめき」は
天啓のやうなものが天から落ちてくるのでなく
過去の體驗や思考の延長上にあらはれるさうだ。
そのへんまでわかつたらしい。

寢起きの床で、
仰向けのまま體を左右にゆすり腸を目覺まささせる。
目覺まし體操。
腦より優れモノが腸に潛んでゐるとの独断。

ゆすつてゐると、天來の着想を得たやうに言葉が浮かんだ。
《頭が良いのが取り柄だけの
 頭のテッペンからつま先まで惡人》

この國のはぢまりは
イザナギとイザナミが矛で<混沌>をかき囘し、
矛から滴り落ちたものが積もつて島ができたのがはじまり。

いまの世のまともな變革は
誰かがバケツの中の水を矛でかき囘し、
遠心力で濁りを排除し、他の者を目を覺めさせる。

拙者、過去に<誰か>であったからよくわかる。
拙者、惡人であつた。

善人尚もて往生をとぐ 云はんや惡人をや
<惡人>こそが救濟の教へがそなわつてゐる。
法然も親鸞も自分が惡人であると自覺してゐた。
2017/05/26(金) 雨


<證言>のハナシだ


「考える人」が五月刊の夏號を最後に休刊。
新潮社の季刊誌。考へつくした末の結論だらう。
15年は短かつたのであらうか、長かつたであらうかと
大きな活字でつぶやいて、全六十册の表紙と特集テーマが並ぶ。

人は、言葉も持って人になつた。言葉で考へる人になる。
で、拙者も考へた。

津波だ! 逃げろ!
おまへが好きだ あなたが好き
言葉は、事實や心を傳へるよくできた道具だ。
ふたりのニュアンスは違ふが、
簡單にして、ふたりにわかりやくする。よくできた道具だ。
だが、言葉にすることで、簡單にすることで
四捨五入される心がある。

傳説は、四捨五入された心が欠けた證言を
語り継ぐ者たちが、さらに四捨五入し、
同時代の誰もがわかり易い言葉に簡略されていく。

發案し、創刊した週刊プロレスは、
いまなお休刊することなく店頭に並ぶ。
三十ウン年は長いか、まだ短いかどうかは知らぬ。

三十ウン年前の現場で四捨五入された心は
<考へる>ことで云ひ表わせない。
<考へない>ことでしか
<語らない>ことでしか
立ち現れない。

證言で立ち現れない四捨五入された心を
<考へる人>になれ。
2017/05/22(月) 晴れ


首のハナシだ


近藤勇の首は京都から持ち運ばれ會津に埋められてゐた。
寢起きの掌の中のニュースで知る。
「下僕首を盜み生前の愛刀になりし此(こ)の刀を持ちて會津に走り密かに葬る」
斬首の刑が明治中ごろに廢止されたと云ふのに
ニュースは首にこだはる。
いまの世、「首だ!」の言葉の一片が殘るのみだが
武士の記憶の遺傳子が首にこだはらせる。

明治中ごろまで、夜更けに刑場の晒首を持ち去り、
神社に持ち歸りまた戻す。
肝試してゐた十代がゴロゴロいた。

幼兒殺害等の極惡人は公開で斬首刑。晒首にする。
日本人の背骨がピッシとすること間違ひない。
埒もないこと云つてもせん無いか。

京都と比べ凾館にある土方歳三の首との距離と四〇〇キロと近くなる。
近藤、喜んだらう。
下僕は、近藤から愛刀を贈られた恩誼で晒首を會津へ持ち去る。
侠客の下僕にも武士の記憶の遺傳子、日本刀信仰が殘つてゐたのだらう。
2017/05/16(火) 晴れ


日本刀のやうに研ぎ澄まされた文


「背中を押された」にするか、「背中を叩かれた」にするか。一日中迷ふ。
「背中を叩かれた」に決める。押されより臨場感がある。

福田和也氏は書きあがつた原稿を編集者の催促は氣になるが
<一日寢かせる>と。
そのむかし「武道通信」の對談の際の雜談で語つた。
膝を打つた。以來、この手をお借り、迷つた際は<一日寢かせた>あと、
原稿用紙(Wordの横書き)を開き、
横書きを縱書きに変え、讀み返す。

草稿まではWordの横書きで書く。つぎの推敲は縱書き変換する。
これっきりとなる文と眞劍勝負で向き合ふときは縱書きの方がよい。
日本語はもともと縱書きの方が性に合つてゐる。

小説の最後の一文を何日もかけ血反吐を吐くやうにして推敲したと聞く
韓國籍在日作家の推敲は縱書きだつたであらうか。

『刄隱』、目下、推敲に彫心鏤骨。
日本刀のやうに研ぎ澄まされた文にしたい。
2017/05/12(金) 晴れ


日本武道具さんへ一筆


日本武道具さんには置いてない弓箭の話。
日本の弓はなぜ長い?
http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-3.html
2017/05/07(日) 晴れ


「憲法記念日」に憶う


二發の原爆が炸裂した以後、日本は軍事での國際競爭から降りた。
政治家、官僚はこぞつて「核」に無智。不勉強。
勉強したら選舉に落ちる。出世できない。さわらぬ神に祟りなし。
學者は「核」の次に「軍縮」をつけないと論文が書けない。

七十年目の「憲法記念日」もつつがなくノー天氣。

北の反近代王朝のお蔭で、賢い中學生は「核」を勉強しはじめた。
南の反日の病の因は、反近代への望郷の念と
近代を成しえた日本への嫉妬、羨望のごちや混ぜだと
氣づいてゐる大人は少ない。

昭和天皇は廣島、長崎投下は知らされてゐた。
軍人閣僚が天皇教武士道に墮ちてゐなかつたら
廣島、長崎の非戰鬪員への避難勸告がなされてゐた
と云ふ大人もゐる。
2017/05/03(水) 晴れ


「昭和の日」に憶う


[昭和]は二十年八月で、九月以降と分斷される。人の世の歴史。
日本刀の歴史は人の世の歴史には、まつたくもつて無關心。
日本刀と云ふ鐵の棒には明治、大正、昭和の區分けはない。

明治の中ごろから平成の世まで分斷されることなく<現代>。
百年後、2117年につくられた日本刀も「現代刀」。
未來永劫、<現代>だと日本刀は云ふ。

反りがついた日本刀が出現する
平安中期以前の直刀を「上古刀」とし、
武士の勃興から鎌倉、室町、安土桃山あたりまでを「古刀」。

次ぎの「新刀」は關ヶ原の戰ひ前夜からそれ以降、江戸中期まで。
次ぎの「新々刀」はそこから100%近代戰となつた日清戰爭あたりまで。
それ以降、未來永劫、「現代刀」。
日本刀は、日本の歴史を「上古刀」「古刀」「新刀」「新々刀」「現代刀」の五つに區分けする。

源頼朝も足利尊氏も織田信長も秀吉、家康も納得しれゐる。
日本をリードした者たちの時代區分。

何が見えてくるか。
「古刀」と「新刀」の間には深い谷間がある。
この谷間に降りてみないとわからない。
2017/04/30(日) 晴れ


古いハナシで恐縮


六年前の三月だ。
この日記に「オレも放射能を浴びてゴジラになつてやる」と書き毆つた。
<お前たちもゴジラになれ>と行間にはさんだ。
のち全國に“余震”する「絆」のイカサマを豫知してゐた。

政治の場に立つ者は、この資質がなければ成らぬと、六年後、つくづく念う。
もう一度、國政に名乘りをあげようか。(呵呵大笑ひ)。

2017/04/26(水) 薄曇り


それだけの、墓のハナシだ


寢起き手のひらの中で
けふも人が死ぬ。パリの警官が死ぬ。
末期の一言を吐けたであらうか。
 
墓の前に立つと、その日の法事の本人だけでなく
ご先祖さんが立ちあらはれる。
角石形の墓石は江戸中期あたりから。まだ新しい。
墓石は「○○家」の記念碑となる。
 
吾の骨を 火葬場からこつそり少しだけ持ち歸り
吾の家の庭に埋め、その上に郷里の千本濱の
とりたたてどうでもない手のひらサイズの石を置く。
法的には墓ではない。ゆゑに可。
 
そこにはご先祖さんは立ちあらはれない。
墓ではないが、吾は立ちあらはれる。
狹いながらも地についた家がある者の特權だ(呵呵大笑ひ)。
 
なに、日本を主語にした葬儀の在り方などの大それたハナシでない。
それだけのハナシだ。

2017/04/21(金) 薄曇り


産湯に浸かった水を飲む


手のひらの中で人は死んでいく。
ベストセラー作家も、名も知らぬ者も。老いも若きも、幼子も
寢起きの手のひらの中で死んでいく。
スマホの畫面の中で死んでいく。

便利な道具が死を輕くしたのでない。
石器時代から死は重くもあり輕くもあつた。

死ぬ直前の言葉を收録し、
日本語を含めた世界主要言語で世界に發信する便利な道具が出現せぬものか。
《アインシュタインの末期の一言はドイツ語で、理解できなかったと、病院で看取った看護婦は伝えている。》『武侠都市宣言』兵頭二十八

杉山家の墓に眠る名もなき人の末期の一言を聞いておきたかつた。
亡父の十三囘忌で久しぶりに郷里の土を踏む。産湯に滲かつた水を飮む。

2017/04/18(火) 曇り


日本武道具さんへ一筆


四年後、中學の保健體育で銃劍道を選べるやうになると。
で、一筆。
「銃劍道」指導要領に一言
http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-3.html
2017/04/12(水) 晴れ


彫心鏤骨、ひと休み


ある企劃で三十年前、二十年前以來、音信不通だつたお二人の御仁とお會ひした。二時間ほどの鼎談。

週刊プロレス初代編集長、挌鬪技通信初代編集長
の肩書きを、
武道通信發行人肩書きの前の履歴から
消したかつたと願つたと時期があつたと本音を漏らした。
なにせ二誌とも自宅に持つて歸ることのなかつた不埒な編集者であつた(笑)。
(はじめての担当誌、週刊ベースボールもそうだつた。日曜の夜、ナイター中継も観なかつた。)

なに、プロレス、挌鬪技通を蔑んでゐるのではない。
二誌の編集長時代、編集士(編集者でない)の主題が
[日本]であつたとの明確にわかつてゐなかつたからゆゑだ。

「正義は強くなくてならない。正義は力」をリングから學んだプロレス好き少年たちがプロレス=八百長の自虐を植ゑつけられてゐるのに義憤を覺える。
よし、プロレスの四文字を人氣漫畫誌と同じ書店の陽の當たる場所に置いてやらうと週刊誌にした。
「正義は力だ」に醉つてゐないで、體をいぢめ痛い思ひをして強くなれと「挌鬪技通信」を創刊した。

はじめから主題は[日本]であつたのだ。
[日本]の少年の自虐を拂ひのけたかつた。
[日本]の少年を強くしたかつた。

挌鬪技通信編集の道のりで、日本の挌鬪術が他の文明にない絶品だと氣づく。その源が武士の道であると氣づく。
占領政策で植ゑつけられた日本の自虐を振り拂ふのは武士の心。
マッカーサー憲法で脆弱さを身につけてしまつた日本人を強くするのは武士の心。
編集士の主題は[日本]であつたと自覺し「武道通信」を創刊した。
そんなことを思ひ巡らせた鼎談であつた。
2017/04/03(月) 晴れ


君よ、憤怒を胸に抱け


いまどきの若いもんはパソコンの使ひ方をしらないと云ふ。
タブレット、スマホしか使はないからださうだ。
いい歳して若いもんにパソコンの使ひ方を習つた二十年前。
「隔世の感」と溜息がでる。

晝テレビを觀るのは年金老人とオバサン族。
若いもんは新聞を讀まない。
テレビ製作人も新聞記者も百も承知
ネット論人がイチ私立學校の詭辯に時間を割くのを、
紙面を割くのを馬鹿にしてゐるのは百も承知。

世相ワイドショーを觀るのは年金老人とオバサン族。
新聞を金を拂つて讀むのは年金老人。
最後の砦を死守しなければならぬ。

時代が激しく移り變はつてゐるのは百も承知。
己は移り變はれないのも百も承知。

君よ、憤怒を胸に抱け。
仁・義・禮・智・眞など表ヅラ
武士が鯉口を切るのは憤怒。
けふもまた『刄隱』に彫心鏤骨。
2017/03/31(金) 薄曇り


君よ、義憤を胸に抱け


天皇を神輿に擔ひだ薩長主導の御維新の道標が「教育敕語」
GHQとソ連コミュニズム指令を受けた“アカ”に葬られた「教育敕語」
反左翼のシンボルとなり日陰で咲いてゐた「教育敕語」
その根つ子の肥料は義憤。
身代はりの早い者への義憤。

「教育敕語」が陽の當たる場所に出てきた。
商賣になると考へる輩も出てきた。
陽の當たる場所で“アカ”の手でなく“武士”の手で
「教育敕語」を摘まなければならぬ。

いま列島に滿ち溢れいる憤りは義憤でない。
「義」が拔けてゐる。

そのむかし、週刊プロレスを創刊した第一の動機は
義憤だつた。
血を見せるから
反則を認めるから
八百長だから
プロレスは日陰者。

プロレス少年がプロレスリングに見てゐたものは
勝たなくては正義でない。
血を流しても勝たねばならぬ。
「正義は力なり」

オトナ社會は見ぬふりをしてゐた。
「正義は祈りなり」にごまかした。
広島、長崎の祈りでごまかした。

「正義は祈りなり」で「正義は力なり」の
プロレス少年は侮られていた。
週刊プロレスを創刊は義憤だつた。
「義」が拔けてゐなかつたから開花した。

仁・義・禮・智・眞など表ヅラ
武士が上に者に刄を向けて可は義憤。
けふもまた『刄隱』に彫心鏤骨。
2017/03/24(金) 晴れ


日本刀が出現したから [武士]が出現した


劍は旧字の[劍]にしたい。
刄は[刄]にしたい。
視覺からの字模樣でない、體感。
劍が交はり、火花が散る樣{さま}は
[劍] [刄]でなければ氣が濟まぬ。

旧字に戻さう! 
叫んでもせん無い。

東洋から白人植民地をなくせ!と叫んだ
津々浦々のガッコのセンセイは
旧字を使つたらゼロ點と必死に叫んだ。
GHQに怯え、媚びた。その時代は消せない。
聲舉げて異議を申した言語智識人はたつた一人。
版元の意嚮に逆らひ旧字で通した作家は數人。
吾ら、その時代は背負つていくしかない。

公文書は新字、わたくし文は舊漢字舊假名。二刀流。
あれほど唐風に染まつたあと、
[大和魂!]と必死に叫けんだ女文士(紫式部が出現した。
皆が二刀流を使つてをれば、その内
旧漢字旧假名で書かれた現代文學の傑作を生み出す
女流作家が出現するやも知れぬ。

日本刀が出現したことによつて[武士]が出現したやうに。
けふもまた『刄隱』に彫心鏤骨。

2017/03/18(土) 晴れ


OLD 


Colorful Diary Falcon World