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宣教師


【国の為に戦った誇り
ボールドウィン・Т・エッケル】
 
大正十三年 宣教師の両親とともに日本へ
幼年時代 日本で過ごす 
英語は話さず 日本語で話すよう教育
十年後(昭和九年) 米国へ
英語を覚えるのに苦労
昭和十一年 再び東京へ
2・26事件 目の当たりに
開戦直前 米國へ

開戦 通訳・尋問担当として
オーストラリアからルソンまで 戦闘を経験
三度負傷したが 運良く本国送還にはならなかった
エッケルが語った前歴

<八年前> ということは1992年 
友人である日ノ本のフリーランス記者に坂井三郎を紹介される
坂井さんが米國軍人と結婚した娘さんをロサンゼルスに訪ねてきた折

マンハッタン・ビーチでの坂井さんとの話を語る
下記 気になったところ

【山下奉文大将を尋問したが 私が会った日本軍人の中で唯一衝動を覚え、
どこの国でも立派に将軍の役目を果たしただろう。生き残った日本軍人の中で私が唯一敬意を評する人だった。】

【神戸の韓国人たちが「自分らは戦勝国だ」といった騒ぎが起こっても、
日本の警察はまったく無力だった。代わってアメリカ軍警察の手によって抑えられた。当時、私は軍警察大佐付きの通訳だった。闇市にはやくざや暴漢が横行していた。戦争の残した傷あとは深く、その愚文んかさを実感した。】

軍警察とはМPだろう
韓国人たちに最初に抵抗したのは日ノ本のヤクザだった

【話の中で坂井さんは、こう言った。
「広島・長崎の原爆投下のように、もし私がアメリア原爆投下を命じられたらおそらくやっていたでしょう。あれは軍事的決断だったのです。】

軍事的決断で国際法など無視
政治的決断でパリ協定離脱などなど

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宣教師 布教の異郷にて 子らに母国語 話させず
そのむかし讀んだ 日ノ本軍人の回顧録
侵攻地 <鬼畜米>の精神で 牧師夫妻 斬首
牧師夫妻 これも神のおぼしめしと
淡々とした態度だった
日ノ本軍人 人として<負けた>と悟った
2025/01/23(木) 晴れ


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