■自分自身に気付く
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<其ノ四> 【生命を懸ける場 かつて武術家達は生涯という場と、この一戦の場という 二重の場で「生命を懸けて」いた。現代の格闘家の意気込みの 「生命を懸けて」とは非成るものである。 日野 晃】
日本の伝統「武道(武芸・武術)とは 「武」を通して人間感性の体験の科学であり 現代においては そこから導き出された 先人の知恵としての「言葉」を追体験していくこに他ならない。 伝統武術の持つ「場」は「見えない敵 見知らぬ武器を想定したもの」であり 技術はその「場」での「敵との相互関係技術」である 武道とは「その場での変化に即応できる」人間形成だといえる つまり用意周到にも拘らない(変化に即対応するために)人間が達人だったということ
教育の目的とは何か? を問うた時 それは「変化に即応できる人間形成」 つまり社会対応能力 それは生命体としての生命維持 種の保存 ここでいう日本伝統武道こそ教育をする為の適したものはない
ここにヒントになる話しがある 幕末の剣客白井亨{とおる} 天真一刀流二代目 気づいた 古流として現存する流派 その流派固有の「武道」が“ある”のでなく あくまでも個人が主体的に到達するか否か その一点に個人が問題意識として絞り込めた時 あるいは気づいたときからしか 本当の意味での 現代における伝統武道だと呼ぶことはできない 「自分自身に気付く」ことこそ伝統 現代に活用することができるからだ
−−−−−−★−−−−−− 武道だけではなく 華道/歌道/茶道でも 同じではないか
2026/06/23(火)  |
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