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辭世の句


辭世の句 流行らなくなつた
先驅けは アレか
坂本龍馬 辭世の句 殘さなかつたが
アノ 一枚の冩眞 辭世の句より傑作だつたらう
土方歳三 それなりの辭世の句より
アノ 一枚の冩眞 辭世の句より傑作

あら樂{うれ}し 思ひは晴るる 身は捨つる 
浮世の月に かかる雲なし 
――大石内藏助

重く煩ひて 今はと思ふころ 尋入る
深山の奧の奧よりも 靜なるへき 苔の下庵
――山本常朝

江戸から遠くはなれた 
草生す庵で朽ち果てる
そんな氣分を詠つたのだらう

武士の心根 支へた「常在戰場」
張り詰め 弛みなく 自らを律する
戰國の世の 武士のエートス
常朝の祖父・父のエートス

治世となる
「常在戰場」での忠誠 忠義
眞綿でくるまれ
主君個人への忠誠 忠義に
いつしか 官僚主義 生う

幕府の官僚主義 異議申し立て
城を枕に討ち死に
共死すること
つまりは共生
「共生」は 「共死」に裏附けられてこそ
はじめて本物になる

武士の道理を證明した
「あら樂{うれ}し」

傘貼り浪人
辭世の句  詠んでも ロクなもんぢやなからう
アノ冩眞 辭世の句 代はりとするか

五十三歳 退職の際
送別會 引出物 カード
居合道着 右斜め正眼の構へ
近所の冩眞館で撮る

冩眞館 疾うの昔 閉店
原版 殘つてない
いまどきなら
カードから 姿見だけ修正 再生できる

己が何者かであるか
わかつた日
健康壽命百歳 云々のご時世
アノ冩眞
<成人式>の冩眞だつた
2021/07/07(水) 曇り


武道通信かわら版 配信


朝 目覺める
眼 閉ぢたまま 
身體 搖する 一分ほど
腸 目覺めさせる

十年來の日課 習慣
腸(大腸)が心を動かす

ハラの話だ
2021/07/05(月) 雨


追腹{おいばら}


東京下町 池上本門寺の裏の石段を上がつたところ
向田邦子ドラマ劇場の一家にも
羨ましい氣持ちからの
ほのかな 羨望と嫉妬 渦卷く

武士の羨望と嫉妬
ほのかな なんてもんぢやない

戰國の世  
羨望の比重 多し
先驅け 多發

元和偃武も百年 經つと
嫉妬の比重 多し
陰口 足の引つ張り合ひ

ときは寛延元年
佐賀藩上屋敷
田代陣基 
文机に肘つき 何やらつぶやいてゐる

【常朝和尚は 家老こそが奉公人の至極としてゐた
家職が家老であつた赤穗筆頭家老 大石内藏助
内藏助 忍ぶ戀 思ひ死 
江戸の舞臺でやつてみせた
内藏助
忍ぶ戀 思ひ死
何への 忍ぶ戀 思ひ死 だつたろ
常朝和尚の 忍ぶ戀 思ひ死とは違ふ氣がする】

鍋島藩初代 祖父・勝茂の跡を継ぐ 
勝茂への追腹 二十六名いた
二代目藩主・光茂
追腹{おいばら}禁止令 
追腹への羨望 嫉妬
治世では邪となると見抜いたのだろう
『葉隱』 殉死とは云はず 追腹

翌年 四代將軍家綱
「殉死禁止令」口頭傳達發布
佐賀藩 殉死禁止令の先驅であつた
それから十年後  殉死の禁 武家諸法度に追加

【常朝和尚 追腹の覺悟 
主君の何氣ない心遣ひへの家臣の感謝だと云ふ
ただ御一言が忝く 腹を切志{きるこころざし}は發{おこ}るもの也
さう云ふ
淺野内匠守 江戸生まれ 江戸育ち
内藏助への何氣ない心遣ひ 御一言 なかつたはず】

内藏助
忍ぶ戀 思ひ死
誰に 何への
忍ぶ戀 思ひ死 だつたのだらうか

元祿十五年から寛延元年
三十餘年 流れた
陣基
内藏助の忍ぶ戀 思ひ死
誰に 何への
わかつてゐたのではないか
2021/07/04(日) 雨


思ひ死 


山本定朝の忍戀{しのぶこい}
≪一生忍びて思ひ死にするこそ 戀の本意なれ≫
忍戀と思ひ死 セット

東京下町 池上本門寺の裏の石段を上がつたところ
向田邦子ドラマ劇場 
「麗子の足」
長女 從兄 忍戀
從兄 “逆賊の亂”「二・二六」で自刄
 
天皇への
思ひ死の自刄か
忍戀の
思ひ死の自刄か

定朝の思ひ死
死なない
常住死身
死を覺悟するなど誰にもできる
「生死{しようじ}を離れての常住死身
君主 臣下 關係
眞の姿はどうあるべきか
定朝
考へに考へぬいた
コレが『葉隱』の主要旋律

常朝四十四歳
元祿十五年 赤穗浪士討入り
『葉隱』
≪淺野殿浪人夜討も 泉嶽寺にて腹切らぬが落度〈おちど〉なり
又主を討たせて 敵を討つ事延び延びなり
若〈も〉し その内に吉良殿病死の時は殘念千萬なり
上方衆は智慧かしこき故 襃〈ほ〉めらる
仕樣〈しよう〉は上手なれども
長嵜喧嘩の樣に無分別にする事はならぬなり≫

つまり
一、吉良を討ち取つた直後に泉嶽寺で切腹しなかつたこと
二、刄傷事件により内匠頭が切腹してから吉良を討ち取るまでに
一年九ヵ月の間を置いてゐること
三、討入りのやうな用意周到で衆目〈しうもく〉を
賑〈にぎ〉わすやうなやり方はできても 無分別な喧嘩ができない

田代陣基 御側役罷免
その年 綱吉死去 赤穗浪士遺兒大赦 
津々浦々 大石内藏助 賞賛の嵐

定朝 大石内藏助 同じ歳 
同じ 疉の上の武士道 
大石内藏助を 
口述でなく
本心 どうみてゐたのだらうか

田代陣基に聞いてみるとしよう
2021/07/02(金) 雨


忍戀{しのぶこい}


向田邦子ドラマ劇場 
とき いつも 大東亞戰爭前夜 
舞臺 いつも
東京下町 池上本門寺の裏の石段を上がつたところ
登場人物 いつも
母と その娘たち

とき そのころ
帝大生 池田一朗 學徒出陣
岩波文庫本三册『葉隱』
の中に
アルチュール・ランボー
岩波文庫本『地獄の季節』(小林秀雄譯)
忍ばせる
たぶん
『葉隱』三册 その中に
『地獄の季節』忍ばせ 紐でくくる

見つかり 沒收 
戰地 活字に飢ゑ
『葉隱』を讀み出す

ときは寛延元年
佐賀藩上屋敷
田代陣基 
文机に肘つき 何やらつぶやいてゐる

【出家した隱遁者 
感興{かんきょう}のいたるままに語る
祖父・父ら戰國武士 
疉の上の武士道處世術
好きな人物 嫌ひな人物
好きな事柄 嫌ひな事柄
佐賀藩の逸話
一夜の語りのやうにまとめるの 苦勞した】

陣基 煙草盆 引き寄せる
煙管から紫煙 立ちのぼる
陣基 煙を目送{もくさう}(去つていくものに目を離さず見送る)
陣基 口遊{くちずさ}む
「隱山{こもりく}の泊瀬{はつせ}の山の 
山の際まに いさよふ雲は 妹にかもあらむ」

陣基 口遊んだのは柿本人麻呂の歌
隱山は泊瀬にかかる枕詞
奧深い山間の葬送の地のこと
意味は泊瀬の空にたなびく雲のやうな煙は
愛しい女{ひと}を燒いた煙かもしれない
ああ 愛しい女にいま一度會ひたい

【戀の至極は 忍ぶ戀
これを云ふ隱遁者 
いつになく 意氣込で話した 
何度も同じこと 繰り返した
文彩{ぶんさい}(レトリック)必要なかつた】

定朝の聲に耳を傾けててみよう
≪戀は至極は忍ぶ戀である
戀死なん 後の煙にそれと知れ つひにもらさぬ中の思ひは
あるお方に戀しても 決して表に出さず
「若しかして あの人のこと好きなんぢやないの」
とか言はれても
「云へ そんなことありませんよ」
と否定して
死んで荼毘に附されたその煙を見てゐた人が
「ああ やつぱりこの人は あの人のことが好きだつたんだなあ」
とはじめてわかる
これが至極の戀 忍ぶ戀≫

存分に胸に祕められることで
相手に戀心の負擔を感じさせない
戀闕の情 それこそが「長け高き戀」
定朝 云ふ

向田邦子ドラマ劇場
忍ぶ戀 いつも通奏低音に鳴り響いてゐる

學徒出陣兵 池田一朗 
ランボーより『葉隱』に夢中
『葉隱』モチーフに
ペンネーム隆慶一郎
『死ぬことと見つけたり』

池田一朗
『葉隱』モチーフ
忍ぶ戀と見つけたり
家臣の主君への
忍ぶ戀と見つけたり
2021/06/29(火) 雨


Seul 孤獨 liberté 自由


二十歳のころ
映畫「サムライ」 アラン・ドロン
オープニング・シーン キャプション
「サムライほど 深い孤獨の中にゐる者はない
おそらく それは密林の虎 以上だ ――
『武士道』より」

新渡戸稻造『武士道』
この一節
原文(英文)にあつたか知らぬ
邦譯にあつたか知らぬ
スランス語譯にあつたのか
譯者のレトリックか 

傘貼り浪人 レトリック
「毎朝毎夕 改めては死々
常在死身に成りてゐるときは
人は より自由の中にある
サムライほど深い自由の中にゐる者はない」

フランス人の
Seul(孤獨 ) liberté (自由)
よく わからぬ

山本常朝 田代陣基
佛教語 儒教語にもない
孤獨 自由 知らぬ

私を拾ふ <我>
私を捨てる <義>

サムライの
孤獨と自由
表裏一體
ジャン=ピエール・メルヴィルに
教へてあげたかつた
2021/06/27(日) 薄曇り


二律背反{にりつはいはん


ときは享保四年十月十一日
處は佐賀城下から北に三里ほどの山里 
春日村大小隅{だいしようぐま}
現・佐賀縣佐賀郡春日村

出家した山本定朝夫妻
黒土原の草庵から
近くの大小隅に移る
朝陽軒を宗壽庵 改名
かつての殿樣 奧方の墓 黒土原に移轉
恐れ多い その理由
常朝  五十五歳

常朝 六十一歳 死去
草庵の前 小い丘を野邊{のべ}(火葬場)とし
常朝亡骸 野燒き

山本家菩提寺 寺男
棺の周圍を藁と柴木で包み込み 火を入れる
火が藁に移る
藁から柴木に移る
幾つかの火柱 立つ

ときは寛延元年
佐賀藩上屋敷
田代陣基 
文机に肘つき 何やらつぶやいてゐる

【火柱の中に 聞書一、二
投げ込まうかどうか戸惑つてゐた】

常朝の妻・相玄{さうげん}
田代陣基 
ふたり 默して見守る
窪みに敷いた炭や太い割木に火が移る
煙が坐館を包み込む

【そのとき
相玄尼 云はれた
田代殿 投入れよ  
それが神右衞門(常朝)の本意でありませう】        

「この始終十一卷 追つて火中すべすし御申し候也」
陣基 「漫草{みだりぐさ}」に附記する

「漫草」 全十一卷 脱稿
陣基 晩年のこと
定朝 口述筆記 聞書一、二を火中すべすし
と云つたのはいつか
定朝 六十すぎ 死を悟つたのだらう

【旭山和尚 迷つてゐた
山本家へ誹謗中傷 明白
矢張り 燒き捨てるべき】
陣基
口述筆記 聞書一、二
火の中に投じた

ゴミ收拾トラック運轉手
働き方改革 殘業減つて
殘業代 アルバイトで稼ぐ
「辛い」と

良かれと思ひやつたことが
同時に惡しきこととなる矛盾
二律背反

陣基
良かれと思ひ 火の中に投じてゐたら
山本定朝の名
 『葉隱』
吾ら 知る由もなかつた

二律背反 
正解はない
「どちらとも言へない」 
腦で考へたら 二律背反に陷る
肝で決める

陣基 
冩本 一部 取つておいた
陣基 肝で決めた
後世に殘さう
2021/06/25(金) 晴れ


夫婦別姓認めず


常朝の妻
山村六太夫成次{しげつぐ}の娘
髮をおろし 出家後の法号 相玄{そうげん}
 
姓は山村 名は不明 
常朝自筆『年譜』にも記されてゐない
「山村六太夫成次の娘」
それだけ

常朝の母
同じく 
「前田作左衞門の娘」 
それだけ
 
常朝の頭の中
母も 妻も<實家>しかなかつた

最高裁 夫婦別姓認めず 同姓規定に「合憲」
下々{しもじも}は それでよい

武家の記憶の遺傳子を持つ
既婚者の女子{をなご}
姓名のあとに
古の 諱{いみな} 諡{おくりな}にマネ
實家の姓を胸の内に祕めよ
それでよい
2021/06/24(木) 晴れ


偶然か 必然か


二年前か 三年前か 覺え定かでない
この日記に記した

眞夜中 孫長男 「ジィジ しつこ」
トイレで用をたさせてゐると
長女 次男 ふたりの孫
目をパッチリさせ トイレに

トイレの置時計 午前二時過ぎ
「なでしこジャパン 応援しようか」
日にち 平成二十三年七月二十八日
早朝 裏店に響きわたる
平成の軍神たちへの喝采

日記にかう記した
<これは偶然だつたらうか
必然であつたらうか>

田代陣基
御側役罷免
黒土原の近くの權現原{ごんげんばら}に庵を結ぶ
黒土原から西南へ1Km

陣基 探索兼ね散歩
葉にこもつた草庵 見つける
コレ 偶然

陣基 役目を解かれた翌年 三十三歳
常朝 黒土原へ隱遁し十年 五十二歳

ふたり 御城 戀しかつた
ふたり 欝積 抱へてゐた
コレ 必然

ふたりの出會ひ
偶然か 必然か

必然が偶然を招く
2021/06/22(火) 晴れ


レトリック


山本常朝 口述
「武士とは
どう生きるか
でなく
どう死ぬのかだ」

田代陣基  口述筆記
【武士道と云ふは死ぬ事と見附けたり】
デフォルメ 云ひ替へた

デフォルメは繪畫 彫刻を云ふ
語彙 書き言葉なら
レトリック 言ひ換へ だらう
文彩{ぶんさい}との言葉もある
言葉の綾{あや}でもある

類似したものを借りて表現する とか
あるもののさまに似せる とか
人でないものを人に見立てる とか
普通の語順と逆さまにする とか
肯定と否定とを反對にし、かつ疑問の形にする とか
おほげさに表現する とか

陣基
どう死ぬのか → どのやうな死に方がしたいのか
それを見附けることだ → 死ぬ事と見附けたり

ゴーストライター 良し惡し
レトリックの良し惡し
2021/06/21(月) 晴れ


武道通信かわら版 配信

藍染のこと
2021/06/20(日) 晴れ


葉隱{はおもり}


ときは寛延元年 
處は いまの世の現日比谷公園内
佐賀藩上屋敷
田代陣基 
文机に肘つき 何やらつぶやいてる

陣基
旭山定朝{きよくざんじやうちよう}
訪ねたのは
寶永七年三月 黒土原の草庵 
現・佐賀市金立町大字金立黒土原
草庵 葉にこもつてゐた
隱{こも}つてゐた

陣基 つぶやく
【旭山和尚は聞書の題目に定朝詠草{じやうちようえいさう}とつけた】
【月並みです 葉隱{はおもり}にしませうと申し上げた】
【和尚 ジッと佐賀城の方を見つめてゐた】

佐賀城 異名 沈み城
城 大楠ら樹木の中に沈み込んだように見える
城下の民 葉隱{はおもり}城と呼んだ

【和尚 葉隱 御城と想ひ込んだやうだ】
御城戀しさは 陣基も同じ
過去を懐かしむ 郷愁 ノスタルジア

タシロツラモト
小學五年生でも 音聲檢索できる
いまどきの世
郷愁の温度差 10℃は違ふ

『葉隱{はおもり}』
昔ばなしの行間には
郷愁が溢れ出てゐる

祖父の
武藏と同じ島原の亂に參戰した父の
武士の時代のノスタルジア

その武士の時代
音素{おんそ}の數 
今の世の日本語より數多あつた
いくつかの讀み方がされた
冩本によつて
同じ語が違ふかな表現になるのはやむを得ないこと

書かれた文字を鵜呑みにしてはならぬ
宮本武藏の云ふ
「張る」
下から上に拂ふこと
2021/06/19(土) 雨


奇な縁 偶な縁


『宮本武藏』(吉川英治)
『五輪書』(岩波文庫)
風雲急を告げる
あの 昭和十五、十六年
讀んでなくても みな知つてゐた
奇{き}な縁

合戰 騎乘での武士道 宮本武藏
平治 疉の上で武士道 山本定朝

武藏沒後 半世紀
定朝 生まれる

ふたりの武士
奇{き}な縁でなく
偶{ぐう}な縁 
並ぶ 對になる偶

一對{いつつい}
ふたりで一組 一双

武藏と定朝
武士道 一線上にある
宮本武蔵論考
『葉隠』論考
かずかず有れど
一線上で論じられたことなかつた

ゴーストライター田代陣基{つらもと}
定朝の「武士道とは□□□□□□□□□□□□」
と云つたのを
「武士道と云ふは死ぬ事と見附けたり」
デフォルメ 云ひ替へた

武藏
死を覺悟する 百姓でも商人でも誰でもできると云ふ
死を武士の專賣特許みたい云ふ武士 
武藏 嗤う

定朝 云ふ 
生きるか死ぬか 二者選擇を迫られたとき
死ぬ方を選べ 犬死を恐れるなの
<死ぬ事>では
武藏に嗤われる

陣基 百も承知であつたらう
「死ぬ事と見附けたり」とデフォルメした
陣基の<死ぬ事>とは
武藏の<勝つ事>とは
二律背反
陣基 氣づいてゐたらう

タイムスリップしてみよう
寛延元年 佐賀藩上屋敷
2021/06/17(木) 晴れ


遲れてきた武藏


馴染みのメガネ屋で
レンズクリーニング
「暫くおまちください」
棚に竝ぶ いまどきのフレーム
女店員
「いかがですか」
「時代遲れの男でゐたいんで」

元和元年 大坂夏の陣 豐臣家滅亡
応仁の亂からはじまつた戰國の世
徳川家康 
ストップ・ザ・戰國
「元和偃武{えんぶ}」宣言
偃武=武器を伏せ 收め 用ゐない 

家康 本音
武器=鐵砲
ストップ・ザ・火力

偃武を生きる 
武士たち 
太刀だけは腰に殘る

『五輪書』 
【兵法の根元は太刀】
ゆゑに
讀まなければ 
先に進めなかつた本
劍術 邁進
鐵砲(火力)忘れさせた

巖流島
遲れてきた武藏

兜首で城持ち時代に
遲れてきた武藏

種子島に
肩に銃牀つける鳥撃ち用鐵砲“流した”
西洋に
火力兵器の差
二〇〇年
遲れ取る

これにて
宮本武藏『五輪書』編
筆を擱{お}く
2021/06/15(火) 晴れ


<大安 佛滅> 信じますか


本日
天赦日{てんしやにち}とか

武藏
神佛は貴し
六曜{ろくやう}を頼まづ

次囘をもつて
宮本武藏『五輪書』編
筆を擱{お}く
2021/06/14(月) 晴れ


鐵砲嫌ひの武藏


ノートパソコン一臺と
タブレット端末一臺
陸上からの船舶操縱
<タブレットの中の戰爭>の時代へ

鐵砲 合戰方式 大きく變へた
織田信長 鐵砲 大好きだつた

武藏 鐵砲 好きだつたか
武藏 云ふ
【城郭の中からは 鐵砲にすぐるものはない」
防禦壁あつて 遠間なら 鐵砲一番

しかし 鐵砲 決定的缺點あり
【弓の一ツの徳
放つ矢 人の眼に見えてよし
鐵砲の玉 眼に見えざるところ 不足也】

武藏の云はんとすること
おわかりだらう
誰の手柄かわからない
第三者が確認できない

合戰とは
手柄首 兜首狙ひだらう
(個人)と誰(個人)が戰つて
誰が勝つた
武藏
鐵砲の玉 不足也
鐵砲 好きでなかつた

<吾 大名になれる資質あり>
「大分の兵法」からすれば
信長のやうに鐵砲だらう
でも 武藏 鐵砲 嫌ひだつた

【弓 鐵砲 鑓 薙刀
これらはみな武家の道具であるので
いづれも兵法の道である
しかしながら
太刀のこと
特に兵法と云ふには道理がある
太刀の威徳{いとく}によつて世を治め
身を修めるのであるから
太刀は兵法の根元なのである】

太刀が兵法の根元なのを
證明したかつたのが
『五輪書』
2021/06/13(日) 晴れ


冩本


真夏日で UP 失念

アノ『源氏物語』 
紫式部 直筆本 無い
冩本だけ
室町の世から江戸前期まで
一〇〇册ほど 見つかつてゐる
二〇〇年後 鎌倉の世の歌人 藤原定家の冩本
現代譯 定番となつてゐる 

ましてや『五輪書』 
直筆 殘つてないとて
騒ぐ問題ではない

『五輪書』 冩本 主なもの
細川家肥後系冩本
吉田家筑前系冩本
七〜八種ある
門外流出も含めれば數知れず
各地に散在しただらう

佐賀の山本定朝の家にもあつたやも知れぬ

【拍子 調子はあり】
書冩した御仁
武藏の[拍子]
いまひとつわからず
調子?かなと
加筆した
それは問題ではない

若き日
この本 讀まなければ 
先に進めない
本 あつた

大坂の陣 天草の亂
そのあとの 
戰國武士に遲れてきた武士
讀まなければ 
先に進めない本
それが『五輪書』

それでいい
2021/06/12(土) 晴れ


オールマイティー


武藏 さらに云ふ

【武藝の道にわたつて 
弓を射 鐵砲を放 馬に乘る事なども
拍子 調子はあり
諸藝諸能にゐたるまで
拍子を背く事はあるべからず
また形に見えないことに おいても拍子はあり】

ウム? 「拍子 調子」 
拍子 調子
同じことなのか
調子と書いてもよいのか
當て字 でもよいのか

【武士の身の上にして
奉公に榮達する拍子
失脚 沒落する拍子
役に立つ拍子 役に立たない拍子ある
商ひの道でも 大金持ちになる拍子 沒落する拍子がある
それぞれの道にも 拍子の違ひがあり】

「拍子」 いまの世で云ふ
マニュアルか

【兵法の拍子にもさまざまある
まづ 合ふ相手を知つて 違ふ拍子をわきまえ            】
大小・遲速の拍子の中でも
間{ま}の拍子を知り 背く拍子を知ること
この背く拍子をわきまえなければ
兵法は確かなものでない】

背く拍子つて 間を外すことか
いまの世の 劍道の常識だ

【戰ひでは その敵らの拍子を知り
敵の豫想もしない拍子で
目に見えない拍子と云ふものを知つて
それを智慧の拍子からから發して勝つのである
いづれの卷にも 專ら拍子のこと記してゐる
その書附を吟味をして 十分鍛錬しなければならない】

「智慧の拍子」つてなんだ
信長が得意の知略 謀{はかりごと}か

「拍子」 オールマイティーか
武藏 おぬしの人生
オールマイティーであつたか
2021/06/10(木) 晴れ


タイミング リズム テンポでもない


小學校 父兄會かなんかで
父兄會と云つても母親ばかり
いまの世 保護者會

クラスで合唱
<ぼく> 指揮棒を振つた
<ぼく> 拍子ぱずれであつたから
先生の思ひやり

武藏の[拍子]
クラス合唱の拍子 
西洋音樂で云ふ拍子ではない

能樂か 舞樂か
はたまた大工の槌の拍子か
否{いな}
武藏が言語化できない
武藏の身體だけが理解できた[拍子]
そんなことも知らず
武藏 
得意げに[拍子]話す

武藏 云う
【ものごとには それぞれ拍子と云ふものがあるが
とりわけ兵法の拍子は鍛錬なくしては會得できない
世の中で拍子が重視されるのは
能樂の道 舞樂の樂人 管弦の拍子などで
これは皆よく合ふ正しい拍子である】
                                                                                                                                                                                                                                      
能樂 舞樂 槌の拍子となど正しい拍子であると
云ひつつ
兵法の拍子とは格が違ふと云つてゐるのである
兵法の 武藏が會得した[拍子]
能樂 舞樂 槌の拍子とは違ふと

かう 言ひ換へたたらどうだらうか
ものごとには 能樂や舞樂や大工の仕事にも
タイミング(間)や 
リズム(調子)や
テンポ(速度)などあるが
生死のやり取りをする兵法の[拍子]は
そんな甘くない

もう少し
武藏の[拍子] 聞いてみよう

[拍子] つづく
2021/06/09(水) 晴れ


武蔵の[拍子]


「機能獲得實驗」 
英米メディア 
侃侃諤諤

日ノ本メディア
五輪開催か否か
侃侃諤諤

この侃侃諤諤
比重 どちらが重い

生物の遺傳子を組み替へたり
變異させたりして
新しい機能を持たせる

ワクチンをつくるめに
特定のウイルスをそのまま使ふと怖い
ウィルスを一寸變化させ
培養しやすくしたり
毒性を弱めたり
別のウィルスを作つて研究する

動物のウィルスは原則的に人間には感染しないとして
それを人間に感染するやうに變へたら機能性獲得になる

この機能獲得實驗中
武漢研究所から洩れたと
英米メディア 侃侃諤諤

宮本武藏の 
言語性獲得したいものだ
あの[拍子]
何を云おうとしているのか
2021/06/08(火) 晴れ


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