■「個人=武士」の自覚
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【鎌倉武士の法観念 御成敗式目にかえれ 嘉村 孝】
法制史の専門家でもない私が 大それた題でと 嘉村さん 前置きし
明治憲法は イマール憲法の影響 戦後憲法 <マッカーサー憲法>の影響 そして その深いところで支那の影響と
徳川吉宗の「公事方御定書{くじかたおさだめがき}」も 律令と同じで 刑法において 犯罪行為に対して裁判官が刑の選択や量定の裁量を持たず 法律で定められた刑罰が必ず適用されるという 絶対的法定刑主義 支那の律令を日本風にアレンジしたもので 「日本の法」とは云えないと
日本独自の法を打ち立てたのが 御成敗式目 <道理>という自然法を基本にし 日本的習慣法に帰った民族精神の尊重であった
制定者であった北条泰時が いかなる趣旨でつくったか 泰時が弟の重時に送った 消息(手紙)から うかがうことができる 「この式目を作るにあたっては何を本文として注し載せたのかと 人々がさだめて非難を加えることもありましょう まことに,これといった本文に依拠したということもありませんが ただ道理の指し示すところを記したものです あらかじめ御成敗のありかたを定めて 人の身分の高下にかかわらず 偏りなく裁定されるように,子細を記録しておいたものです」
泰時は日頃から好んだ「道理」の政治を貫くための裁判のよりどころとした この「道理」とは 武家社会において古くから培われてきた慣習や道徳
たとえば 支那の影響を受けた律令では 奴婢{どひ}(下男や下女:召使)の子は母の所有になるが 男は父へ 女は母へとなった これは律令以前に日ノ本で施行されていた法に戻るもの つまりは日ノ本適習慣法に戻ったわけである 女子の財産権が認められ 妻は 夫とは別の財産を管理する権利があった
また 近代法に近い自力救済肯定の考えもあった 土地を二十年間支配していれば 正式な権利として認められる 「知行年紀法」 個人が持つ利権状態を国家が保護し権利化する 「個人=武士」の自覚が生まれた これが貴族がつくった荘園制度を崩壊させる要因となり 武家(武門)が頂点に立つ その影響は 江戸初期の武家諸法度まで及んだ
−−−−−−★−−−−−− 例の選択的夫婦別姓法案 今国会成立 不透明な状況に 次回は 嘉村さんの原稿を離れて <御成敗式目と夫婦別姓>を考えてみる
2025/05/07(水)  |
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