■ 弓術における禅
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オイゲン・ヘリゲル講演に戻る かたぐるしい翻訳 以下 箇条書きにしよう
射手の自分自身との対決 射手 自分自身を的にしていて しかも 自分自身を的にしているのではない 日本の弓術師範の間での言葉 弓を射るとき 一切が一に 「不動の中心」となる その時 技は無いもととなり 弓を射る事は矢を持って射ないこととなり 射ない事は弓と矢なしに射ることとなる ※「不動の中心」→「正鵠{せいこく}」 弓道の的の真ん中を意味する そして結論的に こう云う かの「思想的」な仏教ではなく 日本で<禅>と呼ばれている オイゲン・ヘリゲル講演 ページ数11頁 (小さな写真が5点ほどあるが) 講演時間 どのくらいであったろう 多くの聴衆 っぱりわからなかった のでないだろうか 原題 「Die ritterliche Kunst des Bogenschiessens」(騎士的な弓術) 西洋では滅んだ騎士道 日本では武士道として連綿と生きていると ヘリゲル博士 云いたかった
ヘリゲル博士 七年後(1948)出版 『Zen in der Kunst des Bogenschiesens(弓術における禅)』 (英語訳/ポルトガル語訳も刊行) これで 弓道=禅となり <禅>が世界的に広まった 文中写真の中に 賞状がある 「段位 オイゲン・ヘリゲル 五段ニ列ス 昭和四年六月二十日 大日本帝国 大射道教主 阿波見鳳(研造)」 戦前の大日本弓道会の五段でなく 阿波研造が創った流派 「大射道教」の五段 オイゲン・ヘリゲルが語る弓道は 阿波研造の弓道である 弓を引いたことのない御仁も知る アノ有名なシーンは 次回に
2025/10/30(木)  |
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