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強くなつたものだ


昨夜、ドーハの悲劇を想ひ出した。
あれから二十三年。
同じ年のアントラーズとヴェルディの
第一囘Jリーグチャンピオンシップを想ひ出した。

Jリーグにチャンピオンシップのプログラムをつくらせてくれ。
國立競技場で賣らせてくれと頼みにいつたことを。
「お主らサッカー・マガジンの恩を忘れたか」と半分、恫喝したことを。
Jリーグからヴェルディより先に、拙者、Jリーグチャンピオンシップ優勝皿シャーレを貰つたことを想ひ出した。
シャーレをプログラム用にスタジオ撮影したのだつた。
*冩眞は「無銘刀」にUP
2016/12/19(月) 晴れ


それだけのハナシではない


「どこも惡くないですね」と先生。
「頭だけは惡いんです、先生」と
恆例の年の瀬の診斷応答も濟んだ。
「真田丸」も眞田幸村、討死で最終囘となる。

關ヶ原、冬の陣、夏の陣の戰死者はどれほどであつたらう。
出兵數はあまたの古書に殘されてゐるが、戰死者は目を皿にしないと見つけられない。

天下分け目の戰ひで戰死者は凡そ六千。
幸村、討死の夏の陣は凡そ一萬五千人。
初の一萬人以上となる。
日の本では、それまでそれ以上の戰死の戰爭はなかつた。
二九四年後の日清戰爭も千二百名。

日露戰爭は五萬六千人。大台をはるかに超えた。
日比谷公園のデモから内務大臣邸、新聞社、交番燒き討ち。初の戒嚴令。
ポーツマス條約が因と歴史教科で教はる。間違つてはないが、我が子、親兄弟を戰場へ送つた元武士階級でない庶民の心模樣をみてゐない。あまた肉親が殺された。戰地で病死した。その負い目だ。

元下級武士であつた明治の元勳たちはフランス國民を羨望した。
ナポレオンは三十萬の兵士の屍をロシアの地に置き捨ててきたが、
フランス國民はナポレオンを非難しなかつた。 
明治の元勳たちはフランス國民のやうに教育したかつたが失敗した。
フランス國民には戰死者の數が
敵愾心を驅り立てることだと氣づかなかつた。
内へ向わない。外へ向う。
お國柄が違ふことに氣づかなかつた。宗教心が違ふことに氣づかなかつた。
失敗は国民に隠さなければならない「大本營發表」まで引きずつた。

それだけのハナシではない。
[命の重さ]と [命の意味]の違ひのハナシだ。
二十日の今年最後の武道通信かわら版にしたためよう。
2016/12/17(土) 晴れ


それだけのハナシ。二題


九日、韓ノ國の女性大統領が生け贄にされた。
韓ノ國の民主主義は、それを維持するためには生け贄が必要。
大統領がよく生け贄とされる。
韓ノ國の民主主義を維持するためには永遠の敵が必要である。
日本は永遠に必要なのである。
韓ノ國がある限り永遠に。

日本列島に住む韓ノ國の民は、さう云ふ。
心中、お察し申す。
國籍を取り、日本國民になりなされ。

王朝のための王朝がつくつた儒教本家の[天]とはちがひ
日ノ本の[天]は多樣性を好む。


十日、「池袋での立ち食ひステーキ」でなく
隣まち立川のステーキ屋で、孫らと食した。
ヤバイ!うますぎ、と舌鼓を打つてゐた。

そのむかし某黨の女性黨首がパチンコしてゐる冩眞が載つた。
パチンコしたことはなかつたが。
パチンコ屋からの政治獻金の返禮であつた。
2016/12/13(火) 晴れ


日本武道具さんへ一筆啓上


第二十七話 「劍を振るう」
http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-3.html

2016/12/10(土) 晴れ


本日も天氣晴朗なれども風強し


【臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。
大本營陸海軍部、十二月八日午前六時發表。
帝國陸海軍は今八日未明 西太平洋に於てアメリカ、イギリス軍と戰鬪状態に入れり】

七十五年後の、いま未明。
この聲と、八月十五日のあの聲が耳底に殘こつてゐるご老人。
あの人たちの分までもつと生きなされ。簡單に死ぬことなかれ。長生きしまくれ。
2016/12/08(木) 晴れ


日米が互いに謝ることはなにもない


 戦争は常に「おあいこ」である
 戦争では、「終戦の契約」にサインがなされて、そこに約束された負債も払い終えれば、もう「おあいこ」なのである。たとえ一方が十万人しか死なず、他方が千万人死んでいて、釣り合いがとれないじゃないかと思っても、終ったものは終ったのである。
 もし終らせたくないならば、相手はいつまでも続けてばいいのである。
 それを、千万のお返しに十万人しか殺せなくても「終戦の協定」にサインしたということは、ゲット・イーヴンでなくてもいいから終らせたいと相手も思ったのである。
 だから、法的には終ったのである。
 日米は互いに謝ることはなにもない。互いに負債はないのだ。

兵頭二十八『軍学考』より(2000年刊)。原文拔粹なので新かな漢字。
それだけのハナシだ。
2016/12/07(水) 晴れ


祕される、そんな本が書きたくなつた


小津映畫の老人たちは、みな同樣のカタチがあつた。
あの時代の老人たちの同樣のカタチは
「もう若くはない」
いまの世の老人たちの同樣のカタチは
「まだ若い」

どちらが<大往生>するかは云ふまでもない(呵呵大笑)。
云はぬが花。(微苦笑)

[祕すれば花なり、祕せずば花なるべからず]の
世阿彌は八十歳で逝つた。
佐渡へ流されもした波瀾萬丈の人生は、大和飛鳥で露のやうにひつそり消えた。

『風姿花傳』(花傳書)が世に出たのは世阿彌の死後、四百数十年後の明治四十二年。能が好きだつた信長、秀吉ら戰國大名も花傳書は讀んでない。
「祕すれば花なり」で觀世家が門外不出にしてゐたはけではないだらうが、讀んでゐたら違つた景色の戰國の世になつてゐたやも知れぬ。
同じやうな運命の『葉隱』も幕末の志士たちが讀んでゐたら違つた景色の幕末の世になつてゐたやも知れぬ。

百年あとまで祕され、もし、この本がリアルタイムで讀まれてゐたら、いまの武道家たちは違つた景色の中にゐたやもしれぬ、と云はれる本が書きたくなつた。
2016/12/03(土) 晴れ


三島由紀夫の命日の墓前には冬椿が似合ふ


豪華なホテルのロビーに似合ひさうな花束が平岡家の墓の花たてに活けられてゐた。
近くに椿が咲いてゐたら一輪、折つて活けようとしたが見つからなかつた。

四十五歳で逝つた人。井伊直弼、大村益次郎、二葉亭四迷……。

森田必勝の墓前にも花が活けられてゐるだらう、
西の空を仰ぐ。
二十五歳で逝つた人にどんな人がゐたのだろ。

年一囘の健康診斷の日が近い。
十日後の検診結果。
「どこも惡くないですね」と先生。
「頭だけは惡いんです、先生」と、
毎年恆例の診断応答で今年の年の瀬も終るのであらう。

七十歳で逝つた人。廣田弘毅、宇野浩二、吉川英治、大宅莊一……。
2016/11/27(日) 晴れ


「水盃」を交はすこともなくなつた


弦が下になつた下弦の月が東の空で杲杲{かうかう}と輝く。
寅の刻(四時)。霜月も末と云ふのに生暖かい強風が心地好い。
武州多摩の地層の下でも地の振動が起きるのか。

本音吐く まへに建前 口ずさむ
インク壷にひたしたペン先でガリガリと原稿用紙を削る。

[建前]と[本音]の心地好いバランスのとれた文明人には
[建前]と[本音]のバランスがガラガラと崩れていく音に
耳を塞ぐ文明人の辛さはわからぬ。

[建前]と[本音]の接着劑がまだ剥がれぬ文明人は
ここぞ、とばかり逆襲の狼煙をあげる。

建前の中に本音あり、本音の中に建前ありを承知之助の儒教文明人は
ここぞ、とばかり金儲けに走る。

[建前]と[本音]のバランスを計る恰好なデータが「治安」
世界一「治安」がよい國Japanは、先の津波大震災で世界の決定的常識となつた。

暖簾をくぐつた、わがまちの居酒屋でアルバイトしてゐたかも知れぬ。
[建前]と[本音]のバランスが崩れた異國に旅するときは
親御さんらと別れの「水盃」を交はしたまへ。

特攻隊員は、[建前]と[本音]の心地好いバランスを保つために
「水盃」を交はした。
2016/11/23(水) 曇り


拙者も[時間]について考へた


「真田丸」の大阪城落城の日が近い。

淀殿は、浪人たちの裏切りは想定の内だつた。いや確信してゐた。
戰國亂世を母の袂の後ろから覗いてゐた茶々は承知之助。
淀殿、宮本武藏が金だけ受け取つて大阪城を拔け出すのも想定の内だつたのだらう。
武藏、勝ち目はないとみて、敵前逃亡した。
武藏は大坂方が負けるとどこで判斷したのか。

武藏にインタビューしてみなければわからぬが、
大阪城に入つて、大阪城内の時間が、今の世、元和元年の時間とズレてることに氣づいた。
さう答へたのでないか。
それだけのハナシだ。

籠もると世の時間の流れとズレが生じる。
2016/11/19(土) 曇り


それだけのハナシ


「スーパームーン」とやらの前夜のお月さんを眺めてゐたら
天來の着想が奔つた。
《女が元祖、太陽であつたなら男は、元祖、月だつた。》

自ら光ることはないが、女に照らされ
滿ちては缺ける、缺けては滿ちる。
不死の月の姿こそ男の生きる道。
それだけのハナシだ。
2016/11/15(火) 晴れ


ジョーカー報道に辟易


庭で<カミカゼ體當たり>をやつた。
手のひらほどの石に小指の先ほどの小石を投げつけた。
アメリカ空母にカミカゼが體當たりする。
何度も何度も投げつけた。

日本が戰爭に勝つために十人の子を産んだ
祖母が孫の小學生に云つた。
「日本の兵隊さんは一對一なら負けなかつた」
この二つのシーンは[記憶の引き出し]にしまはれてゐる。
同じ日のファイルに。

日本は簡單には負けなかつた。
小學生の男子には、その証がカミカゼだつた。

進駐軍が來たら、これで刺すと銛を磨いてゐた漁師がゐた。
進駐軍のジープに日本刀を手に向かはうとした乙女がゐた。

「日本は簡單には負けなかつた」
ファイルは、ほかにも多くあるが封印された。
封印されかつた肉聲を聞いた小學生は
長く祿を食んだ御家を出ての“獨立宣言”にかう記した。

戦後半世紀、
無抵抗にイエローヤンキー化した我ら日本人が
己の心の身丈に合ったトポスを
見つけるための砦となるのが武道である
――『武道通信』創刊!
祖母への“返信”だつた氣がする。

大東亞戰爭は、白人種の植民地主義に終止符を打ち、
東南アジアに多くの獨立國を生んだ。
負けたと云へ
白人種と有色人種の
不平等の世界の流れを大きく變へた。

「偉大な國」でくるなら
こちらも「偉大な國」で堂々、立ち向かへばよい。
九條を廢棄し、自衞隊の米國駐屯地に日の丸を掲げればよい。
それが
大東亞戰爭で斃れた同胞の死を悼む心なり。
漁師、乙女を悼む心なり。
祖母を悼む心なり。
2016/11/13(日) 晴れ


日本武道具さんへ一筆啓上


第二十六話 「野袴と藍染め」
http://www.budoshop.co.jp/Kiserunokemuri-3.html
2016/11/12(土) 晴れ


明日からの面倒な宿題


なにも北米大陸だけではない。
吾が列島でも
聲高な少數派(ノイジー・マイノリティ)が
物云はぬ多數派(サイレント・マジョリティ)に
あなた方も我々と同じ考へだと叫んできた。

コレの化けの皮が剥がれた。
親分(北米大陸)が壊れたから
子分(日本列島)も化けの皮が剥がれる(呵呵)。

しかし、
北米大陸と違ひ、吾が列島は
昔からの親類同士の
ドブ板をまたいでの隣近所だから
北米大陸のやうな
エスタブリッシュメント(既成秩序)への
ルサンチマン(復讐)は生まれない。

二四〇年の人工コア・パーソナリティーより
移民以前の十萬年コア・パーソナリティーの引力ははるかに強ひ。
また復讐戰がはじまる。
十萬年前なら對岸の火事で見物してゐればよかつたが
さうもいかないところが
吾が列島の明日からの面倒な宿題だ。
2016/11/10(木) 晴れ


十萬年前の東北アジアのシャーマニズム


季節は巡る。三島由紀夫の季節が來た。
三島由紀夫と林房雄の『対話 日本人論』
林は云ふ。
「日本民族としてのコア・パーソナリティー(核心性格)は
十萬年單位で考へられてゐますよね」
「十萬年單位で考へる」は日本の文化人類學者の説である。

二萬年ほど前まで大陸と日本は陸續きだつた。
十萬年單位で考へるなら
日本はシナ東北部&滿州&モンゴル&シベリア&朝鮮の
東北アジアのシャーマニズムのコア・パーソナリティー内にあつた。
日本におけるルドルフ・シュタイナー研究の第一人者は云ふ。

十萬年前の東北アジアのシャーマニズムとはなんであつたらう。
隣國の大統領糺彈の因である<靈媒師>と
十萬年のシャーマニズムはつながるのであらうか。

日本は一萬二、三千年ほど前、大陸から切り離され列島となつた。
十萬年單位がここで終止符を打たれた、としよう。

日本のオリジナルのコア・パーソナリティー[八百萬の神]は
十萬年前のコア・パーソナリティー地層の上に現れた。
これを次の十萬年單位のはぢまり、としよう。
氣が遠くなる話どころでない話だ。

多民族による人工國家USAと云ふ
人工コア・パーソナリティーはたつた、たつたの二四〇年。
USAコア・パーソナリティー「偉大なる國」は
何年單位で考へられるのか。
新大統領に聞ひてみたいものだ。
2016/11/09(水) 晴れ


云はぬが花


六枚めくりのカレンダーも、あと殘る一枚となつた。
四季折々の竹の風情の冩眞。
最後の一枚はト伴椿{ぼくはんつばき}が寒竹に寄り添ふ。
濃い紅の花瓣と葯{やく}の白との色合ひに趣きがあり
江戸の世、茶花{ちやばな}として愛好された。

椿は「首切り花」との俗名もある。
花が散るとき、あたかも首が落ちるやうに
「ポトリ」
戰國武將の家紋には椿はない。さう、櫻もない。

『葉隱』の田代陣基の「漫草」の最後の一行。
「濡れてほすまに落ちたる椿かな」 呵呵

『葉隱』の大抵のテキストには「漫草」はない。
「漫草」があるには佐賀藩主所藏のものだけで、
殘存する冩本にはないからだ。
山本家に殘された原本にも「漫草」はなかつたらう。

「漫草」は江戸詰めとなつた田代陣基が晩年に書き殘した。
在野の『葉隱』読みこなし家は確信する。

呵呵。大笑ひしたのだ。
干す間に落ちたる椿を
誰かに、何かにたとへて大笑ひしたのだ。

誰だらうか。何であらうか。
云はぬが花。
2016/11/02(水) 薄曇り


カミカゼを理解できる日


テレビドラマの新番組の初囘だけをネットでのぞく。
世相の心模樣をのぞくため。

「戀とは
人生をきはめて短くするファイダーだ。
シャッターをさう簡單に切るのは止めたまへ。」
小津安二郎の日記の一節が浮かぶ。

シャッターの切りまくり。
戰前と戰後の境界線はここであらう。

シャッターを簡單に切りまくれるのは
自己本位、自己實現、本當の自分、個性の追求。
結果、
[死]との向き合ひ方がヘタになつた。

戰前の下町の爺さん婆さんでも
[死]との向き合ひ方ができてゐた。
建前と本音の調和ができてゐたからだ。

敵さんはカミカゼが理解できなかつた。
建前と本音の調和ができた特攻隊員の腦は理解不能だつた。
しかし、腦科學が大好きな敵さんは近年の實驗で氣づいた。

赤子の腦の、最初の反応は
「われ思ふゆゑにわれあり」でなく
「おかあさん、一緒に遊ばう」」だつた。
敵さんがカミカゼを理解できる日も、さう遠くはない。
2016/10/28(金) 晴れ


風が薫り立つ死


武道通信かわら版<特攻隊員の遺書>のつづき

 汝我に嫁して四箇月誠に良く仕へて呉れた
 有難く禮を言ふ何も不服はない
 四箇月にして後家となる汝が何としても可哀想なのだが
 覺悟の上なれば雄々しく第一歩を踏み出すべし
 言ふべき事は松山で言つた通り 最後に女々しく何も言はぬ
 俺も立派な軍人として死ねる
 榮吉郎兄 長三郎兄には文通の暇がなかつたが宜敷く頼む
 泣くなみつともなひぞ俺は笑つて居るのに
 元氣で暮らせ 明日は征くぞ
  二月一九日夜
  最愛の達子殿

「最愛の達子殿」へ遺書を書いた特攻隊員は原田飛曹長。
横須賀海軍航空隊から旗艦であつた空母赤城の搭乘員となる。 
機動部隊の旗艦赤城には優秀な偵察員が集められた。

眞珠灣攻撃の第二次攻撃に參戰。米軍高射砲彈の破片が太ももに刺さる。
ガソリンタンクに機銃騨が突き刺さつてゐた。

昭和十九年十月、結婚。この戰爭を生き拔くことが至難と感じる。
赤城もミッドウェー海戰で沈んだ。
家の長男とし跡取りを殘していく務めがある。
見合ひした達子さんはそれをわかつてくれた人だつた。
新婚四ヵ月、千葉香取基地への進出を命じられた。
達子さんを原田の實家に歸した。
香取基地で特攻志願が募られ、応募した。
出撃の二日前に達子さんにしたためた遺書だつた。

 
海軍士官は結婚するときは、儀禮的にも海軍大臣の認可を得らなければならない。
海軍の籍がないと遺族恩給が出ない。
原田飛曹長は失念してゐた。特攻出撃は急轉直下のことだつた。
二月十九日、特攻出撃する隊員たちの壯行會が行はれた。
壯行會最中、原田飛曹長は拔け出し、庶務主任の部屋を訪ねた。
 
妻の入籍手續きが行はれてゐない。戰死者の遺族は扶助料がもらへるさうです。
ろくなことをしてやれなかつた。死線を何度もこえてきた男は頭を下げた。
庶務主任 はどんな方法をとつても認可をとりますと云ふと、
「これで思ひ殘すはありません」と去つていつた。

庶務主任 は手續きにとりかかつた。書類を書き終へたとき夜はふけてゐた。
士官舎へ通じる渡り廊下をいく庶務主任の耳に、低い歌聲が聞こえてきた。
士官舎から少し離れた、木立の蔭からだつた。

♪夕燒け小燒けの赤とんぼ 負はれてみたとのいつに日か♪
原田飛曹長、その人だつた。

故郷{ふるさと}の風景を想ひ出してゐたのだ。
“原點”を懐かしんでゐた。
天皇教武士道は「天皇陛下萬歳!」を強制した。が、
特攻隊員の皆の最期は本音の「おかあさん!」
武士の興りの一所懸命の「ふるさと」“原點”であつた。

二月二日、出撃のときがきた。千キロ先の硫黄島を目指した
原田飛曹長の飛行服のポケットに妻「達子殿」の冩眞がしのばせてあつた。

原田飛曹長が乘る隊長機は敵航空母艦サラトガに命中。
戰後、生き殘つた戰友が達子さんに傳へた。
それはアメリカ軍の記録で證明されてゐる。

談余。
昭和十九年十月二十五日。はじめての神風特別攻撃隊がマバラカット基地から飛び立つ。

2016/10/25(火) 晴れ


風が薫り立つ男


原 節子の魅力を[エロス]と評す御仁は多い。
作家とか役者とか言語に關はる者ならば、
なぜ[エロス]と感じるのかを説明しなければならぬ。

拙者は、原節子の「エロス」を
「戰前、戰後を通じて變はらぬ矜持」表現した。(武道通信かわら版10月20日号)
銀幕でないところに原節子的[エロス]をもつた無名の子女は多くいたらう。
軍事で100%屬國になつても、芯から腐ることはなかつたのはそのせゐだ。

男子の戰前、戰後の落差はあまりにも大きかつた。
集團的自衞權も個人的自衞權も取り上げられた。

男子の美しさを求めた。三島の劍道は美しさを求めた。
三島由紀夫いはく。日本男兒が一番美しいのは劍道着姿。
三島は劍道着姿に[エロス]を感じた。
拙者は、[エロス]」かう表現する。
「絶滅人種[武士]をせめて化石としてだけでも殘さうとした
先人の念い。[武士]化石から匂ひ立つ[エロス]」

試し合ひが終はり、
正坐した儘で籠手、面を外し、手ぬぐひで面の汗を拭ふ。
兩籠手を竝べ、その上に面を置く。
胴を外し、垂を外し、垂の帶紐を結ぶ。
垂の表側を上下逆さにし、その上に胴の裏側が上になるやうに置く。
長い胴紐を前垂の裏側に囘し、十文字にしばり胴の裏側に囘す。
囘してきた胴紐を蝶々結びにする。
短い方の左右の胴紐で前垂帶を下から上方向に胴臺に卷き附けて固定する。
その上に籠手を入れた面を乘せる。
最後に左脇に置いた竹刀を持ち、ささくれがないか目を配る。
そしていま一度、「場」にほはす武の神に禮をし、
前に置いた垂、胴、面、小手を持ち、兩膝をついて一舉動で立ち上がる。

絶滅人種[武士]の化石でない
生身の日本男兒に一番「エロス」を感じるのはこれである。
<風が薫り立つ男>がゐる。
2016/10/22(土) 曇り


エリートが「心」の折れるとき


山本常朝は生まれながらの虚弱體質で、父から塩賣りにでもくれてやるかと云はれた。
父の羞恥である。秀吉、秀頼は五十七歳のときの子。神右衞門、七十で子をつくつたと佐賀藩侍のツイッターで大騒ぎであつたらうが、コレ、『葉隱』には一言もない。
 
常朝の二十歳上の甥の父、つまり常朝の兄は、父の躾で五歳で犬を斬り、十五歳で死罪の者の首を斬つた。『葉隱』にはないが、常朝も同じだつたらう。ゆゑに二十四歳のとき見事な介錯をしてゐる。

父の遺訓を田代陣基に語つてゐる。
「草紙や書物を讀んでゐると、すぐに取り上げられ燒き捨てられた。書物を讀のは公卿さんの仕事。中野一門は樫の木をつかんで振つてゐればよい。武邊するのが役目」
一番見込みのある男子は養子に出す、との常朝の祖父神右衞門の持論で、祖父は、父にだけ「神右衞門」の名を繼がせ中野家の分家山本家に養子に出した。
父神右衞門は、佐賀屈指の尚武の名門、中野家のプライドを八十一歳まで常朝に叩き込んだことだらう。
『葉隠』で常朝が威勢のよい吐く言の葉には中野家のプライドが圧縮されている。

幼かつた常朝、父の“鬼の十則”に心が折れ自殺しようと、一度や二度は考へたことは想像するに易い。
「家門を汚す」。幼な心にもこれが齒止めになつたと、想像するに易い。

現代のエリートは「個」でしかなくなつた。プライドのバックボーン「家門」をなくした。強度を増すはずだつた西洋流個人主義はプライドのバックボーンにはならなかつた。

「家門」にかはるプライドのバックボーンが「日本帝國」に變はつた時期もあつた。戰さに敗れ「日本帝國」が消失したとき、「日本帝國」はプライドのバックボーンでなかつたことを知り、優しい天皇(皇室)にすがつた。
後年、優しい家族にすがる後遺症が殘つた。

キーボードに指をあて<ふと、ひらめいた>「エリートが「心」の折れるとき」の言の葉から指が勝手に動くのに任せ、綴つてゐる。

「普通の人」と威張りくさる凡庸の者の戰時体驗に耳を傾けるな。
戰前、戰後を通じて變はつたものなど表層であることに氣づかない。
戰前、戰後を別物とした「戰爭で犠牲になつた人たち」と繰り返されるフレーズのカラオケボックスで育つた者たちの脆さ。

男女平等、男女機會均等の世なら女子も「○○女子」から卒業して
凡庸でない男と均等に武士道を論じなされ。
女子にとつての武士道とは。
<風が薫り立つ女>。いまそれしか云へぬ。

原 節子は戰時映畫「決戰の大空」でも敗戰後映畫アメリカン民主主義賛歌の「青い山脈」でも
<風が薫り立つ女>であつた。
戰前、戰後を通じて變はらぬ矜持があつた。
隱遁したのは戰前、戰後を通じて變はらぬ矜持を保ちたかつたからだ。
<風が薫り立つ女>出よ。

2016/10/18(火) 晴れ


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