■余命行獏{よめいいくばく}
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明け方 23℃ 極小雨 パラパラ 昼 最高気温も 27℃ らしい 室内のクーラー ひと休みか
「武士の記憶の遺伝子」を 「武士の<意識>の遺伝子にしあ 『葉隠の妻』の書き出し部分
葉隠の妻 ――武士の<意識>の遺伝子
脳は意識を作り出さない 脳は意識のディスプレエイ 宇宙空間に広がる意識を受信する装置 身体が消滅した後 意識は宇宙に昇る 「武士道と云うは、死ぬ事と見付たり」の意識 宇宙と繋がっている それを証明するため 時空を越えて享保四年 佐賀の地に降り立った
一章 ときは八代将軍吉宗の世の享保四年(一七一九)十月十一日。ところは佐賀城下から北に三里(約十二キロ)ほどの山里、春日村大小隅{だいしょうぐま}。 山本神右衛門常朝{つねもと}が六十一歳で死去した翌日。夫婦が隠遁していた草庵の前の小い丘を野辺(火葬場)とし、常朝の亡骸の野焼きがおこなれようとしている。 窪みに割木、炭が敷かれ、座棺がおかれている。山本家菩提寺の寺男が座棺の周囲を藁と柴木で包み込む。 座棺を見つめる二人。剃髪し、黒染めの衣に包んだ化粧しない徒顔{ただがお}の老尼僧と肩までの髪を後ろに束ねだ初老の男。 寺男が火を入れる。火が藁に移る。藁から柴木に移り、幾つかの火柱が立つ。ふたりは黙して見守る。いつしか、窪みに敷いた炭や太い割木に火が移る。煙が座館を包み込む。 「 又左衛門殿、火の中に投じるのではなかったのですか。それが神右衛門の本意でありましょう」 相玄が顔だけ向け、陣基の傍{からわら顔(横顔)を見ていった。陣基が手にした風呂敷包みに目を落す。 「さ、さ(いざ)、早く火の中に投じなされ」 陣基が相玄に向き直った。 「たしかに定朝師は、必ず焼き捨ててくれと何度も申されました。ではありますが、それがし、どうも定朝師の本意とは思えないのであります。たしかに意気地なし、腰抜け、欲深い、汚いと罵られた御仁が読めば遺恨に思うにちがいござりません。ですが、定朝師は……」 相玄が陣基から顔を外し、座館を見つめながらいう。 「して、そのわけは」 「手にしておりますのは定朝師、直筆の夜陰[{やいん}の閑談{かんだん}と、それがしが聞書{ききがき}(口述筆記)した二帖{じょう}。閑談のおこしと聞書の閉じに発句を並べようといわれたのは定朝師。他人の目にふれることを承知だったのではないかと思われるのです」 炎が座館に移りはじめる。相玄が座館から目をそらさずにいう。 「どのような句ですか」 「定朝師の発句、宝永七年三月五日初会{しょかい}とありまして、浮世から何里あらうか山桜。つづいて、しら雲や只今花に尋合{たづねあい}と、それがしが付句{つけく}しました。また閉じには、手こなしの粥に極{きわ}めよ冬籠り。それがしの朝皃(朝顔)の枯葦燃る庵かな」 「なんとも思い入れの深い句。てこなし(自炊)とは。神右衛門、山深い草庵での侘しいひとり住まいしていたような。わらわがよく粥をつくり、もてなしましたな又左衛門殿」 柏玄の口辺に笑みが浮かぶ。 「神右衛門は浮世を離れた山里の山桜に自分を託し、又左衛門殿はしら雲に御役目払いのご自分を託された。そのはぐれ雲がようやく神右衛門という花にめぐり会えたというのですね」 野辺の煙が微風に乗り、木立の上を這い、白い雲が天に昇っていくかのように澄んだ青空に立ち昇っていく。 「よろしいではないですか。火の中に投じるのはやめなされ。岩場を踏み、小笹をかきわけ足掛け七年ものあいだかよい、つづった聞書帖。又左衛門殿も本又左衛門殿も本心、燃やしたくはないのでありましょう。家中の大身(上級武士)への面当てになると心支度(覚悟)しているのでありますまいか」 「恐れ入ります。定朝師が常々、申しておられました。奥は気丈者{きじょうもの}で賢きおなごだと」 柏玄が煙を目送し、口遊{くちぶさ}ぶ。 「隠山{こもりく}の泊瀬{はっせ}の山の山の際{まに いさよふ雲は妹にかもあらむ」 柿本人麻呂の歌だと陣基が気づいたとき、「ドン」と座棺の中で音がした。燃えていく亡骸が上にはねあがる音。寺男が長い棒で蓋をおさえる。座棺が燃えあがっていく。
2026/08/03(月)  |
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