■真剣勝負をもう一度
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真剣勝負は帯刀が許された武士が命をかけた勝負であるからにして 時代劇映画に夢中であった私の子供の頃は生死の狭間が漂う特権的な響きを持ち 男児の誇りとして使われた言葉だった 時代劇映画を卒業し野球に夢中になった頃 野球を頂点とするスポーツ興隆の中で「真剣勝負」は消え「スポーツマン・シップ」が取って変った。
とは言え真剣勝負は武道の中でも 生き続けていたかに見えたが 竹刀を模擬真剣とする武道の本流でも スポーツ興隆の中で全国大会の覇者に日本刀を贈る慣習も無くなり 速さを競う竹刀での叩き合いと化した 子どもに真剣を習わせる親も礼儀作法を学ばせることが目的となった 擬似真剣での命のやりとりで武徳を養うためだなどと云っていたら 競技人口は減る一方であろう。 剣道の中でこそ生き続けていくべき「真剣勝負」は死語と化し「命がけ」という慣用語に堕ちた。
この真剣勝負をもう一度 格闘技の戦いの場に立ち上がらたのが 八百長と蔑まれたプロレスの若いファンとUWFのレスラーだった K−1 PRIDのプロ総合格闘技ブームの源流はまぎきれもなくUWFである この源流の後押しをした「格闘技通信」を創刊した者として プロ総合格闘技ブームの通奏低音にスポーツ競技には無い 生死の狭間が漂う真剣勝負への渇望が広く国民に浮上したと見る 力道山時代のプロレスブームは 欧米を敵に戦った大東亜戦争の敗戦コンプレックスが潜んでいた 空手チョップは 長い歴史の中で武術を練磨し、高度な格闘技文化を生んだ この国の男たちが“鬼畜米英”に放った雪辱の一撃であった この一撃は八百長の名のもとに海底深く引き込まれていったが 新世代のプロレスファンに隔世遺伝していた プロレスに決別したプロレスラーとそのファンによって海岸へ引き寄せられ 十年後 総合格闘技によって打ち上げられた 敗戦後 追い求めた豊かさの幻想も失せ 第二の敗戦の危機が迫るとき 真剣勝負は総合格闘技ブームによって社会通念として蘇ってくるだろう。 論客対談の後を受けUWF,前田日明ファン すなわち『格闘技通信』ファンと私との鼎談をもった 席上、総合格闘技とプロレスとの垣根が見えなくなったことで 私が辿った『週刊プロレス』 から 『武道通信』への “進化”のミッシングリンク(失われた鎖の環)である『格闘技通信』から 別種のものが誕生したのではいか そんなことを語った 私が発掘したのミッシングリンクの化石には「真剣勝負」という文字が刻まれたいた この言葉に何の比喩もない 真剣と真剣で戦い どちらが死に どちらかが生き残ることである。 平成十五年 二月 吉日
2026/05/17(日)  |
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