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武道通信かわら版 配信


朝 七時 配信
毎号 この時間である

もう 読んだ早おき 御仁 多かろう
「朝起きは三文の徳」

朝起きして得をした
<三文の得>ではない
<三文の徳>である

<三文>→極めて価の低い との意味
「三文の値打ちもない」「二束三文」

「朝起きは 極めて価の低い徳」
となる
そんなこと ないだらう

傘貼り浪人
オリジナル解釈 
「朝起きは 誰に褒められる徳ではないが
自省する徳」

歳食ふと
自省する時間 増える
2022/07/20(水) 晴れ


六月 美濃に雪が降る


欧州 熱波
英國 →「猛暑警報」初めて発令 「国家非常事態」警報を発動
スペイン→山火事が発生
ポルトガル→町半分が火に包まれる 老夫婦の遺体「黒焦げの車」の中
ベルギーとドイツ→今後数日のうちに熱波が襲つてくると予想
フランス→いくつかの地域 最高度の赤色警報 発令
イタリア→今後数日以内に40度以上の気温が予想

凡そ千年前
寛喜{かんぎ}二年(1230)
六月の美濃 ♪雪がふ〜る 干ばつが来る

寛喜の大飢饉 
プロローグであつた
泰時 危機管理 早かつた
泰時 スワ 動いた
食料不足に備え
「贅沢禁止令」を発する

藤原定家 『明月記』
「鎌倉幕府 食糧不足に備え 毎日の食べ物を節約するよう令を出す」
泰時
幕府の蔵にある米 放出
米・金銭 貸し渋り 禁止
出挙{すいこ}の税 半額に
(*出挙? 検索なされ)

泰時
そんなことは 小手先でしかない
百も承知
干ばつによる飢餓
天災 あとに来るものは
人災
人の人 家と家の諍い

諍いを少なくし
手早く裁かねばならぬ

どうする泰時
2022/07/19(火) 降ったりやんだり


地震の季節


海の日
七里ヶ浜海岸 由比ガ浜
海水浴 にぎわつてをらう

江の島の聖天島 関東大地震で隆起
江の島と陸続きになる

室町時代の末 明応地震 
大仏さん
海岸から300m 陸に上がった

大化の改新以降 1375年の歴史で
地震に関わる改元は28回
その内 鎌倉時代だけで
11回
半分近くが鎌倉時代
鎌倉時代
『太陽の季節』ならぬ
<地震の季節>だつた

地震の他に
疱瘡11で回
干ばつで5回
風災で4回
水災&飢饉&火災 それぞれ3回
鎌倉時代
50回の改元

鎌倉時代 
危機管理が求められた時代
<危機管理の季節>だつた

正嘉の飢饉 つづき寛喜の大飢饉
泰時 そんなとき執権のスターを切つた

どうする泰時
2022/07/18(月) 晴れ


どうする泰時{やすとき}


「鎌倉殿の13人」
頼朝 命尽き 折り返し点
主人公 北條義時が命尽きたとろこでオワリ

承久の乱 鎮圧の主人公 泰時 
六波羅探題から鎌倉に戻つたには
義時が命尽きた十四日後

泰時 出自不明の側室の子
嫡男と云へどもスンナリとはいかぬ
義時の側室 伊賀の方 自身の子を執権へと動く
有力御家人三浦義村を取り込む
伊賀の方 藤原秀郷流の関東の豪族・伊賀朝光の娘

そのとき 政子 動く
大江広元に泰時後継を説き 賛意を得る
三浦義村邸へ密かに
泰時こそ坂東の棟梁と説き 脅す
義村 怖くて合意

なぜ 政子 そこまで泰時を推したのか
頼朝 幼少時の泰時の思慮深い性格を見込んでゐた
執権就任二ヵ月後
政子 義時の子らの所領の配分 
泰時に問うた
一覧表を見て政子 
泰時の取り分が少ないと怪訝に問ひかける
「執権を承つた身として所領などの事は
どうして強いて願い望むことがあらうか
ただ舎弟らに与へようと思ふ」
政子 感涙にむせぶ

翌年 政子 後ろ盾大江広元 
相次いで 命尽きる
どうする泰時
2022/07/17(日) 晴れ


改元


あの藤原定家
オーロラ(赤気{せっき})を見てゐる
日記にある
明月記{めいげつき}
建仁四年一月十九日付け(1204)
日ノ本の磁気緯度 いまより高かつたためだ
磁気緯度? 検索してくれ

治承四年(1180年)の干ばつ
東日本と西日本 農業生産 まつたく逆に
これが治承・寿永の乱
頼朝が勝てた背景

この年 定家 十八歳
翌年 はじめての作品『初学百首』を詠んでゐる

治承・寿永の乱 干ばつには 若氣の至り 無関心
その五十年後
寛喜{かんき}の飢餓には無関心でゐられなくなる
冷夏 冷害で稲は枯れ 
四国にある荘園から収穫がないとの報告
家来に庭を耕させ 麦を蒔かせる
「嗤うなかれ 貧しい老人は他にどのような策があるのか」
『明月記』にある

京の都 治安 乱れに乱れた
強盗 多発
武士も追剝に 裸で家に逃げ帰る
「京中の道  更に止まらず 北西の小路 連日強盗増加」
『明月記』にある

大雨が降ると鴨川の岸辺 隙間無く死体 浮かぶ

平安時代 三七八年間
改元 八十七回
凡そ 四年半に一度
改元 凶事をリセットしたいとの願望
願望 四年半に一度

明治維新
「一世一元」制 天皇一代で一つの元号
敗戰しても昭和
戦前 リセットしてない
敗戦後少年 戦前引きずる

談余:
京の都 治安 乱れに乱れた
そんな最中
後堀河天皇 定家に『新勅撰和歌集』の編纂 命じる
定家の心中 やる気なかつたから
後堀河院 死後 草案を焼却 して止〜めた
近衛家と並ぶ五摂家の双璧 九條家が纂事業 引継ぎ
承久の乱後
処罰を受けた後鳥羽院・土御門院・順徳院の歌を外し
北条泰時ら幕府関係者の歌 入れる

そんな泰時 異常氣象にどう立ちむかつたか
2022/07/16(土) 降ったりやんだり


ひまわり


立川段丘
国分寺崖線下 小道
拙宅から三分

散歩コース
往路 復路
スタートライン&ゴール
 
往路 右手 丹沢連峰 
多摩丘陵
その上に富士が見える日も

復路 右手
急斜面に建つ家
地面は車庫
玄関までの長い石段

色鮮やかな黄色 目の飛び込む
ひまわり
急斜面の家の前 空地
五月下旬だつたか

七月になり
園芸店 ひまわり
一輪挿し用 一本 二五〇円
整つた 品のよさそうな風情

空地のひまわり
図太く 物怖じしない
野生のひまわり 
と云った感

野生のひまわり
一輪 切り取り
一輪挿し

花びらの色 オレンジ色
花びら 十八枚 長さ4cm  
真ん中 濃茶の円の部分 直径2cm

<ひまわりの種類>
検索
みな どこか 違う
似たもの 見当たらない

四月・五月 種まき
八月・九月 開花
五月に咲くのは
異常氣象の因か

古文書に載つた
桜の満開日の違ひを
比較することで
奈良/平安/鎌倉の世の
三月の平均気温を推定できる
のではないか――
そんな研究手法が生まれた

源氏が平家に勝てたのも
西日本 干ばつによる凶作での食料不足だつた
とわかる

談余:
ヘンリー・マンシーニの
あの「ひまわり」
ロケ地 ウクライナ南部ヘルソン州
地平線までひろがる
「群青」ならぬ“群黄”
群黄の下に死体が埋まつてゐるか
2022/07/15(金) 降ったりやんだり


平安時代の異常氣象


「異常氣象」
耳に胼胝{たこ}ができるほど
聞かされる昨今

「異常氣象」
気象庁 曰く
<過去三十年の氣候に対して著しい偏りを示した天候>

平安の世 長きにわたる四〇〇年
気象庁なかつたが
<過去三十年の氣候に対して著しい偏りを示した天候>
十三回 あつたことになる

平安初期の國史
『日本後紀』『続日本後紀』『日本文徳天皇実録』
平安遷都直前の西暦 792年から887年
平安時代 最初の全國規模の飢餓
799年三月 甲斐 下総 武蔵 土佐で飢餓 発生
四月 淡路 讃岐で飢餓発

前年の全国的長雨による洪水
稲の苗が腐る
で 冬を過ぎて食料が尽きた

大同年間 806〜810年
日照りと水害 相次ぎ米価高騰

弘仁年間 810〜824年
日照りつづく
全国規模の飢餓
疫病も追ひ打ちをかけた
(このときは天然痘に非ず)

9世紀における干ばつのピーク
天長・承和年間 830年代

税の軽減 食料給付
焼石の水

820年
遠江 駿河に移住していた新羅人七百人 反乱
日ノ本人を殺し 家を焼いた
伊豆の倉庫を奪ひ 船で逃走

飢ゑた民 
王臣家 有力貴族の荘園へ流れ込んだ
律令制の骨幹「公地公民」 崩れる
律令制 崩れる

平安時代の異常氣象
<過去十年の氣候に対して著しい偏りを示した天候>
2022/07/14(木) 曇り


徳川幕府 崩壊


二十年前
ネット選挙用 ビデオつくつた
自由連合 
候補者の子ら 若い衆 つくろうと
「杉山ひでお」 手を挙げた

自民党 ネット選挙 けしからん
で 自由連合 追従

で 武道通信HP
ネット選挙用
「草莽杉山・奮戦日記」
立ち上げる
生みの親 
ネット選挙戦禁止令

2022参議院選 
比例の個人名票
ネット中心の選挙戦やつた
漫画家 ユーチューバーら
どぶ板/組織票 候補
蹴つ飛ばす

二十年
世の中 
変われば 変わるものだ

島原の乱から
二十年
幕府
鉄砲鍛冶
徳川御三家ら
監視できる地域に
譜代 外様大名 
大砲製造 禁止

徳川家
従来の鉄砲づくり独占
その結果
技術開発 放棄した

オランダ船長
八代・吉宗に
燧発式{すいはつしき}
燧石式{すいせきしき}
とも云はれる
八挺のフリントロック式銃
プレゼント
使われることなく
試作もされなかつた

一四七年後
徳川幕府 
新式大砲と銃に
やられ 崩壊
2022/07/13(水) 晴れたり曇ったり


島原の乱


大坂の陣
戦ひすんで
一年過ぎて
家康 命尽きる

徳川幕府
大砲輸入 つづける
家康 遺言か
英国から五門
オランダから十二門

家康 命尽きてから二十年
島原キリシタン 一揆
島原の乱
幕府 鎮圧の総大将 
板倉重昌{しげまさ}

一揆勢 鉄砲名手
駒木根友房{こまぎねともふさ}
通称:三会村金作
放つた銃弾
眉間に受け 命尽きる

眉唾モンだ
火縄銃
低伸{ていしん}弾道距離
狙った距離に真つ直ぐ飛ぶ距離
弾が下方に落ちていく前の距離
当時の出来の良い火縄銃でも
30m

板倉重昌
敵前 30m前にいたか?
いるわけない
板倉 銃でなく 砲弾でやられた

駒木根 
出身 種子島
島津家に仕え 銃に馴染む
その後
キリシタン大名小西行長 家臣
関ヶ原の合戦 小西軍 敗れる
小西行長の仇討ち
ハナシ 出来すぎてゐる

キリシタン大名小西 有馬の家臣団
大砲 一つや二つ もつてゐたろう

幕府 
一揆軍籠る原城 
迫撃砲での攻撃を検討
しかし地形が向ひていない
オランダの艦砲射撃に頼むしかなかつた

島原の乱の後始末 片付くと
幕府 
大名たち 外国からの武器調達 恐れた
世に云ふ鎖国令

談余:
島津家
幕府が 英国 オランダから大砲買つているとき
遅れとるまいと
ポルトガルから
ブロンズ製の大砲 一門 買つた

昭和十八年 「金属類回収令」
武器生産 必要な金属資源 回収
寺の鐘から佛像

島津家
ブロンズ製の大砲 埋めて隠した
いまだ現存
2022/07/12(火) 晴れ


祭りは おわつた


戰ひすんで
朝がきて

選挙ポスター
当選者 落選者
陰日向なく
朝日 当たる

選挙ポスター版 
取り壊し業者 来るまで
当選者 落選者
陰日向なく
朝日 当たる

二十年前
郷里に貼られた選挙ポスター
「杉山ひでお」

一年後か 二年後か
記憶あいまい
実家からほど遠い 浜道 
車で乗つててゐたら
誰が貼つたか 知らないけれど
「杉山ひでお」
鉄柵に 貼つてあつた
ポツンと 
ほつたらかしにされてゐた
祭りは おわつた

遠い遠い 
祭りの残り火か
2022/07/11(月) 晴れ


どうした家康


関ヶ原戦ひ
開戦から
深夜 待たず
六時間後には
大勢判明

家康
関ヶ原戦ひ 勝利
三年後 征夷大将軍
家康
集められる限りの大砲 集めだした
難攻不落 大阪城 攻めである

家康
関ヶ原戦い 後
豊臣方についた長宗我部{ちょうそかべ}から
九門の大砲 強制的に召し出させた
またオランダに十門 注文

家康
長宗我部 土佐の鉄砲鍛冶に
重さ60k 砲 つくらせた
重さ788g 幅54.5mの弾
発射できる

家康
長浜 国友鉄砲鍛冶に
弾 重さ1.125s
2.5Km 飛ばせる砲 つくらせる
大砲である
その内の三砲 群を抜いてゐた

大坂の陣(冬)
徳川軍 
牧野清兵衛{せいべえ}ら砲術家
大阪城 秀頼と淀君の居所めがけ
ドカーン!

淀君 怖ぢ気ついて 休戦

どうした家康
三の丸 壊し
二の丸 堀 埋め立て

大坂の陣(夏)
徳川軍
二の丸から大砲 ドカーン!

豊臣軍
大砲に負けた
2022/07/10(日) 晴れ


大砲


こんな敗戦後少年
まだ元気で ウジャウジャやひるから
USA
日ノ本 核 持たせない

天下とつた 家康
他大名に
大砲 持たせなかつた

Meido in 日ノ本
初めての大砲
國友村(滋賀県長浜市国友町)の鍛冶職人
長さ3m 74gの弾 発射できる砲 二挺 
織田信長から命じられる
10kぐらゐは飛んだであらふか

鍛冶職人 まづ 
大砲の中心となる円筒部を鉄板でつくる
鉄板を丸める 筒のかたちにする
もう一枚の鉄板 細長い巻板をつくる
巻板を筒に巻きつける
出来上がつた砲身 溶かす
筒先を細くした砲身のかたちにする

大砲の出現で
手直しされるものがでてきた
築城
大砲からの砲撃から護らねばならぬ
巨石の石垣

信長
足利義昭 最後の住まひとなつた
二条城 築く
壁はすべて石垣
高さ7〜8m 幅7〜9m
石構えの大きな三つの門も
大きな外堀 内堀もつくる

伴天連プロイス 母國へ報告
<信長
必要な石が足りなかつたので
仏像を倒し 首に縄つけて
現場に引っ張りこさせた>
嘘だろう
プロイス
信長 仏教嫌い
伴天連に“転ぶ”と母国へ云ひたかつた

大砲からハナシ ずれた

難攻不落 大阪城
どうする家康
2022/07/09(土) 晴れ


安部晋三


八歳 年下の元総理
生家 東京大空襲
B29に灰にされたか
東京で焼け跡 みたであらうか
紙芝居屋の 紙芝居 みたであらうか
プロ野球選手 夢 みたであらうか


朝日新聞 安部嫌い
「美しい国 日本」

「美しい国へ」が 
日本を滅ぼさせた
日ノ本
美しくあつてはならない
朝日新聞の編集主幹

敗戦後少年
「PLAN75」
美しい國でなくてもいい
戦術→どこを戦場にするか
戦略→誰と戦ふか
兵站→確保できてゐるか

75歳になつたら
もういちど やろう
勝つ戦争を

敗戦後
76歳
死んじやいられない
2022/07/08(金) 晴れ


当世具足{とうせいぐそく}


USA 
「妊娠中絶」 Yes No 二極化
独立記念日パレード
高性能ライフルで銃乱射
どうするUSA

来年度 大河ドラマ
『どうする家康』
長篠ノ合戰
脚本家 古沢良太 「どうする」
家康 
信長に 
まんまと利用されたこと書くか

長篠ノ合戰
家康 どんな鎧兜だつたか
銃弾を想定しての鎧兜だつたか

家康
関ヶ原の戦いに着用した
南蛮胴具足{なんばんどうぐそく}
東照宮宝物館に鎮座する


火縄銃 出現
さて どうした
鉄砲玉 貫通しない甲冑
武者 足軽 混ざつての集合戦 
俊敏に動かなねばならぬ
火縄銃の玉 どこへ当たるかわからぬ
鎧造り職人
さて どうした

これまでの
小札を縫い合わせた胴ではなく
一枚の 革や鉄で できた板札

兜/胴丸(または腹巻)/袖
三点セットに加えて
頬当て/咽喉輪{のどわ}/篭手{こて}に
大腿部から膝を護る佩盾{はいだて}
火縄銃の玉に対応できる強度な甲冑

近距離での 集団での
戦闘が主流となる
武将と云えども
馬上だけでなく地上でも戦うことができなない
「井伊の赤備え」などに代表されるように
これまで以上にチーム戦法を重視
敵味方の区別だけでなく
チームが団結するための甲冑

当世の人
当世具足と 呼んだ

当世 「命は大事」
戦ふための 命は大事

令和の当世
戦ふな 命が大事

この種
自然淘汰で
絶滅人種となる
2022/07/07(木) 晴れ


火縄銃 個人主義であつた


固定電話
契約 切らない
携帯電話 
通信障害になつたら 
仮に思い描くからだ

通説「長篠ノ合戰」
思い描いてみよう

横一列の射撃
空想的物語
では 一斉射撃
可能であつたか

ナポレオン戦争の鉄砲隊
映画で観たことがあらう
軍鼓{ぐんこ}に合はせ
密集し 横並びで機械的な歩調に行進

兵は戦闘奴隷に近い 寄せ集めの傭兵
逃げ出す奴らいて
部隊が総崩れしないための行進

火打ち石と 火打ち金の出す火花によって点火する銃
フリントロック銃
一斉射撃ができた

同じく敵の傭兵を驚かせるため 
同士討ちを防ぐため 
当たるか 当たらないかは どうでもいい

火縄銃
玉を込めてから
照準を合はせる
4秒ほど
それより短くても 長くても ダメだ

短いと動いているものに 
照準をつけるの難しい
長いと筋肉の痙攣が発生して
照準継続が不可能
一旦 体勢をとかねばならぬ

一方的に号令をかけられ
無理して撃てば
ほとんどが無駄 撃ちになる

鉄砲隊
各自 狙いを定めて撃つ
成果 自己申告
あとで頭が見届け 軍功とされる
ゆえに命張って 撃つ
名手は敵方に狙わる
ドラマで
西欧の鉄砲隊と混同されるが
実際 火縄銃
個人主義 個人尊重
2022/07/06(水) 晴れたり曇ったり


武道通信かわら版 配信


新「PLAN75」
75歳になったら
全財産 寺に寄付して
出家する
そんな映画 つくったらいかがであらう
仏門衆
2022/07/05(火) 晴れ


火縄銃


『隠し砦の三悪人』
城の石段
鉄砲隊 
肩が触れ合ふ間合で
横並び六人
一斉 射撃

世に云う「長篠ノ合戰」
の“後遺症”

いまどきの銃ではありませんぞ
火縄銃でありますぞ

火皿{ひざら}に
少々の黒色火薬 詰め込む
そこに火縄の火が着火
鉄砲内に玉とともに詰め込まれた火薬が爆発
玉が飛び出す

火皿からは
火花と爆風
撃つ者の右手に広がる
周囲に強烈な風圧が発生
サーモカメラによる観察
肉眼より広範囲に高温化現象

生火の飛散による事故だけでない
摂氏180℃前後で発火する
横に並んだ射手の銃の黒色火薬への引火の危険性

すくなくとも前後3mのスペースが必要
長篠ノ合戰場 有海原{あるみはら}の地形からも
鉄砲布陣地 
前後3mのスペースとれたか 
疑問

火縄銃の発砲音 轟音 
至近距離なら耳栓 必需品
耳栓していたら
ドラマ・映画の
「撃て!」の号令 聞こえない

横一列の射撃
空想的物語

談余:
雨が降りそうなときの出陣
鉄砲隊
蓑を着て
火皿付近に筒になつた
箱「雨覆ひ」をかぶせる
点火装置を乾燥させておくためだ

※この稿 書きはじめた
明け六時半 雨 降り出す
きのふのパラパラと違ひ
久しぶりに雨音 聞く
よい お湿りになりさうだ
2022/07/04(月) 曇り


一番鑓


敵味方 槍部隊同士の合戰
8mもある長い槍の味方が有利だ
敵方の槍部隊が乱れる
その一瞬
大鎧をまとつた騎馬武者が
3mの鑓を振り回し
槍部隊を突破
本隊へ
「一番鑓なり!」
雄たけびをあげる

武者たち
敵陣に一番乗りし 槍を突き入れる
一番鑓を競つた
功名のハイライトシーン

武士は自分の持つ槍 
「槍」とは書かない
「鑓」と書いた
足軽の槍とは違うぞ! 
差別化を図つた

群雄割拠
戦国の世
騎馬武者
鑓を手にしてゐた

『二天記』
宮本武蔵と宝蔵院流槍との対決
武蔵 宝蔵院胤栄の弟子との試合 作り話であらう
武蔵の弟子 武蔵没一〇〇年後に著はした

宝蔵院流槍 十文字
十字の外観から名がついた
敵の武器をさえぎり 脇腹にも斬りつけられる
合戰ではあまり使われなかつた
見栄えがよいせいか 江戸の世でにもつぱら十文字

何もついてない槍 素槍
穂先に鎌のようなものがついたのが 鎌槍

ほかに鉤槍(鍵槍)
手元寄りに
敵の槍を引っ掛け 捌く鍵
一、二本 ついてゐる
資料によると
大阪夏の陣 80−90% 鉤槍
鎌槍より効果バツグン


『隠し砦の三悪人』(1958)
真壁六郎太(三船敏郎)
敵側の田所兵衛(藤田進)
素槍の決闘
殺陣師 香取神道流師範杉野嘉男

当時の武士と武士
一対一 鑓同士の實戰 
かくあろうと唸らせた

劍の達人 槍の達人
一対一 
劍 槍には勝てぬ
2022/07/03(日) 薄曇り


応仁の乱


絵巻などから
南北朝の戦{いくさ}の足軽

戦場で盗んだか 拾つたかの兜
簡素な胴丸
脇差
背丈より頭一つ長い槍

戦國の世
槍組足軽
統一された陣笠
札板を鋲留{びょうどめ}で横向きにつなぎ合わせた
横矧{よこびょう}胴
脛当
脇差
3mはある槍

撃劍試合でわかつたこと
死ぬ氣にならねば 踏み込めない
劍と劍の殺し合い
間合は50センチ
体と体のぶつかり合ひ

鎌倉武士
御恩と奉公
自分が命を捨てることで
自分の家族は土地を安堵 または与へられる
功利の計算

足軽はさうはいかない
命は惜しいし
死んでも一銭の得にもならない
功利の計算
敵地から略奪品

応仁の乱
京だけでなく 各地に広がり
長引いたはけは これだ
2022/07/02(土) 晴れ


自分の命は自分で守る


二十年前 参議院議員選挙
猛暑だつた
≪晴れる日が続いたため 気温も高くなりました
日平均気温の月平均は25.9℃ 日最高気温の月平均は30.6℃と
いずれもこれまでで最も高くなりました≫

落選100% 泡沫候補の一人だつたが
先が見えてゐた 唯一の候補者だつた
【自分の命は自分で守る 自分の國は自分で守る】


選挙権など無縁な
足軽く よく走る兵→足軽
自分の命 大将の騎馬武者に守ってもらうの や〜めた!
【自分の命は自分で守る】と
足軽たち 思い思いの手作りの槍を手にした

槍を持つた足軽たちを
てんでんばらばらに行動させるのでなく
一同に集め 部隊をつくつたらおもしろい

おもしろいこと考えた武将がゐた
播磨守護 赤松則村{のりむら}

則村 元寇の役の頃 生まれた
少年になり
『蒙古襲来絵詞』のホラ話
大人たちから散々 聞かせられたであらう
青年になり元服したころには
『蒙古襲来絵詞』の嘘にも気付いただろ
当主となつたころ
蒙古軍は集団戦術だと気づいた
騎馬武者による個人戦
一族郎党による小集団ごとの戦いではない

則村
足軽の槍を見て考えた
金がかからぬ 量産できる
操作 熟練する必要ない

南朝についた赤松則村
六波羅探題攻め
赤松軍 わずか三千で
幕府軍 騎馬武者を中心とする約二万を敗走させる

赤松軍 幕府軍を動きにくい場所へと誘い出し
道で待ち構え 弓兵が集中攻撃
騎馬武者の足が止まる
左右の草むらから
槍を手にした足軽 
地上から
騎馬武者を 叩く 突く 刺す
騎馬の幕府軍はたまらず敗走

主役交代へ
足軽槍組の集団戦術
魁だつた

正宗
先が見えてゐた
ゆえに
「劍は武士の魂」
にしたかつた
2022/07/01(金) 晴れ


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Colorful Diary Falcon World