■坂井三郎 追憶
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【坂井三郎二年忌 追憶 英霊の伝達者、坂井三郎 ここに掲載した稿は戦前、二ヵ月前と一ヵ月前の 坂井三郎の「声」である。インターネット上に掲載した 最後の声を誌上にてお伝えする。】
《坂井三郎さんに会いたくなった 武道(杉山) この国が内側から崩れていく音を聴いて久しい。ここにきて、それが耳鳴りと昼夜、鳴り止まない。いっときでもいいから、この耳鳴りから逃れたくなったとき、坂井三郎さんの顔が浮かんだ。 坂井さんのお宅の応接間に神棚がある。坂井さんの戦友たち英霊が祭られている。 それだけではない。敵として戦ったパイロットも祭ってある。
「戦争と戦闘は違う。戦争はその国の経済、国民の戦闘遂行能力の高さの総合戦。 一方、戦闘は軍人と軍人の戦い。互いの国が外交の最後の手段として戦争を選択したことで、私たち軍人同士は戦闘部分を引き受けたのだ。日本人は戦争と戦闘を混同している」
坂井さんの持論が、この神棚に現われている。坂井さんの話の中で、「英霊の伝達者」という言葉がふと浮かんだ。坂井さんに今、語っておいていただきたいことが山のようにある。それを武通に残しておこうと、掲載をお願いした次第である。》
少年の凶悪犯罪は なぜ生まれるのか 坂井さん 語りはじめる (今巻 二年前 平成十二年七月 聞書>からである)
−−−−−−★−−−−−− いまも 少年(青年)たちの凶悪犯罪 ニュースを賑わす いまも坂井さんの言葉で耳底から離れない言葉がある 「戦友たちは大東亜戦争を戦った 大東亜戦争など知らない 大東亜戦争などと云ったら 彼らを弔うことはできない」
2026/03/28(土)  |
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