■本当に鉄砲とは何であったか
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現在ある鉄砲感 両極端 まさに股裂き状態 一つ目 「鉄砲はずべてに卓越した兵器である(あった) したがって鉄砲を使う者 天下無敵の軍 もう一つ 「卑怯足軽の技 本来 卑しむもの」 どちらも いまの世の人の感性に同居している
果たして 前者(一つ目)であったかどうかは 比較的容易に実験検証できる 筆者の感覚では 従来の飛び道具などと比較して それほどたいしたものでないとう感じが抜けない 大きな欠点を幾つも挙げることは容易である
多少効果が期待できるとすれば 相手が鉄砲初体験に近い 極めて限られた場合であって 武器というものは 技術革新がたちまちのうちに伝播するから ただけたたましいものになってしまうのは 歴史の常 それでもなおかつ 洋東西を問わず かなり急速な弓矢から鉄砲への転換
いったい本当に鉄砲とは何であったか この答えは当時の人々を墓から呼び返さない限り 完全に出すのは難しい 読者諸氏とともに出きる限り広範囲を眺めながら 鉄砲のような機械的新兵器の それを操る武術というものが 武士道精神などの高みを醸成と どうかかわっているのだろうかという いささか分相応な試みを ともに考えてみたいというのが 今回の願いである
−−−−−−★−−−−−− おお そろそろ 女子サッカー 日米決戦 2回戦がはじまる つづきは 次回で
2026/04/15(水)  |
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