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アッと驚く『沼田家日記』


その昔
どのTV局も見向きもしなかつた
實業團サッカー中繼
テレビ東京 
セッセと 實況中繼してゐた

Jリーグ 興きて
おいしいところ 多局に全部 もつていかれる

テレビ東京
近年 精彩を放つ

[間合]を掴んだのだらう
狙ふ視聽者と[拍子]を合はせたのだらう

いままでの アラサーものと一味違ふ
「ソロ活女子のススメ」
「生きるとか死ぬとか父親とか」

宮本武藏の[間合][拍子]
いづれのちほど

さう きのふの日記のハナシだ
細川藩・門司城代 沼田延元の日記
『沼田家日記』
【そのころ小次郎と申す者
岩流の兵法やつてゐて】

≪試合の發端 
武藏も豐前で 二刀兵法の師やつてゐてた

雙方の弟子
うちの兵法の方が強ひ
では 師同士で試合をしよう となる

場所 豐前と長門の間の「ひく島」
舟島がひく島となる

雙方 弟子は一人もいかないと決める
試合結果 
小次郎 打ち殺される

小次郎方 約束どほり弟子 一人もゐなかつた
武藏側 弟子たち數名 隱れてゐた

その後 小次郎 蘇生した が
武藏の弟子たち 打ち殺した≫
そのあとの状況 省く

『沼田家日記』公開される
宮本武藏ファン 時代劇ファン
驚いたの なんの

<(武藏)細川家客分に その一年前 行方知らず>
武藏 岩流門弟からの報復に逃げ囘つた
との臆測も ここから

『沼田家日記』 延元 直筆はない
あくまで末裔が編纂 
細川藩への忖度も 風説も聞いてゐたらう

佐々木小次郎 
出生地 年齢も實證できない
あくまで諸説

そんなこと問題ではない

小次郎 武藏と勝負し 敗れた
それでよい

談餘
小學六年生からスケボー はじめ
十八歳で世界チャンピオン
天性と よき指導者がゐれば有り得る
小次郎も
さうであつたのだらう
2021/05/26(水) 晴れ


巖流島ノ決鬪


映畫 よく觀たなあ〜

宮本武藏:三船敏郎
佐々木小次郎:鶴田浩二
はたまた
宮本武藏:萬屋錦之介   
佐々木小次郎:高倉健

大河ドラマ 武藏 あつたな
巖流島ノ決鬪
覺えてゐないな

細川忠利の父 
あの 細川忠興{ただおき}
忠興が劍術指南役にしたのが
佐々木小次郎
忠利が劍術指南役にしたのが
宮本武藏

武藝の縁
男女の縁と同じ
異なもの味なもの

巖流島ノ決鬪
『五輪書』 
一言もない
あれほど有名な勝負 
[間合] [拍子]
書いてほしかつた

巖流島ノ決鬪
初出は
小倉碑文{こくらひぶん}
【小倉に兵術の達人 岩流と名乘る者がゐた
武藏 試合申し込む
岩流 「眞劍でやろう」
武藏 「貴殿は眞劍 拙者は木刄」
長門と豐前 接する境目 舟島で兩者 相對する
岩流 三尺の眞劍
武藏 木刄 一撃で殺す
電光もなほ遲いと思はれる早業
そこで 俗に舟島 改め巖流島と云ふ】

佐々木小次郎の名 ない 
岩流と のみ

『二天記』 
小次郎の名 出てくる
岩流{がんりう}小次郎 越前生まれ   
小太刀流儀の富田勢源 弟子となる
小太刀嫌つて 大太刀使ふ
腕を上げ 富田門下 敵う者無し
一流を立て「岩流」と稱した
諸國遍歴 豐前小倉にて細川忠興の食客となる

慶長十七年 武藏 小倉に來る 二十九歳
ちなみに 小次郎 十八歳
父 新免無二の門人宅へ
武藏 「岩流と手合はせしたい」と
忠興の元へ話が 忠興 ОK

向島 舟島とも云ふ
長門と豐前の境
小倉からも 下ノ關らからも海上 一里

前日 御觸れ
勝負の応援も 觀戰も禁止する

が 武藏 その夜 行方不明
ここからはテレビ・映畫でご存じであらう

舟島 
藩と藩の境界線 つまり 
排他的経済水域
微妙な海域

武藏 勝つたのだから 武藏島でよいのでは
いや 佐々木小次郎を弔つたのだ
いや 武藏 ヒールで
小次郎 ベビーフェイスだつた

そんな史書 いや日記 現れる

巖流島ノ決鬪 つづく

むかし あつたな
アントニオ豬木VSマサ齋藤
巖流島ノ決鬪 あつたな
報道陣 上陸禁止

週プロ 上空から撮影
請求書 上がつてきて 經理部おつたまげた
二代目編輯長 山口県出身
思ひ入れ あつたらう
初代編輯長もやつていただらうなあ
巖流島 やつぱ 思ひ入れがある
2021/05/25(火) 晴れ


柳生新陰流


天気晴朗で 土、日
UP 失念

「枯木鳴鵙図」 二点ある
一点は武蔵 
もう一点 武蔵でない
はたまた二点とも 
武蔵 描いてないか

それは問題ではない

武蔵 
武芸家にしては 画 巧かった
それは確かだ
あの愛嬌のある「正面達磨図」
武蔵が描いた
それでいい

加藤家改易後 肥後国熊本藩主
細川忠利{ただとし}
武蔵 <御客分>とする

忠利 剣術大好き大名
柳生宗矩に師事 優等生
あの「兵法家伝書」相伝

『二天記』 こうある
【武蔵が客分になるまでは柳生新陰流 盛んであった
忠利 柳生流師範と武蔵 立ち合わせる
木刀で三本勝負 武蔵 勝つ
今度は忠利 武蔵と立ち会う 武蔵 勝つ
忠利 感嘆し 二天一流を学ぶ】

あの柳生新陰流より 
二天一流 強い
『二天記』 それ 云いたかった

『二天記』 書いた人 
熊本藩細川家 筆頭家老
二天一流兵法師範
著者の祖父も二天一流師範
祖父 武蔵の晩年の弟子ら
武蔵を語ったこと
覚書 残していた

武蔵に敗けた 細川家柳生流師範
云う
【武蔵が江戸にいたとき
二人の柳生家の者 武蔵と勝負
二人とも敗けた】

武蔵 江戸へ行ったとの実証はない
そんな事 問題ない
武蔵は強かった

武蔵の弟子たち
武蔵の言葉尻から
柳生新陰流・柳生宗矩への
嫉妬的対抗意識
感じていたのだろう

ゆえに
二天一流 柳生新陰流より強い
後世に残そうとした
武蔵
島原の乱 出陣
その二年後
細川家 客分に
その一年前 
行方知らず
2021/05/24(月) 晴れ


小倉碑文から吉川・宮本武藏まで


あの武藏肖像畫
誰が描いたのか
不明 
筆使ひから○○派の流れを汲む とだけ

武藏の死 看取つた
寺尾求馬助{もとめのすけ}
某畫家に 武藏の姿見を語り 描かせたのか
寺尾家に傳はつたものとだけある

宮本武藏物語 ネタ本
『五輪書』ほか
武藏自筆本 現存するもの
『五輪書』 二年前の
『兵法二十五箇條』
武藏 死 七日前の
『獨行道{どつかうどう}』

ネタ本 その二
「小倉碑文{こくらひぶん}」
養子・宮本伊織{いおり}
武藏沒後 九年後建てた 
身贔屓あり
何パーセントか引いておかねばならぬ

武藏沒後 七〇年後
『本朝武藝小傳{ほんちようぶげいしようでん}』
武藏の弟子の弟子からの聞書き

武藏沒後 八十四年後  
『丹治峰均筆記{たんじほうきんひつ}』
武藏の初期の決鬪シーン

武藏沒後 一三〇年後 
最大ボリュームの『二天記』 
吉川英治『宮本武藏』のネタ本に

吉川『宮本武藏』 ベストセラー

軍学者
『五輪書』が戰前、正しく讀解されてゐたら
大東亞戰爭のあのやうな敗戰もなかつたであらう
傘貼り浪人
『信長公記』戰前、正しく讀解されてゐたら
大東亞戰爭のあのやうな敗戰もなかつたであらう
2021/05/21(金) 降ったりやんだり


武道通信かわら版 配信


「忙中閑あり」
天下泰平 二百餘年つづいても武士が腐らなかつたはけ
それは劍術の理と云ふハナシ
2021/05/20(木) 曇り


百人百様


『五輪書』 正しく讀むために
劍技のモデルが必要
軍學者から依頼

聲かけた
佐山聰 田中光四郎 鎖帷子劍士
快く承諾

撮影終了後 宴 兼ね
『五輪書』談義
モデル諸氏
解釋で侃侃諤諤

軍學者 「まゑがき」にかう記す
「各氏の五輪書の解釋は
本書の兵頭の解釋とは一致してをりません
冩眞のポーズは あくまで兵頭の振り附に
從つていただきました」

『五輪書』の解釋
武藏 死後
侃侃諤諤だつたらう
生前の愛弟子
どう會得していただらうか

武藏贔屓の藩主 沒し
武藏 沒し
二天一流 熊本で影薄くなる
一番弟子 武藏遺像 小倉に建てる
一番弟子の その一番弟子 熊本去る
それは問題でない
二天一流
武藏 一代限り
武藏しか使へない

それでも いまの世でも
『五輪書』解釋本 數多ある
『五輪書』 世界で飜譯されてゐる
あと百年たつても 解釋本 刊行されてゐるだらう
不思議な書である
2021/05/19(水) 晴れ


五輪書{ごりんのしよ}


織田信長 本能寺で斃れた
その年 天正十年 
宮本武藏 生まれる
との説

武藏自身 
生まれた年 書いて 殘してない
武藏沒  九年後
養子が建てた 武藏の顯彰碑
生年 享年 書いてない
生年
天正十年説 /天正十二年説
決着つかず

生地も
美作・説/播磨・説 決着つかず

過ぎる年
軍學者に かう問うた
宮本武藏 書いてみませんか
版元へ賣り込みます

『宮本武藏の戰鬪マニュアル
 精解 五輪書』
2005年刊 新紀元社

若き日の軍學者 齋藤 浩
初對面
「名刺がわりに」と手渡せれた小册子
≪『五輪書』にあらはれた日本語的軍事理性を見直す≫

『精解 五輪書』
「あとがき」
【『五輪書』が戦前、正しく読解されていたら
大東亜戦争のあのような敗戦もなかったであろう】
2021/05/18(火) 降ったりやんだり


是非に及ばす


天正十年六月二日 未明
太田牛一 本能寺に居なかつた

小姓衆二〇〜三〇人ほど
あとは信長に附き添ふ女房衆(女中)十人ほどか

厩から出て明智勢を防いだ
五人 討死
仲間の二十四 厩で討死

御殿で討死した小姓衆
森三兄弟ほか二十九人

「女はくるしからず 急ぎ罷り出でよ」
仰せられ 追ひ出させられ
生き殘つたのは女房衆だけ

牛一 後日 女房衆から取材
某女房 耳にした
信長
「如何なる者の企てぞ」
森成利(蘭丸)
「明智が者と見え申し候」
信長 
「是非に及ばず」
云ひ放ち
信長 弓矢 薙刀で応戰する

槍ではない薙刀
信長 肩の傷 矢でなく鐵砲
牛一 あとで訂正する
傳本に殘る

『信長公記』 文脈からして
明智だらうと誰であらうと關係ない 戰へ!
信長 謀叛おこす者 
光秀よりほか よぎつた者 一、二 いたらう

安土城 火附け人 誰だ
『秀吉事記』 秀吉に忖度し
安土城を占領した光秀の娘婿 秀滿
小瀬甫庵 それを丸冩し
秀滿でない

ハ見寺 燒けず 殘る
「盆山」 行方不明
だれかが 持ち去つた

住職 堯照か
秀滿 坂本城へ持ち歸つたか

いま どこかにある筈だ
信長云ふ
「是非に及ばず」

「盆山」自身
いまの日ノ本
どこに 置かれたいか
誰に 祀つてもらひたいか
聽いてみたいものだ
「オーイ 盆山」

これにて
『信長公記』編
筆を擱{お}く
2021/05/17(月) 薄曇り


武田家滅亡


きのふの 信長からの公案
とけた御仁
信長の
あたらしい宗教 
おわかりになつたであらう

さて 合戰のハナシだ

武田勝頼 唄ふ
♪合戰に敗けた NO 裏切りに敗けた〜

天正十年二月一日
武田勢 木曾谷の城主
信長勢の調略に落ちる
二日
武田勝頼 木曾謀叛と 諏訪上原へ出陣
三日
信長 激飛ばす
「それぞれの持ち場から一齊攻撃せよ」
六日
伊那の家老 お館さまに謀叛
織田軍勢を引き入れる
二五日
徳川家康 
穴山梅雪 調略 梅雪 落ちる
梅雪 人質に出してゐた妻子 奪還
家康 
梅雪 道案内にし
甲斐ノ國 侵攻
二八日
勝頼 梅雪寢返り知り
諏訪上原引き拂ひ 
梅雪が獻策した
新府城(韮嵜市)へ撤退
三月一日
織田信忠 軍勢を貝沼原に結集
高遠城主 織田軍寢返り傳言 走らす が間に合はず
二日 
信忠 「一齊に突入せよ」
自身も先を爭つて塀に上がり奮戰
四〇〇ほどの首級 信長の元へ
三日
勝頼 新府城に火をかけ退去
城には寢返りした人質の妻子
燒き殺される
泣き叫ぶ聲 天にもとどろく

勝頼一行
忠臣の小山田城へ
寢返り忠臣 城の門閉ざす
民家に応急の柵 宿舎とる
途中 散つて 殘つた者四十一名

七日
信忠 甲府に入る
勝頼の一門 親類 家老 捕らえ殺す
駿河・甲斐・信濃・上野 地侍たち
信忠に歸服
八日
信長 岐阜から犬山へ進む
十一日
勝頼 逃亡先 見つかる
屋敷を包圍
勝頼 最早これまでと
婦人や子ら一人一人抱き寄せ
刺殺
勝頼 そのあと切腹
子・信勝 十六歳
包圍陣に斬り込んで討死

戰國の世 武士
合戰で屍となる覺悟
首を狩られ 晒さる覺悟

武士の妻女
人質になる覺悟
慘殺の覺悟

「こんばんは
徳川家康です」

この下地 
あつたから
泰平の世 三〇〇年近くつづく
世界史の奇蹟
2021/05/16(日) 曇り


信長からの公案{こうあん}


人の顔 同じ顔 
一つとして無い

石も 同じ石
この世に二つとない
同じ石 持って来い
2021/05/15(土) 晴れ


盆山{ぼんざん}


ハ見寺 語つた
盆山
語るの忘れてゐた

盆山とは 
盆の上に氣に入つた石を置き 砂などあしらひ
趣を味はふ
室町の世からあつた
世の習ひ その樣式 移り變はる

ハ見寺 盆山
具體的に書かれたも 皆無
大きさも 形もわからない

フロイスも 「一個の石」とだけ
片手 掌に乘るものか
兩手 掌か
ひとりでは持てぬものか

どんな かたちか
富士山のやうか
牛が伏せたやうか

色は單に 灰色か
白 黄 緑など混じりあるか

種類は
變成岩か 火成岩か  堆積岩か
川で 海で洗はれ 縞模樣が出た石か
古から日ノ本人 好きだつた 琥珀か
祈祷師が好きさうな 水晶か
はたまた 伴天連が持つてきた寶石類か
いや さうならフロイス自慢してゐたらう

フロイスには ただ その邊に落ちてゐる
石にしか見えなかつた
ただの一個の石なのだ

安土城 天主
金箔を張り詰めた豪奢な障屏畫
安土城 一階 十二疉の居間
その中に
墨で梅を描いた障屏畫をめぐらせた書院
その一角に 盆山
信長 ここで獨り
一塊の石と對坐

石の聲 聽いてゐたのか
石に 語りかけてゐたのか

ハ見寺{さうけんじ}
完成
盆山 本堂に移す
寺院の一番高いところ
すべての佛の上に 安置した

信長にとつて
ただの一個の石
何であつたか
2021/05/14(金) 晴れ


ハ見寺{そうけんじ}


戰國の世 城持ちの嫡子なら 
誰でも「藤戸石」 教はつてゐたらう

吉法師(きつぽうし) 
傅役{もりやく}平手政秀
養育係として「藤戸石」教へてゐたらう
政秀 智識人であつた
「平家物語」 謠曲「藤戸石」 百も承知

戰國の世 武將ら
禪に魅かれた
[先]のことは どうでもいい
極樂 地獄など どうでもいい
こにある [今]だけを見る
武將ら 禪僧 教育係

伴天連フロイス  
禪 理解不能
ご神體[岩]理解不能
「God」の物指しかない
『日本史』通奏低音 「God」

フロイス 云ふ
「信長 自分自身を神として崇めさせるために建てた寺」
安土城郭内に建立されたハ見寺
經典でも本尊もない 僧の勉強場もない

「ハ見」とは すべてを一つと見る との意味
フロイス 知らない まつたくもつてわからない

ハ見寺住職 堯照{ぎようしよう}
織田家のもとの所領 尾張の國 島津神社の史料にある
尾張にゐたころ 信長から祈祷所の建てること許される
信長 安土に移つたとき ハ見寺與へられる
本能寺の變以後 尾張に歸る
ハ見寺歴代住職の記録から抹消される

堯照 正式な僧でなかつた
祈祷師であつた
中世なら陰陽師{おんやうじ}
いまの世で云ふ 超能力者であつたらう

穴太衆 云ふ
「石の聲が 聞こえてくる」
信長 ゆゑに 腹にストンとおちた

一塊の石にも 神が宿つてゐる
人と石 一體になれたから
石を拜ませた

登城する家臣 ハ見寺の前を通る
安土住民 觀光衆 
ハ見寺詣で 自由 

信長 ハ見寺建てたはけ
「すべてを一つと見る」
天道思想 「諸宗はひとつ」
天臺宗 淨土眞宗 眞言宗……でもない
すべてを一つと見る
あたらしい宗教を興さうとした
パワースポット
それがハ見寺
2021/05/12(水) 薄曇り


安土城傳説 蛇石


「鬼の洗濯板」
海底の固い砂岩 軟らかい泥岩 重なつた地層
隆起 七〇〇萬年 波に洗はれる

四つのプレートに乘かつた 地震列島
空からは火山岩 降つてくる
地からは岩盤 沸いてくる

いまでも活火山 面積比 世界一
とんでもない處に生まれてきたもんだ

古代 日ノ本列島
ご神體 [岩石]
そこら中 ゴロゴロ

「藤戸石」
高さは1.8メートル 幅1.1メートル

「蛇石」 どのくらゐだつたらう
100メートルほどか
いまだ見つからない

三日三晩 總計一萬人 
要して 安土山へ押し上げる
信長 南蠻渡來の緋羅紗{ひらしや}の陣羽織
飾り立てられた巨石の上 仁王立ちになり 陣頭指揮

引き上げるための道 整備する人數
蛇石の下 敷く丸太を動かす人數
主役の石を引く人數 
引綱 轆轤{ろくろ}の囘す人手
怪我人 死人も出る 醫療班の人手
腹も減る 飯班の人手
ナンダカンダ 三日三晩 總計一萬人 いたのだらう

「蛇石」 安土山 地中 眠りつづけてゐる
いつ 現れるやら

イースター島
傳説 「モアイは自分で歩いた」説
やつと解明
丸太を敷いて 横にして 轉がしたのでない
モアイの頭にロープ卷き
左右 後ろから 三方から
ロープを引つ張る
モアイ 自分で歩いてゐるやうに動く

跡かた 石垣 本堂礎石だけ
安土城傳説
解明される日 來るのであろか

解明されぬ
世界遺産クラスの傳説
數多ある
いまなほ解明しようとする人たち

安土城傳説
解明したいものだ

織田信長
自身を神として崇めさせたのか
2021/05/11(火) 曇り


安土城見學料 禮錢


無觀客 觀客制限
入場料收入 減
きついことであらう
お察し致す

日ノ本 初の入場料
信長
安土城見學料 禮錢
身分關係無し 一律百文(十疋{ひき})
いまの世に換算 大まかに一二〇〇圓

『信長公記』
【御幸の間を拜見してから元の白州へもどつたところ
「お臺所口へ參れ」との仰せがあつて參ると
信長公はおうまやの入り口にお立ちになつて
百文づつのお祝ひ錢をかたじけないことに
直接 お受けになつて うしろに投げられた】

うしろには 賽錢箱より大きな箱 置いてあつたのだらうか

家臣 安土住人 他國衆 ワンサと押しかけた
信長 暗殺 氣にはしてゐなかつたのか?

「御幸の間」 天皇行幸のために設えた 天皇を迎へる坐敷
「御幸の間」も見學させてゐる
この時點で 行幸計劃 既にポシャてゐたのだ

天皇・朝廷 斷つた理由はなにか?

「?」は ?でしかない
あのとき そのとき 
あの時代 その時代に
生きた者しかわからぬ

わかりたい わかろうとする
あの時代 その時代に
行きたい 生きたい
からであろう

凾館戰爭 西南戰爭
綴つた
あの時代 その場
居たかつたのである

安土城復元計劃 つい近年スタート
『信長公記』 の傳本類
また 數々の安土城見聞録
それぞれ異なるところ多し
安土城再建チーム 苦勞するところ

信長
黒人を信長に獻上した
伴天連ヴァリニャーノ
信長 その禮かどうか知らぬが
安土城 描いた屏風 贈る
ヴァリニャーノ 歸國しローマ教王に獻上
發見されれば 外觀再現の資料となるが
戰災で燒けたのだらうか
いまだ發見されず

戰災で燒けたと云へば
築城大工棟梁 岡部又右衞門の子孫 家藏
「安土御城普請覺え書」
名古屋空襲 燒失

なぜ防空壕に閉まつておかなかつたんだ
安土城 忘れらた存在だつた
日ノ本
「天」
失つてゐたからであらう
2021/05/10(月) 晴れ


天ノ道


藤戸石{ふじといし}
四百年
武士 畏れ 敬つてきた 
コレ 坊主の解説だろう

武士 こだわりつづけ
自問自答してきた

藤戸石{ふじといし}
信長
殺傷を生業とする武士
その棟梁
征夷大將軍の館の庭に置いた
武士の宿命
殺傷 覚悟せよと
元 坊主に

信長
藤戸石の上に 登った念いで
比叡山延暦寺討伐
北伊勢一向宗討伐
伊勢長島の一向一揆討伐
本願寺討伐
紀伊雑賀・根来の一向一揆討

『信長公記』 牛一 云う
【人の行為 戦争や生死
「天ノ道」がすべて定めている】

牛一 「天ノ道」 熱く語る
牛一 信長 「天ノ道」信仰 
熱いものと承知のこと

天ノ道
戦国武将 エートス
共有された意識 精神 価値規範

[政{まつりごと}]
神を祭る ことと政治とが一体である祭政一致
乱世
権力による執政
「まつりごと」[政治] 区別
祭政分離
祭政分離は天ノ道

仏門
大名と結託
利殖に走る
宗徒を僧兵の手下にする

仏門を成敗
政治を行う

先に云った
「天道思想」
己の志と行動
「天」は見ている
個と「天」の意思疎通

己の支配欲 善性なら
天罰は下らない
下剋上 正當化される

伴天連
信長の「天」
Godと勘違い
「これはいける」 はしゃいだ

が 勘違いわかり
God 信じなかったから
信長 地獄に堕ちたと伝えた 
2021/05/09(日) 晴れ


藤戸石{ふじといし}


信長
岐阜城 命名した翌年
足利義昭 奉じ 入洛
すぐさま 義昭の館 造營を命じる
一つの大石 館の庭に据ゑさせる
名を「藤戸石{ふじといし}」

『信長公記』 記す
信長
藤戸石を義昭の館に移す際
石に綾錦の美しい織り布に包み 花で飾り立て 
太い綱を幾重にも渡し
笛や太鼓、鼓をうち鳴らしつつ
新しい庭に運んだ
信長 司祭のやうに立會つた

巷の 數多の 信長傳記
謠曲と云へば「敦盛」

信長 「敦盛」より先に
「藤戸石」
知っていた

「藤戸石」
「平家物語」から知られた石
世阿彌 謠曲「藤戸」
信長 獨り靜かに謠つてゐたはずだ

「敦盛」 強がりだ
「藤戸石」 負ひ目だ 武士の業だ

ときは源平合戰 
「一ノ谷の戰ひ」で敗れた平氏 西へ逃れるが
瀬戸内海の制海權 平氏が握つてゐる
追ふ源氏 舟がない

源氏・佐々木盛綱{もりつな}
浦の男に
「襃美をとらす
島まで馬で渡れる淺瀬はないか」
浦の男
「自分だけが知つてゐる淺瀬がある」
浦の男 案内する
たしかに 海であるが 馬を渡らせる淺瀬ある

盛綱
この男 生かしておいては
また 誰かに教へるやも知れぬ
手柄を獨り占めするには
この男 生かしえはおけぬ
盛綱 男 殺す
淺瀬に見隱れする石の下 埋める

盛綱 軍を率ゐ 兒嶋に渡り 平家 討ち取る
襃美に兒嶋 賜る

「平家物語」ここまで
世阿彌 老婆 登場させる
「わが子 かへさせ給へや」
盛綱 詫びて 弔ふこと約束する

老婆の息子の靈 男 現れる
「恨みのあまり 惡龍の水神となつて祟りをなす」
怨恨にとぐろをまく靈を讀經で成佛を祈り


藤戸石と名づけられた この石
源平の世から
信長の世まで 四百年
洛中 細川家の庭に安置
武士ら
この石を畏れ 敬つてきた

信長 
その石
細川家から奪ひ
なぜ 征夷大將軍の館の庭に置いたのか

そのむかし
觀光バスツアー
“鬼の洗濯板”青島海岸であつたらう
片手掌にあまる石
拾つてきた
線香置きなつてゐる

なんで夫婦揃つて
その石が氣に入つたか
わからない
石の聲 聞こえたのか
2021/05/08(土) 晴れ


信長 [石]信仰


平安京
この世の極樂「平安樂土」から採つた
歴史家 云ふ

信長
「平安樂土」から<安><土>をとつて
「安土」 とした
歴史家 云ふ

琵琶湖の南東 安土城
から
琵琶湖の南西 京の都
見下ろす
京の都への對抗心
歴史家 云ふ

違ふ
そこに[石]があつたから

もともとあつた地名 「安土山」 
安土山に建てた安土城
『信長公記』 
元龜元年五月十二日ノ條
「安土城に中川八郎右衞門楯籠り」

築城前 標高119m 安土城あつた
築城後
牛一 空惚{そらとぼけ}
安土城 信長 命名風 裝ふ

安土周邊 古から巨石 名石の山地
安土城の足下 石部神社
すぐ北 標高400m 觀音寺山
その北に石馬寺 南に奧石神社
石寺 石塚 石川など石を冠した地名 盡きない

觀音寺山城 日ノ本一 誇る鞏固な石垣
築いた職人集團「穴太衆{あのうしう}」
信長 これに目をつけた

信長 
穴太衆 石積みに惚れた
ほぼ自然なままの大きな石
そのまま積み重ねる
その隙間 小ぶりの石 たくみに詰め込む
奧行き深く 勾配をなくして垂直に近く積み上げる

西歐の城壁
四角四面 裁斷した石 隙間なく積み上げる
コレと對極の美
信長の西歐カブレ 衣裝だけ

信長 心打たれる いや 鳥肌が立つ
穴太衆 長老の言葉
「長い修業を積んで
石の心と 自分の心が
ぴつたり合つたとき
自然に 石の聲が 聞こえてくるんですね
ここに 置いてくれと」

信長 [石]信仰
まだつ づく
[石]信仰を語らねば
安土城 わからず
2021/05/07(金) 降ったりやんだり


信長 [城] とはなんであつたか


織田信長
[天] とは なんであつたか

信長 岐阜城へ歸陣

その六年前 永祿十二年
伴天連 ルイス・フロイス 岐阜城へ

【彼(信長)は同所(岐阜城天守閣)から
美濃國と尾張國の多くを私に見せた

ずべて平野で 同所から見渡すことができた
この縁に面した屋内には豪華な坐敷があり
部屋全體をいくつかの黄金の屏風で飾り
その周圍には二千本の矢が取り卷いてゐた】

【それから三時間
彼はインドには このやうな城がある山はあるか
日月星坐の運行のこと
寒い土地 暑い土地の性質
國の習俗に就いて尋ね 大いに喜び滿足した】
フロイス 同僚に書翰で傳へる

同じ年 公卿・山科言繼{ことつぐ} 岐阜城へ
【夕食があり 信長も陪席された
次に上ノ權現その他 城の中 いろいろ連れ添つて見てまはられた
險しい難所の風景は言葉にすることもできない】
日記に綴る

長良川を見下ろすやうにそびえる標高329m金華山
その頂に立つ岐阜城
金華山の西ろ麓に「山麓居館」
「上ノ權現」とは金華山に祭つた權現社

「權現」とは 
神佛習合思想の一つ
神道の八百萬の神々は
實は樣々な姿をとつて 權{かり}に現れる  

フロイス
【かつて わたしが ポルトガルからインド 日本へと
至るまで見た宮殿や家屋の中で
爽快 精緻 清潔の點で
これに竝ぶものは一つもなかつた】

【己が他の者を超越することを望むがゆゑに
己の偉大さを示し 美濃の人々に地上の天國と
呼べるものを造ることに決したのであり
相當な金錢を投じたのである】

美濃の人々だけでなく
光秀 秀吉にも 
地上の天國と思はせたかつたのだらう

岐阜城にまづ自分の神を据ゑ
次に安土城で 自身の神格化を計つた
歴史學者 云ふ

ともかくも
「人は城 人は石垣 人は堀」
武田信玄とは異質だつた
他の戰國武將とは異質だつた
2021/05/06(木) 晴れ


武道通信かわら版 配信


きょう 子供の日

少子高齢化 加速
高齢者 子等を食わせよう
蛾死せざるを得ない高齢者
自刃しよう
高齢者 黙って処そう

敗戦直後 日ノ本の人々
反省なんぞしていない
黙って処した
2021/05/05(水) 晴れ


信長 戰國合戰ルール 禁ず


春ドラマとやら
二番煎じ 多し
信長 嫌ひなもの 二番煎じ

それは ともかく 
両軍 にらみ合つた
有海原{あるみはら}戰鬪 開始
信長 家康陣取つた高松山へ
敵陣全容 見屆ける

信長 事前に
戰國合戰ルール 禁じた
騎馬武者 徒歩武者 合同で
陣地から出ること 禁じた

まづ先陣
戰國合戰ルールに從ひ
國侍(地元)の徳川勢
陣地に作つた柵から出撃
上級武士も徒歩で前進

武田勢 通常の戰國合戰ルールに乘つ取つて
一番手山縣昌景{まさかげ}軍
徳川勢へ
押し(攻め)太鼓を打つて出撃する
徳川鐵砲隊 火蓋切る
山縣 腹部貫通 落馬 馬の脇で討ち死
首を奪はれること恐れた家臣 首級 持ち去る

徳川軍の正面ではじまつた戰鬪
全線へ廣がる
戰線北側 瀧川・秀吉・丹羽ら織田軍主力布陣
その前面に
信長 鐵砲隊千名を選拔
佐々木成政 前田利家ら重臣に指揮を取らせた部隊
信長の命令どほり柵の内側から火蓋切る

武田勢 柵を突破しよと突撃 繰り返す
二番手 武田信簾{のぶかど} 半數が撃たれ退却
三番手 小幡一黨  赤色の具足揃へて騎馬攻撃
信長勢 鐵砲隊を揃へ 小幡一黨も半數が撃たれ退却
四番手 武田信豐  黒い具足揃へ 入れ替はり攻める
信長勢 鐵砲隊を補強 
信豐勢 退却
五番手 馬場信春 これまた柵から鐵砲隊
大多數が討たれ退却

五月二十一日 
午前八時ごろからはじまつた
有海原戰鬪
午後二時 
勝頼 本陣へ逃げ歸る
信長 追撃命令

首狩り合戰 はじまりはじまり
討ち取つた首
兜首(兜をつけた大將分の首)だけでも
二十首級
ほか主な武士 雜兵 一萬
川に突き落とされ溺死した兵
山に逃げ延び餓死した兵
數限りない

五月二十一日 
信長 岐阜城へ歸陣
家康 
勝ち戰さの勢ひのまま 駿河へ侵攻
諸方を燒き拂ひ 歸陣

信長 三河・遠江 家康に
家康 宿願果たし 大滿足
信長 天下人へ 歩み早める
と歴史書は云ふ
オシマイ

信長にとつて
「天下人」とはなんであつたか
信長にとつて
「天」とはなんであつたか
2021/05/04(火) 晴れ


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