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ま、いいか

一日 空いた

コンコン と輕い咳の出たわけ}もでない
微熱 がしたわけでもない

本日 配信 武道通信かわら版 
なに書かうかと 思案してゐたら 忘れた

二十五年前 一月五日
肺炎で急逝した漫畫家がゐた

こんな洒脱な句 殘してゐる
「卒業す片恋のまま ま、いいか」

一日 空いても ま、いいか
なんとかウイルス 感染しても
ま、いいか
2020/02/05(水) 晴れ


庄内藩


《藤沢周平が造形する北国の城下には
わたしたちが こう ありたいと願うような人たちが生きている
剣術の稽古に心を鍛え 袴の折り目もまっすぐに 歩く若い侍たち
掘割を流れ下る 水のように 清涼な娘たち
たゆまず家の仕事をこなし 天地を恨むことのない女たち
まれに居酒屋に集い 季節の菜を前に 静に酒を酌み交わす老人たち

かれらが行き交う道は
日盛りに白く輝き
驟雨に黒く濡れる
静かな道である
野花の緑と 深い雪の沈黙が繰り返す
城下の道である

そんな平穏に 
いらざる波紋を投げかける者があれば
さむらいたちは
夕日に長い影を落とし
敢然と 剣を抜き払う

しかし 陰謀や裏切りも
また 人の世だ とも
藤沢周平は言いいたげで
すなわち この城下の風景は
わたしたち日本人が 
帰りたいと願っている風景である》

三十年前か 二十年前か 定かでない
藤澤周平作品 新聞書評の一文
關川夏央

十年來 認知症豫防
散歩の折 諳誦(笑)

『蝉しぐれ』
文庫本
おわりの三ページ前からも諳誦

《文四郎さんの御子が 私の子で
私の子が 文四郎さんの御子であるような道はなかったのでしょうか
お福さまは 突然 そう言った
…………………………略…………………………
馬腹を蹴って 助左衛門は熱い光の中に走り出た》


架空の藩 海坂藩
藤澤周平 生まれ故郷 庄内藩

唯一 一度も官軍に負けなかつた藩
官軍 錦の御旗 對して
北斗七星を逆にした
「破軍星旗」を掲げた
官軍 震へ上がつた
「鬼玄蕃{おにげんば}が來た もう勝てない」
(錦の御旗 幕藩 震へ上がつた→薩長歴史教科書)

薩摩藩江戸屋敷 燒け討ちしたのは 
庄内藩の新徴組
庄内戰爭 薩摩の私怨戰

庄内藩 
薩摩藩 グラバー商會から武器を買つたやうに
プロセインの武器商人から買つた武器で訓練してゐた

鬼玄蕃こと 酒井玄蕃
家老職の長男 祖父 切腹 父 隱居
戊辰戰爭はじまつたとき 謹愼解かれ表舞臺に

維新後 玄蕃に會つた
大山格之助(綱良)
「鬼玄蕃の勇名を馳せたが 實は容貌のかくも温和
婦人にも見まちがへる美少年(よかちご)と驚いた」

藤澤周平作品
通奏低音に
庄内藩が響いてゐる
2020/02/03(月) 晴れ


土方歳三


谷保天滿宮 梅園 
紅梅 白梅 開きはじめた

石田村から 多摩川 船で谷保村へ
谷保天滿宮 前 甲州街道沿ひ 
下谷保村名主本田家  
當主 覺庵
歳三の從兄弟
博學の智識人 藏書は山のやう
 
歳三
浪士組で上洛前 足繁く通ひ勉學 勵む
近藤勇 
谷保村百姓に撃劍指南
勇が宿泊した部屋 いまも殘る

歳三
谷保天滿宮 梅の下
梅の句 詠んだ 想像するに易い
歳三 數多ある句 
梅の句 一番 多い

 新一萬圓札の顏 澁澤榮一
土方歳三と合ふ
「あの男……(ただの人斬りではない)」

勝海舟
「土方 大奇人なり」

凾館戰爭
歳三 死の知らせ
榎本武揚 腹を切らうとする

「俺は幕府侍だ」
歳三の口癖

春が來たから 
咲いただけ

藏に甲冑 鑓
戰國の世の敗者の末裔が
辿り着いた 死生感

人は皆 死ぬ
これ以外の幕府侍はいらぬ
2020/02/02(日) 晴れ


Ismウイルス ワクチン


「日本腦炎」
先生から 親から 聞いた記憶
惡ガキ同士
「日本腦炎!」
罵聲を投げ掛け合つた 記憶

西太平洋諸國に廣く分布する
何とかと云ふ蚊が持つ ウイルス

明治四年 
日ノ本の醫師による臨牀事例が報告される
ゆゑに「日本腦炎」の名

新型コロナウイルス(2019-nCoV)
人間さまに はやく免疫體質を持つてもらひ
人間さまと共存したいのだ

人間さまも
ウイルスを發生してきた
數々の
Ism 

近年 幅を效かせてゐる 
二種類のウイルス
human rights
respect human life

古代史  紐解けば よくあつた
ウイルスで 部族 都市 全滅

二種類のウイルスで
人類全滅 なんてことになりかけない

ワクチン ないのか!?

人は皆 死ぬ
これ以上の平等はいらぬ
コレ 武士のエートス

コレ
Ismウイルス ワクチン
2020/02/01(土) 晴れ


♪葵の花に吹く 時代の嵐


ハガキ応募 抽籤で〇〇〇がもらへる
この手 はじめて 手を出した
生涯 一度だけのことだつた
あと三十年生きても 出すことはないから

「當たつた!」
赤い ビニール版レコード 
12、3センチほど

♪葵の花に吹く 時代の嵐
 亂れてさわぐ 京の空
 誠の旗につどいつつ
 誓ふ劍は 雲を切る♪

新撰組
長州テロ軍團
バッタ バッタ 斬りまくる

東映時代劇
ヒーロー 鞍馬天狗
新撰組テロ軍團
バッタ バッタ 斬りまくつた

東映時代劇しか觀てゐた
チャンバラ少年
新撰組 惡者

昭和三十六年
テレビ「新選組始末記」
記憶のDNA スイッチ・オン

原作 子母澤寛
祖父 梅谷十次郎 
御家人 彰義隊
破れ 凾館へ
凾館戰爭に敗れ 
捕虜 釋放

札幌から十里 石狩の漁村へ
梅谷 松太郎(子母澤寛)この地に生まる
十次郎 松太郎を溺愛

子に語らなくとも
孫には語る
十次郎 
彰義隊 凾館戰爭 
松太郎に語つたであらう

薩長の歴史教科書
でない歴史
勝者の物語でない歴史

東郷平八郎
日露戰 戰後 
小栗上野介 遺族 私邸に招く
謝意を述べてゐる
小栗が建造した造船所がなければ
日本海戰 勝利はなかつた
2020/01/31(金) 晴れ


勝海舟


シベリア横斷鐵道の旅
スタート 新潟港からウラジオストクへ 海路
颱風 直撃 
新潟港へ戻ることなく
ウラジオストクへ向かふことなく
一日 海上の木の葉
後日 聞く
船長 航路變更 モスクワの指示待ち
航路變更ひとつ モスクワお伺ひ
あのとき 沈沒してゐたら……

北京 お伺ひ
世紀の大失態
となるか

ペリー 來航
「公儀、諸侯・群臣の意見を徴し」
徳川公儀 二百十數年の言論統制 解く
ペリー書翰 公開

「假令{かり}に忌諱{きい}に觸れ候事ても苦しからず」
何でもよいから云つてみろ 無禮講だ

上書數
「今日 傳はるもの八百餘通」(昭和十九年)
千通は裕に超えたらう
幕臣 泰平の世の眠りから醒める

小普請組(無役) 勝麟太郎 三十一歳
親の代から無役 
御家人“尻”の上申書 
老中連 再度 詳細意見求める
スター誕生

異國応接掛附蘭書飜譯御用
洋學所創設專門委員
名は下つ端だが
當時の政治・外交の最前線

とき流れて十五年
江戸田町 薩摩藩邸
西郷隆盛 勝海舟 
ふたり向かひ會つてゐた
コレ
「江戸城無血開城」
薩長 「明治維新物語」

徳川家側から 
のち東京府知事 大久保一翁
下打ち合はせした 山岡鐵舟
西郷の兩脇に
村田新八 桐野利秋

勝の會談 核心
徳川家 家名 殘す コレだけ
「武家」棟梁の家名を殘せ
2020/01/30(木) 晴れ


西郷隆盛


沼津兵學校 廢校 明治五年
五年後 西南戰爭
沼津に留まつた沼津兵學校生
駿河から薩摩へ
西郷軍 參戰した者がゐた

舊薩摩藩士 大山巖
西南戰爭 親戚筋の西郷隆盛と戰ふ

大山巖 
部下に問はれる
「閣下 世情 文明開化 文明開化でありますが
我々は攘夷でなかつたのでないですか」
「あのときは あれしかなかつた」
大山巖の辯 殘る

西郷隆盛
「尊皇攘夷」
倒幕デマゴギー
百も承知してゐた

「和魂洋才」
岩倉 大久保ら洋行歸りの
西洋コンプレックスを隱し包む
パッケージであると
西郷隆盛 氣づてゐた

隆盛
氣づきはじめた
これなら 徳川の方がましぢやないか
徳川家に申し譯ない

隆盛 通奏低音にあつたもの
[武家] 殘さねば
この葛藤が西南戰爭 引き金

かつての官軍 
悔恨派だけでない
西南戰爭 參戰した
元賊軍 沼津兵學校生もしかり

[武家] 殘さねば
日ノ本 精神史 水脈 途切れる
2020/01/29(水) 晴れ


デマゴギー「尊皇攘夷」


さう
軍學者 兵頭二十八氏{うじ}
脱稿した <凾館戰爭 再現> 原稿 
持ち込みのため 元就社 出向く

近くの 
雜司箇谷靈園 立ち寄る
小栗家累代之墓
薩長が尤も恐れた武士の墓の前に立つ

小栗上野介 
斬首された權田村の川原
建立されてゐる石碑
「罪なくして此處に斬らる」

倒幕のデマゴギー
「尊皇攘夷」に
抹殺された幕臣

昨今のデマゴギー
「地球環境を守れ」

山本太郎なる者の軍師 
チャンネル桜 水島社長 
對談で挑む
先の師走の日 
チャンネル桜 
「日本をどうする!齋藤まさし氏と語る」

なるほど さうか
新 左卷きクルクルパーの新手
「地球環境を守れ」

資本主義 = 惡 
使へなくなつた

誰も文句が云へない
文言
「地球環境を守れ」
新手の
革命デマゴギー
2020/01/28(火) 雨


小栗上野介


大河ドラマ 初年度版 はじまつたやうだ

その昔
司馬遼太郎 原作 『國盜り物語』
齊藤道三 戰國大名の魁と 描く

司馬遼太郎 『箱根の坂』がある
北條早雲 描く
大河ドラマ そつぽ向く
他局のドラマも

戰國大名の
グランドデザインを描いたのは 
云わずと知れた 北條早雲

倒幕の雄 薩長
明治のグランドデザイン 
描いていたか

旧佐賀藩士 大隈重信
旧幕臣 積極的に登用 進言
眞つ先に反對 大久保利通
薩長土肥だけで仕切りたかつた

大隈 後年に云ふ
「自分たち明治維新がやつてゐること
單に 小栗上野介の摸倣に過ぎない」

薩長 知つてゐた
小栗を生かしておけば
徳川主體の新政權ができてしまふ

薩長 一番 恐れた男
即 斬首に

明治維新の肝腎要
廢藩置縣 
その下地となる郡縣政度の提唱
それを聞いた勝海舟のおしやべりから
薩長の耳に

枚舉にいとまがないが 列記
横須賀造船所の建設
日本初の株式會社(兵庫商社)の設立
江戸市中荷物引當御貸附金システム
(外國商館の前貸支配から日本商人を守る近代的金融システム)
日本初のパスポートによる海外旅行(商人)を諸外國と取り決め

以下 提唱 建議
天皇を象徴としての大統領制 
鐵道(江戸―横濱間)建設
郵便、電信事業
新聞發行
ガス燈設置

おまけに
國民皆兵の徴兵制
紀州藩からでゐたもの

近代化と云ふ
グランドデザイン
薩長 描いてゐなかつた
描けなかつた

私怨からの戊辰戰爭 會津戰爭
物語(小説)に だまされてはいけない
2020/01/27(月) 曇り


瀬戸際


さう
軍學者 兵頭二十八氏{うじ}
云つてゐた
「明治維新 はじまつたばかり」

その一言から 十餘年

大きく左にブレた ハンドル
思い切り 右にきつて 
真ん中に戻そうとする

「皇民」
逆戻り 
するか
「國民」
になるか

いま
瀬戸際
2020/01/26(日) 曇り


明治を支へた旧幕臣


「明治を 透き通つた 
格調高い精神で支へた」
旧幕臣たち
賊軍 敗軍の兵がゐた

會津白虎隊 十五歳で志願 
山川 健次郎(東京帝國大學總長)
鶴箇城落城 五歳だつた 
芝 五郎(帝国陸軍大將)

會津藩士 下北半島に封じ込められる

日本武道具さんに一筆啓上した
第六十二話 令和元年 十一月八日
【沼津兵學校<三> 留學生】

「留学費が豊富な藩もあれば、そうでない藩もある。その中の一藩。斗南藩。
斗南藩はいまの青森むつ市。賊軍会津藩は領地を没収され、酷寒の地で再興
を許された藩。
 斗南藩士西川鉄次郎{てつじろう}がいた。
鉄次郎、十六歳で白虎隊に。切腹は止められ、その後、越後を転戦。敗戦後、
高田に幽閉。西川の家族は東京で謹慎。明治三年、斗南に移る。
 鉄次郎は単身、沼津兵学校へ。衣食も足らず、教授の自宅に寄食した。」

旧會津藩校 「日新館」 再興
そのわけ
「川を流れてくる犬の死骸まで食べて生き延びても
まづは教育だ」

明治を 透き通つた 
格調高い精神で支へた
者たちであつた

日本武道具さん 主{あるじ} 出自 會津
原稿送つた日 主から
斗南{となみ}
名の謂はれ お聞きした
「南と斗う」
2020/01/25(土) 曇り


[國民]にあらず


新型 ナントカウイルス 
ニュース
まつたくもつて興味無し

人類史 
細菌
敵であり また 共存

さて
司馬遼太郎 曰く
「明治は 透き通つた 
「格調高い精神で支へられた 時代だつた」

司馬遼太郎・流 史觀
物語(小説)として讀む もの
歴史感にあらず               
 
國民的作家 歴史感
これ

『街道をゆく』
「われわれが維持してきた文化と云ふものは
彌生式時代に出發して
室町時代で開花し
江戸期で固定して
明治後、崩潰をつづけて
昭和四十年前後には
ほろびた」

至極の一篇
吾ら
下つ腹 しかと納めておかう

司馬遼太郎
後年 氣づいた はずだ
明治維新で
「國民」が生まれたのではない
明治維新で生まれたのは
[皇民]であつて
[國民]ではなかつたと

生前 口にせず
彼岸へ
もつていつた
2020/01/24(金) 曇り


司馬史觀 でない<明治>


<見識もつた外國人 二人いた>
もう一人
お雇ひ外國人 
エルヴィン・フォン・ベルツ

日本武道具さん 一筆啓上
「フェイスブックに書けなかつたこと」           」
底力の祕密 第四十七話 平成三十年八月八日

《明治九年、体を大きくする栄養学のため東大に招かれたドイツ医師・ベルツ。
貧弱な身体の人力車の車夫の身体能力のスゴサに驚かされた。
 東大教授に勧められ日光東照宮を見物。馬で東京から日光まで十四時間。途
中、馬を六回乗り替える。
 日光東照宮に感動し再び。今度は人力車。その車夫、交代することなく一人
で十四時間半で着いてしまった。
 さすが栄養学の医師。実験を開始。人力車夫を二人を雇い、三週間、食生活
を調査。欧米食の肉類などの食事を取らせたら疲労でダウン。元の普通の食事
に戻してほしいと。すると元気に走り出した。また、こんなに母乳が出る民族
は見たことがないと驚いた。
 しかし、欧米コンプレックスの塊の明治政府は、ベルツの意見を一蹴した。》


ベルツ 日記に記す
教へ子たちの言葉
「自分自身(日本)の過去に就いては
何も知りたくはないのです 恥ぢてゐます」
「いや はや 何もかも野蠻なものでした」
「我々の歴史 いまからやつとはじまるのです」

江戸の世 全否定
ベルツ 驚くと同時に怒る
「なぜ 日本人 かうなんだ」

司馬遼太郎 書く[明治]
ではない[明治]があつた

2020/01/23(木) 曇り


西洋コンプレックス


傷痍軍人 見かけなくなつたのは いつごろからだらう
(一月八日:記)

東京オリンピック 境にして だ
外國から
お客さん たくさん來る
<まちを綺麗にしよう>

大東亞戰爭とは
何であつたか
目星 ついた

そしたら 今度は
その因 氣づいた
<明治維新> 

長年の もやもやが
晴れた

裸(上半身) やめませう
混浴 やめませう
外國から 
お客さん たくさん來る

明治政府 御觸れ

ペリー 混浴を見て 
口汚く罵る
御雇ひ外國人も
江戸の風習
「野蠻人め」

西洋人から みたら
野蠻にみえるから
忖度
廢刀令もしかり

見識もつた外國人 二人いた
その一人

イザベラ・バード 記してゐる
裸姿 混浴 見ても
かう記す
「日本の人びとが 
いかに清潔かと云ふことは 疑ひがない」
「日本人 必ず近づいてきて 話しかけてくる
誰も避ける人いない」

東京オリンピック
英語でしやべられたら怖い
外國人 近づくと逃げた

<明治維新> 
「日本人は 劣つてゐる」
西洋コンプレックス から 
はじまつた 

大東亞戰爭戰爭
西洋コンプレックス から はじまり
西洋コンプレックス で 負けた
2020/01/22(水) 曇り


己の「心性」


「武道通信」發刊 
まえぶれ まつたくなかつた
ある日 あるとき 突然
降つて湧く
「日本刀 語らなければ」

「心性」DNA 
スイッチ・オン 
さう 解釋する しかない
さう 解釋してゐる

己の「心性」 
D1bか O1b2か

日本刀 生んだ
「心性」
D1bか O1b2か
繩文人一期生 D1b と
繩文人二期性 O1b2 の
合作やも知れぬ
2020/01/21(火) 晴れ


記憶の遺傳子


何十年ぶり 母方のいとこに會ふ
「ヒデくん をぢさん(父)にそつくりになつて來たわね」

繩文人の骨から抽出したDNA
顏 容{かたち} 復元
彫り深く 瞼 二重 眉や髭 濃い

親から子に傳はる遺傳
見た目に表れる「顯性」

丸顏とか面長
瞼 一重とか二重

「顯性」に對し「潛性」
一代目では表れない
潛つてゐて世代を越えて表れる

「顯性」「潛性」
ではない
「心性」DNA
ないのか

人生 折々に 突然
「心性」
スイッチ・オン するのでないか

「記憶の遺傳子」
拙者 よく云ふのは コレ
突然 スイッチ・オン
2020/01/20(月) 晴れ


奇蹟の列島 チバニアン

 
日本の地名由來 誕生
「チバニアン階/期」
千葉縣房總半島中央部を流れる
養老川沿ひに露出する地層
「千葉複合セクション」

地球の地質年代 下記に分類
「代」「紀」「世」「期」
古生代 中生代は「代」
恐龍がのさばつてゐた
ジュラ紀 白亞紀は「紀」
「世」には前期 中期 後期
チバニアンは
「中期更新世」
七十七萬年前〜十二萬六〇〇〇年前
これを以後 チバニアン(千葉時代)と云う

吾らの地質年代は ひとつ飛んで 「期」

地質年代境界を代表する
地層 一つ選ぶ
模式地として認定
<地上に海底で堆積した地層が露出してゐて
斷層による變形や岩石の變質などが著しくなく
化石や地磁氣變動の痕跡などが保存されてゐること>

<數百萬年前より後に海底で堆積した
「比較的新しい」地層が
猛スピードで隆起した>
奇蹟の列島 日ノ本列島の なせる技

恐龍絶滅 白亞紀末から
六〇〇〇萬年
地中海沿岸地域
他の地域が選ばれたことがなかつた

人類文明發祥の地 地中海沿岸
“優越人種”の優越感 なせる技

「ミトコンドリア・イブ」
アフリカ説
も しかり
2020/01/19(日) 晴れ


偏差値


武州多摩 みぞれ舞ふ
地球温暖化 騒ぎ 一服の清涼劑

パイプ一服

そのむかし
HB黒鉛筆で 
マークシート塗りつぶす
試驗があつた

俺 なんでこんなことやつてるんだ
俺の 何がわかる
俺の 青春の蹉跌

拙者の 目の黒いうちに
DNA分析で
偏差値 無效 
他人{ひと}と比べる能力
でない
自身の特殊性
見つけ出すことにならう

被災 そのとき
人を助ける人
映像を殘さうとする人
人 さまざま

DNA分析
その區別 解くだらう

2020/01/18(土) 雨


日本は長く D1b民族


麻生副總理 財務大臣
「日本は長く 一つの民族」
と云はず
「日本は長く D1b民族」
と云へば
アカヒ新聞にいちやもんつけられなかつた

ミトコンドリア
突然變異し 組み變へ よく起こす
それに比べ Y染色體 
組み變え無しで 
ストレートに 父から男子へ

Y染色體
ミトコンドリアと違つて
ハプログループから
地域別がわかる

ミトコンドリア・ハプログループ
“先着順”で混亂をきたした
Y染色體・ハプログループ ABC順

アフリカの「アダム」 A
Bもアフリカ
C アジア・ヨーロッパ
Dの D1a チベット・東南アジア
Dの D1b 日本(だけ)
E  アフリカ(・ヨーロッパ)
中略……
O1 アジア
O1b2 日本・韓國
(China 0%
(Korea半島 1.6%)
O2 アジア
以下略

日ノ本人しか持たないY染色體D1b
日ノ本固有の繩文人DNA
一萬五千年の繩文の男系

一昨年八月 發掘された
國史蹟・青谷上寺地(かみじち)遺蹟(鳥取市)
出土した彌生と稱せられる世の
大量の人骨
昨年三月
DNA分析 結果發表

Y染色體 壓倒的に繩文
「日本は長く D1b民族」
2020/01/17(金) 晴れ


原節子 Мであろうか?


原節子(會田昌江) 
日本人ばなれした容貌 
ミトコンドリア
何系であったろう 
ハプログループ 
何であったろう

ミトコンドリア
細胞の「核」の中の染色體
二重螺旋の「核DNA]でなく
核の外で
エネルギーをつくり出す役割

運動能力 頭の回転の早さ 長寿など 
母性遺伝との仮説
會田 昌江 享年九十五  
運動能力もよく 頭の回転も早かった

ミトコンドリア 起源 
アフリカの「イブ」
これも仮設
異論はあるが
大筋で妥当だろうとのこと
いつひっくり返るやも知れぬ

新種「イブ」の誕生から
数万年
小さな突然変異が溜まって
二十六種のハプログループ 誕生
これは仮設でない 科学の事実
さらに多くのハプログループ 発見
すべてМとNの下位ランクゆえ数字で補う

アジア人 すべてМタイプ
Nタイプ アジア ヨーロッパにかけ拡散

日ノ本民族のミトコンドリア 如何に
М系列の中で最も古い М7a 約67%
N系列の中でも古い N9b 約33%

Korea半島でも見らるが 
日ノ本のテンパーセント以下

『日本誕生』 原節子 演じた
アマテラス 天照大神
М であろうか?
N であろうか?
2020/01/16(木) 薄曇り


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Colorful Diary Falcon World