■本日 武道通信かわら版 配信日
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通算557号 思えば よくここまで 来たもんだ 残されている 最初の号 <12/31-2001 vol.40> 月イチとして 1号 40ヵ月前か
■「忙中閑あり」―――――――――――――――――――――――――――
29日、義理の姪の葬儀が済み、この一年が終わったという実感がした。家内 はなおさらのことだろう。この一年、小輩の選挙運動などもあったが、我家で 姪の乳飲み子を二度ほど預かったりしたことから、姪の闘病生活が通奏低音に あった我家の一年であった。 葬儀の中、預けられている父方の祖母に抱かれていた子が飽きはじめたの見 て、寺の隣の公園に連れ出した。晴れ渡った陽差しの中で鳩の群がエサを摘ん でいた。 1ヶ月ほど前から歩きはじめた子は鳩を追った。生母の記憶を持たない、こ の子の不憫さは遠に、胸の内に納められていたが、まだおぼつかない足取りを 見て、我が身が、この子と似た境遇であったと云う想いが再往した。
敗戦翌年の12月に小輩を産んだ母親は1ヶ月も経たず大晦日に逝き、元旦が 葬儀であった。それはずっと後年に知った。 幼き記憶にある元旦の朝。床の間に鏡餅を飾った部屋で、まだ嫁ぐ前の叔母 たちも居て、朝風呂の後、賑やに雑煮を食べた。元旦の式の登校があるのに、 屠蘇(とそ)を飲み酔う子に皆が囃し立てた光景の中で、この子の不憫さを想 った者もいたろう。そんなことに気が巡ったのは、そう昔でもない。いい歳に なっても暢気な輩であった。 この子も、そんな暢気な男になってもいい。それも生母への供養なのかもし れない。
来る年も、様々な事が巡ってくることだろう。それにどう身を挺していくか、 己の身の挺し方が、身近な人の人生観に、何某の影響を与えるのだろう。 (杉山)
2025/06/20(金)  |
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