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猫も杓子も


『おくのほそ道』の二句
その前に
版元井筒屋
『おくのほそ道』 初版何部刷つたか
編集子 氣になるところ

俳諧師 自作や一門の作を一册にまとめる
大方 一〇〇册ほど 多いものでも三〇〇册

井筒屋の『おくのほそ道』
肉筆の筆つきをそのまま活かす木版刷りだつたらう
芭蕉のスポンサー 大店屋や地方の豪農
さて 何部刷つたか 
史書にはない

『おくのほそ道』刊行の十九年前 
井原西鶴 『好色一代男』からはじまり 
たてつづけに『好色一代女』『日本永代藏』
ベストセラーだつたに違ひない 何千部か

しかし 俳諧書 總點數での部數は拔群のはづ
俳諧書總數なら井原西鶴も 近松門左衞門も曲亭馬琴 十返舎一九
齒が立つまい
だつて 江戸の世
俳諧から 五七五の發句だけの俳句となり
猫も杓子も 俳句 詠んでゐた

さう 芭蕉も蕪村も一茶も 
「猫」詠んでゐた

餘談:
元祿以降 木版刷り 大はやり
江戸の世の瓦版(ニュース) 大はやり
あやふやなニュースソースで
讀む者にわかりやすいストーリーに仕上げる
あつ コレ いまの世も同じか
2021/11/27(土) 晴れたり曇ったり


推敲


推敲の筆休めし金魚賣り
芭蕉ではない
傘張り浪人 駄句
原稿は打つ 筆使はない
いまどき金魚賣りいない
コレ 想像 フクション
蕉風 眞似てみた

『おくのほそ道』 脱稿してから
決定稿になるまで五年間
芭蕉 推敲に推敲を重ねた
四百詰め原稿用紙にすれば三十枚ほど
實際には三〇〇枚以上の控へ帖と句

芭蕉の企み その一
句と文章を一つにした旅行案内記
五代綱吉の世 旅行案内書 ブームとなる

古歌に詠まれた諸國の名所(歌枕)を
新たに俳句に詠まれる名所とする
とんでもない旅行案内記をつくろうとしてゐた

芭蕉の企み その二
風景を詠みつつ故人を偲ぶ新古今的な技法を使ひ
敬愛しる歌聖 古典の幽玄をすべて
この一作に注入しとうとする

芭蕉の企み その三
仙臺藩密偵の旅をカモフラージュ
「風狂の旅」に昇華させた
先の大戰のさ中 曾良の『旅日記』發見される
『おくのほそ道』 隱密の旅と判明
芭蕉 忍者・隱密説はココから 
だが芭蕉 隱密の任務 コレが唯一の旅だつた

版元井筒屋 芭蕉隱密 薄々知つてゐた
刊行 芭蕉 命盡きた年から八年後
計算ずく

俳句 疎い者でも知つてゐる
『おくのほそ道』の二句
2021/11/26(金) 晴れ


『おくのほそ道』刊行


木曾路旅 二度行つた
二度とも檜笠 買つた
夏の日除けに持つてこい
小雨降る日 自轉車乘るのに持つてこい

「木曾路はすべて山の中である」
見事な散文である
山の中だけで暮らしてきた者の心情も傳はる
『夜明け前』の豫感

尾張から木曾路を經て
西行の
「くまもなき月の光をながむればまづ姨捨の山ぞ戀しき」
マネ 更科の姨捨山の月見をし
「俤{おもかげ}や姥ひとり泣月の友」
亡き母を偲ぶ

江戸に歸つた芭蕉
杉山三風{さんぷう}から
そろそろ日光東照宮補修工事がはじまるやうだと聞く
三風 幕府御用達の日本橋小田原町の魚問屋
市中諜報活動も幕府御用達

江戸の俳諧師
芭蕉一門 三風 曾良{そら}路通{ろつふ}宗波{さうは)
の後ろ 江戸城があること知つてゐた
云はぬが花

日光東照宮 三代家光の造營から五十年
その間 地震 洪水の濁流 出火で本宮喪失
ボロボロ オンボロロ
普及のメドたたず

五代綱吉 修復工事 伊達家に命じようとしてゐた
芭蕉庵の芭蕉 幕府御用達の仕事
仙台から送られてくる米を見張ること
江戸庶民のほとんどの米は仙台からの米
芭蕉庵 江戸深川伊達藩藏屋敷に近い小名木川口
これも幕府御用達の弟子たちの配慮

日光東照宮修復工事 仙臺藩 表向きはOKしたが
藩内にくすぶる幕府への謀叛の動き
幕府 ピリピリしてゐた
これが「奧の細道」の目的

「奧」とは みち の おく 「みちのく」のこと
「みちのく」とは伊達家の仙臺領のこと

芭蕉 命盡きた年から八年後
『おくのほそ道』刊行 元祿十五年

赤穗浪士の討ち入りに驚く幕臣たち
『おくのほそ道』を手にして
芭蕉 訪れた地 わかつた
さうか 芭蕉 密偵だつたのか

*打ちおわり たまには推敲でもしてみるかと
置いておいたら その日 UPし忘れ
一日 空いた
2021/11/25(木) 晴れ


蕉風{しようふう}


新嘗祭 季語である
初冬 冬の行事
籾すりの新嘗祭を知らぬかな
正岡子規

三島由紀夫 五十一囘目の命日も近い

十四歳のとき金閣寺炎上を目撃した
金閣寺の徒弟僧 八十五歳で命盡きる
三島由紀夫 四十五歳で命盡きる

芭蕉 四十五歳で「おくの細道」の旅に出る

「夏草や兵どもが夢の跡」
平泉 五月十三日 新暦六月末
夏の陽射しで繁る草のイメージではない

平泉の心象風景
「兵どもが夢の跡」 
の中・下句が先にでき
「夏草や」はあとから
夢の跡には夏草がよく似合ふ
これも芭蕉の心象風景

「荒海や佐渡に横たふ天の川」
同行した弟子曾良「旅日記」には
この夜は雨が降つてゐた

「古池や」と同じ芭蕉のフィクション
蛙 水に飛び込んでも 音はしない
スルつと水の中に入つていく
「水の音」
芭蕉のフィクション

見えてないものを見る
コレ 蕉風
2021/11/23(火) 晴れ


芭蕉の葉


放浪家と稱された立松和平 本名・横松和夫
プロレスラー木村健吾 本名・木村聖裔{せいえい}
二人をリングに立たせた
「挌鬪技通信」だつたらう

立松和平 ボクシング好き ジム通ひ
木村健吾 對キックのためボクシング練習中
と聞く
二人のスパーリング 記憶の一滴にもない

取材後 横松和夫と喫茶店で談じた
放浪癖 よくわからない

芭蕉 よくわかっていた

『葉隱』題名の由來
西行
「葉隱れに散りとどまれる花のみぞ しのびし人に逢ふ心地する」
からだとの説もある
常朝も田代陣基も 西行への敬愛の念あるとの前提

芭蕉を嫌ひなフリしてゐる正岡子規も
「西行庵 花も櫻も なかりけり」
西行を敬愛してゐる

芭蕉の好きな句
西行
「風吹けば あだに破れゆく 芭蕉葉の あればと身をも 頼むべきかは」
風が吹くと破れてしまふ芭蕉の葉のやうにはかなひ身を
生きてゐる者が頼みすることができるだろか
芭蕉の葉は はかなく破れやすいものの譬へ

深川の庵に植ゑられた芭蕉の葉
芭蕉の葉見つめながら 西行を想ふ

西行は號 本名 佐藤義清{のりきよ}
鳥羽上皇の親衞隊 北面の武士

天皇家の内亂(保元の役)を豫期した義清
出家 西行となる
出家とて俗事を離れることはできない

西行 旅にでる 「歌枕の旅」
奧州藤原氏の動向視察旅
金色堂建てたり その威 奧州と云へ侮れない

芭蕉
わが身を西行に置き換へる
俳號 芭蕉とする
2021/11/22(月) 雨


ペンネーム


そのむかし 赤川次郎に
分厚いステーキ 食はせた
藤波辰巳冩眞集 制作の折のこと
いきさつの記憶 あいまいだ
序文か何か書いてもらふことになつた
「プロレス」が週刊になつたころか

打ち合はせの折 紹介者
赤川次郎 肉しか食はない
ステーキをご馳走してくれとの由
赤川次郎 ステーキ食べてゐるワンカット
記憶の一滴にある

そのむかし 
「野生時代」讀んでゐた
角川書店から 創刊 三十歳前だつた
表紙アートディレクター:石岡瑛子
ジャンルを問はない執筆陣 
いま風に云へばエンターテイメント文藝誌

B5版 デカくて 分厚く重く 
通勤電車 立つて讀むのはしんどかつた 
♪あのとき ぼくは若かつた〜
赤川次郎『夜』 
「野生時代」で讀んでゐた

赤川次郎 本名である
殆どの作家 ペンネーム
芭蕉もペンネーム
蕪村も一茶も子規もペンネーム
俳號

「芭蕉」俳號の由來
みな 知るところ
江戸深川の庵に植ゑた芭蕉の木
弟子ら この庵を「芭蕉庵」と呼ぶやうになる
戲れに自らを「芭蕉」と號するやうなる

嘘ではないが
戲れに號にしたのではない
本名 宗房 
「芭蕉」でなくてはならなかつた
わけがあつた
2021/11/21(日) 晴れ


武道通信かわら版 配信


ゆふべ 部分月蝕

<月蝕 月が地球の影に入ることによつて>
むかし 先生 言つてゐたが いまだわからぬ
どうでもうよい
滿喫した

ゆふべの まぐろの刺身
うまかつた
2021/11/20(土) 晴れ


ルーツはお庭番


芭蕉 故郷を「山家{やまが}」と呼ぶ
伊賀國は國境を越えると山國である

芭蕉 父・松尾與左衞門の次男
松尾氏 伊賀國柘植郷の柘植七黨の一黨
芭蕉祖父の世 織田信長 伊賀を襲撃
そのとき 伊賀は三つに分かれた
信長に從はうとする福地{ふくち}一族
徳川に就いて攻撃を逃れようとする柘植{つげ}一族
徹底抗戰する郷土組

そのとき芭蕉の家の姓は福地
時代が移り 郷土組殘黨 福地一族へ復讐
福地一族だつた芭蕉の家は松尾姓に變へ
郷里柘植を捨て 伊賀上野赤松へ

江戸の世となり藤堂高虎 伊勢・伊賀の城主に
伊賀上野 支城に 城代 藤堂采女{うねめ}
服部半藏の兄・保元の孫が藤堂家に仕へ 藤堂采女元則と名乘る
二代目元住。その侍大將・藤堂新七郎家

幼名・金作と云つた芭蕉
二代藤堂新七郎家良清の三男・良忠のお伽衆に召しかかられる
金作 十三歳ぐらゐだらう 
良忠 二つ年上 要は遊び相手だ

父・松尾與左衞門 伊賀上野赤坂に家
芭蕉の生家 いまも殘る

奇しくも 藤堂新七郎家の裏戸のすぐ近く
新七郎家につながる一等地
父・松尾 お庭番
金作こと芭蕉 
藤堂新七郎家に召し仕へること決まつてゐたのだ

良清 藤堂家名乘るが
服部半藏直傳の忍法の免許取りであつた

『奧の細道』の旅 隱密の説 消えぬ
2021/11/19(金) 晴れ


ガセネタ


松尾芭蕉 伊賀上野(三重縣)生まれ
ゆゑに芭蕉 忍者 
『奧の細道』は隱密の旅
とかの小説・ドラマ 數多ある

芭蕉 伊賀上野から江戸に下つたのは二十九歳
足かけ四年 三十四歳まで
神田上水修復工事のエキスパートとし采配してゐた

家康が命じた神田上水も完成してから五十年
インフラの老朽化は世の常

幕府 藤堂藩に改修工事命じる
藤堂藩 土木 水利の技術 拔群
古くから神田上水工事に連なつてゐた
芭蕉の主{あるじ}松尾宗房{むねふさ}の主 總監督として江戸へ
宗房 藤堂藩に傳はる門外不出で技術をマスターしてゐたらだ
芭蕉 宗房 從つて江戸へ 

俳諧師として江戸に下つたが
食へなくて神田上水工事人になる
ガセネタ

ネット掲示板 ガセネタ情報滿載
ガセネタか否か 
見破る目 
通念を疑へ
常識を磨け

ガセネタでない芭蕉の出目{しゆつじ}を追つてみよう
2021/11/18(木) 晴れ


柿くへば


俳句コンテスト高校の部
今治市の高校生が日本一に
「君の青を枯野に転写してくれないか」

これを俳句と呼ぶようになったのは
正岡子規の所為 仕業

芭蕉なら 
これは連歌合{うたかいあわせ}/歌仙{かせん}の
一番バッターの発句{ほっく}のこと

晩年の芭蕉 あるときこう云う
「他門の中に私は発句はうまいが俳諧は古い」

俳諧の元の意味は「おどけ」「たわむれ」
芸の域となり
「俳諧の連歌」の略
蕉風の出現から歌仙が
江戸の世 後半から俳諧の代表的形となった
蕉風以後
俳句(発句)・連句の総称となり
区分け 曖昧に

古典嫌いの正岡子規が止め刺し
いまの世 発句は俳句となる
高校生 皆 発句を俳句と思って詠んでいる

芭蕉のハナシのつづき
「発句は門人の中にも私に劣らぬ句を詠む人はたくさんいる」
しかし連歌合こそは老翁{おじ}の真骨頂。この年寄が全霊で打ち込んできたものである」

芭蕉が生涯にわたり全精力を注ぎ込んできたのは
発句でなく俳諧だったと云うことだ

なぜかは知らぬ
芭蕉 古典にこだわったのではないか

芭蕉 草葉の陰で吐いているだろう
古典を嫌ったあげく
なにが「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」だ
法隆寺の茶店で柿を食っていたら鐘がなった
それだけの句じゃないか
げっそりした(伊賀弁)
2021/11/17(水) 晴れ


古池や


蒼い丹澤連峰に連なり
靈峰富士 白銀に輝いてゐる
つい柏手を打ちたくなる

芭蕉に富士山の句ある
「霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き」
見えないものを想像するところの面白みを詠む

芭蕉と云つたら ヤッパ
「古池や蛙飛びこむ水の音」

芭蕉 大嫌ひな正岡子規
「古池の句の意義は一句の表面に現はれるだけの意義にして
また他に意義なる者無し」(『古池の句の辯』)
古池に蛙が飛び込んで水の音がした
ただそれだけにことだと、一笑に附す

子規 ホントにさう思つてはゐなかつた
なぜ「に」でなく「や」か 知つてゐた
古池<に>蛙飛びこむ水の音
なら子規の云ふとほりだ

古池<や>蛙飛びこむ水の音
である

中下の句 「蛙飛びこむ水の音」が先につくられていた
上の句に弟子の祖角が「蛙」に定番の「山吹や」を提案
蛙は<鳴き聲>の材とし 萬葉集から詠まれてゐて
「山吹」とセットであつた

芭蕉 云つとき空を仰いでから
「古池や」とした

<鳴き聲>無視 水に落ちる「ポチャン」とした
つまり蛙は古池に飛び込んでゐなかつた
古池は芭蕉の想像の産物 
古池は<水>であり 水の音も<水>である
十七文字に<水>が重複するが
芭蕉にとつて同じ<水>ではない
この一句が蕉風俳諧を確立した句とされ
俳聖の道の第一歩となる

「俳句革新運動」の戰旗を掲げた子規
俳聖(松尾芭蕉)を血祭りにあげたかつたのだ
盲目的な芭蕉信奉者
芭蕉を持ち上げ 自分も偉さうな顏する
俳諧宗匠たちへの挑戰状であつた

[古池]は芭蕉にとつて
一生驅け巡る[枯野]だつたのでないか
芭蕉 蛙が飛び込んだ水の音で
[枯野]を旅する自分の宿命を知つたのだ
2021/11/16(火) 晴れたり曇ったり


タコツボ化


<枝葉末節>で想ひ出す
高校 國語の授業
「閑さや岩にしみ入る蝉の聲」
先生
蝉 アブラゼミか ミンミンゼミか
一匹か 二、三匹か
專門家の間で論議されてゐる

「くだらねー」
口をついてゐた
みんな 笑つた
先生
「笑ひ事ぢやない 大事なことだ」

いまなら 先生にこう云へる
「そんな事實がわかつたとしても
句の趣き 句の基にあるものを
おろそかにして
枝葉末節をあげつらつてゐるだけです」

コロナ感染禍
感染症對策でなく
社會の趣き 社會の基にあるもの
おろそかにして 感染度だけで押し通す
タコツボ化する專門家たちを多く見せられた

「騒がしやタコツボからのパンデミック」
駄句
2021/11/15(月) 晴れ


早雲の戰術


第6波 來るか 來ないか 
免疫學者 侃侃諤諤

故・某免疫學者
「免疫力 腸七割 心三割」
ウイルス型だけの枝葉末節論議でない
「免疫力とは何か」に沒頭したゆゑの
天來した言の葉

早雲 
鎌倉の地ベタ 踏んだ
言の葉が天來した
「枯るる木にまた花の木を植ゑそへて 
もとの都に なしてこそみめ」

朽ち果てた鎌倉を
今一度 武門の聖地にしてみせる
そんな意味だ

大徳寺住職から授かつた道號「天嶽」
捨て
「早雲」
韮山の空 流れ走る雲見て 言の葉天來

早雲の戰術 
流れ走る雲七割 はぐれ雲三割

吾が心の風景
一つ選べば
夕闇
山裾の先
沼津の街の燈
眞つ暗な海
點々と漁火

三十二歳の伊勢新九郎
初めて手にした城
實は興國寺城でなく
少し西へ云つた處の山城との説も
すると
吾が心の風景を見た處ではなかつたか

早雲庵宗瑞
これで 筆を擱{お}く
2021/11/14(日) 晴れ


松平定信


天正九年(1512) 早雲 
伊豆下田の濱から三浦半島を眺めてゐる
住吉城 あのあたりか

寛政四年(1792) 老中・松平定信
伊豆下田の濱から太平洋を見つめてゐる
「奴ら 江戸灣周邊の四ヵ國
安房 伊豆 上總 下總を狙つてくるだらう
まづは伊豆半島に上陸する」

定信 下田上陸を想定した軍事要塞が必要と
防衞路を視察する
ココだ! と見附けたのが
早雲が築いた柏久保城(伊豆市)
伊豆半島の附け根 半島全體を把握できる

もう一つ
早雲が築いた玉繩城
三浦半島が占領されてもそれ以上侵入させない
玉繩城 上杉謙信 武田信玄 本多忠勝
攻めても落とせなかつた

松平定信 早雲と云ふ武將 改めて感服
柏久保城と玉繩城を鞏固な要塞とする
旗本を二か所に所替え(移封)
小普請組 与力・同心を定住・在軍させる
つもりであつた 
が 松平定信 罷免

その理由
家康の祖法 禁中並公家諸法度を守らうとして
將軍に嫌はれる
大奧豫算大幅削減で
大奧に嫌はれる

地元ローカル誌にあつた
松平定信 狩野川上流に杉山城跡見附ける
ここも要塞とせよ

日本人の苗字 殆どが「地名」に因む
ご先祖さん 杉の山に住んでゐたのだらう
2021/11/13(土) 晴れ


三嶋大社


相模國盜りするに二十一年の歳月
早雲 
三嶋大社に指刀{さしがたな}(脇差)奉納

三嶋大社 
源頼朝 平家打倒 戰勝祈願の社
武士の戰勝祈願 聖地となる

關東管領の上杉家から國盜り早雲まで
時代下つて 徳川家康 關ケ原合戰 戰勝祈願

奉納刀 數多ある
國寶
「群鳥文兵庫鎖太刀拵」(刀身銘一/號上杉太刀)
國指定重要
「太刀 銘 宗忠{むねただ}」
「脇差 銘 相模國住秋義」

早雲の奉納 相模國住秋義ではないか
相模一國のお禮 そんぢやそこらの刀 奉納できまい

『刄隠』 <はじめに>
【郷里の隣町 三嶋大社で展示されていた刀剣を目の前にし
「光と陰と沈黙と」との言の葉が天来した】

早雲
名刀を手にしたとき
どんな言の葉が天來しただらうか
2021/11/12(金) 晴れ


辭世の句



自・公 <年收960万円の所得制限>
折り合ひつける

早雲 折り合ひつけることなく
住吉城(逗子市}へ猛攻撃

道寸/弟の道香 敗走
道香 敗走中 逗子の延命寺境内で割腹
道寸 息子・義意{よしおき}の城
三浦半島尖端に近い新井城(三浦市)へ逃げ延びる
 
早雲 ここでひと休み
鎌倉 いまのJR大船驛北の急斜面の丘陵にに築城
玉繩{またなわ}城
これで三浦半島全體を抑へることができる
道寸 これで袋の鼠

新井城  三方は海 攻めにくい
早雲 熟した實が木から落ちるのも待つかのやうに
三年經つた 永正十三年
道寸 動いた
從兄の上杉朝良に援軍頼む
江戸城にゐた 朝良養子 朝興二十九歳
相模に出陣

いつ動くかと背後を氣にしてゐた 
早雲 二千の兵 新井城に殘し
五千の兵で朝興軍 江戸城へ敗走させる
これで背後は安心
新井城  總攻撃

道寸家臣ら とり敢へず城を落ち 再起をはかるべし
道寸親子 NO
「たとへ逃げおおせても どれほど逃げれまい
犬死するより命の限り戰つて
弓矢の義(武士の生き方) 貫くべし」

最後の酒盛りをし
明け七月二十一日 辰の刻(朝七時)
城門を開き討つて出る

道寸親子軍 早雲軍 血みどろの戰ひ
兩軍の兵{つはもの}の血 海に流れ出し
眞つ赤な油を流し込んだよう
新井城下民
新井城のすぐ下の海
「油壺」と呼ぶ

道寸 六十歳  義意二十一歳
早雲 六十一歳

道寸 辭世の句
「討つ者も 討たるる者も かはらけ(土器)よ
くだけて後は もとのつちくれ(土塊)

相模三浦氏 最後の當主となる三浦道寸
早雲の生涯最大の好敵手だつた

和歌 道寸の方が巧いのではないか
2021/11/11(木) 晴れ


鎌倉へ


方向転換 狙ふは
武藏ノ國でなく
同じ相模 小田原城から近い
岡崎城を拠点とする
三浦道寸{どうすん)
相模の名門・三浦氏を祖とする

岡崎城(神奈川縣伊勢原市)
鎌倉幕府 以前
相模の名門・三浦一族の一人
岡崎四郎義實と名乘り築城
猛勇な坂東武者「惡四郎」と呼ばれる
當時の「惡」 ワルでなく猛勇なこと

源頼朝 伊豆國で舉兵を決意
「惡四郎」に舉兵 打明ける
「惡四郎」 即OK
三浦一族 この地に根を生やしてゐる 手強ひ

権現城攻撃から二年後 
岡崎城 總攻撃
攻防十日以上
道寸 岡崎城棄て 
弟・道香{どうかう}の住吉城(逗子市}へ

早雲 岡崎城を落とした その足で鎌倉へ
永正九年(1512)葉月の鎌倉 荒れさびれ果ててゐた
足利世襲の鎌倉府 山内上杉 扇谷上杉 三つ巴
兵{つわもの}どもの合戰の跡

早雲 何を想ふ
この鎌倉 幕府があつたときと同じ勢ひを戻せないか
「源」は名乘れない 「北條」と名乘らう
子の氏綱{うじつな}に 名乘ろらせよう
早雲 さう念う
2021/11/10(水) 晴れ


方向転換


≪18歳以下の子供を対象とした一律10万円の給付≫
自・公 折り合いつくか

バラマキ
國民 一家一家の財産[檢地] しつかりしなければならぬ
早雲 神奈川県箱根町早雲寺 草葉の陰で心配してゐる

日ノ本を滅ぼすのは日ノ本人
日本滅亡 確立70%
あと□□年後
早雲 沈沒した關東平野を見下ろしながら
豫見する(呵々)

早雲 關東平野の西
江戸灣にある権現山城
(神奈川縣横濱市神奈川區幸ケ谷)
三浦半島尖端の新井城 
(神奈川縣三浦市三岩町)
まで攻め込んだ
相模統一への抵抗勢力との戰ひ

山内上杉 扇谷上杉
きのふの敵はけふの友
兩者の仲違ひが早雲に利用された
兩者 早雲潰しで手を組む

ヤバイ! 早雲
扇谷上杉重臣 権現山城主を調略 寢返らせる
権現山城 江戸と鎌倉を抑へ込む 東相模の要

ヤバイ! 山内・扇谷兩上杉
三万の兵で十日間 攻撃
権現山城 落城
 
早雲 ここで一頓挫{いちとんざ}
ここで方向転換

方向転換
凡人 なかなか出來ない
自公連立
方向転換するか
2021/11/09(火) 雨


身丈


早雲が戰國大名“一番鑓”と斷言できること とは
[檢地]

むかしむかし律令制下 
農地は國有 國衙領{こくがりよう}
平安の世 國衙領以外 
有力貴族 佛門の莊園 私有地 認可されるが 
面積/收穫量も測られ 税を課される國衙領と違つて
莊園・私有地 面積/收穫量も測られず無税

群雄割據 獨立宣言した大小領主 
これは吾{われ}の土地だ!
分捕り合戰
國は面積/收穫量も測られなくなる

そんなご時勢
ある小領主 
己の土地の面積/收穫量を測る
それが早雲
己の<身丈> はつきりさせる
己の<身丈>の分 責任を持て
神佛は尊し されど
神佛の加護に頼るな
自分の田畑は自分で守れ
それが郷土愛だ

早雲につづけ! とばかりに 
吾{われ}も 吾{われ}も
これがのち「戰國大名」と稱せられる
2021/11/08(月) 薄曇り


早雲寺殿廿一箇条


きのふ 一日遲れの武道通信かわら版
戰國大名“一番鑓”の
「伊勢宗瑞十七箇條」述べた

早雲 また
家訓「早雲寺殿廿一箇條」がある

一、可信佛神事/二、朝早可起事/三、夕早可寢事/四、手水事
五、拜事 六、刀衣裳事/七、結髮事/八、出仕事/九、受上意時事
十、不可爲雜談虚笑事/十一、諸事可任人事/十二、讀書事
十三、宿老祗候時禮義事/十四、不可申虚言事/十五、可學歌道事
十六、乘馬事/十七、可撰朋友事/十八、可修理四壁垣牆事/十九、門事
二十、火事用事/二十一、文武弓馬道事

第一條 第一に、佛神を敬ひ信仰しなさい
第二條 朝は早起きしなさい 遲く起きると家來も氣が緩んで用事が果たせなくなり、主君の信頼を失ふ
第三條 夜は早く寢なさい 夜は八時頃までに就寢し 一日を無駄にしない
 四〜二十
身だしなみから 嘘をつかない 讀書をすること 歌道を學びなさい 友人を選びなさい 火の用心のこと……etc

第二十一條 文武を兼備しなさい 文武弓馬は常道である
 記すに及ばないが文を左、武を右にするのは古來からのきまりであり
 兼ね備へなくてはならないものだ
 
早雲 愛讀書
『太平記』『吾妻鏡』
「民には あわれみを かけなければならない」
早雲 持論であつた
と『北條五代紀』
江戸の世の「民には あわれみを」

早雲の「民には あわれみを」
[分]に合はせた平等
民の[分]
いまの世で云へば土地・財産
民の[あわれみ」
いまの世で云へば平等
「分」と[あわれみ」
いかに折り合ひをつけるか

早雲が戰國大名“一番鑓”と斷言できる
あることを實行した
それは明日

「十八歳以下十萬圓」
早雲 草葉の陰であきれてゐる
2021/11/07(日) 晴れ


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