■人間の盾(ヒューマン・シールド)
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バレーボールネーションリーグ2026 男子 カナダに0−2から大逆転 今大会10連勝 ウクライナ/ポーランド/中国/スロベニア/ セルビア/アメリカ/フランス/イタリア/カナダ FIFA Wカップの溜飲を下げる
さて 本題 【対談 イラク戦争を戦った二人の日本人 田中光四郎 木村三浩 イラク戦争は 終わりの始まり――米国は必ず負ける】
◆編集部前口上 人間の盾となった田中光四郎氏と湾岸戦争以後、イラク支援活動を続け、バアス党員とも親交のあった木村三浩氏。お二人に「イラク戦争」を語っていただく。共に民族派としての旧知の仲、日本の民族主義の在り方を垣間みることができるか。
木村 → 人間の盾(ヒューマン・シールド)になった経緯をお聞きします 人間の盾になる前 バクダッドでお会いしましたが僕らが行く前から入っていましたね 田中 → 1月30日でした (イラク戦争:2003年3月20日から) 私の古くからの友人に日本空手協会の中東アラブ代表の岡本秀樹さんがいて フセイン大統領の長男ウダイさんに空手の指導をしていたことからイラクに着いてから二週間ほどはウダイさんの招待ということで滞在 木村 → それから人間の盾になったわけですね 田中 → 人間の盾は本意ではありません。私はイラクの人たちと一緒に銃をとりアメリカ軍と戦うために行ったのです。アメリカの国家テロは許せないという気持から志願兵になろうと思いましてね。でもイラン軍に入れてもらえなかった。そのわけはモスレムでもない 要はアラブ系でないということ 仏教徒でそれもアラビア語ができないからダメだと で 私はイラク軍に志願するつもりで変電所に入ったわけです ここに最初 六人いた みな兵役志願 私達をエントリートしたのは外国人が義勇兵として参加したぞという プロパカンダ用のテレビ撮影以外の何ものでもなかった 私は一ヵ月は戦えるように62キロまで絞っていた あれは汚い それでも人間の盾として残ったのです 木村 → 人間の盾の生活はどんな様子でしたか 田中 → 私が入ったところはバクダッド中心から北へ10キロほど 訳せば「北変電所」 最初 日本人は私だけ 多いいときは11人 スペイン人 ポーランド人 アルゼンチン人 韓国人など 床にベッドをひいて寝る 我々はバアス党にいつも監視されていた なぜなら我々の中にスパイがいることもありうるから 2月27日頃は 人間の盾は日本人14名を含む20ヵ国300人がいたそうです 木村 → 日々 特別しることはなかったんですか 田中 → ええ だから私は毎朝4時に起きて稽古してました 稽古がじっくりできることはありがたかった 木村 → 食事はどうでしたか 田中 → 朝はパンにチャイ(紅茶)………… 日本人の中には夜は高級ホテルに泊まり、観光気分の人もいた また取材ばかり受けている人 同じ日本人として恥ずかしかった 木村 → 当時 木村さんという牧師さんが同じ変電所にいたと 日本で報道されていましたが 田中 → ええ 木村公一さん よくわからない人でしたね(笑) 朝から晩までパソコンの前に座ってキーボードを打っていました 木村 → マスコミに情報を送っていたのかも知れませんね 純粋に人間の盾といえるかどうか という疑問は残りますね 空襲はどうでしたか 近くに落ちたでしょう 田中 → ドンドン ビコビコ バンバン 来ましたよ(笑) すぐ近くにも落ちた あの変電所はいちばんきつかったそうです ウイン ウインという空襲警報が鳴ると 変電所の敷地内に地下の防空壕があって職員と家族はそこへ逃げる でも人間の盾は逃げない 弾を貰いに行っているのだから でも中には「非難しました」と……何事か アメリカ軍は変電所をピンポイントで狙おうと思えばできたはずだが 五ヵ所の人間の盾が入ったところは一発も敷地内に落としてない そういう意味では人間の盾は役割を果たしたといえる
2026/07/17(金)  |
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