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死に処


お隣サン
中央地裁 日本政府に元慰安婦賠償 命じる
日本政府「到底考へられない異常な事態」

わがまちの凡庸な中學生も 知つてゐる
西南戰爭 はじまり 征韓論
征韓論 はじまり 廢藩置縣 知ってゐるだらうか

江戸の世 
お隣サンとの窓口 「對馬口」
對馬藩管理の草梁倭館{さうりようわかん}
對馬藩 お隣サン使用許可得て 
商人・役人を駐留させてゐた

廢藩置縣 對馬藩 消滅
明治五年 
<近代>模した
大日本公館 つまり日本大使館となる
外務省役人を駐留
西洋サンの<近代>模したから治外法權あり
<近代>でないお隣サン 怒る

お隣サン
日本大使館の門に抗議文 貼る
「日本は西洋の物まねをして恥ぢることなく
對馬商人だけしか商賣を許してないのに これに違反した
日本は無法の國」
との文面
李氏朝鮮府云ふ 「到底考へられない異常な事態」

怒る前兆はあつた
明治二年
王政復古  お隣サンに知らせる
文面 「王」「皇」 文字 混じつてゐた
「王」「皇」 中華王朝 皇帝しか使へない文字
王朝 幾度となく替はつても
華夷秩序思想 變はらない

「文祿・慶長の役」「日韓併合」 
もあつたけど
未來の日韓附き合ひ 朝鮮半島しかり
華夷秩序思想 立ちはだかる
永い民族の記憶の遺傳子
どう解す

それはさておき
板垣退助らの武力行使 「征韓論」
西郷さん
反對し 結論先延ばし

西郷さん
まづ使節を送れ
非武裝で 禮裝した全權大使を派遣せよ
西郷さん
「おいを派遣してんえ」

世に云ふ 征韓論
岩倉使節團 歸國した面々の政爭の具だつた
岩倉使節團 
總勢一〇七名 
米國 英國 佛國 獨國 露國など歐州十二ヵ國
一年十ヵ月後 歸國
費用 當時で五十萬圓 令和の世なら一〇〇億圓
「條約は 結び損なひ金捨て
世間へ大使(對し)何と岩倉」
世相 狂歌で怒つた

第一目的 不平等條約の改正豫備交渉 
相手にされなかつた
で 目先 變へたかつた
西郷さん ダシに使はれた
征韓論 是非 つまるところ
征韓論賛成派 土佐・備前勢力追ひ拂ひ
大久保利通による薩長幕閣體制

後世の史書 <西郷隆盛と征韓論>
全部デタラメ

明治二年
西郷さん 
♪品川から 船に乘つて 箱館灣に着いた
凾館戰爭 視察 あまり金 かからない
上陸することなく歸路

西郷さん
甲板の上で つぶやく
「ここでけしんど わい達」
(ここで死ぬんだな おまへ達)

西郷さん
おまへ達
榎本、土方らの死に処
目に燒き附けておきたかつた

西郷さん
朝鮮を「死に処」としようとしたのでない
禮を正せば 李氏朝鮮府
怒らないことわかつてゐる
<西洋に眞似て良いもの
眞似てはいけないもの>
これを語り合ひ
妥協案さぐるつもり

コレがホントの<西郷隆盛の征韓論>

西郷さん
「おいの死に処
どけしようか」
(どこにしようか)
箱館灣 船上
思案してゐたのではないか
2021/01/27(水) 晴れ


「官」から「賊」


郷里 目の前
日本で一番深い灣 駿河灣 
1m超深海魚 發見される
「ヨコヅナイワシ」と命名される

歴史上人物 人氣
東の横綱 織田信長
西の横綱 西郷隆盛
ザックリ云へばこんなところか
關係書類 銅像の數などなどから

西郷さん 銅像
上野公園 鹿兒島市立美術館 霧島市溝邊町

上野の西郷さん
着流し單衣 兵兒帶 

西郷さんの最期
縞木綿の着流しに脚絆
十日前 居所を知つた三人目の奧さん 糸さん
老僕吉左衞門に屆けさせた

糸さん
上野の西郷さん 
除幕式 幕が落ちて
「こげんお人ぢやなかつた」
正裝の西郷さんだと思つてゐた

西南戰爭 出陣の折
羽織・袴であつた
こげん姿 人前にさらす人ではなかつた

昭和十二年
鹿兒島市立美術館 銅像
糸さんの願ひ叶つて
陸軍大將の正裝

幕末 官・賊
朝廷を守る→官 ゆゑに<官軍>
朝廷に背く→賊 ゆゑに<賊軍>
戊辰戰爭 賊の首領 徳川慶喜
西南戰爭 賊の首領 西郷隆盛

西郷さん 最期
「賊」であつた
明治十年 官位 褫奪{ちだつ}
明治二十二年 大日本帝國憲法發布で大赦 正三位
「官」に復歸
西郷さん
「官」→「賊」→「官」
行き來した

織田信長も正三位
太政大臣まで昇りつめた
最期は朝廷に<誅>された

日ノ本の民の超深海
深層心理
朝廷に<誅>された者の肩を持つ

武士とは何者であつたか
ここを押さへておかないと判らぬ
2021/01/26(火) 晴れたり曇ったり


菜の花


菜の花 み〜つけた
そのむかし
一橋大 ラグビー場脇
交番 おまはりさん
郷土 鹿兒島からの種 
空き地に植ゑた
菜の花畑となる

近年
雜草生える空き地
除草劑 まかれる
菜の花 全滅
したとおもひきや
今年
菜の花 み〜つけた

司馬遼太郎
菜の花 好きだつた

そのむかし
バスツアー
鹿兒島巡り

バスガイドさん
「ここ加治屋町は
云はば 明治維新から日露戰爭までを
一町内でやつたやうなものである
と云はれてゐます」

コレ 司馬遼太郎 名セリフ
鹿兒島中央驛 東1km
周邊を多少含めて 面積1平方1km

西郷隆盛 大久保利通 東郷平八郎 大山巖 山本權兵衞……
西南戰爭 敵味方となる

菜の花 知つたことぢやない
2021/01/25(月) 晴れ


西郷さんの首 み〜つけた


♪雪が降る 
富士さん 雪化粧 やつと整ふ

♪雪が降る 
二月十九日 五十年ぶりの雪
熊本城 天守閣 焚き火煖房

熊本城天守閣 炎上
自燒説
失火説
放火説

自燒説:
天守閣は城の象徴 西郷軍 大砲隊 必ず狙ふ
會津若松城(鶴箇城)天守閣のやうにボロボロにされたら
百姓・町人兵の志氣が削がれる

失火説:天守閣 鎭臺三千餘人の食料保管 見張り番 煖房の火 失火
     
放火説:見張り番に薩摩の間者(スパイ)いた

   
自燒説 失火説
學者センセイ 侃侃諤諤 どちらも賛否論あり
放火説 
證據無い 學者センセイ なんとも云へぬ
でも否定できない

西郷さん
草場の陰から ほそく笑む    

西郷さん
最期 なぜ腹切らなかつたか
學者センセイ
この謎 一言もない

九月二十四日 午前四時
政府軍 城山總攻撃
西郷さん
腰と股 銃彈喰らふ

西郷さん
「晉どん もうここらでよか」
六番・七番聯合大隊長
別府晋介 桐野利秋の從兄弟
一刀 振り落とす
そのあと 別府 自刄

小説家 曰く
西郷さん
政府軍の銃彈に斃れたかつた
もし さうなら
晋どん 西郷さんの首 政府軍に渡したくなかつた

老僕吉左衞門
近くの折田某邸の門前に埋める
でも 土方歳三と違つて
見つかつてしまつた

見つけた人
陸軍歩兵第7聯隊の中尉 千田登文
奇しくも
倉歩兵十四聯隊隊長 乃木希典
薩軍に軍旗を奪はる
新たに軍旗を下賜された時の聯隊旗手 千田登文

山縣有朋 首實驗
西郷さんの首
鹿兒島市 南洲墓地に眠る
2021/01/24(日) 降ったりやんだり


バイアス


疾病
多少 早口 
多少 頭の巡り早過ぎる
一人で居ること 苦にならず
ぐらゐのもの

良き食事 良く體動かす 良く眠る
コロナ對応 ハナから萬全

良く眠てから 目覺めの三ツ矢サイダー一杯
パイプ燻らせ 紅茶一杯

西郷さん
サイダー好きだつた
いや 當時 三ツ矢サイダーまだない
「沸騰散」(藥)
水を混ぜるとソーダ水
ダイエット用
常に持ち歩いてゐた

西郷さん
沸騰散ソーダ水 飮みながら云ふ
「二月下旬か 三月上旬には大阪に着く」
そこから東京へ

西郷さん わかつてゐた
西郷暗殺計劃 なぞなかった
西郷隆盛創設「私學校」をスパイさせたの
「川路 ちげなか」
大久保でなく 川路利良
元薩摩藩士 のち警視總監 「警察の父」と稱せられる

スパイ 持つてゐた電報
「ボウズヲシサツセヨ」
ボウズ=西郷 
シサツ=刺殺
でなく<視察=スパイ>

思ひ込み 疾病もつ
私學校某生徒の過ち
私學校全生徒 頭に血が上り
政府の武器・火藥庫 襲撃

西郷さん 第一声
「しもた〜」
つづけて
「おはらん なんたることしでかした」
これを静めるには
大久保利通を訊問 舉兵上京
しかなかつた

それが なぜか戰爭になつた
陸路でなく海路で好かつた
「♪船に乘つて 東京へ着いた」

陸路なら なぜ熊本城(熊本鎭臺)
素通りしなかつた
なぜ城攻めし
戰爭になつたのか

西郷さん
二つの顏 温情と非情

西郷軍 凡そ一萬六千名に對し
大小荷馬 若干の軍夫 
この軍隊からすると兵站 少な過ぎる
実は熊本までだから

「人斬り中村半次郎」 こと
桐野利秋
「熊本城 青竹{いらさぼう}で ひとたたきでごわす」
政府軍(官軍) 所詮 百姓・町人兵と豪語した

中村半次郎
西郷さんの指圖で 人 斬つてきた
總大將西郷隆盛の意嚮 無視できたか

西郷さん
元お庭番 工作員
ハナから熊本城攻め 

鹿兒島 發つ二月十五日
二十二日 熊本城下入り
その三日前日 二月十九日
突然 熊本城天守閣 炎上
西郷さん 工作員 非情な人

わがまちの凡庸な中學生も わかつてきた
ニュースに NHK云ふ<公正中立な>どありえない
どのニュースにも
親トランプにも 反トランプにも
バイアスがかかつてゐると わかつてきた

勝ち組 歴史
バイアスかかつてゐる
誰もハナから承知ノ助
2021/01/23(土) 雨


おはんらに この體 差し上げ申す


パイプ 吹かしながら 考へた
むかしの男 よくタバコ吸つた
映畫館 タバコの煙 煙 煙
タバコの煙の向かうに銀幕

むかしの男
何を 吸ひつづけてゐたのだらう
何に 飢ゑてゐたのだらう

西郷さん 煙草好き
奄美流刑
大久保利通から  奄美へ
煙管の刻み煙草 屆く
西郷さん 大喜び 禮状まで出す

明治十年 二月五日
旧暦に非ず 
明治五年 太陰暦→太陽暦

「西郷隆盛 暗殺計劃」
首謀者とされる
「トシ おれを殺そうとした 本当か」
大久保利通を訊問 舉兵上京
するか しないか
大評定 侃侃諤諤

西郷さん
吸つてた煙管 置いて
「おはんらに この體 差し上げ申す」
舉兵上京 決まり

二月十五日 
鹿兒島 發つ
西郷軍
正式には私學黨軍
なぜか
西南戰爭の發火點 私學校黨だつた

鹿兒島 發つの
私學黨軍だけでない

義勇兵
市村鐵之助 杉山家ご先祖さん
記録(史書)にない

記録にある者
熊本士族からなる 熊本隊 熊本協同隊
宮嵜からも いくつもの隊
當時 鹿兒島縣に合併されてゐた
また 熊本に關係ない義勇軍
孫文を支援した宮嵜滔天{とうてん}の兄・八郎
福澤諭吉の親戚 自由民權運動家 増田榮太郎率ゐる中津隊

さて <連帶>の聯隊西郷軍
十個小隊からなる大隊 七隊
各大隊 各 約二千名

大砲隊
砲彈重量12s野砲{やほう}二門
山地での使用に合はせて車輪などを分解・運搬
砲彈重量4s山砲{さんぽう}二十八門
戊辰戰爭 凾館戰爭の主力野戰砲
大小臼砲{きゆうほう}三十問
合はせて 凡そ一萬六千名

この年 二月十五日 舊暦一月三日
半世紀ぶりの雪

九年前 この日
鳥羽・伏見の戰ひ 火蓋切られる
「こんた縁起よか」
西郷さん 
云つたか云はなかつたか 知らぬ

勝てる!
一萬六千の兵 みな思つたに違ひない

パイプ 吹かし 終へ
モール(パイプクリーナー)で掃除しながら
考へた

薩摩以外の義勇兵
たとば
市村鐵之助 杉山家ご先祖さん
何を 求めてゐたのであらうか
何を 探してゐたのであらうか
2021/01/22(金) 晴れ


西郷星 み〜つけた


きのふ夜 八時ごろ
武州多摩 上空 大きな流れ星 
火球 出現 
きのふ夜の上弦の月と同じ 明るさ放つて 
五秒以上 光つづけた
謎だ

西郷さん
綴つてゐる身
「すわ! 西郷星か」

明治十年九月三日
火星大接近
東京の熊さん八さん
火星なんぞ知らねえ

<熊さん八さん>の一人
明るい星の赤い光の中に
陸軍大將の正裝をした
西郷さん 見た
「西郷星」
SNSなかつたが 
瞬く間に 廣がる

西南戰爭
九月三日
城山の鬪ひ
「唯一死をもつて決戰するあるのみ」

津々浦々の熊さん八さんにも
薩摩軍 敗戰濃厚 傳はつてゐた

九月二十四日
西郷さんの首
見つかる

津々浦々の熊さん八さん
西郷さん 肩を持つ
なぜだらう

西南戰爭の謎
數多あり
多くの識者 語つてきたが
これが最大の謎ではないか
2021/01/21(木) 晴れ


武道通信かわら版 配信


「忙中閑あり」 今囘は「武士と花押」
末尾
【武士の記憶の遺伝子をもつ、おのおの方なら自身の花押をもっておら
れることだろう。
ちなみに武州多摩の傘張り浪人の花押。願望、心情、好みを一文字に
託した。
武道通信HP無銘刀(掲示板)に載せておきましょう】

と云ふことで
拙者の花押 UP
2021/01/20(水) 晴れ


お庭番 西郷さん


「麒麟がくる」 
殘るところ あと三囘

松永久秀の
名物「古天明平蜘蛛{こてんめいひらぐも}
松永久秀から預かり
明智光秀が隱し持つてゐる
秀吉の密偵に探られ 
信長に密告される
オリジナル脚本の筋書き

西郷さん
若き日 「意見書」提出
島津齊彬の目に留まり
齊彬の居る江戸へ
薩摩屋敷のお庭番に
諜報員 密偵 工作員

齊彬の使ひ走り
大きく重い體 せつせと動かす
篤姫 輿入れどきも せつせと使ひ走り

とき 徳川慶喜 
「大政奉還」の「建白書」提出
慶喜 平和維新を提訴
王政復古 成る

慶喜 「王政復古」後 
議長の坐 讓らず
困つた 王政復古派 
岩倉具視 薩長

西郷さん
江戸へ工作員 送り込む
火附け 強盜 狼藉
江戸のまち 荒らし放題
つひに
江戸市中取締 庄内藩屯所を襲撃
將軍の留守を守る老中 
堪忍袋切れる 
庄内藩も堪忍袋切れる

庄内藩新徴組 堪忍袋切れ組の幕臣
薩摩屋敷襲撃 燒き討ち

西郷さん 工作 まんまと成功
武力討伐策 決定 まんまと成功

東征軍 大總監 有栖川親王
大總監 大總監府參謀
公家樣たち お飾り
「下參謀」西郷さん 眞の指揮權

有栖川親王の婚約者であつた和宮
江戸城攻撃 やめて との歎願書
王政復古派公家衆 ビビる
西郷さん 屁のカッパ

天璋院篤姫 歎願書
篤姫嫌ひな慶喜 切腹させるの やめて

齊彬亡きあとも
西郷さん 齊彬忠誠心 變らず
西郷さん 搖らぐ

慶応四年 三月五日
東征軍 駿府到着
江戸總攻撃 三月十五日 決定

慶喜の意嚮もつて
山岡鐵太郎(鐵舟)
三月九日 駿府到着

死を賭した山岡
西郷さんと激論
西郷さん 山岡の情に打たれる
停戰條約 成る
慶喜 死罪なし 會津藩お預かり
江戸城明け渡し

教科書で教へる美談
「江戸城無血開城」
西郷隆盛 勝海舟 會談
單なる再確認 同定會談

西郷さん
非情なる諜報員 密偵 工作員
西郷さん
情にもろい人であつた

「西南戰爭」とは なんであつたか
西郷隆盛 何者であつたかが
わからぬと わからぬ
2021/01/19(火) 晴れ


西郷さん


上野の森 櫻見物
昨年 宴會 自肅
今年 見物人 何%減か

上野の森 西郷さん
コレラ感染しないから
「だいじやうぶだあ」

「西郷さん」
「さん」づけされる
頼朝さん
信長さん
家康さん
とは呼ばれない

西郷隆盛
重要會議 いつまでたつても來ない
遣ひを出す
自宅内で素つ裸
「いま着物がない
干した着物 乾くまで待つてさ〜」
浴衣のやうな着物 一枚しかなかつた

西郷さん 宮内庁へ
門監(通行許可書) 忘れる
門番 入れてくれない
雨 振り出す
そこへ岩倉具視{ともみ}
「門監 忘れてしもうて」
岩倉
「馬鹿者 この方は陸軍大將だ!」

西南戰爭 はじまる
江戸から東京になつた
東京の 元江戸つ子
熊さん 八つさん 庶民ら
「西郷さんに勝つてもらはなくては 負けるな」
聲援を送る

天皇も 心痛める
西郷軍討伐 總大將なること 心痛める
徳川慶喜追討と同じ
天皇親征となる西南戰爭
天皇 引き篭もり 乘馬 勉強 拒否

明治憲法發布
西郷さん 罪許され 正三位

天皇
上野に西郷像 建つと聞き
金五百圓 賜れる
いまの世の貨幣價値 
凡そ一〇〇〇萬圓

市村鐵之助
それに ご先祖さん
若しかしたら
お庭番澤忠助も
西郷さん 慕つて
田原坂で戰つたのであらうか

「西南戰爭」とは なんであつたか
西郷隆盛 何者であつたかが
わからぬと わからぬ

2021/01/18(月) 晴れ


なに その西南戰爭つて


土方歳三と
スピリチュアル・トーク
つづき

拙者
「首はどこに埋めたのか
落首された遺體は どこに」

歳三
「心の藏 止まつたあとは 覺えてない」
忠助に聞いてみてくれ」

拙者
「忠助殿 
翌年 日野の佐藤彦五郎へ
仙台伊達の殿樣からいただいた水色の下げ緒を屆けたやうだ
彦五郎殿に貴殿の最期を話してゐる筈だ」

歳三
「忠助 すべてを話したか わからぬ
なにせ御庭番
佐藤家に災ひを招くやうなことは話さぬはず」

拙者
「忠助殿 その後 行方わからずとか」

歳三
「それが御庭番」

拙者
「市村鐵之助殿に
兼定と遺影を屆けさせましたね」

歳三
「榎本總統に誘はれて
箱館の田本研造冩眞場で撮つた
みんな遺影のつもり
をれ 冩眞つて嫌つてた
撮つてみて 郷里の者にみせようと
鐵之助に託した

拙者
「近藤さんの冩眞も殘つてますよ」

歳三
「後ろの刀掛け 見たかい
あれが天然理心流の掛け方
柄の位置が反對
右手ですぐ刀をとれるからだ」

拙者
「市村鐵之助殿
島田魁縁者のはなしによると
西南戰爭で西郷軍につき
戰死したと」

歳三
「なに その西南戰爭つて」

拙者
「いやいや餘計なことを
突然 起こして御免
お眠りくだされ」


土方歳三
明治十年十月から翌五月までの
西南戰爭 知らない
箱館戰爭と同じ七ヵ月間
だつたとも知らない
武士階級 最後の戰ひ
だつたとも知らない
2021/01/16(土) 晴れ


土方歳三 落首{おちくび}したの誰?


鎌倉の世 騎乘武士
轡取り(馬丁)
馬を
敵の刄から守る役でもある

馬の後を追ふ從者
騎乘武士の首 
敵の刄から守る役でもある

戰國の世
御屋形樣の首 
敵に渡すまいとし
首を落とす役 側近がゐる

「介錯人」の初まり

土方歳三 落首としたのは誰か?
いまだ謎

草葉の陰の土方歳三
に聞くしかあるまい

土方歳三と
スピリチュアル・トーク

拙者
「お眠りのところご無禮
お聞きしたいことあり
お主の首 落としたのは どなたかな」

歳三
「澤忠助 
忠助 將軍家御庭番  
江戸城 守衞の御庭番

勝ちやん(近藤勇) 
若年寄格となる で 
護衞の務めで 江戸から京へ

甲陽鎭撫隊で勝沼(山梨)
土佐軍と戰つたとき
火砲で勝てぬと白刄を拔いて
忠助 
衣裝 はだけ 赤ふんどしだけ
勝ちやんの馬の前に立ちはだかり
脇差を振るひ馬を守り 縱横無盡に驅けた
 
勝ちやん亡きあと おれの馬丁
鷲ノ木灣沖 
碇泊した大江{たいかう}丸 甲板
おれは忠助に云つた
奴らは おれの首を欲しがつてゐる
勝ちやんと同じ 晒し首にしたいのさ
忠助 おれの首 絶對渡すな」

拙者
「首はどこで落としましたか」

歳三
「忠助 落馬したおれを 馬の背に乘せ
千代箇岱陣屋{ちよがだいじんや}へ奔つた」

つづく

餘談
千代箇岱陣屋
いまの世
千代臺公園 中島小學校邊り
「中島三郎助父子最後之地」
碑 建てられてゐる

すると
この地
土方歳三
埋まつた地か
2021/01/15(金) 曇り


土方歳三役 誰が一番?


新發賣 罐ビール
ラベル 誤記あり
一旦 發賣中止
が 發賣に
法的 問題ナシ

四十四年前 
王貞治 
ハンク・アーロン拔く
756號 放つ
週刊ベースボール表紙
たしか765號と誤植
編集長 丸坊主となる

表紙文字 誤植 まれにある
書店での他誌との<市場調査>
月刊プロレスだと 
一ヵ月 書店スポーツコーナー 足を運べない
週刊プロレスとなり
一週間だけ ジッと我慢の編輯子

「麒麟がくる」
さうろそろ オワリが近づくさうだ
再放送 土曜
晝飯 食ひながら觀ること もある

脚本家 
歸蝶役 
八年前の自作「時計屋の娘」
の娘役 女優 オファーしたが
法的問題アリ でボツ

あの女優と
斬新な信長像の男優との 
<信長・歸蝶> 觀たかつた

拙者と同じ歳の脚本家
内心忸怩たる思ひあつたらう 
と推察

土方歳三役
いままでの映畫・ドラマ
誰が一番 相応しかつたか
ウ〜 いないな

中井貴一のオヤジさん
佐田啓二の土方歳三役
觀たかつたな
2021/01/14(木) 晴れ


紺血碑{へつけつひ}


富士山 冠雪 
例年 やつと戻る
美しい雪化粧

わがまち
自稱 <學園都市> 
自稱 <整つた美しいまち> 
裏通り 入る
ポイ捨てタバコのやうに
使ひ捨てマスク ポイ捨て

不織布のマスク
プラスチック
地上のゴミ
川から海へ の定め
「マスクや手袋などの
“コロナごみ” 世界各地の海や川で増加」
だとさ

拙者 
五枚重ね 綿マスク
洗つて お天道樣干しで
何度でも使用
だから捨てない

コロナ・ワクチン
全人類 全員 接種しても
全世界 マスク生活 その後もつづく
海 使ひ捨てマスクらけ
レジ袋にかはつて

箱館灣 
マスク 流れついてはゐないか

やせ我慢しなかつた
子爵 榎本武揚  
男爵 大鳥 圭介
箱館山 頂上建つ 
箱館灣 箱館のまち 
全貌 望む

土方歳三 戰死の日
新政府軍艦「丁卯{ていほう}」
大森濱へ 
薩摩軍主力 奇襲部隊 上陸
箱根山 海側から 箱館山山頂へ

箱館山守備隊 新撰組を奇襲攻撃
ハゲ山の山戴から一齊射撃
身をか隱すこともできず 撤退
生き殘つた新撰組 弁天台へ逃げ込む

榎本子爵 
「土方氏{うじ} この箱根山で斃れるつもりであつたか」
大鳥男爵
「あるいは 弁天台で」
榎本子爵
「首を取り 隱した者 誰だらう」
大鳥男爵
「馬丁であらうか
あの馬丁 從者{ただもの}でなかつた」

凾館山 山麓に建つ
紺血碑{へつけつひ}
箱館戰爭 “賊軍”戰死者 慰靈塔

會津戰爭と同じく 遺體埋葬禁止  
ある侠客 子分どもに遺體囘收させる
實行寺らの寺に持ち込む
埋葬 假葬

新政府 怒る  
侠客 お白洲へ
「べらぼうめ」と啖呵切る
無罪釋放

明治四年
侠客 箱館山山麓 土地買ふ
各寺に置かれた戰死者
掘り起こし ここに移す
五稜郭内 遺體も

明治七年 
賊軍の汚名を負つた者の祭祀 許可
明治八年
榎本 大島らの口ぞえもあり
侠客 
碧血碑 建てる

てーした侠客 いたものだ
清水の次郎朝さんも 同じやうな逸話ある
「死ねばみな佛にござる 佛に官軍も賊軍もねーずら」

スクリーンの中
健さん
やせ我慢の 人だつた
2021/01/13(水) 晴れ


やせ我慢


首相 コロナ對策
成行きによつて 
從來の主張を變る
變節だ! 
侃侃諤諤

變節せずに
やせ我慢しなければならない 
説くは
福澤諭吉 『痩我慢の説』

勝海舟 榎本武揚
各々の努力は認めるが
新政府 鞍替えには
ジッと やせ我慢すべきであつた

云はれた 勝海舟 曰く
<出處進退は自分で決めること
ひと樣(他人)が 襃めたり 貶したり
するのは ひと樣の勝手
拙者には 關はりないことでゴザンス>

云はれた 榎本武揚 曰く
多忙により そのうち返答致す
そのうち返答せず

榎本 ジッと我慢の男だつた
福澤 榎本へは かなりの檄文である
<ノウノウと安寧を得て 
官僚として生きるなど 恥づかしくないのか
きみに從ひ殉死した者たちのことを思へば
坊主になつて死者たちの菩提を弔ふか
さもなくば世間の耳目から隱れて
ひつそりと生きるべきであらう>

あの「折り敷け」 大川正次郎も
あの新撰組三番隊組長 齋藤 一も
新たな官軍の旭日旗の下 
西南戰爭 出征 

ご先祖さん
Y染色體 初代
沼津兵學校 
明治五年 廢校
ご先祖さん
西南戰爭
西郷軍に身を投じる

やせ我慢の人だつた
2021/01/12(火) 降ったりやんだり


越すに越されぬ 二股口 田原坂


指折ること 五十五年前
成人式 缺席
自分の成人式
自分一人で濟ませてゐた
コレ
いつか話すこともあらう

極寒波 關東平野にも 襲來とか
富士の雪化粧
雨降らず いつまでたつても 薄化粧

雪が觀たい
寒椿には 雪化粧がよく似合ふ

寒波襲來には 讀書が一番

小川寛大さん『南北戦争』
【南北戦争は
アメリカが経験した唯一の内戦
三〇〇万人以上ものアメリカ人が兵士となり戦場へ
その内 約六〇万人が戦死
独立戦争 戦死者二万五〇〇〇人ほど
第二次世界大戦 約四〇万人
ベトナム戦争 約五万人】

<もう一つの日ノ本>蝦夷共和國 消滅後
日ノ本 唯一の内戰
「西南戰爭」(西南の役)
戰死者 凡そ一萬四千人

箱館戰爭 「二股口」攻防
西南戰爭 「田原坂{たばるざか}」
の嚆矢{かうし}
同じ 細い山道 唯一の道だつた

西南戰爭  政府軍
大量の彈藥 人力車で搬送補給する
荷車の車列が通れる
唯一の路であつた田原坂
ここで迎へ撃つ 西郷軍
兩軍攻防の焦點となる

箱館戰爭「二股口」若しかり
新政府軍 蝦夷地上陸
二股口へ
荷車 蝦夷地上陸後 手に入れるつもりだつた
蝦夷地 荷車 人力車なぞなかつた
山中の間道 馬の背に乘せた運ぶしかない
兵士一人 背負へる銃彈百發だけ

明治二年四月十三日
第一次 二股口攻防戰
土方歳三 總司令官の共和國軍
十四日朝まで十六時間にわたる銃撃戰
共和國軍 七キロ後方 彈藥集積場
駄馬や人夫の背負ひ籠で補給
土方軍 三萬五千發
新政府軍 撤退

フランス軍事顧問 フォルタン
二股口から五稜郭のブリュネに手紙 出す
「土方軍の働き驚くべし
その顏みな火藥の粉で眞つ黒」

黒色火藥 のちの無煙火藥と違ひ
煙は煙は白いが煤は眞つ黒
銃砲には多くの煤がつく
油つぽく粘りがある
再裝填するとき銃口から息を吹き込んだり
砲に觸ると手や顏が黒くなる
土方軍 いかに奮戰したかがわかる

四月二十三日
第二次 二股口攻防戰
新政府軍 彈藥 援軍 補強
今度は 山を切り拓き 兵と彈藥を送り込む
共和國軍の背後から攻める
二十五日 朝まで續く銃撃戰
ここで
大川正次郎 號令 「折り敷け!」

新政府軍 つひに土方軍 死守する二股口
攻め切れなかつた

フランス軍事顧問ほか
こんな手記 殘されてゐる
土方軍にゐた 小杉雅之進
『麥叢録』
【失風ノ花ヲ散ラスニ似タリ】
同じく石井勇次郎
『戊辰戰爭見聞録』
【寡ヲ以ツテ大敵ニ當リ
動カザルハ是 土方君ノ力ナリ】

土方軍
單發銃と新政府軍 連發銃との戰ひ
單發銃が勝つた
當時で戰史 類をみない

池田屋の變から四ヵ月たつたころ
土方歳三
佐藤彦五郎宛の手紙で自慢
「新撰組では
毎日みな 砲術訓練に明け暮れて
西洋鐵砲も上達した
薩長戰では先驅けを勸められた」

慶応三年九月
歳三 隊士募集で江戸へ
佐藤彦五郎宅へ足を運ぶ
十七歳 長男源之助
庭先で十二段撃ち 銃撃隊歩行保法 見せた
天然理心流 次世代 劍から銃に持ち替へてゐた

歳三 源之助 京へ來いと誘ふ
彦五郎 大賛成
多摩の新撰組入隊 長男はダメ
隊士でなく教授として

が 母 歳三の姉 反對
歳三 姉には頭が上がらない

大政奉還
徳川慶喜 二條城から大坂城へ
命令系統 崩れ
二條城守備の命を受け 新撰組が到着
新撰組二條城入城の圖 
また翌年 伏見奉行所撤退の圖
でも
新撰組隊員 みな銃を手にしてゐる

箱館戰爭 共和國軍だつた祖父をもつ
子母澤寛 『新撰組始末記』
司馬遼太郎 『燃えよ劍』
からイメージできない
鐵砲隊の新撰組であつた

來年から成人 十八歳に引き下げとか
島田魁を隊長とする
土方歳三「守衞新撰組」
長島五郎作 
十八歳 箱館山にて戰死
2021/01/11(月) 晴れ


原點


「松の内」が明け 
玄關 松飾りを外す「松送り」
谷保天滿宮 「どんと燒き」
今年 中止 
松飾り 「可燃ごみ」となる

「元旦射會」なるものがあつた
霞的でなく 直徑36cmでなく
四分の一 直徑9センチの金的
表 金色厚紙 裏に「壽」に文字 

一度だけ 的中
道場一、二を爭ふ 二人の射手と
己 三人のみであつた
射た者には 枠に一筆 
年度が記され 贈られる

「平成十三年 元旦」
記された金的 
PCディスプレイ 脇に置いてある

金的に「杉山頴男カード」
立て掛けてある
キリスト紀年1998
退社の折 歡送會 引出物

表面
居合道着 正眼の構へ 上半身
いや 天然理心流 平晴眼{ひらせいがん}
他流正眼と違ふ
相手の構へ次第
劍先 左右に若干 開く

裏面
『武道通信』創刊メッセージ
「戰後半世紀
無抵抗にイエローヤンキー化した
わられ日本人が
己の心と身丈に合つたトポスを
見つけるための砦となるのが武道である
――『武道通信』創刊!」

無抵抗にイエローヤンキー化しなかつた
こともあつたはず

榎本武揚 
短刀 刄 腹に突き立てようとした
そのとき
介錯 大塚雲之丞
右手 素手で 短刀掴む

榎本 
大塚のその眼を見る
生きて 傳へるべきもの
生きて 殘すべきもの
ある
さう語つてゐる

土方歳三
中島三郎助
武士の生き方
さうでない 
武士の生き方もある
榎本 
大塚 血に染まる右手 見て 悟る

祖母 おばあちやん
幼子に云ふ
「日本の兵隊さん
一對一だつたら負けなかつた」
『武道通信』 原點
2021/01/10(日) 晴れ


敗北宣言


地上波ニュース ネットニュース SNA 
驅け巡る
「敗北宣言」

トランプ 熱狂支持者
五〜六千萬人
日ノ本人口 五割

前大統領の下
<もう一つのUSA>

「敗北宣言」
武士語 「城を明け渡す」

土方歳三 戰死 五日後
中島三郎助親子 壯烈な討ち死に
その日
明治二年五月十六日
五稜郭 降伏衆議
その最中 突然
榎本武揚 二階へ
彰義隊 大塚雲之丞{かくのじやう}
介錯 頼む
徳川慶喜から拜領 短刀で自刄
しようとした そのとき
大塚 素手で短刀 掴む
右手指 三本 切る

心 鎭まつた榎本
「明朝 城を出 降伏交渉 応じる」

箱館戰爭 海戰
新政府軍軍艦 菊紋 
蝦夷共和國軍艦 日の丸

蝦夷共和國
<もう一つの日ノ本> 

國旗・日の丸の下 
吸收合併

日ノ本
<もう一つの日ノ本>
アマテラスの下
誕生しない

USA
星條旗の下
一つになれるか
はたまた
第二次
南北戰爭でなく
獨立戰爭になるのか

USA
若者よ
君の行く道は
はてしなく遠い
2021/01/09(土) 晴れ


折り敷{し}け


UK(United Kingdom)
ウェールズ、スコットランド、北アイルランド
そしてイングランド

イングランド 
サッカー選手
試合開始前 
芝に片方 膝を立てる
「膝つき」ポーズ
BLM(黒人の命は大事)運動
ださうだ
が UK みんな賛同してるわけないだらう

明治二年四月二十三日
新政府軍 
土方歳三 總司令官の 
二股口へ二度目の攻撃
今度は江差から兵力・彈藥 補給
朝四時 攻撃開始 迂囘作戰
天狗嶽高台から
喇叭 吹いて ワッーと喊聲を舉げ 急襲 

伝習歩兵 慌てる
隊長 大川正次郎 號令
「折り敷け!」
兵みな
片膝を立て
尻を地面に下ろす

伝習隊 浮き足たたない
二時間にわたる銃撃戰
迂囘隊 撤退

片膝を立て
尻を地面に下ろす
心 鎭める效果アリ

「折り敷け」
戰國時代の指揮法
武士が編み出した
常朝の父・祖父も
「折り敷け!」號令 
雜兵に發したにちがひない

大川正次郎
よく知つてゐたものだ
大川 逸話 殘る
二股の激戰下
「右手に劍、左手に冷酒を携え」
兵を叱咤激勵した

「折り敷け」
武士 坐禪から智慧 
得たのではなからうか

佛教 一神教とは違ひ
死んだらどうなるか
いろいろ考へた
けれども 死者の世界があるとは考へない
「佛になる」これだけ

お釋迦さん
經典など讀まない 
坐禪をすることで佛になつた

佛教 
インド→支那→日ノ本
修行しなくても 往生して佛になれる
貴族からはじまり庶民にも大流行

軍人{いくさびと}
殺生を生業とする
氣に入つたのが
禪宗
誰でも坐禪ができ 誰でも佛になれる
佛なら
生き死にを超越してゐるのだから
ゆゑに
死んだらどうなるか 氣にしなない
UK UE離脱
北部スコットラン 西部ウェールズ
獨立を目指す

UK
USAと同じ
君の行く道は
はてしなく遠い
2021/01/08(金) 晴れ


誰かさんが誰かさんが 隱した


中村錦之助と月形龍之介
撮影所 撮影衣裝のまま
長椅子に腰掛け 並んで 
仲良く 弁当 食べてゐる
「少年画報」 小さな冩眞

あつ!
“子供の階段”から
轉げ落ちる

前々から をかしいとは感じてゐた
さつき 斬られた武士
何度も生き返つて また斬られる

五萬囘斬られた役者
亡くなつたとか

“箱館戰爭の階段” 
轉げ落ちた
總裁榎本武揚 副總裁松平太郎
土方歳三と共に前線で戰つた歩兵奉行 大鳥圭介
元藩主・老中の松平定敬 板倉勝靜ら
轉げ落ちたが 新政府のお情けで
生き延びた

土方歳三
“箱館戰爭の階段”
轉げ落ちることわかつてゐたから
ボディーガードと云ふ名の
己の“首狩り人”決めてゐた

五月十一日
土方歳三
明け方 騎乘で五稜郭から 桔梗村へ發つ
また五稜郭へ戻る
途中 蟠龍丸が薩摩の春日丸が撃沈するのを見る
気勢上がる

五稜郭附近で手勢を集め 
相馬主計らが新撰組が守る弁天台場へ
一本木關門附近に來たとき
後方から 兵を叱咤してゐた
歳三
いつの間にか戰列の一番前に出てゐた

午前十時ごろ
薩摩兵の銃彈 腹に 落馬
歳三
「やれ!」
<誰か>が
歳三の首 掻き斬る
<誰か>が
歳三の首 持ち去り消える

誰が 斬り落とし 
誰が どこに埋めたか 

新撰組大好き 歴史家・小説家
掘つて掘つて また掘つたが
出てこない

<誰か>さん
五稜郭 明け渡し
降伏 五月十八日
その前に
元浦賀奉行 中島三郎助親子三人のやうに
どこかで 討ち死にしたか

榎本武揚 享年七十二 大鳥圭介 享年七十八
松平太郎 享年七十一 板倉勝靜 享年六十六  
松平定敬 享年六十一

<誰か>さんも 永生きしてをれば
どこに埋めたか わかつたやも知れぬ
さもなければ
<誰か>さん 永久に口を閉ざしたのか

土方歳三 死に場所
一本木關門 説
異國橋 説
一本木と異國橋のほぼ中間 鶴岡町 説
諸説あるから
「一本木關門附近」とする

歳三
永久に口を閉ざした事柄
あつただらうか
あつたんだらうなあ〜

“老人の階段”
ボツボツと登つてゐる
そろそろ
永久に口を閉ざす事柄
決めておかねばならぬ
待てよ
無いなあ〜
2021/01/07(木) 晴れ


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