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[十二月八日]を忘れてゐた


【臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。
大本營陸海軍部、十二月八日午前六時發表。
帝國陸海軍は今八日未明 西太平洋に於てアメリカ、イギリス軍と戰鬪状態に入れり】

あの日の[體感]がないせいであらう。腦内の出來事。この日の忙中で腦内のデーターが出てこなかつた。
腦内はAIとかに任せ、人間は[體感]だけを磨けばよい。

日本武道具さんの「Face bookで書かなかつたこと」に一筆
先月の「風」につづいて「骨」
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2017/12/09(土) 晴れ


さうだ、明日は年の一度の病院へ行く日だ


郷里の井戸水の産湯に滲かつた
ウン十年前の、その日附が過ぎていく

七五三祝ひの五歳の自分
鼎談が掲載された本での自分
二人の自分冩眞

ヘンリー・ミラーは少年時代の自分の冩眞と
八十歳の自分の冩眞に言葉をつける
「とにかく、<とも>にこれから何かがはじまろうというのだ」》

二人の自分冩眞を眺めて
これから<ともに>はじまろうとする行き先を想像する
できはしない
はじまるのではない

第一次世界大戰後
歐州で現代詩と稱せられる歌が現れる
《人間の肉体が悲しいのは
第一次世界大戦までのことである》
それは
《そのあとは雑音を出す機械となって
うつろな悲鳴をあげる物質となって
あらゆる心象が破壊された》
『四千の日と夜』の詩人は歌ふ

日本に現代詩と稱せられる歌が現れたのは
第二次世界大戰後
詩人たちは「荒地」に肩を寄せ合つた

詩人は歌ふ
《「死者の証言は多面的である」と「レイテ戦記」の作者のエピロードで断言する
ならば生者の証言は一面的である》

<ともに>死者になるまで
一面的な證言を繰り返し
下部へ、根へ、萬有の母へ
<ともに>降りてゆくのだ
はじまるのではない

さうだ、明日は年の一度の病院へ行く日だ
今年から大腸ガン檢診用の糞をもつていく
嗚呼、マッチ箱が懐かしい
2017/12/06(水) 晴れ


[特攻]が爆沈させたもの


三島由紀夫より一年前の
三島由紀夫の祥月命日、十二月二十五日に生まれた
詩人の『共同幻想論』
讀まない奴はアホだとの時代の中で讀んだ
さつぱりわからなかつた

坂井三郎さんの聲が耳底から消えない
だれも「天皇陛下萬歳」なんて云つて死んでいかなかつた
みんな「おかあさん」「かあちやん」「おつかー」

藏書印を押され屋根裏で朽ち果ててゐた
『共同幻想論』が蘇生した
「おかあさん」「かあちやん」「おつかー」
と叫び聲を上げた

《「段々降りてゆく」よりほかないのだ。飛躍は主観的には生れない。
下部へ、下部へ、根へ、根へ、花咲かぬ処へ、暗黒の満ちる所へ、
そこに万有の母がある。存在の原点がある。初発のエネルギイがある。》
『共同幻想論』の詩人と「試行」を創刊した詩人の歌

反日共の全共鬪運動の理論武裝の核となつた二人の詩人の
原點は
「おかあさん」「かあちやん」「おつかー」

繩文土偶の多くは子を腹に孕んだ女の偶
收穫の豐穣を願ふ
天皇が出現する一萬年前の
繩文時代と稱される古代日本列島人は
どんな言葉を話してゐたであらう
どんな狩獵の仕方をしてゐたであらう
どんな耕し方をしてゐたであらう
どんな信仰をもつてゐたであらう

そこからしか[天皇]は見えてこない
そこからしか[天皇]を見てはいけない

[特攻]は
天皇教武士道を自爆させるために飛び立つた
「おかあさん」かあちやん」「おつかー」
の一言を後にして
天皇教武士道を爆沈させた

2017/11/30(木) 曇り


多摩靈園の天空は鳥一羽飛んでゐなかつた


十一月二十五日
三島由紀夫の眠る墓に
花束を抱へた乙女。老いた元楯の會會員らが
手を合はせ語りかけてゐる。

過ぎし日、墓前で今上天皇は何を語りかけたか
過ぎし日、墓前で切腹、介錯を目の當りにした東部方面元總監は何を語りかけたか

多摩靈園の天空は雲ひとつなかつた。

《まるい空がきれいに澄んでいる
鳥が散弾のやうにぼくのほうへ落下し
いく粒の不安にかわる
ぼくは拒絶された思想となって
この澄んだ空をかき擾{みだ}そう》

そのむかし、空を仰いで口遊さんだ詩の一篇
三島より一年前の十一月二十五日に生まれ、五年前沒した詩人は云ふ
「三島さんは、多分、ぼくの考へですけれども、
インドへ行つて、インドに於るイスラム教のあり方みたいなものを見て、
佛教も混かうしてゐるわけでせう。
そこの所で、天皇と云ふものを國際的觀點から再評價したと思ひます。
それがぼくは三島さんの自殺當時判らなかつたのです。
三島さんが國際的な視野を持つてきて、
インドとか近東とかさう云ふ所の祭政一致的考へ方、
それだと思ふんです。
それ以外に日本なんて意味ないよと考へたとぼくは思ふんです」  

さう何ですかと語りかける
多摩靈園の天空は鳥一羽飛んでゐなかつた。
2017/11/26(日) 晴れ


憂国忌の案内が届く


東 孝さんの大道塾池袋本部道場の応接室の眼下に廣い墓地が望める。
東さん、この光景が氣にいつてゐると、そのむかひ語つた。
都會の中での沈{しん}とした靜けさは贅澤な光景だ。

生者は死者に敵わない。
さう想ふ者には沈とした靜けさに身を包むまれる。

墓地には
何事も語らない靜けさがある。
この世の初めも祕めた沈とした靜けさがある。

多摩靈園の三島由紀夫の骨が眠る10區1種に
西郷從道、平沼騏一郎も眠る。
サザエさんの長谷川町子も。

三島由紀夫とて何事も語らない。
勝手にこちらが語りかけるだけだ。
四十七年忌は何を語りかける。

「海ゆかば」は良い曲だ。好きな曲だ。
歌詞をともなひ、<天皇教武士道>を美しくパッケージした。

兵頭二十八さん、山本伊左夫さんと出會つてゐなかつたら
<皆>と「海ゆかば」を唱和してゐたらう。
2017/11/23(木) 曇り


軍國老人の歌


背筋伸び足健やかな九十四歳支那に戰ひしと言う

大陸の戰いを語る九十四歳その時ばかりは生き生きとして

御縁のある會津若松の御仁から歌集が屆いた。
『不死鳥』
最終章の「老人」からの二首。

憂國の心(歌)は死なず
この通奏低音が
會津落城の地層から湧き上がるやうに流れてゐる

無粹の己も
九十四歳になつたら和歌を詠んでみようか。
通奏低音に流れてゐるのは何であろうか。

我が家の前を連なつて走る進駐軍戰車。
チョコレートを持つて近づいてきた海兵隊將校。
通奏低音に流れてゐるのは
遲れて來た青年。
2017/11/14(火) 曇り


後期高齢者たちはどう生きるか


衆議院本會議中、立憲政友會濱田代議士と寺内陸相の「割腹問答」。
「速記録を調べて私が軍を侮辱する言葉があるなら割腹して君に謝罪する。
なかつたら君が割腹せよ」
昭和十二年。この年、二・二六の北一輝らが死刑。日本軍が上海を占領。
『日本少國民文庫』の最終刊。『君たちはどう生きるか』が刊行。

賣らんかの外連味もなく、讀みたいと云ふ感情を高ぶらせる。
筆者の切々たる願ひが手に取るやうにわかる。
少年が、軍國少年が理屈拔きで渇望する答へがありさうだ。
心を鷲掴みにされる題名。
概念(コンセプト)が一目瞭然。

『後期高齢者はどう生きるか』
ヘタレした題名だ。平和ボケ老人が讀みたさうな題名。
軍國老人が渇望するのは
『後期高齢者はどう逝くか』

シナリオで肝腎なのは必ず對立するコンセプトを明確にする。
『刄隱』DVDのシナリオに彫心鏤骨。
   
2017/11/11(土) 晴れ


老いの[空間場]


さきほど武道通信かわら版をアップした。
「まぐまぐメールマガジン配送完了」のメールが屆く。2017年11月5日 6:27
老いの習ひ、「夜討ち」は苦手になるが「朝驅け」は得意となる。

老いの習性もあらうが、「日の出」の[場]が氣に入つてゐるのだらう。
そぎ落とした己の素裸と向き合ふ氣がする。

「ただこの場所で出會つたあなたと呼吸し、笑ひ、踊り續けるのだ。ありのまま(然)に。」
きのふ、知人の「空間詩」の[場]に身を置くためJR中野のギャラリーに出向く。

感じるもので、理をこね囘し、言葉にする必要はないが、編輯屋の習性。タイトルをつけた。
「遊 少年の夢のかけら」

武道通信かわら版はネットの置いた[場]である。
ギャラリーと違ひ、地場でないから3日で消えはしないが、配信者には「いますぐ送る」をクリックする、一瞬だけが武道通信かわら版の[場]である。

11月25日が巡つてくる。
多摩靈園の平岡家の墓前が三島由紀夫と再會する[空間場]である。
三島と杉山しか入れぬ、雜多で入れぬ[空間場]

老いて感知する時空。廣くもなければ<ゆがみ>もない。ただ偏屈。
2017/11/05(日) 晴れ


[世界の記憶]と[日本の記憶]


ふた昔のJapanは
Fujiyama Geisha Harakiri
いまは知らぬが、
西歐系毛唐の固定觀念は變はらない。

日本列島の獨特な地勢。そこで熟成されたシンボル的な女と男。
他人の目は瞬間的に本質を見拔く。

西歐系毛唐が
Memory of the World」に
[Bushi]を登録する日は近い。

百年後の[日本の記憶]に登録するため
『刄隱』DVDのシナリオに彫心鏤骨。
2017/10/29(日) 雨


[保守]つてなんですか?


わがまちの十八歳からメール。
●●黨は殺したいほど嫌ひだから 好きでもない○○黨に入れた。
◆◆黨は蟲酸が走るから 好きでもない○○黨に入れた。
▲▲黨は小蠅のやうにうつとうしいから 好きでもない○○黨に入れた。
センセイが投票しろ、しろと云ふから。颱風の中、投票所へ行つた。

末尾に質問。
「保守つてなんですか」

「十人十色」と答へ、
あとは自分で考へろと返信しておいた。


拙者も「保守」の枠にくくられるのであらう。
傳統を守るのが「保守」だと云ふバカもゐる。
九條を守れ!も「保守」だと云ふキチガイもゐる。

世の一切の出來事、物事、見える物
諸行に常は無い。
これが保守の眞骨頂。

一つの時代區分で
善、惡のレッテルを貼つてもせん無い。
それでも武士は
變はらぬモノがある筈だ。あると信じたい。
武士の道は紆餘曲折した。

武士が絶滅人種になつて“化石”を掘り出し、わかつた。
武士が變はらぬモノと信じたモノが。

これを映像化するには、どんな臺本を書けばよいやら。


談余
颱風や 乘り換えどもの 夢のあと<凡人>
2017/10/23(月) 晴れ


俗に云ふ生體エネルギー


十年ほど會ふことのなかつた御仁にバッタリ。
「變はらないですね」
五、六年ほど會ふことのなかつた御仁にバッタリ。
「變はらないですね」

變はらないわけはない。
寢牀から拔け出し、洗面臺で口をゆすぐ。鏡の中に見知らぬ、老いた男の顏が冩つてゐる。

日本刀を振るふ。
きのふは雨天、家の中で振るふ。天井に當たるから正坐して振るふ。

俗に云へば生體エネルギー
杉山流に云へばビックバンがなぜ起きたかを説くエネルギー。
宙{そら}からの
生氣エネルギーが劍先から流れ込んでくる。
頬に刀身を觸れさせる。
當てた箇所を拭ひ鞘に收める。

生體エネルギーは成人してから急速に衰へていく。
衰へを多少なりとも鈍化させる術をどの文明も考へてきた。

武士が刀を腰から離さなかつたはけはこれだ。
これを映像化するには、どんな臺本を書けばよいやら。
2017/10/22(日) 雨


「シナリオの書き方」の本でも手にしてみるか


讀み終へて閉ぢて、立ち上がれない本があつた。中學時代。
教室内で讀み囘しされてゐた本が囘つてきた。
『点と線』
裏庭の葉隱の下に置いた、海水浴に持つていく折疉みの寢椅子。
寢椅子からしばし立ち上がれなかつた。

これを機に漫畫を卒業し[本]となる。
「文學は教養だ!」との顏をした世界、日本文學全集が家にあつた。
何氣なしに手にした一册。『罪と罰』
矢張り折疉みの寢椅子。しばし立ち上がれなかつた

本の中身にしびれたのではない。
こんな本を書く奴がゐたんだ。

生き過ぎた歳して、立ち上がれない本に出會はう。
ふとしたきつかけで手にした一册。
もう、生き過ぎた歳になると、ふとしたきつかけでしか本を手にしない。
映畫人に纏はる本。

生き過ぎた歳になると、一氣に讀み終へる生體エネルギーはない。
五十頁ほど讀んで、立ち上がれなくなる。また二、三十頁ほど讀んで、立ち上がれなくなる。ジッと天井を見上げる。
生き過ぎた歳になると、椅子ではなく寢牀(ベット)から。

本の中身にしびれたのではない。
こんな本を書いてゐた御仁がゐたんだ。
映畫が手のひらに乘る世になつても。

『刄隱』をシナリオ仕立てにすることにする。
「シナリオの書き方」の本でも手にしてみるか。
2017/10/16(月) 雨


祭りだ、祭りだ、和一処(ワッショイ)!


政{まつりごと}は「まつり」が出典。
アベを担ひで和一処(ワッショイ)、和一処(ワッショイ)
コイケを担ひで和一処(ワッショイ)、和一処(ワッショイ)
(うるさいから他は省略)

十六年前、担がれ、ミコシになつた。
國政選舉舞臺を幕の端から覗ひた。
選舉は「まつり」と知つた。
同じアホなら乘らなきやソン、ソン。
愉しかつた。

日本初の公選入札{いれふだ}(選舉)は凾館、五稜郭。
西洋かぶれエノモトの蝦夷共和国選挙。
出自が武州多摩農民出の土方歳三が當選した。    
五稜郭の入札は「まつり」ではなかつた。
選舉民、明日の命がかかつてゐた。

十八歳のいまの世の若いモン
今囘の入れ札に
明日の命がかかつてゐるの知つてゐるのか。

歳三、十八歳。松坂屋上野店を追ひ出され
左の袂の右拳に希望を握りしめ、
右の袂の左拳に絶望を握りしめ、
己は何者になりたいのか、と自問してゐた。

2017/10/12(木) 晴れ


日本武道具さんへ一筆


日本武道具さんの「Face bookで書かなかつたこと」に一筆

「燒入れ」が日本人を誕生させた」 
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2017/10/07(土) 曇り


祭りだ、祭りだ、祭りの準備だ!


そのむかし「祭りの準備」を觀た。
地縁・血縁のしがらみでもがく青年。
青年だけでない。
家族も村の者たちも日々の暮しの中、
違ふ夢を描き
みな同牀異夢であつた。

當時の日本列島
<國防>の心棒が拔けてゐた。ゆゑにみな同牀異夢。
「祭りの準備」の原作者はわかつていただらうか。

<國防>の心棒が拔けて
地盤 看板 鞄ののしがらみの中でもがく代議士たち
同じ戰旗の下で同牀異夢。

一陣の緑色の季節風が
「大儀」を吹き飛ばし「變節風」となり
日本列島に吹き荒れる。

そのむかし「黒い雨」を觀た。
空想的「公平」なる放送法の呪縛で
傳へるべき國民の顏が見えなくなつた、とのフリをする
[マル歴]殘滓のマスメディア。
保守とリベラルの喧嘩だ、喧嘩だと
ディスインフォメーションを流し
笛や太鼓で祭りの準備をはじめてゐる。

「黒い雨」の原作者は泉下でつぶやいてゐる。
コヤツらを撲滅させないと
「黒い雨」はまた降つてくる。
2017/10/01(日) 晴れ


パンダから國防のハナシに飛んでしまつた


「杉山」をChineseで發音すると「シャンシャン」
杉と山は同音。
突然、何を云ひ出すかと云ふと
ジャイアントパンダの子どもの名が
「シャンシャン(香香)」に決つたと
スマホでニュースを讀んだからだ。

パンダと一緒にされてたまるか!
「香香」は「シァンシァン」だらう。

Chineseの發音は口と舌だけでなく、喉の奧も使ふ。
發音記號は日本語の百倍ある。
日本語が「五十音表」なら
Chineseの「ピンイン表」。
母音が36個、子音が21個、
この組み合はせで凡そ400音。


きのふは月齢5日あたりの上弦の三日月。
就寢の午後の八時ごろには地平に傾き、隣家の屋根の上にからうじて見えた。

三日月はChineseで「月牙月亮」
發音で「ティアヤィ イェーヤン」??
正しく發音しろと云はれても土臺、無理だ。

なに、淺學の徒の裏店の傘貼り浪人、
Chineseが片言でもわかるわけではない。
Google飜譯を片手に持つてのことだ。

いまどきの中學生、Google飜譯を片手に持つてゐる。
數年すればAIが搭載されたスマホを中學生が持つ。

四十年前のN.Koreの日本人拉致事件から
いまの核ミサイル騒動まで
日本の中學生たちは、日本の大人たちの無爲無策を知るだらう。

AIの逆襲の前に、日本列島には中學生の逆襲が吹き荒れる。
AIは教へてくれる。國家で一番大事なのは國防だと。
2017/09/27(水) 晴れ


彼岸花の下でぐつすり眠りたい


全國の市の中で四番目に<敷地>が小さいわがまち(國立市)。
上に行くしかないと、高層マンションが増え續ける。

宅地の道端に
彼岸花の群生を見かける時候となる。

「高層マンションには彼岸花がよく似合ふ」

天上に住まうと、おまへ等もいつかは地の中に眠る
彼岸花が哂つてゐるやうだ。

其のむかしの土葬(埋葬)墓地に咲く彼岸花は
亡きひとの想ひ出を美しく彩つただらう。

《平和念佛憲法》を正すとき一緒に
「墓地、埋葬等に關する法律」も正してほしい。
墓地以外、自宅の庭に埋葬してよい、と。

拙宅の<ネズミの額>ほどの庭に
土葬された拙者の墓には
彼岸花がよく似合ひさうだ。

さうか、けふ、秋分の日だ。
2017/09/23(土) 晴れ


人は一代、名は末代


地球上で一時間に七千の人が死ぬさうだ。
一日でその二十四倍。
いまだ世界の警察を自負するUSAの調べだ。

恥をさらしながらも生きる[ひと]もゐる。
恥を恥とも思はず生きてる[ひと]もゐる。

武士が一番に恐れた[恥]とはなにか。
武士が絶滅人種になつたからには
この[恥]も絶滅したのだらう。

からうじて生き殘つたのが
世間体の恥。
いや、ご近所の世間体が絶滅したかはりに
メディアが世間体に成り代つた。
そんな恥、「生きてりゃ、いいさ♪」で
そのうち新しい世間体メディア樣は忘れる。

「家族」が[ひと]を不幸にするとの本が賣れたさうだ。
著者には[家]が見えてない。<家の庭>しか見えてない。
讀者も[家]が見えなくなつた。

[家]が見えなきや
武士が一番に恐れた[恥]は見えない。

「人は一代、名は末代」が
死語になつたのもよくわかる。
時代錯誤で死語を復活させたい。
恥をさらしたら腹切るつもりだ。
2017/09/21(木) 晴れ


百年後の日本人への遺言状


拙者より四つ歳上の車イスの物理者が
あと千年でなく、あと百年で
地球上の生物は滅びると豫言した。

百年で滅びようと、百年後の日本人に殘しておきたい。
と念い、綴つたのが
『刄隱』 ――籏谷嘉辰との対話の收録  杉山頴男

綴つてゐる途中、文字だけで百年後の日本人に通じるか
の思ひがつのつてくる。

ビデオからCD、VDVのときの流れをみてきた。
ビデオ以前、文字と冩眞で達人の技を後世に殘さうと奮戰する。
嗚呼、ビデオがあつたならと、後年、地團駄を踏んだ。

さうだ! 『刄隱』はVDVにしよう。
そんじよそこらにあるVDVではない。
文字の力と映像の力の合作。

そのむかし、まだ祿を食むころ、ネット時代到來を若いモンに説いてゐた。
そのとき、文字の力を侮るなと説いた。

二十年前の念の證を立ててみよう。
2017/09/14(木) 晴れ


日本武道具さんへ一筆


日本武道具さんの「Face bookで書かなかったこと」に一筆

「1946年のGHQへ、一太刀浴びせてみませんか」
 http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2017/09/08(金) 晴れ


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