■アフガンに「居着つく」
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【「アフガンのサムライ」聞書 思無邪{しむじゃ} 第二話 なぜイラクに行くのか。日本人に警鐘を鳴らすのは日本人でしかない 田中光四郎】
タイトル 「思無邪」の意味を論語から解説 無心 居着いてはいけない 心を放ちなさいとのこと
【今朝も稽古した 尻の穴を閉めると力は出るが腰が居着いて回らなくなる ゆるめると何でもなく回る 尻の穴ひとつでも極意に通じる 手首一つにしても曲がる方に曲げてやればいいものを曲がらない方へ無理して倒そうとするから相手の反撃を誘う 無理してやるのは良くない 私はずっと無理してやってきたが 近年は肩も腰の力も抜けてきて気張ることがなくなった が そうはいっても昨年 アフガニスタンでは気張った 精一杯気張った
無い金をかき集めて人の行かないところへ行った 私しか出来ないと思ったから気ばかり張った しかし周囲にいる人には迷惑をかけた さる人に怒られた 「田中 お前は自分の言いたいことをいい したいことをして気持ちはいいだろうな」と 「お前に頼まれた俺はどうなるんだ 何としても金をつくらなければならないんじゃないか 俺は田中のためにやっているが アフガンのためにやっているんじゃないぞ」 それを考えたことがあるかといわれたとき 痛恨の至りであった 出来ないことをやるというのはどこかに無理が出る だから(柳生)宗矩がいうように居着いたはいかん 協力いただいた方々にはそれぞれいろんな思いがある それが居着いてしまったから見えなかった まだ朝稽古ができる身体を親から貰っている 感謝しなければならない 気持ちがこり固まらず ものが見えるようにもっともっと叩かねばならない それに余裕をもっていなければならない 若い者が何かしたいとき 今度は私が彼等を助けてやれるようにならなければ 今度 若い者が四、五人 アフガニスタン大統領の警備要員の指導に行く カルザイ(大統領)の暗殺未遂で いま側近で固められているが それ以前に彼らの旅費がない それを何とかして行かせることが私の仕事だ
アフガンに「居着つく」話 次回は「アメリカの嘘」
2026/05/21(木)  |
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