■坂井三郎 逝く
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【坂井三郎二年忌 追憶 坂井分隊長の声がする 坂井三郎中尉に帽振れ帽振れ! 中山志郎(元海軍航空隊戦搭乗員 昭和19年甲種予科練)】
坂井教官の下 一ヵ月半 離着陸から編成隊飛行までの教程を指導受ける ある時は横滑りの緊急着陸 また編隊では戦隊宙返りを 昭和19年6月24日 坂井機一機で敵グラマン6F15機と交戦 4機撃墜の後 生還されたこと聞き驚愕
中山氏の戦後の邂逅 昭和40年夏 坂井分隊長が両国の香文社という印刷所を経営していると知る 再会する 身内の弟のように可愛がってもらう 平成9年 負傷された右眼と左眼の白内障の手術 退院された日 空を見上げ 「日本の空はこんなに蒼かったのか」 その言葉と笑顔が未だ脳裏から消えない
平成12年9月22日 日米海軍航空隊厚木基地司令官の交替式パティーの席で倒れる 午後11時40分 綾瀬市立病院で急性心不全のためなくなられたと 奥様からの悲報
そのお顔は慈母観音の像のごとく かるく目と閉じてよく眠っているよう 「分隊長 総員起こし五分前です」 と耳元でささやけば 「オーッ」と返事して起きてこられるようであった
−−−−−−★−−−−−− 十三ノ巻 【現代のサムライ 杉山頴男 訃報、密葬儀、お別れ会と過ぎゆく日々、我が心の坂井三郎を追想す】 十三ノ巻 品切れ 編集用在庫版もない 電子本もサーバーから見つからない こんなこと書いたと 断片的記憶
身内と戦友だけの葬儀に 前田日明 招かれたが 仕事で渡米 拙者に 変りに出てくれと
元零戦搭乗員も何十名か参列 棺を囲んで「ラバウル海軍航空隊」 唱和 ♪ 銀翼 連ねて 南の前戦〜 ゆるがぬ護りの海鷲達が 肉弾砕く 敵の主力 栄えある我等 ラバウル航空隊
談余: 「ラバウル海軍航空隊」 歌われるだろうと ネットで検索 それが小川寛大さんとの出会いであった
2026/04/03(金)  |
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