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パールハーバーの眞相


平成十三年の夏 酷暑だつた 
選舉カーの中 ポカリを積み込んでゐた
兵頭二十八さんから獻本 
2001年7月18日 第一版一刷發行 PHP刊行
『パールハーバーの真実―技術戦争としての日米海戦』
も積み込んでゐた

ポカリを流し込みながら考へた
山本五十六聯合艦隊司令長官
東郷さんのやうに軍神になりたかつたんだ

世界三大提督 ジョーンズ ネルソン 東郷
竝びたかつたかつたんだ
「空母+艦攻+航空魚雷」で名を轟かせたかつた
とでも考へておくしかないか
パールハーバーの眞相

天皇に手柄を襃めてもらひたかつた
親任官のトップになりたかつた
とでも考へておくしかないか
パールハーバーの眞相

楠正成
足利尊氏を京都山嶽地帶に引きつけ一舉に叩く
しか勝ち目はない
公家ども默れ
と云へばよいものを
負け戰とわかつて討ち死に

上司のために死ねばよい
楠正成
天皇教武士道のシンボルとなる
天皇教武士道で舉國一致 
とでも考へておくしかないか
パールハーバーの眞相

昭和天皇 明晰であられた
天皇教武士道 お嫌ひであられた
二・二六 
天皇教武士道と見破られになられた

天皇教武士道 
一番に危惧されてをられたのは
昭和天皇

昭和天皇 明晰であられた
宮内府長官「拜謁記」 
「他の改正ハ一切ふれずに軍備の點だけ公明正大に堂々と改正してやつた方がいヽ」(昭和二十七年二月十一日)
侵掠者のない世の中ニなれば武備ハ入らぬが侵掠者が人間社會ニある以上軍隊ハ不得己(やむをえず)必要だ」(同年三月十一日)
2019/08/23(金) 晴れ


幕臣のプライド


坂本龍馬が好きな國民的作家
『竜馬がゆく』 
こんなハナシを創作

當時流行つた勤皇刀(長刀)
三尺近いのを差して悦に入つてゐる若侍に
竜馬 云ふ
「長いのは實戰に不向き 短い方がいい」

數日後、若侍 龍馬に云ふ
「勤皇刀やめました」
竜馬 懐からピストルを出して
これからはコレだ
更に數ヵ月後 若侍 竜馬に會ふ

竜馬 懐から『萬國公法』を出し
これからはコレだ

『萬國公法』 飜譯者
沼津兵學校初代校長 
西周{にし あまね}

文久二年 幕府 逸材十五人をオランダへ
軍艦操練所から榎本武揚ら
蕃書調所から西周ら
醫學生の伊東玄伯ら
鑄物師 船大工等技術の職方ら

西周 オランダ ライデン大學留學中
フィッセリング教授の私邸に通ひ
ヘンリー・ホイートン『Elements of International Law』(国際法の原理)
口授してもらふ
石墨でオランダ語で筆記
歸國後 同留學生津田眞道(つだ まみち)と口述記録を飜譯
慶応四年

竜馬 慶応三年沒 竜馬が持つてゐたのは
西周 鳥羽・伏見の戰ひの敗走の中
『萬國公法』の譯稿を紛失
西の門人が持つてゐた未推敲譯稿
誰かが無斷で冩本
その誰かが無斷刊行したもの

西周 津田眞道
『萬國公法』飜譯に突き動かしたのは
幕臣のプライド 

西らオランダ留學生は知る
宗教戰爭なるもの 一世紀に及ぶ戰爭
懲りてできたのが
『Elements of International Law』
國際法とは
戰爭を起こさないため法であつた

300年近く
治世に務めた江戸幕府には<國際法>があつた

沼津兵學校は
幕臣のプライド

校長西周 
沼津兵學校を
文武官僚養成綜合大學にしたかつた
既存の兵學校に加へ文學科を創ろうとする
文學科 政律・史道・醫科・利用の四科目
いま風に云へば
法學・政治學・哲學・文學・歴史學・醫學・工學・農業

このプラン
明治政府に掻つ拂はれた
官軍の一夜漬けのプライド
まともな明治維新にならなかつた
2019/08/18(日) 晴れ


もつとまともな 明治維新になつてゐた


明治九年(キリスト紀元1876年) 三月二十八日
「廢刀令」に堪忍袋の緒が切れて

同年十月二十四日 熊本縣 神風連の亂
同年十月二十七日 福岡縣 秋月の亂
同年十月二十八日 山口縣 萩の亂

松下村塾 多くの塾生 吉田松陰の親族 亂に応舉
松陰の實兄 代官を辭して隱居の身
松陰の叔父 松下村塾塾頭玉木文之進は切腹
松下村塾 閉鎖

明治維新とは なんであつたか
「唯今沼津に結集したやうな人材がもつと早く幕府で拔擢されてゐたら」
もつとまともな 明治維新になつてゐた

明治十年 「國民皆兵」に堪忍袋の緒が切れて
西南戰爭
杉山家初代 幕臣のY染色體
西郷軍へ  二度目の敗戰者に

脇差だけでも帶刀してゐたら
もつとまともな 明治維新になつてゐた
拙者の持論 
孤高の持論

新政府が京都につくつた陸軍下士官養成機關
教導隊にゐた長府藩の某藩士
下士官になるのを嫌ひ沼津兵學校へ轉校希望
が 果たせなかつた
その名 乃木希典

旅順陷落後 降伏調印
乃木將軍
ステッセルに帶劍を許した

天皇教武士道體驗者
天皇教武士道を嫌つた 國民的作家
「殉死」を嫌ひ
乃木希典を嫌つた

が 國民的作家 劍の體驗者でなかつた
見落とした

乃木希典 堪忍袋の緒が切れなかつたが
「廢刀令」に否
ゆゑに ステッセルに帶劍を許した
ゆゑに殉死した

脇差帶刀は
自刄のため
神風連の亂 秋月の亂 萩の亂
譽れ達 知つてゐた

「自刄のため脇差帶刀を認めさせる會」
立ち舉げようか
と云つても
さて 何人 
押つ取り刀で
驅けつけることやら

――――――――――――――
七十四年目の
[8月15日]
幕臣のY染色體 四世代目
敗戰後少年 七十三歳
――――――――――――――
2019/08/15(木) 降ったりやんだり


幕臣Y染色體 幕臣の娘ミトコンドリア


郷里の驛に着く
閑散とした驛前
<夏の日ざかりの日を浴びてしんとしてゐる>

かつての城下町のメインストリート 
シャッターが目立つ

驛前 沼津城跡
城岡神社の境内
「沼津兵學校記念碑」
《水陸軍人及び子弟の俊秀なる者をこの地に聚{あつ}め、
城を以て學館に充て、以て兵を講ず》

沼津市HPより (原文のまま)
《欧米の近代的学問、文化を採り入れ、その水準は当時の最高を示すもので、全国から優秀な人材が沼津に留学した。特に語学と数学はすぐれ、各学科の質の高さは全国的な評価を受けた。 生徒は原則的に静岡藩士に限られたが、員外生として福井・徳島などの他藩からの留学生も受け入れた。また、同校の予備教育機関として設けられた附属小学校は、近代的小学校の先駆といわれている。
 これら先進的な学校制度や優れた教育内容は、全国的にも注目を集め、他藩にも影響を与えたが、廃藩置県後の明治4年(1871年)9月、兵学校は兵部省の管轄となり、明治4年12月には陸軍沼津出張兵学寮と改称され、陸軍兵学寮の分校となった。 そして、明治5年(1872年)5月には東京本校に合併・吸収され、ついに廃校となった。》

見えた! なにが?

一五〇年前 沼津
敗戰者が群れてゐた
鳥羽・伏見の戰ひ 
北越の戰ひ 
會津の戰ひ 
上野の戰ひ 
箱館の戰ひ
の 敗戰者

幕臣のY染色體 幕臣の娘のミトコンドリア
スイッチON

東京本校に行つた者 わづか
地主百姓 商家の婿に
地主百姓 商家の嫁に

壬申戸籍 「士族」でなく「平民」

靜岡藩で抱へ切れない幕臣家族
沼津城下近郊に土着 田畑を耕す
壬申戸籍から「旧幕臣」を外す

三世代經ち
幕臣のY染色體 と
幕臣の娘のミトコンドリア 
DNA融合
四世代目
いまここに いる
2019/08/12(月) 晴れ


日本武道具さんへ一筆啓上


武士モノを著はす拙者にとつて、ラストページは
武士の世の晩鐘が鳴り響いた四年間【慶応】
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/08/09(金) 晴れ


今日も暑うなるぞ


七つ半 クーラー 停止
窓 開け放す

假死状態  六十兆の細胞 
息 吹き返す
「さうだ墓、行かう。」

ああ、綺麗な夜明けぢやつた
今日も暑うなるぞ
暑い日には
小津安二郎 モノクロ がいい

墓前
Y染色體 
息 吹き返す

「ぶつ壞す」
<すべてのものが一樣で等しい>を

ひとは 樣々 DNAも 樣々

2019/08/04(日) 晴れ


祭祀者 ミカドの出現


「眞劍刄引きでやりませう」
初對面 鎖帷子劍士が云ふ

胸中で<膝>を打つ
さうだ これをやりたかつたのだ
劍道をやりたかつたはけぢやなかつた

鎖帷子劍士考案
刄引きの防具をつける

自然 劍道の間合ひではなく
雙方の身體 間 三メートルほど
鎖帷子劍士 正眼の構へ
拙者 自然 八雙の構へ

腦を通しては 
見えぬ 聞こえぬ 嗅げぬ

暗闇 ピッカと光る カチーン
漂ふ 鐵の焦げた匂ひ

Y染色體DNA スイッチON

「鐵は國家なり」
ビスマルクが云ふ前に
スサノオノミコト
何千年前 云つてゐた

ヤマタノオロチ 正體 
諸説は置いておく
大和朝廷 
製鐵で實權を握つた

葦原中國 平定したタケミカヅチ 鐵劍の神
石斧 銅劍での部族騒亂
鎭めたのは鐵劍
神武東征で草を薙いだのは鐵劍

ヤマト(近畿繩文人末裔)と
エミシ(東北繩文人末裔)の戰ひ
砂鐵製鐵の劍 餠鐵製鐵の劍
量の差でエミシ負け
しかし 灣刀を出現させ
一矢 報いる

鐵劍を神器にすることで
男のシャーマン
祭祀者 ミカドの出現

勾玉は
繩文人の神
胎兒

ヤマト建國
繩文の支點からのスパンであつた
いまある 日本國の未來
千年 萬年のスパンで考へる

千年 萬年のスパンで考へる のもよいが
いまある 足元 
どの支點からのスパンであつたか

いまある 足元
先の大戰 異國で眠る骨 一〇〇萬餘 
收集 いい加減さが露呈 厚生勞働省

大空のサムライ 見た
鬼畜米軍 海に落ちた一兵を 何艘が探しまくる
吾が帝國海軍は……
Y染色體 スイッチOFF になつた

日本が降参するわかったとき 
その前に
人体実験したくて
2タイプ 原爆投下した
鬼畜米

いまある 
米國防總省の捕虜・行方不明者調査局
最後の一兵まで見つけ出すこと使命とする

鬼畜米
インデアン虐殺から 國づくり
この支點から
二四三年後の
いまある支點を
二四三年のスパンで考へているのだらうか
他人樣(他文明)のことはわからぬ

己の いまある 足元 
スギヤマ家 Y染色體DNA
一五〇年前の支點から考へてみようか
2019/07/31(水) 晴れ


カミサマの作り方で 民族文明の素性がわかる


週刊ベースボール編集部 慰安旅行 
新潟 小千谷へ 
社長の故郷

一箸 口に入れる
「ウム 菜{おかず}がなくても何杯も食へる」
「こんな米 食つたことがない」
後年知る 魚沼産コシヒカリ 

繩文水田のはぢまりから
一萬餘年
捕食の水田稻作 
北九州からゆつくりと瀬戸内 近畿へ 
ゆつくりと關東へ
東北で一度 足踏み

日本に馴染み深い 考古學者
マーク・ハドソン は云ふ

大陸にあつた農耕
繩文人たち 疾うに知つてゐた
なのに 數千年もの間 手を染めなかつた
繩文社會側のイデオロギー的な抵抗だつた

イデオロギー的 なのではない
宇宙觀の違ひ

大陸の農耕
米が主食になる 
不作になれば よそから米を奪つてくる
奪ひ合ひの殺し合ひがはじまる

土地に しがみつくこと
土地の 從者になること
土地に對する執着を
繩文人 嫌つた

富が蓄へられる
富を奪ひ合ふことになる
田彦 大陸で見て來た

歸還した田彦 
小さな爭ひは 津々浦々でおこつてゐる
田彦 
爭ひをなくす 
この國の元となる 
物語をつくろうとする

海彦 山彦 田彦
三人寄れば文殊の智慧

海神を大和王朝神話の中に取り込む
山彦と海彦 和解の物語

「五穀豐穣」
大陸漢字を なぞつだけ
五穀の中に 海の幸もある
五穀 幸の總稱

神話には 各文明 共通するものがある
と云ふ
天に 太陽 星があり
大地があり 海がある
共通するのは 當然

カミサマの作り方で 民族文明の素性がわかる
大和民族の素性 繩文人 
2019/07/27(土) 晴れ


「海彦 山彦」物語をつくった田彦


高校一の體育教師 元帝國陸軍士官學校卒
運動場集合 一人でも遲れてきたら 
足を開け 齒を食ひしばれ
全員 往復ビンタ

二年の體育教師 日體大卒 サッカー好き
はじめてサッカーなるものをやる

手が使へない
バッドとグローブに馴染みが深い
生徒らは陰口を叩いた
「カタワのスポーツだ」

ベースボールとサッカー 
何かが違つた

宇宙觀なる言葉を知つてゐたら
「宇宙觀が違つた」
 
ベースボール
本壘は歸港地
一壘 二壘 三壘 寄港地
寄港を巡つて
本壘 歸港地へ還る

ヤンキー 鯨遠洋漁業の航路を   
なぞつて つくつたルール

サッカー
センターライン 兩軍の最前線
ペナルティーエリア  城郭都市内
ゴール 城内

遊牧民族の末裔 部族戰爭を
なぞつて つくつたルール

山彦 
ユーラシア大陸の遊牧民とは違ひ
日ノ本列島 豐かな幸 狩獵採集で定住できた

海彦 歸港はあるが 多くの寄港を持つてゐた
海の男の性
寄港は もうひとつの ふるさと

おのづと宇宙觀が異なる

宇宙觀が異なる 二人が
たいした争いもなく 何千年やってこれたのは
日ノ本列島 海 山の豊かな幸

縄文水田 現れる
が それは 捕食でしかなかつた 米

落葉廣葉樹 照葉樹の森林だらけ
コナラ クヌギなど ドングリ類
トチノキ クリなど 堅果類
フキやワラビ ゼンマイなど 山菜 
ヤマユリやユリ根など 根菜
これらを調理 保管 のため
土器が作られる
世界最古の土器  
日ノ本列島から出土したわけ

遺蹟から出土した他の食品
陸上動物六〇種
魚類七〇種
貝類三〇〇種
これらが主食
食料を補完するためだけの水田稻作
穀物も栽培してゐた
考古學では「園耕民」と云ふ

何千年して

長江下流 揚子江岸邊から
東シナ海を渡つて
日ノ本列島と相性のよい稻を
持ち歸つた
O系 O2bY染色 田彦

田彦 見て來た 大陸での戰亂
田彦
海彦 山彦に云ふ 慌てるな 

田彦 
「海彦 山彦」物語をつくる
なぜに
2019/07/24(水) 晴れ


繩文水田だ!


茶碗に米粒が殘つてゐる
「お百姓さん 汗水流してつくつてゐる」
「お百姓さんに申しわけない」
祖母に諭された

茶碗に殘した米粒を食べた記憶はない
水田を見た記憶 幼兒の記憶の引き出しない

はじめて 水田に足を踏み入れる
二十路{ふたそじ}も盡きるころ
谷保天滿宮下の裏手
かつての谷保村に殘つた田んぼ 
幼稚園が拜借
親子で田植ゑ

はじめて 水田に足を踏み入れる
腦を通しては 聞こえぬ音
木製の鍬で地を掘り返す音 「ザグ」

Y染色體DNA スイッチON

福岡市 板附遺蹟 
繩文時代も をはりころとされる遺蹟
昭和五十三年 發掘

地中から水田の痕跡 木製の鍬 石製の穗積具(石疱丁)
炭化したき米(ジャポニカ)みつかる
幹線水路 井堰 出水路 排水路 畦畔
いまとなんらかはらない
發掘者ら 驚愕 
「繩文人は水田稻作をやつてゐた」
發掘者チーフ 叫んだ
「繩文水田だ!」

足跡も殘されてゐた
身長164cm 繩文人 平均身長は定かでないが
泰平江戸期の平均身長より大分 高い

彌生時代 紀元前300年から500年ごろ 教科書に書かれてゐた
先生云ふ 大陸は春秋戰國時代 多くの難民が海に逃れ
日本列島に押し寄せた
稻作が廣まつて彌生時代は始まつた

キリスト紀年1970年代末  放射性炭素年代測定 發明
炭素 14 年代法 放射性炭素(14C)で計る
が 日本の考古學 
繩文土器 彌生土器 區分けにわだわる
世界共通 となり腰を上げる

教科書 先生の云ふこと 間違つてゐた
炭素14年代法によつて
彌生時代の始まりは紀元前1000代 後半 となる

「稻作を選擇したのは繩文人だつた」
一部 考古學の證言と一致
「繩文と彌生の境目がわからなくなつた」 
いまや通説となる

更に
長い年月をかけ 稻作はゆるやかに
東に傳はつていつたと判明
渡來人が稻作を廣まつたのではない

朝鮮半島からの渡來人 ではなく難民
彌生人聚落の片隅で 肩見狹くして暮らす
いつしか同化していつた

繩文晩期から彌生時代中期にかけて
日本の土器
朝鮮半島南部に持ち込まれてゐた
釡山市の東三洞貝塚から 九州の繩文土器が大量に發見
繩文人 彌生人が渡り 日ノ本タウンをつくつてゐた
なにせ 古代朝鮮半島の部族の王に 倭人がゐた

大陸からの渡來人 皆無
三千年前 南シナ海を渡る 航海力はない

揚子江ほとりにゐた
列島から海路で渡つた
繩文人 彌生人 
日本列島に歸郷する田彦{でんひこ}は
まだ 上陸してゐない
2019/07/18(木) 曇り


鐵は 海を渡つて來る 前にあつた


二十路{ふたそじ}入口
郷里した折 
隣町 三島大社刀劍展
名刀と稱される 刀劍を目の前する
「光の影と沈默と」
言の葉が肩の上に舞ひ降りた

四十路{よそじ}に入らうとしてゐたころ
はじめて 卷いた疉表を斬つた
「ザッ」

日本刀 握る手に 響いた
卷いた疉表を斬つた 音「ザッ」 ではない
爐の中で燃え盛る火の音
腦を通しては 聞こえぬ音

Y染色體DNA スイッチON

繩文人の
海彦の釣り針 繩文人の山彦の鏃
鐵であつた

岩手縣 小鎚・新山高原の明神平
カキ殼の附着した鐵滓{てつさい}(ノロ) 出土
昭和から三六〇〇年前頃 キリスト紀年一六〇〇年前

古代東北 餠鐵{べいてつ・ もちてつ}
純度の高い磁性に富んだ磁鐵礦石 磁石につく
東北地方 餠鐵は無盡藏にあつた
令和の御代でも河原で拾ふことができる

餠鐵 碁石の二、三倍 大きいのはジャガ芋ほど
川原の小石と變はるところはないが 色は黒く
持つてみると石より重い
純物が少なく鐵にしやすい

繩文人 風の強いところで盆状の野燒爐を造る
細かく碎いた餠鐵 カキ殼に入れて火をかける
日ノ本列島 薪は豐富 炭が使はれてゐた

還元された鐵を取り出す
鏃 釣り針をつくつた
タタラ製鐵以前の繩文製鐵

「古事記」 
「眞名鹿の皮を全剥にはぎて、天羽ぶきを作る]
一枚皮のフイゴがあつた 
製鐵 既にフイゴが使はれてゐた
大陸でも まだ製鐵は行はれてゐないときに

正倉院にある「舞草」銘の 日本刀のルーツ
岩手縣一 ノ瀬の舞川近くの餠鐵からつくられた

大量な鐵劍が必要となる
餠鐵 何度も何度も叩いて細かく割る
手間がかかる

砂鐵は細かな粒子
ヤマタノオロチ 登場
斐伊川{ひいがわ}の砂鐵
はたたら製鐵 はじまる

戰ひに強い鐵劍を必要とする世となる
一つの部族が勝つためでなく 
和を亂す部族を壓するため
「倭國大亂」(魏志倭人傳) が鎭火したはけ
劍が三種の神器の一つになつたはけ

大陸 半島に[日本刀]は出現しない
繩文製鐵があつたから
何千年の鍛冶の試行錯誤があつた
ユーラシア大陸西端にも出現しない
文明史上最高傑作の刄物 [日本刀]出現したはけ

鐵は 海を渡つて來る 前にあつた
冶金も 海を渡つて來る 前にあつた
2019/07/14(日) 雨


ファミリー・ヒストリー


八十に屆かうとするとき 
突然 腦卒中 不歸の客となる

待ち合はせ時間 二時間過ぎても 來ない
携帶電源入れてない 卓上電話 出ない
交番へ通報
第一通報者 奇しくも拙者

第一發見者(妻)を持つことはなかつた御仁
エンディング・ノートなど無縁な御仁だらう
驅けつけた弟君 さぞ難儀だつたらう

エンディング・ノート 
つけておかうか
DNAの項目 あるのだらうか
Y染色體の項目 あるのだらうか
ないだらう やめておかう

大家と云へば 親も同然 子も同然
編集屋にとつて 讀者は子も同然

子らに 拙者のY染色體を語つておかうか
ハプログループとかの Y染色體ナニナニ型でない
菩提寺過去張 杉山家の墓石から探つた
手に屆く 拙者のY染色體 

ご先祖さんの墓石 二基
一基は江戸モノ 亡父が再建石した
片方もう一基  大正モノ
亡父 立て替へようとしたが
亡父 立て替へようとしたが
年代モンで大事だから止めとけ の意見に從つた

丸に三つ柏の紋所 下に
戒名 三つ並ぶ

歳食つて 武士モノを著はすやうになり
杉山家の紋所 氣になりはじめる

過去張のはぢまりは 天保
旧東海道沿ひで商ひをしてゐた
さもない商家の紋所 丸に三つ柏 
腑に落ちない

また歳食つて 郷里の材で 何か書かうか
持つてコイ みつかる
「沼津兵學校」
かつての幕府の叡智をつぎ込んだ
數學 外國語 當時隨一のレベル
かつての倒幕派 薩長土肥の若き秀才も集つた

主人公 沼津兵學校へ入學した 元幕臣
在郷の娘と戀仲になる
主人公 娘に 
本邦初譯 沼津兵學校教科書にある
イソップ物語 アラビアンナイト 語つて聴かす
いつしか ふたりに子ができる

千本濱 松の枝 濱風に搖れる 音
「ヒュー ヒュー」
焔{ほむら}を煽る

Y染色體DNA スイッチON

NHK助つ人無しで
ファミリー・ヒストリー

拙者のY染色體の[顏]がみえた
三つ並ぶ戒名 向かつて 右から
曾祖母
曾祖父 
曾々祖父 

曾々祖父 長岡藩主牧野家の縁筋
曾々祖母の婿となる

拙者のY染色體
過去帖初代と無縁

曾々爺祖父
曾々祖母の妹 越後へ嫁がせる
妹の足取り 途絶える
NHKさんも 無理だらう

杉山家 新Y染色體の五代目となる
杉山家の祖とは切れてゐた
過去張にある杉山家の祖のY染色體
ここで途切れたが
どこからきたのだらう

明治期にあつた「家」
現在“存命”三割切るさうだ
ましてや 
男子直系の「家」 なかなか難しい

[武門]が絶滅種となつた いま
男子直系の「家」 殘す意味ないか
天皇家だけで よいか
Y染色體 奇蹟の列島と證として
2019/07/10(水) 曇り


日本武道具さんへ一筆啓上


武士モノを著はす拙者にとつて、【天正】【承久】につづき、もう一つ気になる元号がある。 【応仁】
http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/07/07(日) 降ったりやんだり


卑彌呼らシャーマン 海彦らの娘


矢竹を折り
地べたを掘り返し つかまへたミミズ
拾つた空き罐に入れ
沼津港の堤防へ
大人が忘れていつた 釣り絲 釣り針
小魚の一群が見える海面に
釣り絲を垂れる

後年 釣船なるもの はじめて乘船
小雨 波高し 
暗い海面に垂らした釣り絲
無反応

どのくらゐたつたらう
「コトン」
暗い海面に垂らした釣り絲の先で 
「コトン」

釣り竿 持つ手に 響いた
地球が廻轉する音 

Y染色體DNA スイッチON

海彦 
地球が廻轉すること 
知つてゐた
地球が廻轉するから
太陽は 
海から登り
海に沈む

海彦 丸木舟で渡航の達人
伊豆諸島 神津島の黒曜石を 
關東 中部の海岸聚落へ運ぶ
遠路航海 水補給などできる陸地
いついか寄港地 港の聚落が生まれていく

繩文人の海彦
南シナ海へ漕ぎ出し 大陸に渡つた 
寄港地 倭人の聚落が生まれていく

彌生人の海彦 
諸手船{もろたぶね}で
伊豆八丈島産の寶貝 
絲魚川産の翡翠 
隱岐島・姫島・白瀧産の黒曜石
南シナ海へ漕ぎ出し 運んだ

長江河口 河姆渡遺蹟出土 七千年前の漆椀
made in日ノ本列島
海彦が運んだ

『魏志倭人傳』 「男子皆黥面文身」
鯨{げい}とは 眼の緑の入れ墨 
倭人だけ 他の海洋民にはない

眼に 海神{わたつみ}の力を宿す
人から神に
人を消す

任侠道の刺青 おいらの生きざま
いまどきのタトー おいらのアート
人の自己顯示

女シャーマンを王とする
他の海洋民にはない 倭人だけ
日ノ本列島 數多く部族
王であつた女シャーマンがゐた

卑彌呼らシャーマン 海彦らの娘
2019/07/02(火) 雨


海彦 山彦 田彦


はじめて 手にした携帶電話
着信音 「海行ゆかば」   
信時 潔
晩年 となりまち 国分寺で暮らす この地に沒す

驛メロが流行りだしたころ
国分寺驛メロ 市民から候補曲募集
氣骨ある御仁 「海行ゆかば」 を舉げた
例によつて 例のごとし
例の奴らが猛反撥
「電車ごつこ」に落ち着いた

郷里 千本濱 
繰り返す 波音 
♪海行ゆかば 水漬く屍
山行ゆかば 草生す屍
口ずさんでゐたら
Y染色體DNA スイッチON

わかつた
大伴家持 歌人である前に 武門の出
戰さの段取りは 知つてゐた
まづ 海戰があつて 苦戰の集團
陸にあがつてから 再度 挑む
戰ひのはぢめは 山でなく 海

さうか 
兄だから 海彦 
弟だから 山彦

アフリカを旅たち 日ノ本列島一番乘り 
海神{わたつみ}を奉じる集團 
巧みな航海術 貝文土器を携へた海洋民
海彦集團  C系 C1Y染色體

二番手
母體(=胎兒)を神として奉じる集團
狩獵採集民 
山彦集團 D系 C2Y染色體

一萬餘年 日ノ本列島に暮らし
共に太陽{アマテラス)も奉じる民となり
兄弟となる

ずつと遲れて 三番手 三千年前
稻を神として奉じる集團 
春秋戰亂 嫌氣がさして 大陸逃亡

渡來人に非ず
O系 O2b染色體とは別

大陸に漕ぎ出した倭人(繩文人)
長江流域に留まつた倭人
水稻を持つて歸つてきた

陸稻栽培プロの倭人
日ノ本列島と相性が良い水稻米を選んだ
稻DNAの「D」も知らず 知つてゐた

大陸人 南シナ海 渡る渡航術はなかつた
稻は半島から 稻DNAで否
大陸から移動した半島人 東シナ海 渡る渡航術はなかつた

三千年前 日ノ本列島 
海彦 山彦に それに
水稻を持ち歸つた 
元倭人 歸還集團 
田彦 

仲良く仲良く 暮らしたとサ
とは ゐなかつた
2019/06/27(木) 薄曇り


スギヤマ どこを見てゐる


教室 廊下側 窓ガラスの上の壁
日本史年表 貼られえてゐる
縱30cmほど 横は どのくらゐあつたらう

見上げた 記憶の角度からすれば
中學一年でない 三年でもない
中二の教室
ひねもす 年表を見てゐた

木村センセイ 暗誦したのは コレか
神武から一つ二つ 數えはじめる
元號二四六個

「スギヤマ どこを見てゐる」
元帝國陸軍士官學校卒の竹刀  面!

それでも
ひねもす 日本史年表を見てゐた
神武天皇から一つ二つ 數えはじめる
一二四人

明治 大正 昭和しか知らない 凡庸な中二
天皇の數より 年號が多い 
と訝る

「スギヤマ どこを見てゐる」
面! 二本決まる 

GHQ教育基本法を叩きこまれた
若い女のセンセイ 
「スギヤマくん どこを見てゐるの」

中二のオレ どこを見てゐたのだらうか

日本史年表 何度も何度も 素通りしていくと
天皇が
得體が知れないものに見えてきた
のではないか
2019/06/24(月) 雨


Somethig Great


目覺める 牀の上 仰向けのまま 腸を搖する
腸 目覺めさせる
腦より神經細胞が多い 腸を まづ目覺めさせる
それから<RhマイナスA型 活性運動>
コレ門外不出の祕法
RhマイナスA型にしか傳授しない

枕元 積讀本に手をのばす
わがまち 唯一の本屋 ブルーバックス賣上ナンバーワン
『科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで』

ゲノム研究者も
まだ氷山の一角だけでの成果だけでも
ゲノムの摩訶不思議さ 神祕さ
Somethig Great

異國のゲノム研究家は氣づいた
ニッポンのミカド 男系繼承のわけ

アフリカ旅立ちの三血統の末裔
日ノ本列島だけに
現在でも共存してゐる 生活してゐる
摩訶不思議さ 神祕さ

[和(wa)] つくり得た
リーダーの血脈を永久に殘していかう
古代のJapanese 智慧
DNAのD字も知らなかつた
古代人の靈性 であらうか

異國のゲノム研究家は氣づいた

多樣性こそ 新たな價値を生む
神を信じてゐる科學者は 知つてゐる
神 多樣性を好む

日ノ本のゲノム研究家 
とつくに氣づてゐた
けど Y染色體「天皇」
觸らぬ神に祟りなし

TVニュースキャスターの一言が
新聞論説委員の一文が
Tiwtterの騒ぎが 怖い
「天皇」のY染色體
觸らぬ神に祟りなし
2019/06/18(火) 晴れ


Again! 拙者のRhマイナス どこから來た?


互ひに助け合ふ心が育む
Y染色體の D2とC1 
日本人の原像
突然 スイッチONしたのか

出勤前 御茶ノ水驛前に停まつてゐた
日本赤十字の輸血バスに足が向く
いつもは見拔きもしなかつた輸血バス

獻血手帖 いただく
昭和五十八年四月十八日
血液型  (ABC式)  A  Rh式(−)
己の血液型  藝術家タイプAB型と思ひ込んでゐた
Aか ナンダ  凡人か

Rh式(−) つてなんだ?

後日 編集部 日本赤十字社から電話
「Rhは少ないので獻血 お願ひ」
「二、三日 出張なので」
そのまた後日
「Rhは少ないので獻血 お願ひ」
「二、三日出張なので」

この 後ろめたさ
ずつと どこかにしまはれてゐた

立川驛ビル前 獻血キャンペーン
後ろめたさを拭ふチャンスだ
胸張つて 「よろしく」
「年齢制限でダメです」
なぬ! 血の氣の多い 高齢者だつてをるんだ
思ひつきり拔いてくれよ

拙者のRhマイナス どこから來た? Again!

オヤジとおふくろ 共に
ジイちやん ばあちやんから
第一番染色體なるもの
一本づつ受け繼ぎ 計二本づつ

ふたりともRhプラスだとしても
オヤジとおふくろ
第一番染色體 二本の内 
一本しかRhD遺傳子を持つてゐなかつた
ゆゑに 25%の確率で Rhマイナスの子 誕生

と云ふことらしい よくわからぬが

たしかなことは
地表にしがみついてるヒト科 
アフリカ大陸 ユーラシア大陸 南北アメリカ大陸
その他 列島 島々

肌の色 民族種 國家 違へど
比率 高低差はあつても
Rhマイナス血液は流れてゐる

アフリカ旅立ちの
A血統 B血統 C血統 D血統 
それぞれ いつか どこかで 
Rhマイナスを注入したのだ されたのだ

元來 血液 己と違ふ<異物>が侵入してくると
それをやつつけようとする抗體をつくる
コレが D抗原
Rhマイナスは このD抗原がない ないからマイナス
ヒト科ではないのか
なのに デカイ面して生きてゐる

わからん

遺傳子工學 ゲノム解析 ここ十年 はじまつたばかり
いまある成果 氷山の一角
との お行儀良いところで〆ておかう
あきらめておかう

2019/06/14(金) 晴れ


拙者のRhマイナス どこから來た?

バイクで事故つて スッテンコロリン 
氣恥づかしいくて 痛みは感じなかつた
「オレは なんて運のイイ男だ」
で 痛みは感じなかつた
教習所へ行く前 次男坊をバイクで幼稚園
いまこのとき 子は乘せてゐなかつた

スッテンコロリンした 路の 
家の前を掃除してゐた奧さん 
「キャー」
肘を見ると白骨がはみ出してゐた

救急車 國立〇〇整形外科医院
ウチでは手に負へません
甲州街道沿ひ “交通事故骨折專門店”府中〇〇整形外科病院

手術は思ひのほか長かつた
手術で輸血されたか どうかは知らぬ

輸血されてをれば 
RhマイナスAの取り置きはあつたはけだ

拙者のRhマイナスA どこから來たのか?
どのルートで來たのか?
         *
アフリカ旅立ちの第一集團 C
アフリカ旅立ちの第二集團 DとE
アフリカ旅立ちの第三集團 F〜Rの十三
拙者のRhマイナスA どのルートから來た?
          *

移動は 後期旧石器時代
Cの祖はインドで發見 
が その下位 C1C2C3は見つからず
インド 通過點

C2は東へ進路をとつた
インドネシア パプア・ニューギニア オセアニア オーストラリア
オーストラリア原住民 このルート

C3は北へ進路をとつた 
ユーラシア大陸東部 シベリアへ向かふ 
アルタイ系 モンゴル系に色濃い 
さらに シベリアからベーリング海峽を超えて
アメリカ大陸に行つた一群も
C3ホームグラウンド アムール川流域
北海道へも C3 アイヌにも
ここでアイヌ 一席
ミトコンドリアDNA 多くのアジア型ある
単一集團でない 多くのルーツ 

では C1は
日ノ本列島でしか見出せない 稀なアジア型  
が 謎も多い
インドの一群が陸路でなく 海路で日ノ本列島
としか考へられない
この集團 航海術と貝文土器を携へてゐた

インド発 東南アジア経由で
超特急黒潮に乗つて
ならば 九州の南端 紀伊半島 
伊豆半島 房総半島の先端に着く

房総半島の先端  日ノ本列島で一番早く
朝日が昇る
アマテラスと名乗る一族がいたことは
想像するに易い

旧石で器時代の終はりから 新石器のはぢまり
アフリカ旅立ち後 ユーラシア大陸南部を東へ
いまで云ふミヤンマーあたりから北上
支那大陸を南から北へ
これがD1

ここから 華北からチベットに向かつたのが
D3

ではD2 世界的に極めて稀な型
D1血統から袂を別れ ら朝鮮半島を通り
日ノ本列島へ 北九州に上がる

D2 日ノ本列島がホームグラウンド
このD2血統が繩文時代の擔ひ手
三万八千年前 旧石器時時代 遺跡 一万箇所以上
日ノ本列島 D1はごくわづか D3は皆無
チベット D3多い D1も少し
日ノ本列島と何かしの関係
シベリア 皆無

漢民族の華北 華南も
滿州 朝鮮も
モンゴル系 タイ マレーシア ベトナムも
東アジア北部 東アジア南部 東南アジア
ともD2はゼロ
D2だけで云へば
日ノ本人はアジア人ではない

D2タイプの中に YAP多型
Y染色體の中でも
ヒト種の中でも稀 特殊パターン
D2だけで云へば
日ノ本人は 世界Y染色體遺産

O血統
アフリカ旅立ち 第三集團 F〜Rのうち 
Kから別れた L M N O Q R
の内の一つ
東南アジアが發祥の地 分岐は一萬七千年前
Oの移動は八一〇〇年前 若い血統

O血統 O1 O2 O3とに分かれた
O1 フィリピンへ
O2 2a 2bとに分かれた
2a タイ ラオス カンボジアへ
2b 朝鮮半島から北九州へ 彌生時代に辿り着いた 
南琉球 八重山諸島 朝鮮半島に色濃い
日ノ本列島は 或程度
彌生時代に 渡來

O3 北へ 華北へ 華北漢民族に色濃い

まあ ざつとざつと こんなところだ

日ノ本列島にたどりついたY染色體
C1/C3/D2/O/N/NO/Q の七つ
*N/NO/Qは省略した

以外を ざつとと云へば
シベリア北部 北ヨーロッパにかけてN系血統
ヨーロッパ R系
地中海の南ヨーロッパ 北アフリカ 中東はE系

さてさて
拙者のRhマイナスA どこからきたのか
Rhマイナスは どのルートであつたか?

待てよ ネアンデルタール人の血が混じつてゐるのか
いやいや 四萬年前までは交配はあつたが
現ヒトには ネアンデルタール人の血を引いた子孫はゐない

唯一の兄弟 2親等の姉 Sheは
Rhプラスか Rhマイナスか

いや待てよ 待てよ
Rhマイナス血液型は女性にもゐる
血液型は ♂〜♂だけへのY染色體は關係ないのか

嗚呼! 仕切り直しだ
くたびれ損だつた
2019/06/11(火) 曇り


日本武道具さんへ一筆啓上


武士モノを著はす拙者にとつて、もう一つ氣になる元號がある。
 それは【承久】。

http://www.budoshop.co.jp/Japan-toppage.html
2019/06/08(土) 曇り


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