HOME

アイコン
OLD NEW

惡男{わる} 頼朝


『鎌倉殿の13人』の頼朝 
從來にない 
惡男{わる}のキャラクター

時代モノ 時間差 リメイクできないが
諸説の中の 
Aをとるか 
Bをとるか 
はたまたCを

『吾妻鏡』
頼朝の死 
頼朝が若い頃からの友人の家に遊びに行つたとの記述 
最後に
三年間 ごつそり抜けてゐる
そして唐突に
長男・頼家 後を継いで征夷大將軍になる
と云ふ記述から再開

頼朝の死
相模川の橋 完成記念祭 その帰り道 
頼朝 落馬 その後亡くなつた
頼朝 重い飲水の病となり その後亡くなった
頼朝の死の真相 隠したかった

傘張り浪人
Cをとり 暗殺された とした

坂東に 源氏を リメイクさせてはいけない
頼朝 惡男{わる}とした
2022/05/01(日) 雨


惡男{わる}


『鎌倉殿の13人』の義経
從來にない 
惡男{わる}キャラクター


TVドラマ「惡女{わる}」
三十年後 リメイクされる
麻理鈴{マリリン}
「祖父がファンなので」から
「父がファンなので」
時間差 リメイク

惡女{わる}
既成概念 打ち破る<惡>
このテーマ
三十年経つても古くない

義経 <惡>とは
既成概念 打ち破る<惡>
ではない

義経から 凡そ一八〇年前
将門の乱
「武士」のカテゴリー 出現
将門の乱 王朝の嫌悪を恐怖
その裏返し
乱の鎮圧者 家系を異端視することで
「武士」が出現した

将門の乱 鎮圧者 平貞盛{さだもり}
貞盛の子孫
平清盛
太政大臣 朝廷最高位 登りつめる

惡は 惡をもって 惡を制する
義経
朝廷の 後白河法皇の
<惡>であつた

将門の乱から凡そ一八〇年
「武士」 したたかになつていた
京と疎遠の「武士」は
したたかになつていた
源氏の兄弟ゲンカに見せかけた
2022/04/30(土) 晴れ


船に乗つて沼津に着いた


知床の岬 波高し 
KAZU1 沈没

鎌倉の世
海路 危險度 高かつた
金や高価な美術品
安全な陸路

晩春 奥州塩釜ノ浦から
義経 船に乗る
「いそげ 兄の旗揚げの間に合わぬぞ」

佐藤継信と その弟・忠信と
秀衡から貰つた 名馬・羽黒
羽黒 創作
船の長旅に馬 乗せないはじ
 
奥州 馬の名産地
義経 馬 乗りまくつたが
船 はじめて
即 船酔ひ
「船の戰さは 平家に任せておけ
源氏は騎馬戦だ」
と云つた 云わなかつたとか

途中 波高く
何度も港に停泊
やつとこさ 沼津
狩野川を昇つて 黄瀬川橋へ
富士川の戰ひ 一日後
腹違ひの兄弟 <涙の對面>

奥州藤原氏  
日本海から博多と敦賀に向かひ
北宋との直接貿易
コレ 黄金傳説が生んだ尾ひれ
それは藤原氏滅亡 後のこと

奥州藤原氏の商賣繁盛
安全度の高い陸路を中心とした交易
京商人・博多商人を通しての宋との貿易はあつたが
平家の手助けがあつてのこと
船 あくまで沿岸傳ひだけ

奥州藤原氏の敗因 一つは陸路中心
源義経も奥州逃避行
日本海沿岸沿ひの陸路
2022/04/29(金) 雨


ミス・ユニバース・イン・宮中


『鎌倉殿の13人』の義經 
從來にない キャラクターであるらしいが
イケメンであること 從來と同じ

一説
<ひどい反つ齒(出つ齒)
色は白いが ちんちくりんの小男>
コレ
『平家物語』「鶏合・壇ノ浦合戰」の下り
平家の武者の放つた言葉から

從來の映畫・テレビ
義經 イケメン中のイケメン

藤原家(九條家)の姫
近衞天皇の中宮(皇后)となることに
そこで この姫さまの側に仕へる
雜役・走使ひの女(雜仕女)募集
ミス・ユニバース・イン・宮中
千人応募
優勝 十三歳 常葉
『平治物語』から

千人応募 オーバーであろが
絶世の美女 いや美少女であつたはけだ
そんな常盤の子 
醜男であるわけない
誰でも さう信じる
それでいい

宮中の貴公子 <光源氏>ら 
みなチョッカイ出しただらうが
射止めたのが源義朝

常盤 なぜ 武士を選んだのか

武士に 新しい時代の風
公家に 凋落の風
吹いてゐたこと 察したのか

いまの世
新しい時代の風
どこに吹いてゐる
2022/04/28(木) 晴れ


シャナオウ ヲ タノンダ


平治の乱 おさらい
後白河天皇に いい子いい子された藤原通憲{みちのり}と
同じく後白河天皇に いい子いい子された藤原信頼{のぶより}
との爭ひ
どつちに  ついたら分があるか
いや 義理と人情

平清盛 通憲に
源義朝 信頼に
源氏 平氏に敗れ
藤原信頼 六條河原で斬首  
源頼朝・源義経らの父・義朝
尾張へ逃げるが 家人に風呂場で謀殺

奥州に流された信頼の異母弟
基成{もとなり}
奥州藤原氏の最盛期を築く
藤原秀衡{ひでひら}の妻の父 
岳父として政治顧問となる

常盤 再婚相手 一条長成{ながなり}
信頼・基成兄弟の父・忠隆{ただたか}と従兄弟同士

常盤 長成に 平泉の秀衡へ
暗号ではない 密書を出させる
「シャナオウ ヲ タノンダ」

「物語」も含んだが
義経の奥州下りの眞相だらう

秀衡 平家への氣遣ひあつたらうが
義経 庇う
秀衡
平家と事を構へたとき
義経 いつか使える玉
そう踏んだにちがひない

義経 平泉を出るとき
秀衡 腹心の佐藤完治の息子
佐藤継信{つぐのぶ} 
義経に従はせる

継信
屋島の戦ひ
義経の身代りとなり
平教経の矢に射られて戰死
屋島の戦ひの「物語」
2022/04/26(火) 曇り


清水町黄瀬川


五年前 フランス大統領選
極右の乱
ルペン 敗れる
五年後 再度 極右の乱
再度 ルペン 敗れる
票差 縮まる
このあと フランス どこへ向かふのか

保元の乱(1156)
天皇家内部の爭ひ
摂関家も卷き込まれる
武士 源平も卷き込まれる

源爲義 敗れ
平清盛・源義朝の軍 勝つ
武士 政界進出へ

平治の乱(1159)
摂関家 藤原内部の爭ひ
平清盛⇔源 義朝の勢力爭ひもセットに
頼朝/義経の父・義朝 敗れる
妻・常盤 
今若 乙若 二人の手を引き
乳飮みの牛若 胸に抱き
京をあとに
雪道を大和へ向かふ

牛若丸「物語」のはぢまり
元服して義経
牛若丸/義経
「歴史」に初めて登場したのは
治承四年(1180)十月二十一日
腹違ひの兄・頼朝と
吾が郷里の隣町・清水町黄瀬川での
<涙の對面>

清水町
沼津市と三島市の中間地点
沼津市から 三島市からの合併 
斷りつづける

湧水量日本一の柿田川湧水群あり
そのプライドか いや
<涙の對面>の“歴史遺産”のプライドか
2022/04/25(月) 晴れ


物語の生命力


六疉・三疉の2DKから
風呂つきの木造一軒屋へ引越し
築二十年つてとこか ボロ屋だ
軒下の幅1mほどの庭
隣 空地 廢品置き場
拾つてきた角材 庭に埋め ボロ毛布卷く

木劍 買つてくる
いま 振る木劍 コレである
全體長さ 112cm
握り長さ 12cm
握り周圍 2.5cm
棟 2cm
鎬 1.5cm
反り 1cm
使用年數 四十八年 ボロでない


牛若丸
鞍馬山の木立{きだち}相手に劍術稽古

室町→安土桃山→徳川時代→明治→大正→昭和
牛若丸物語
敗戰後の繪本にもコピーされて
敗戰後少年から子持ちなつた親父にも
コピーされてゐた

「物語」は「歴史」ではない
軍事に「物語」は否
さきの大戰
「物語」を「歴史」と
勘違ひした參謀 多くいた

プーチン
「物語」の生命力に醉つてゐる
2022/04/24(日) 雨


判官びいき


頼朝 愛刀
呼び名 何度も變わつた
髭切→鬼丸→ 獅子ノ子
→友切 と改められ 義朝へ
その刀の逸話からつけられた

日本刀の名
「友切」などの「号{ごう}」
もう一つ
中心{なかご}に刻まれる
刀匠が刻んだ「銘」
「切る」とも「打つ」とも「彫る」とも云ふ
作業 錐を槌で打ち 刻む 

もう一つ
逸話と銘の合體
「につかり青江」など
通稱・俗稱である 
まあ あだ名 ニックネームだ

義経の愛刀
薄緑{うすみどり}
出てくるわ 出てくるわ
『平治物語』
『平家物語』
『吾妻鏡』
『曾我物語』
『義経記』
『源平盛衰記』
『太平記』

薄緑 出どころ
みなバラバラ
刀匠もいろいろ

一つ二つの事實から
いろいろな物語 生まれる
ひとは 物語が好きだ

物語と嘘は違ふ
嘘はいけない
事實でない推測にもとずく
臆説もいけない
事實を曲げる
曲説もいけない
根のない
浮説もいけない

物語には 
眞實がある

己 かうありたい
世の中 かうでありたい
願望 希望
腦に組み込まれ
末裔の腦に
コピーされていく

義経
最大にコピーされたのは
最大公約數 感情移入できる
判官びいき

八百余年
リメイクされ語り繼がれてきた
これから語り繼がれるだろう
十年後 大河ドラマ 義経とか

事實
人の腦に 
たやすくコピーできないやうになつてゐる
なぜか わからぬ
2022/04/23(土) 晴れ


作詞者/作曲者/作者 不詳


牛若丸 
五條大橋で弁慶と出會つたころ
劍 
直刀から反りのある
太刀になりはじめてゐた

太刀 はじめの名産地
奈良 京都 岡山
刀劍書には
大和傳/山城傳/備前傳
神奈川産の相州傳 まだ陽の目を見てない

寺院のボディーガード 僧兵
薙刀に飽き足らない 腕の立つ僧兵 
太刀 欲しくてならない
欲しくてうずうずしてゐた
闇夜にまぎれ
武士から太刀を奪ふ僧兵 現れた

そんな時代背景 あつたことから
源義経をヒーローにするために
『吾妻鏡』にも『平家物語』も出てこない
弁慶 作りだし
♪京の五條の橋の上
創作 フィクション つくられた

鞍馬山で天狗に修業したとの
尾ひれがついていく
♪前やうしろや右左
 ここと思へば またあちら
 燕のやうな早業に

『牛若丸 うしわかまる』
明治四十四年 尋常小學唱歌
作詞者/作曲者 ともに不詳

『義経記{ぎけいき}』
南北朝時代つくられる 作者不詳
能/人形淨瑠璃/歌舞伎
こぞつて演出

唱歌『牛若丸』 作詞者/作曲者
『義経記』觀てゐたろ

人は<物語>が好きだ
<事實>より
なぜか
プーチンに聞いてみたら
2022/04/21(木) 薄曇り


武道通信かわら版 配信


散つて 舞つて 櫻吹雪 
雨降つて 地にへばりつく
あとしまつ 大變だ

義経 一ノ谷
義経 屋島
義経 壇ノ浦
わづか一年 片づけた

宗教戰爭
簡單に片づけられない

頼朝の舉兵から
壇ノ浦
六年

カトリック・プロテスタント・正教
裏にユダヤ教も絡んだ
眞つ最中の宗教戰爭
あとしまつ まで
六年 かかるか

さうだ むかしの宗教戰爭
≪核≫なかつたな
2022/04/20(水) 曇り


義経 事實とフィクション


一般に共通した考へ <通念>からすれば
日ノ本の人氣歴史人物 
人氣ベスト・ワン 誰か

一つの物差し
NHK大河 主役 出番の囘數
製作年に云へば
大石内藏助 豐臣秀吉 源義経 坂本龍馬 西郷隆盛 
秀吉 主役二囘 義經同じく二囘 龍馬も二囘 西郷も二囘
織田信長 戰國モノには出すつぱりだが主役としては一囘 
大石内藏助 元祿モノに欠かせないから
準主役・脇役でも出る幕は多いが完全主役は一囘

大石 秀吉 龍馬 西郷ら 
時代背景が<主役>とも取れる脚本
そこへいくと 義経 個人色が強ひ
そこで 人氣ベスト・ワン 源義経としておかう
(でなければハナシがすすまない)

少年たちの胸 ときめかせたエピソード 事欠かない
♪京の五條の橋の上
 大のをとこの辨慶は
 長い薙刀ふりあげて
 牛若めがけて切りかかる
少年たち みな歌った

五條大橋 牛若丸(源義經)と弁慶の出會ひ
源平合戰
鵯越の逆落  壇ノ浦の八艘飛び 
コレ 全部 創作 フィクション

頼朝の信仰 二寸銀「正(聖)觀音像」
義經の信仰 鞍馬山の毘沙門天{(びしやもんてん}
コレ 眞實

一握りの眞實をもとに
創作の翼を廣げ 天高く舞ひ上がる

義経のフィクション
はじまり はじまり
2022/04/19(火) 晴れ


本當のウクライナ


お茶の間テレビ
ウクライナ歴史のお勉強
ウクライナに生まれ育ち 
三度 國籍が變る

肝腎な記憶の遺傳子 傳へない
ユダヤ人嫌ひ

モンゴル帝國にやつつけられたポーランド
モンゴル帝國が去り
西ヨーロッパの迫害されてゐる
ユダヤ人を集めた
情報 ネットワーク 金 流れ込む
隣のリトアニアと合體 聯合國家

ウクライナ
意味
國境・邊疆地帶

モンゴル帝國が去り
無政府状態
聯合國家
ウクライナに侵攻
ウクライナ ロシア正教
カトリックは許さない
抵抗したが負ける

ウクライナ 支配したとき
税金を取るのにユダヤ人をつかつた
ポーランドの貴族の手先
ユダヤ人は
ウクライナの敵

コサック
モスクワと手を組み
ふたたび武裝蹶起
ユダヤ人をジェノサイド
ウクライナの反ユダヤ主義

プーチン
これを知つてゐるから
「ネオナチ」と
情報戰略に使ふ

殺されたユダヤ人
貧乏なユダヤ人
富裕のユダヤ人
本國で安泰

ユダヤ人
今度は
ウクライナ 応援

ユダヤ人
したたかだ
2022/04/18(月) 雨


本當の


ドストエスキー トルストイ チェホフ
誇るロシア作家衆
「本當のロシアではない」

プーチン
ロシア作家衆でない
「本當のロシア」
めざしてゐる

津戸三郎爲守の子
本當の爲守 知つてゐる

「本當の」 
一つではない

時代の曲がり角
「本當の」 
その一つが 選らばれた

源平合戰も その一つ
2022/04/17(日) 曇り


ひとの死に方


谷保天滿宮の資料倉庫に
『天満宮略縁起{りゃくえんぎ}』
略縁起 要は寺社の觀光パンフレット

この中に
例の「夢に菅公が現れ」がある

さて 津戸三郎爲守の出自
菅原道眞の三男坊
道武 コレ僞名 實名は伏せた 實名 わからず

道武 土地の豪族 津戸氏の娘を嫁にし
一子菅原道道英 誕生
その子孫が津戸三郎爲守

出自 まちがゐなかろ
爲守の子孫 代々谷保天滿宮の宮司 務める

もう半世紀前になるだろか
谷保天滿宮 何かの式典があつた
足を運んだ
二階の資料館に
谷保天滿宮の創設者なる者の經歴が
ガラスケースに陳列されてゐた
記憶に殘る文面
娘を嫁ぎ 思ひ殘すことはない
己の人生 滿足ぢやと
腹切つて死んだ

こんな死に方もあるんだ
その場で立ちすくんだ
しばらく動けなかつた

「法然上人行状繪圖」
爲守の切腹 かうある
切腹した刀は熊谷直實の刀
切腹してから五十七日 行き續け
法然 命盡きた
おなじ八十歳 おなじ日に命盡きる
親鸞 爲守の自害に大きな衝撃を受ける

さう描いてあるから さうしておかう
最期は切腹して果てた
それは事實だ

事實をどうラッピングしとうと
事實は事實だ
2022/04/16(土) 晴れ


法然上人行状繪圖


法然の生涯を描いた繪卷物傳記
『法然上人行状繪圖』
法然沒後 百年後あたり完成
全卷四十八卷
繪卷の長さ なんと550m

法然の生涯だけでなく
教へから
歸依者 門弟まで詳しく記されてゐる
淨土宗プロカパンダ要素 充分

津戸三郎爲守 
履歴 ほとんど
『法然上人行状繪圖』から
上洛した際 法然 尋ねた など
殺生を悔いた など
法然から手紙(親書)などなど

政子も
法然に使者を使ひ
「念佛往生」とは問ふ とか
實朝の遺骨の一部を爲守に渡す とか
ホンマかいな

『吾妻鏡』
政子の信仰
許しを乞ふ懺悔の行法
法華殲法{ほつけせんぽう}
また臨濟宗 榮西禪師
招いて聽聞
『吾妻鏡』
淨土宗 法然 一言もない
後白河院の念佛往生への苦言だけ

津戸三郎爲守
『法然上人行状繪圖』にないのは
出自だけ

プーチンの出自
第二次世界大戰 終戰七年後
ニングラード(現サンクトペテルブルク)生まれ
父 獨ソ戰を戰ひ拔いた傷痍軍人
嚴格な共産主義者
カッコいい少年時代の武勇傳 
ロシア政府の“公式記録”
プロカパンダ要素 充分
2022/04/15(金) 雨


源実朝


映画監督
「誤解を恐れずに言うと「悪」を存在させることで
私は安心していないだろうか?」
ロシアを悪者にすることで
あなた方は安心していないだろうか?
東大入学式 東大一年生に
映画監督 そう云いたかった

津戸三郎爲守 
「公暁 悪と決め付けてよいか
公暁にも正義があったではなかろうか」
それで出家した
そんなわけない

爲守
法然の門に入ってから
幕府に出家を願い出ていた 認可されてなかった
実朝暗殺 その他大勢と一緒に認可

『吾妻鏡』 承元二年(1208)
【専修念仏が原因となり 源空上人(法念房・法然) 土佐国に配流
ちかごろ 門弟や帰依する者が増えて世間に満ちている
(門弟が)念仏の法会を利用して 貴賎や人妻や然るべき身分の女と密通し
法にも従っていない
このため上人らを捕縛し 女人を含む者にも沙汰が下された
専修念仏については様々の宗派からの苦情が提起されていたための結果】

法然が命尽きたこと一言もない
法然が命尽きた
建暦二年(1212)正月二十五日から七日後
こんな話を載せている
【将軍家(実朝)梅の花一枝を塩谷兵衛朝業に送られた】
実朝 『古今集』の一句
<あなた以外の誰にこの梅の花を見せましょうか
この素晴らしい色も香りもわかる人にしかわからない>
この梅の花一枝に込めた

実朝 使いの者に
「たれにか見せん」とだけ言って 返事を聞かないで帰ってくるように
朝業 その後 追いかけるようにして一首の和歌を奉った
うれしさも匂ひも袖に余りけりわがためをれる梅の初花
将軍実朝 詩人{うたびと}であった 

吉本隆明『源実朝』
二十歳のとき読んだ 
古本屋に売り払ってないと思うから
どこかにあるのだろう

実朝 殺されるを覚悟していたふしがある
父・頼朝 兄・頼家も 殺された
坂東武者の格下 北條
暗殺で成り上がった

北條に「悪者」レッテル貼ることは簡単だ
北條の正義に「善者」のレッテル貼ることは簡単だ

元寇の役
北條執権の鎌倉幕府でなかったら
日ノ本 元の<ウクライナ>
西の親元派にテロを仕掛ける坂東武者いたろう
「悪」か「善」か「正義」か否か
いま戦っている者にか発言できない

源實朝

映畫監督
「誤解を恐れずに言ふと「惡」を存在させることで
私は安心してゐないだらうか?」
ロシアを惡者にすることで
あなた方は安心してゐないだらうか?
東大入學式 東大一年生に
映畫監督 さう云ひたかつた

津戸三郎爲守 
「公曉 惡と決めつけてよいか
公曉にも正義があつたではなからうか」
それで出家した
そんなわけない

爲守
法然の門に入つてから
幕府に出家を願ひ出てゐた 認可されてなかつた
實朝暗殺 その他大勢と一緒に認可

『吾妻鏡』 承元二年(1208)
【專修念佛が原因となり 源空上人(法念房・法然) 土佐國に配流
ちかごろ 門弟や歸依する者が増えて世間に滿ちてゐる
(門弟が)念佛の法會を利用して 貴賤や人妻や然るべき身分の女と密通し
法にも從つてゐない
このため上人らを捕縛し 女人を含む者にも沙汰が下された
專修念佛に就いては樣々の宗派からの苦情が提起されてゐたための結果】

また
法然が命盡きた
建暦二年(1212)正月二十五日からわづか七日後
こんな話を載せてゐる
【將軍家(實朝)梅の花一枝を鹽谷兵衞朝業に送られた】
實朝 『古今集』の一句
<あなた以外の誰にこの梅の花を見せませうか
この素晴らしい色も香りもわかる人にしかわからない>
この梅の花一枝に込めた

實朝 使ひの者に
「たれにか見せん」とだけ言つて 返事を聞かないで歸つてくるやうに
朝業 その後 追ひかけるやうにして一首の和歌を奉つた
うれしさも匂ひも袖に餘りけりわがためをれる梅の初花
將軍實朝 詩人{うたびと}であつた 

吉本隆明『源実朝』
二十歳のとき讀んだ 
古本屋に賣り拂つてないと思ふから
どこかにあるのだらう

實朝 殺されるを覺悟してゐたふしがある
父・頼朝 兄・頼家も 殺された
坂東武者の格下 北條
暗殺で成り上がつた

北條に「惡者」レッテル貼ることは簡單だ
北條に「正義」レッテル貼ることは簡單だ

元寇の役
北條執權の鎌倉幕府でなかつたら
日ノ本 元の<ウクライナ>
西の親元派にテロを仕掛ける坂東武者いたらう
「惡」か「正義」か否か
いま戰つてゐる者にか發言できない
2022/04/14(木) 雨


安達景盛{かげもり}


宗教評論家と稱せられる御仁
八十五歳 命盡きた
死をさとつたとき 巡つたものはなにか
賛辭か 極評か
はたまた……

宗教評論家
出家してゐたのだらうか
「出家」も世の習ひ
いろいろ パターンがある
いまの世
僧の資格を得ることを出家とも云ふ

さて
法然 命盡きてから七年
建保七年(1219)
三代將軍 源實朝 
雪の夜 闇討ちされる

『吾妻鏡』
翌二十八日 記す
實朝正室をはじめ
安達景盛 以下百餘人 出家
以下百餘人の中に
津戸三郎爲守 いた
穢土{えど} 
人が右往左往{うおうさおう}する
この世がいやになつたのか

安達景盛 高野山に入る
儀式濟ませ 即 鎌倉へ
出家しても鎌倉幕政から外れず
承久の亂(1221)
尼將軍・政子
あの演説文
代讀したのが安達景盛

北條泰時率ゐる京侵攻に連なる
政子の死後(嘉祿元年1225)
高野山に籠もつた
けど
三代執權となつた北條泰時
景盛への信頼 大きい 
泰時の嫡子・時氏に 娘(松下禪尼)を嫁がせる
外孫の經時 時頼が續けて執權となる
景盛 外祖父として高野山から幕政 睨む

まだある
五代執權 北條時頼
有力御家人三浦氏と對立激化
景盛 業を煮やし 高野山から鎌倉へ

『吾妻鏡』
【景盛 三浦一族 傍若無人の勢ひ と憤り】
三浦氏の風下に甘んじる子の義景や
孫の泰盛の不甲斐なさを嚴しく叱責した
時頼 三浦氏との和解を摸索
景盛 連日時頼と談合を繰り返してゐたが
時頼 三浦氏打倒の氣配なく
業を煮やし
また 高野山へ

時頼 三浦一族
和平交渉 長引く
老齢景盛 キレた
身をおして高野山を出て鎌倉へ
時頼を無視し
三浦泰村邸を襲撃
宝治{ほうじ}合戰のはぢまり はじまり
三浦氏を殲滅
翌年 高野山で命盡きる

いろんな出家が あるもんダ
2022/04/13(水) 晴れ


コサック


ウクライナ首都「キエフ」
ロシア語發音から
ウクライナ語發音
「キーウ」に表記變更

ロシア ウクライナの關係
モンゴル帝國侵攻から
話せば長くなる
一言で やめておく

ロシア 
タタール(モンゴル)の軛{くびき}となる
ロシア二百年 暗黒の時代の記憶の遺傳子
モンゴロイドへの恐怖
強く有らねばならぬ


盛者必衰の理をあらはす…
モンゴル帝國 弱り目に
いまがチャンスと 
モンゴルに飮み込まれた
各地 各民族 蜂起
先陣を切つたのは 一番の働きは
草原の騎馬隊 コサック
そのむかし ウクライナ 
コサック國家

そして數百年後
秋山好古{よしふる}率ゐる日本騎兵と戰ふ
世界最強コサック騎兵
軍馬の力 騎馬戰術の力
劣る日本騎兵に 敗けた
秋山の奇策に 負けた

平家 
義經の奇策に 負けた

一ノ谷合戰
壇ノ浦合戰
津戸三郎爲守 
その場に いたのだらう
どんな働きしたか 皆目 わからず
史書 現れるのは
義經 命盡きたときから六年目
建久六年二月
頼朝 東大寺落慶供養會 鎌倉發つ
一行の中 津戸三郎爲守の姿が
上洛すると すぐ
法然を訪ねる
「善人なをもて往生をとぐいはんや惡人をや」
どんな意味なのでせう
などは問うてない はず
「武士とは」
問うた はず
2022/04/12(火) 晴れ


夢枕


きのふ 温度計 夏日
カラダ 春 居坐つてゐる
木劍振るふ とわかる
氣合を發する とわかる


谷保天滿宮『社傳』
【爲守(津戸三郎為守)は天神島に祀られた菅公社に
怠らずお參りしてゐた
ある夜 夢に菅公が現れ 天神島の菅公社を
栗原郷谷保の地に移せと云はれた
そこで爲守は かつて菅公の一子道武が拜流されてゐた
館の繼近くに社殿を造營し 
ここに菅公像を遷坐{せんざ}し奉つた
これが現在の谷保天滿宮である 
時に養和元年(1181)十一月三日であつた】

靈視{れいし}
靈的に見る
肉體的な感覺器は用ゐずに見る、

昭憲皇太后の夢枕
坂本龍馬が立つ

時事新報
【皇后陛下(昭憲皇太后)
葉山御用邸に御滯在された去る二月初旬のこと
ある夜の夢に 白無垢を着た一人の男が
御坐所の入り口にひれ伏して かう申しあげました。
「私は 維新の前 お國のために 働いてをりました
坂本龍馬と申すものでございます
海軍のことは そのころから熱心に心がけてをりました
このたびロシアとの戰ひが 愈々はじまろうとしてをります
いざ……さうなつた時
私は もうこの世のものではないものの
私の魂は わが國の海軍に宿り
忠義の心があつて勇敢な 正義の心があつて節操がある、
そのやうな日本の軍人たちを守る覺悟でおります」
男がさう申しあげた……と思つたら
その姿は、かき消すやうになくなりました。
そのあと昭憲皇太后 龍馬の冩眞を取り寄せて見ると
それは まさにその夢にあらはれた男であつた……と云ひます】

ハナシが巡り巡つて こんなハナシになつた
<夢枕> 仕掛け人がゐた
仕掛け人 忘れられた坂本龍馬 想ひ出してくれよ  

爲守の<夢枕> 
仕掛け人がゐたのだらう

爲守の館
いまでも吾がまち「城山」と呼ばれてゐる臺地
拙者も何度も行つたことがある
天神島 いまの府中市本宿三丁目
城山から三キロ
毎日 往復6キロ
館の近くへ持つてきたかつただけだらう

祖母が亡くなり
東京の下宿に戻る
夜中 寢込んでゐると
枕元に誰か立つてゐる
友が夜中 尋ねて來ることから
鍵はかけてない
友と思ふ 起き上がろうとしたが
起き上がれない
恐怖 走る
これが 金縛りか 初體驗

四十九日で帰郷
叔母たちの話で
祖母 夢枕に立つた
と云ふことになつた

第二次 日露戰爭の予感
拙者の夢枕に
坂本龍馬 立つた 
云ひふらさうかな(呵呵)
2022/04/11(月) 晴れ


鎌倉に大火


きのふは 風鈴 よく鳴つた
四季 ぶらさがてゐる 
拙宅の風鈴
外すの億劫な だけ

春には 薫風の音
夏には 夏風{はえ}の音
秋には 木枯らしの音
冬には 北風の音
するわけない
♪チリンチリンとしか聞こえない
パイプの煙とおなじ
思念への扉


鎌倉の寺
風鐸{ふうたく} 
吊り下げられてゐたらう
♪チリンチリンでなく
♪ガランガラン 
厄除けの效果
この音が聞こえる範圍 災ひが起こらない

鎌倉に大火
建久二年(1191)三月四日夜半
鎌倉中心部 大火
幕府御所 有力御家人宅 多數炎上
これ放火 火附け人がゐた
頼朝と その側近
北條もゐたことだらう
なぜ
頼朝
何よりも心血を注いだのは
都・鎌倉のまちづくり
いまある都岡八幡宮も燒け跡に再建
手つ取り早い平地造成

『吾妻鏡』
鎌倉大火
熊谷直實 
息子に財産相續状渡した日の三日後
『吾妻鏡』ここでも時間差 操作
それはいい
直實 隱居したのだ
出家は まだ先のこと

直實 
出家したことは事實だ
その理由
<武骨な坂東武者
幕府が次第に官僚化するのが氣に入らなかつた>
などとも臆測されてゐるが
本人に直に聞いてみなきやわからない
出家したことは事實
それだけでよい

直實 法然より八歳上
同世代と云へる

直實
「末法思想」なんぞ無頓着
「南無阿弥陀仏」で極樂 信じちやいない
これ拙者の臆測
まちがつてない氣がする

後世 淨土宗
『平家物語』ヒーロー
なんやかんや 立派な“法衣”で飾り
布教材料につかつたことだろ

もう ひとり
出家した坂東武者がゐた
頼朝・北條 舉兵したおり
<いざ 頼朝へ>
谷保村から驅けつけた武士
谷保天滿宮 再建した武士
2022/04/10(日) 晴れ


OLD NEW


Colorful Diary Falcon World