■路上の有事
|
【空道空手――大道塾・東 孝の軌跡…………杉山頴男】 一部抜粋
「格闘技通信」編集部 当時 寸止め空手の高校全国日本選手権を取材した折り 決勝戦で判定が審議となり 審判団が中央に集まり長く審議していた このとき二人の若き選手の顔を見ているのが辛かった 彼らが三年間 厳しい修業に耐えてきた最後の花道に影を落としてしまうだろう
実は 東はすでに極真時代に顔面プロテクターをつけた試合を試行している 入館七年目の第九回極真全日本大会(1977)で優勝した頃 宮城県支部長を務めていた この支部では大会前の半年は極真ルールで後の半年は顔面にプロテクターをつけ顔面撃ちの試合をさせていた 顔面を撃たずして…………の思いは強く 大山館長から叱られても 現実に自分を守ってくれる武道を との思いが強かった東はこだわり続けた (それは陸上自衛隊入隊時 ボクシングをやっていた隊員との格闘伎戦からだった)
自分の身を理不尽な暴力から守るものとして空手の門を叩いた 東には 空手が一番にダメージを与える盤面を打撃しないことは絶対に納得がいかなかった (小学生のとき中学生の番長からいいがかりをつけられ袋叩きにされた屈辱から<実戦>への思い 路上の有事への対応)
顔面の打突を認めることを最優先すれば当然 顔面にプロテクターつける 「ブローブをつけたら空手でなくなる」と手にはサポーターをつけた
素手による顔面への直接打撃と投げを取り入れた 「北斗旗選手権大会」(1981)がスタートした 「ブローブをつけたら空手でなくなる」とは空手への愛着だけでなく 脳震盪への危険も増すし まさかグーローブをつけて歩いている人間あいないように 路上での有事での護身にはそぐわないと思ったそうだ それは「真剣勝負」への限りなく近い武道への執着ではなかろうか
「自分の身を守れなかったら競技としてやっても仕方がない」と 東の初心を 経済的裏付けもないままに情熱だけで実現した大道塾設立だった
−−−−−−★−−−−−− 参議院選(2001)出馬した際 NHK政見放送 自由連合 弱小政党 出馬者多し 一人持ち時間 1〜2分 順に一人ずつ 野坂昭如/ドクター中松/佐山聡/戸川昌子/渡辺絵美/高新太郎 顔の知れた者も多し
二言 用意していた 一言 「自分の命は 自分で守る」 二言目 言い淀いんだ これら候補者の中 それは“爆弾” 二言目 発すること できなかった
「自分の国は 自分で守る」
2026/06/08(月)  |
|