■脱亜論
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『脱亜論』 明治十八年三月 『時事新報』 無署名の社説 諭吉 なぜ 無署名にしたか 朝鮮近代化を熱き心で支援した諭吉にとって いまの世で云う <切り取り報道>されることを危惧した <支那朝鮮とは絶好しよう> などのヘイトスピーチになることを これは小杉さんでなく 拙者の推察である
本文は片仮名漢字表記、長さは400字詰原稿用紙 約六枚
無名の執筆者 曰く 西洋文明の伝播を「文明は猶麻疹{じんましん}の流行の如し」と表現 これを防ぐのではなく「其蔓延を助け」「早く其気風に浴せしむる」ことこそが重要であると唱える その点において日本は文明化を受け入れ 「獨り日本の旧套を脱したるのみならず 亞細亞全洲の中に在て新に一機軸を出し」 アジア的価値観から抜け出し脱亜を果たした唯一の国だと
「不幸なるは近隣に國あり」として支那(清)と朝鮮(李氏朝鮮)を挙げ 両者が近代化を拒否して儒教など旧態依然とした体制にのみ汲々とする点を指摘し「今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず」とそして、甲申政変を念頭に置きつつ[4]両國に志士が出て明治維新のように政治體制を變革できればよいが、そうでなければ両国は「今より數年を出でずして亡國と為り」西洋列強諸国に分割されてしまうだろうと推測する
このままでは西洋人は清・朝鮮両国と日本を同一視してしまうだろう 間接的ではあるが外交に支障が少なからず出ている事は「我日本國の一大不幸」であると危惧
そして結論部分において 東アジアの悪友である清国と朝鮮国とは 隣国という理由で特別な関係を持つのではなく 欧米諸国と同じような付き合いかたにして 日本は独自に近代化を進めて行くことが望ましいと結んでいる
諭吉 金玉均が殺され 改革派に最期を予感していたのだろう
福澤諭吉 明治三十四年没 享年六十六歳 昭和八年 石河幹明編『続福澤全集』第二巻(岩波書店)に収録される それ以来 福澤諭吉が執筆したと考えられるようになった <身内>は誰も 諭吉の論だと知っていたのだろう 諭吉も<身内>も他界し 李東仁 金玉均を知る諭吉が 断腸の思いで書いたことも忘れさらたのであろう
2025/06/21(土)  |
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