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武道通信かわら版 明日(6日)配信


配信のはずだつた
忘却 失念 

明日 配信します

好天氣がつづいたはけでもない
健忘症のわけでもない
いや 何かある
早雲庵宗瑞か?
さうだ 早雲のせゐだ
2021/11/05(金) 晴れ


箱根の山は天下の嶮{けん}


鹿による農作被害
たびたび ニュースに

早雲 ほぼ伊豆制壓した頃も
伊豆 鹿 おびただしく蕃殖
おびただしい作物被害

早雲
勢子{せこ}を入れて狩りさせてほしい
小田原城主 大森藤頼{ふじもり}に申し出でる
早雲と藤頼
箱根神社で同盟の神文 取り交はしてゐる

藤頼 神文など信じてゐない
萬が一にも早雲 企みあるとしても
韮山から三島に出て箱根峠(海拔846m)を越え
小田原へ攻め入ることはできまいと考へてゐた
箱根の山は天下の嶮{けん}
嶮を越えてくることなどできまい

早雲 やつてのけた
大森配下の相模・足柄の有力豪族を調略し味方につける
鷹狩りを裝つた軍勢 十國峠を越え
箱根湯元に集合 日が暮れるのを待つ
牛 千頭集める
牛の二本角に松明くくりつけ
笠懸山に追ひ上げる
後年 秀吉が一夜で築いた城の あの山だ
あとは想像するごとく
『北條五代紀』にある

嘘パッチである

牛の二本角に松明
木曾義仲 『源平盛衰記』も
China 春秋戰國時代「火牛の計」から脚色

信長/秀吉ストーリー 江戸の世につくられた講談バナシ
早雲 やつてのけられたのは
地震のおかげ

明応三年(1494)十月三日
駿河・遠江の南 海底を震源とする
「明応大地震」
鎌倉大佛殿 崩潰し 大佛樣 津波で流される

小田原も地震・津波で大被害
城下 てんてこ舞ひ
行政 お手上げ

早雲 小田原城夜襲 翌明応四年

【大森藤頼 後繼者問題で一族 内輪もめ 
武力も統治能力も先細り 
小田原城から立ち退かざるをえなかつた
「火牛の計」などでなく
早雲の弟・彌次郎 小田原城にゐた
比較的穩便に小田原城入場を果たし
大森氏は親戚の三浦氏のもとへ退去した】
「小田原市史」より

伊豆半島
太平洋の海底に沈む火山群
フィリピン海プレートの移動によつて北上し
日本に衝突してできた
駿河灣もできた
日本一の深さ

津波 海の深さで強弱きまる
駿河灣 2500m 相模灣 1000m
伊豆と小田原 被害の差 歴然であつたらう
地震 早雲に味方した

關東平野が沈沒すると云ふ
TV「日本沈沒」
侵蝕する海水
天下の嶮 箱根の山は越えられるだらうか
2021/11/04(木) 晴れ


統率力


衆議院戰 自民單獨過半數 
大阪維新/公明 足せば 三分の二超える
結成 黨是 憲法改正 
六十七年目にしてなるか

早雲
伊豆一國 完全制覇するに六年
第三の道 その一歩
韮山城
據點となる城 どこにする

思案などしてない
自らの目と耳 間者の目と耳
既に決まつてゐた
既に決まつてゐなければ
統率力 生まれない

選舉戰 負けたら大将 即 辭任
思案などしない  即 辭任
思案し 一日遲れになつたら
統率力 生まれない

ハナシ 早雲へ

茶々丸がゐた堀越御所近く
家臣が城としてゐた處
西へ一里で海岸
これから伊豆國全土攻略するに
海岸線確保は大事

狩野川は船の 駿河⇔伊豆“高速道路”
伊豆國の中心地
東海道もよく見える
甲斐武田軍の動きも見える

早雲の本據地だつた興國寺城
早雲に從ふことを誓つて間もない
西伊豆・土肥の海賊地侍・富永三郎左衞門を拔擢
城代に据ゑた
信頼すればただちに拔擢
他の地侍に 
早雲の人望 大いに高まる

關東への出兵から歸つた農兵
伊豆各地の土豪
早雲に歸順
貯へた金銀 穀物 錢などほどこした
民百姓を可愛がり 兵たちにも優しくした
早雲贔屓の『北條五代紀』 さう書いてある

さう書いてあるが
刄向かふ者には殘酷だ
恐怖から畏怖へ轉換
統率力のコツ
2021/11/02(火) 晴れ


第三の道


有權者數 105.622.759人 とか
投票率 55.933% 
投票した人 59,074,808人
しなかつた人 46,547,951人

とり敢へず政治で解決したい事柄
抱へてなかつた人
自分の幸せ 國政選舉 無關係な人
敗戰後 三番目の無關心

氣になる選舉區
當選二十二名
落選八名
♪大阪維新に負けた〜

与党でもない
野党でもない
是々非々の道

早雲
室町幕府奉公衆でもない
今川氏配下でもない
是々非々の道 斷つ
第三の道

第三の道 摸索する
政黨 現はれぬか
2021/11/01(月) 晴れ


非認智能力


今夕からの選舉結果報道
氣になる選舉區

比例東海/福井1區/滋賀2區/比例南關東
東京16區/大阪1區/滋賀1區/長嵜2區
比例近畿/比例近畿/高村正大/山口1區
千葉7區/千葉8區/比例中國/奈良2區
比例近畿/大阪7區/ 比例北關東/比例南關東
高知1區/大阪4區/愛知9區/東京18區
福岡5區/靜岡4區/比例南關東/比例北陸信越
栃木3區/兵庫7區/千葉6區
(氣になる候補者・五十音)

氣になるのは
非認智能力から

絶対
認知症ならぬが
いい歳して
非認智能力あることに
氣づく

氣づいた
馬場・豬木プロレス時代
≪強くなければ正義でない≫から
第三次プロレスブーム
【痛さ】への願望
コロナワクチン注射
インフルエンザ豫防注射
「痛いですよ 痛いですよ」
「看護婦さん 注射は昔か痛いんです」

【痛さ】を遠ざける
【痛さ】を惡とする

第三次プロレスブーム
青少年
【痛さ】を遠ざける 
【痛さ】を惡とする
親/大人たちへのカウンターカルチャ 
非認智能力あるから 解けた

非認智能力
何であるか 
明確な定義 知らぬ
各々 自分で定義すればよい

統率力
早雲なら さう云ふだらう
2021/10/31(日) 降ったりやんだり


最後の一日


「最後のお願ひです!」
二〇〇一年 參議院員選舉戰
最終日 七月二十八日 午後七時半
池袋驛西口
選舉カーに上からマイク手に叫ぶ
「自分の命は自分で守る
 自分の國は自分で守る」

二〇二一年 衆議院員選舉戰
憲法改正論議 すつ飛んでゐた

早雲
“バラマキ”だけでなかつた
刄向かふ者には“殘酷”だつた

初代堀越公方 足利政知の子 
“惡代官”で有名であつた足利茶々丸
韮山・堀越御所 奇襲の際
命からがら逃れる
早雲の力が北伊豆から中伊豆へ擴大
身の危險を感じ 
伊豆半島南端 關戸吉信の深根城へ逃げ込む

早雲 船團を率ゐて西伊豆松嵜へ上陸 
深根城を攻撃
家々を百軒ほど打ち壞し その材木で濠を埋め
城内に突入 城兵を一人殘らず殺させた
城中にたちこもつた將兵 非戰鬪員の少年
に至るまで殺させた

關戸吉信 嫡嗣と共に茶々丸の首をもつて城から脱出 
嫡嗣 下田で自害
關戸 東伊豆 河津で自刄

早雲
伊豆一國 完全制覇するに六年

自由民主黨 立黨 昭和30年(1955)
黨の政綱
平和主義 民主主義及び基本的人權尊重の原則を堅持しつつ
現行憲法の自主的改正をはかり
また占領諸法制を再檢討し
國情に即してこれが改廢を行ふ

六十六年して いまだ成らず


朝寒{あさざむ}に
干す劍道着
湯氣のぼる

最後の日
雲ひとつない 秋晴れである
2021/10/30(土) 晴れ


対い蝶{むかいちょ}家紋


早雲 かつての領地
靜岡縣六區
≪悲願の小選舉區初勝利を目指す自民前職勝俣孝明氏
伊豆地域で先行し 沼津市など都市部でも支持擴大を圖る
選舉區で八連勝中の立民前職渡邊周氏は牙城死守を懸け
支持組織固めを強化する。維新新人山下洸棋氏は伸び惱む≫
靜岡新聞社 電話世論調査 
何人に電話したのだらう 何人とは書いてない
書くべきか 書かずべきか

まあ それはともかく
御三方に ご提案

伊勢新九郎宗瑞
家紋
二匹の蝶が向かひ合つてゐる
対い蝶{むかひちよ}
(蝶は昆蟲 ゆへ匹)

選舉カーに <対い蝶> 掲げ
あと三日 がんばれよ
早雲の善政 記憶の遺傳子
靜岡縣六區
殘つてをりますぞ

早雲 韮山の百姓にも
減税策打ち出す

年貢を過分に取られて
百姓は疲れてゐるから一つ免除し
四つ收めよ
「四公六民」となつた

このほか 無税制
地頭に直に命令
無税とせよ
この定め守らない者いたら
申し出るがよい
徴税してゐる地頭の地位を奪ふ

韮山の百姓/民 
大喜び
わが伊豆國も 早雲さまの國になればよいのに

さうなつた
早雲
室町幕府奉公衆 辭退
同時に
今川氏からも離陸しようとしてゐた

その現れ
韮山城 築城

北條と云へば
<三つ鱗{みつふろこ}>
が 早雲 使つてない 
祖 早雲
二代目氏綱からの家紋
關東統一を目指すにあたり
伊勢氏よりも格のある北條氏家紋

鎌倉幕府執政 北條氏 祖は桓武平氏
桓武平氏の子孫 伊豆國に移り住んだ
歴史あり 家格に權威と重みがあるとのこと

鎌倉幕府執政 鎌倉北條氏
二代目氏綱から 後北條氏
2021/10/29(金) 晴れ


<近代>にタッチ


裝ひ言 醉ひ言 拗ね言 恨み言 貶め言 
竝べ立てても あと四日

戒め語
發してみませんか
「新聞やネットの書き込みを信じる連中はアホだ」

その昔
禪の修業
一人 棺桶のやうな小船に乘らされ
海上 潮に流され漂ふ

早雲
どんな禪修業したか知らぬ わからぬ
ヨット太平洋單獨無寄港横斷に似た
體驗したのではないか

統治のコツ
掴んだのではないか
ケネディの演説コピーライターの言葉を借りれば
「國があなたのために何をしてくれるのかを問ふのではなく
あなたが國のために何を成すことができるのかを問うて欲しい」

韮山・堀越御所 奇襲の際
興國寺城兵 三百に
やつてはならぬ事
三つ 申しつけた
穗見神社{ほみじんぢや}に
固く誓はせた

その一
空家に入り諸道具 手にかける事
その二
錢に當たる物 盜む事
その三
伊豆國中の侍竝び土民至るまで其處を去る事
要は 逃散 他領に逃亡すること
この地に殘れ その方が幸せだとわかる

この禁制三科條 當時 類をみない
百姓雜兵 掠奪目當て
禁じたら雜兵 集まらぬ 

富士郡下方十二郷の民 
早雲への恩 返さうとしてゐた
早雲 兵は禁制守ると信じてゐた
「御恩と奉公」の自己證明は終はつた
だから 次を問うた
「領主が おまへのために何をしてくれるのかでなく
おまへが 領主のために何を成すことができるのかを問へ」

<近代>に一番早くタッチしたのは
早雲庵宗瑞

『北條五代紀』には「高札立てる」とある
江戸の世のはぢめに書かれた傳記記録集ゆゑ
江戸の風情 「高札立てる」となる
書いたのは 
後北條氏に縁ある末裔 三浦淨心{じゅうしん}
ヨイショした部分もあるが
村人に風病の者が多いと 京都から大量の藥を配布
これは事實
2021/10/27(水) 曇り


民の心


わが身に危險のない戰爭ほど 
面白いものはない

關箇原合戰前哨戰 伏見城の戰ひ
近隣の郷民たち 小栗栖{おぐるす}山から見物
京の商人も小栗栖山 手辨當で酒盛り見物
「西が勝つねんかあ〜 いや東ちがふね〜」

世 移り變はつて
いまの世の 郷民たち 商人たち
小栗栖山 登る前に
テレビ ネットに坐る前に
東軍・西軍(各政黨)の公式戰況情報 
持ち合はせてゐる
政治評論家の解説
持ち合はせてゐる
間者が放つた諜報/フェイクニュース 
持ち合はせてゐる

三十一日夜
一杯やりながら<高見の見物>

民の心
Aだ Bだ  Cだと 
とやかく<解説>される
民自身 わからなくなる

實は候補者も
民の心 わからなくなる

困つたもんだ
早雲庵宗瑞に聞いてみよう
2021/10/26(火) 晴れ


出家


泣いても笑つても あと六日
立候補者 七十代/八十代
9.3% 
「年齢によつて優劣の差を條件にすることは
議會制民主主義に著しく逆行する」
定年制廢止 直訴

≪オレ流の終活だ≫
とでも云ひたいのでないか

上杉謙信 出家
念願の出家を果たす
景虎から謙信と改名
佛の弟子になる終活

武田信玄 出家 
大僧正
天下盜りのため 箔附け

早雲 出家
早雲庵宗瑞
伊豆國盜りのための目眩まし

早雲庵宗瑞
剃髮姿 弘法大師の聖跡 訪ねると
何度も修善寺温泉 通ひ
伊豆・韮山 堀越御所 その周邊
軍事力 如何に
兵力 如何に
地侍の忠誠心 如何に
民の心 如何に

民の心 如何に
泣いても笑つても あと六日
2021/10/25(月) 曇り


分斷


ケネディ元大統領
暗殺に關する機密文書
全面公開 延期
NARA(米國國立公文書館)
そのむかし
「2021年10月26日までに妥當性を再檢證」
と云つてゐたが

USA 
<分斷>現象 加速
全面公開 延期せざるを得ない
事情あるのだ

關東 <分斷>してゐた
元を正せば 
足利尊氏
鎌倉に「鎌倉府」
關東八ヵ國
(相模・武藏・安房・上總・下總・常陸・上野・下野)
と伊豆・甲斐
これが世に云ふ「關東官領」
ボスは尊氏四男
尊氏
鋪佐役 尊氏母方の山内上杉/犬懸上杉兩家を
「關東執事」

山内上杉/犬懸上杉 犬猿の中
「鎌倉府」/二つの「關東官領」 三つ巴戰
これが關東 <分斷>の所以

初代から百年ほどたつた
八代將軍・義政 異母兄 足利政友{まさとも}
「鎌倉府」へ送り込む 込まうとした
やむなく伊豆・韮山 「堀越御所」で待機する
いまの世の伊豆の國市

「鎌倉府」/二つの「關東官領」/「堀越御所」
四つ巴抗爭 
その後も分断つづく

早雲
間者送り 情報收集
興國寺城 機會を伺ふ
小説「忍者・風魔小太郎」
ネタ 
相模・足柄下郡風間村の盜賊群
早雲 味方につける
間者にする
もう一人 間者
連歌師{れんがし} 
今川家お抱へ刀劍師の子
連歌師を表看板に あちこちの武將を訪れ
諜報活動

ちなみに
早雲の愛刀「日光一文字」
元々「日光權現」に奉納されてゐました
北條早雲がもらひうけたことが
この號の由來
豐臣秀吉「小田原征伐」
北條氏との仲介役の黒田官兵衞が拜受

ところで
NARA(米國國立公文書館)
“眞珠灣攻撃”機密文書
いつ公開するのであらう
2021/10/24(日) 晴れ


存在證明(identity)


「國民の〇〇を守る」
「國民の△△を守る」
「國民の□□を守る」

♪まる さんかく しかく
 おいしい國のかたち

候補者歌つてる 〇△□ 
早雲の〇△□ なんであつたらう


『北條五代紀』 
まあ 多少のヨイショあらうが
<駿河の興國寺城邊を知行し居住す
其頃 郎從三百人程持す
此人(早雲) 慈悲心ふかくして百姓をあはれみ
毎年の年貢を宥免{ゆうめん}せらるる
是によつて百姓共
「かく慈悲なる地頭殿にあひぬる物哉」
とよろこび
「此君の情には命の用にもたつべし
あわれ世に久しくかへ給ひへかし」
と心ざしをはこばずと云ふ者なし
誠に慈悲あらん人をば 親疎{しんぞ}をいはず親のごとくおもひ
恩ある輩には 貴賤を論ぜず主從の禮をいす 是{これ}仁の道也」

早雲 領地となつた
富士郡下方十二郷の百姓の年貢を免除した
また
困つてゐる領民に穀物や錢を年三分の利息で貸した
領民たち 大喜び

恩と奉公が鎌倉武士の存在證明なら
十二郷の百姓の存在證明
恩と奉公

これが
“北條早雲”
戰國大名の魁の
存在證明
2021/10/23(土) 晴れ


孫子の兵法


靜岡縣六區
沼津市とその近邊
駿東郡/清水町/長泉町
伊豆の國市(舊韮山町・大仁町域)
早雲の勢力圈

立憲 共産黨の援軍を得て再選狙ふ
前囘は六三一票差
自民 いかに
新參 維新 さて いかに

孫子の兵法
三つ巴戰の勝ち方 あつたか

早雲
健仁寺 大徳寺で學んだ兵法
孫子の兵法しかり
韮山・堀越御所 奇襲作戰
孫子の兵法
「兵聞拙速、未睹巧之久也」
──兵は拙速を聞くも、いまだ巧の久しきを睹{み}ざるなり
「拙」は餘計な手を加へないこと
「巧」は無駄に手をかけること
戰さは早く決着をつけろ

つぎに かうつづく
「夫兵久而國利者、未之有也」
──夫れ兵久しくして國に利あるは 未だ之れ有らざるなり
戰さが長引いて國家に利益を齎したことなんて
今まで一度もないのだ
要は 長期戰にもちこんで成功した例はない

早雲
孫子の兵法 
孫子 一人だけのものではない
紀元前の孫子
だけの兵法でない
儒教の教へも混じる
それぞれの世の“孫子”の兵法

北條早雲 氣づいてゐた
応仁の亂 長期化 
「孫子の兵法」では 解き明かせない
そのわけも知つてゐた
支那の雜兵と
日ノ本の雜兵
違ふことに
早雲 氣附いてゐた

興國寺城の主となつた
早雲の領民統治をみてみよう
 
2021/10/22(金) 雨


韮山・堀越御所 奇襲


<選舉の顏>
奔りまはつてゐる
<選舉の顏>
と思ひ込んでゐる だけやも知れぬが
奔りまはつてゐる

先に かう記した
応仁の亂
≪雜兵≫が【顏】を持つた 
≪雜兵≫に【顏】を持たせた
コレ この云ひ囘し 自説 愚見である

愚見に非ず 
六人の雜兵
【顏】を持つ
荒木兵庫/山中才四郎/多目權兵衞/荒川又次郎/在竹兵衞尉/大道寺太郎

『北條五代紀』
[御由緒六家{ごゆいしよろつけ}]
<戰國大名の後北條氏に仕へた
大道寺氏 多目氏 荒木氏 山中氏 荒川氏 在竹氏ら六名の重臣のこと
早雲は今川氏親から駿河國富士郡下方庄を賜つた後
六人の兵を招いて伊豆國へ討ち入り
六人は早雲の家老となつて伊豆國を治めた>

韮山・堀越御所 奇襲作戰
『北條五代紀』 その一
早雲の兵 二百
駿河守護 姉の子から三百の兵 援軍
計五百
清水港から十艘に分乘
伊豆西海岸 三ヵ所の港に上陸
北上し韮山・堀越御所 奇襲

早雲 こんな手 使はない
三つの港から韮山まで一日かかつても辿りつけない
奇襲にならない

『北條五代紀』 その二
早雲軍 何人とも 援軍のことも記述無し
興國寺城から黄瀬川を越え
一直線に南へ 韮山へ至る

つまり狩野川を渡つていつたはけだ
興國寺城から韮山まで八里ほど
夕刻に出でば明け方には襲撃できる

早雲
着々と情報 收集してゐた
着々と戰支度を整へてゐた

十一代將軍足利義澄{よしづみ}から
母と弟の仇をとれ 茶々丸を討て
お墨附き 屆く
待つてゐた
いまだ!
早雲
狩野川を渡る
この日をジッと待つてゐた

興國寺城北の本丸から
伊豆半島 よく見える
興國寺城 駿河と伊豆の國境
姉に頼んで この地を得たのは
伊豆國を 盗むためであつた
2021/10/21(木) 晴れたり曇ったり


武道通信かわら版 配信


配信時間
いつも八時 前後
六時にでも「配信」できるが
年寄りは「早や〜な」と
云はれさうなので
二時間ほど ジッと我慢

けふは陽射しもある
衣替えの日としようか
2021/10/20(水) 晴れ


早雲版<七人の侍>


小選挙区 東京22区(国立市/立川市/日野市)
維新 自民 立憲
定員一名

東京15区(江東区) 最多七名
定員一名
♪たこたこ あがれ
風に向かつて
風に流されて


黒澤明の『七人の侍』を
パクッた『荒野の七人』
黒澤明もパクッてゐた
早雲版<七人の侍>

伊勢にゐた伊勢新九郎
駿河の駿府へ下つた
父に行けと云つたのか
姉が來てくれと云つたのか
この姉/妹 説と二分する
早雲の年齢 諸説あることから
間違ひなく姉だらう

父だらうと 姉だらうと
どちらでもよい
思ひ出していただきたい

≪伊勢新九郎盛時 
俗稱 北條早雲
狩野川を渡り
武士道 生まれる
それ以前の武士道 忘れてよい≫

新九郎 伊勢で家來 つくつてゐた
元雜兵 
新九郎を主とすることで足輕
新九郎と六人の足輕
駿河へ

野武退治の七人の侍でない
國盜り七人の侍
2021/10/19(火) 曇り


美し國{うましくに}伊勢


♪北の國では も〜お〜 
感染者 札幌だけ 安心して
煖爐を燃やしはじめてるらしい

愛鷹山 雪 積もつたこと見たことない
冬寒風の屏風 富士山 
眼下 暖流の黒潮 駿河灣 

十七歳 東京へ出て
はじめて 街に降る雪を見た

新九郎 十歳  京へ上がる

次期將軍と目された義視{よしみ}に
仕へて三年
応仁の亂 勃發

応仁の亂 最大の激戰「相國寺の戰ひ」の直前
義視 京を逃れ 伊勢に落ちた
東軍 伊勢國司・北畠のもとへ
新九郎 義視につき從ふ

義視 翌年 京へ戻る
新九郎 伊勢にとどまる

伊勢の國
『日本書紀』 美し國{うましくに}
伊勢神宮 いや訂正 [神宮]がある

伊勢氏(いせし)
桓武平氏維衡流と稱する
京都伊勢一族のルーツはココ
足利幕府政所執事を世襲

十三歳 新九郎 
伊勢神宮 ほつつき歩く
新九郎 神前海岸 ほつつき歩く

曹洞宗の僧 古澗仁泉{こかん にんせん}
想ひ出す 
幼い子に兵法諭す

兵法臨濟宗大徳寺 春浦宗煕{しゆんぽ さうき}
想ひ出す 
漢籍兵書 讀破 想ひ出す

「伊勢氏を後世まで殘さう」
十四歳 新九郎
美し國<伊勢>を烏帽子親にし
心の元服 濟ます
2021/10/18(月) 晴れ


近侍{きんじ}


マスク不要の倫敦に 
行きたしと思へども
倫敦は あまりに遠し

新九郎の生まれ故郷
いまの世 岡山縣井原市
いまの世 國産デニムのメッカ
抗ウイルス加工のデニムマスク
大好評


新九郎 京へ上がつた
父の計らひ
京都伊勢氏 伊勢貞道の養子に
なぜか
將軍御側{おそば}への近道

九代將軍になる筈だつた
八代將軍義政の弟 義視{よしみ}の
近侍となる

義政・富子 男子 なかなか生まれない
僧になつてゐた弟・義尋{ぎじん}
還俗し 義視 將軍職讓られることになる

応仁の亂 勃發の發火點
コノ義視 
義視の近侍 十代の新九郎
応仁の亂 卷き込まれる
十代の新九郎
応仁の亂に 何を見たか
2021/10/17(日) 雨





新九郎 どんな子だつた
『葉隱』の定朝と同じにように
幼くして禪寺に通はせられた

新九郎の父 
曹洞宗の僧 古澗仁泉{こかん にんせん}を招き 
法泉寺 創建  伊勢家菩提寺とする
仁泉 詳細省く 
なかなかの名僧
新九郎 仁泉に教へ受けたこと
大きかつたこと 想像するに易い

新九郎と常朝
二〇三歳違ひ
常朝も五歳で一里先の禪寺に通はせられた

名門との譽れ高い武家
男子 幼くして禪寺へ
慣例となつてゐた

新九郎 三十代
京 禪のメッカ 大徳寺で禪修業
大徳寺 臨濟宗

臨濟宗
禪に公案{かうあん}あり
曹洞宗 公案修業 不要 

新九郎 
ひたすら坐禪し
ひたすら公案 解いた

杉山家菩提寺 臨濟宗
寺のサイドビジネス 幼稚園へ通はせられた
禪の氣配 ぜんぜんなかつた
いや ひとつだけあつた
忘れえぬ 一、二秒の記憶
惡たれ坊主ら 罰で
薄暗い本堂で正坐させられた

靜岡縣沼津市 興國寺城跡 靜岡6區
自民/立憲/維新 三つ巴

ひとつ 公案

凧は なぜ上がる
門弟A
風に向かつてゐるから
門弟B
風に流されてゐるから

師 曰く
風に向かつてゐる者 當選
風に流されてゐる者 落選
2021/10/16(土) 曇り


北條早雲の謎


十九日 公示
選舉カー うるさくなる
その前に
北條早雲 
經歴 整理して置かう
いまの世にも流布されてゐる
江戸の世の軍記物/講談本 
そのイメージ そつたハナシもしてきた

「北條早雲」
江戸の世の軍記物/講談本に出てくる俗稱
本人 知らない
實名 伊勢新九郎盛時
次に 伊勢宗瑞{そうずい}
出家して 早雲庵宗瑞

享年八十八 ウソ
ホントは 享年六十四
一介の素浪人から
伊豆/相模の“二國二城”の主
そして享年八十八
かくありたいと願ふ 庶民の夢 願望
ゆゑに流布された

『箱根の坂』 出版されると
武士の時代考證本 老舖
それまでの研究成果をまとめた
伊勢素浪人説否定の本 刊行

國寺城 國の史蹟に指定されてから
なぜか 研究 盛んになる

素性 はつきりする

素性 京都伊勢一族
代々 京都・室町幕府 政所{まつりごとどころ}執事
父 
備中 高越山城・城主 伊勢盛定
八代將軍・足利義政と諸大名の間を取り繼ぐ
「甲次衆{かうしつぎしう}」
新九郎 その次男

母 室町幕府政所{まつりごとどころ}の執事
伊勢貞國の娘
父は伊勢氏庶流 母は伊勢氏嫡流
新九郎も 父と同じ甲次衆を務める

一介の素浪人どころか 切つての名門御曹司
名門御曹司が
<國盜り>したか できたか
織田信長の舅 一介の油賣り <美濃の蝮>とは違ふ
<美濃の蝮> 息子に裏切られ 
舊土岐家家臣團にも見放される

伊豆國を盜み 小田原城を盜み 相模國まで盜んだ
單に策謀に長けた奸雄なら
小田原・北條氏の覇權と繁榮
五代、百年にわたつて續くことはなかつた

それが 
俗稱・北條早雲の謎である
2021/10/15(金) 晴れ


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