■三千挺三段撃ち
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まずは 「長篠の戦い」の嘘八百 そう 後世の創作 誇張 嘘
時は天正三年(1575)五月二十一日 皐月晴の長篠平原に時ならぬ地響き黒雲が沸くような動きが起こった ぱぱん・ぱぱん(張り扇の音) *長くなるゆえ 多少 省く
「やあやあ 我こそは武田にその人有りと知られたる××××××である 織田徳川に我と思わん腕覚えあるもののふはなきか いざ勝負に及ばれよ」 対する織田徳川陣の反応は 実に意外なものであった 名乗りに対する応酬の変わりに指揮官の声高の号令が響いた 「鉄砲隊 撃て―っ!」 この瞬間日本史上空前の大音響が長篠平野に響き渡った
一列に並んだ一千挺もの火縄銃を構えた銃兵が号令一下一斉射撃 最前列にいた人馬たち もんどり打って倒れ 一瞬にして屍山血河の酸鼻 「ぐわ! 飛び道具とは何たる卑怯 おのれ織田め それでも武士か!」 一度発射すると再装填に時間がかかることぐらいは武田武士 知っていた 「なんの 足軽卑怯な技の鉄砲ごとき」 今度は竹束などの防弾具もそろえ 第二回の突進 再び「撃て―っ!」 の号令とともに千挺の鉄砲が火を噴く 「しゃっ 卑怯者どもめ それっ いまじゃっ! 押せ 押せ!」 危うく防具の陰で弾筋をかわした人馬がどっと繰り出して柵に殺到 あわてて再装填している鉄砲兵たちは あっという間もなく柵ごと押し潰された………… 筈であった しかし現実は意外な展開を見せた 「第一列下がれ! 第二列前へ 撃て―っ!」 なんと一斉射撃を終えた並列が整然と後退すると その後に装填準備を完了して控えていた第二列が前列に進出し一斉射撃 つづいて第三列が交替し その後に再び第一列が進出
当時の鉄砲の欠点 再装填に時間がかかる 発射すると大量の黒煙と火の粉が噴出 複数列に並んだ前列の射手 後列が発射すると黒煙で手元の標準が見えなく 火の粉は降りかかって火傷をする危険 各列交替方式 後に三千挺三段撃ち と呼ばれた技法 この戦いは信長の天才性の証明そのものであった
さらに刮目{かつもく}すべきは 一斉射撃は命中率のみに依存するものでなく 騎馬軍団の馬を狂奔させ能力を殺ぐことができる 世界史上 この戦法が見られたのは数十年後 三十年戦争(1618〜1648年) プロテスタントとカトリックの 最後にして最大の国際的な宗教戦争であった
放った者も知れぬ弾丸で斃すという思いは武士の心の陰となり その後長く 鉄砲は足軽雑兵の技 卑怯な道具とする心象が焼き付くことになる ぱぱん・ぱぱん(張り扇の音)
2026/04/08(水)  |
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